2013年3月27日 (水)

W杯出場決められなかった・・・対ヨルダン

 前半終了間際にセットプレイできれいにズドンとやられました。
 それまでにゴールチャンスはいくつかあったのですが、ワイルドさがたりなかったね。それが、本田不在ってことかもしれないな。

 後半、ハイルに長距離ドリブルをゆるしそのまま被弾。これは屈辱的なゴールだった。

 その後、精細を欠いていた清武がダイレクトに斜め後ろの香川に出してゴール。

 さらに内田がペナルティエリアで倒されPK獲得。これでW杯出場権ゲットかな、と思ったけど、PK職人遠藤のキックを相手キーパーが鬼セーブ。

 その後、あたかも京都サンガのようにボールは持てるもののシュートまでが遠いという時間帯が過ぎ、ドリブラー乾投入も時すでに遅しでタイムアップ。

 いやあ、厳しいゲームだった。
 しかしキャプテン長谷部が言うとおり、
「次ホームでW杯出場を決められる」
わけで、それにむけ、怪我無くきちんと準備をすすめて欲しいと思います。

・・・・

6月4日 ホームでオーストラリア戦

6月11日 アウェイでイラク戦

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2013年3月 8日 (金)

WBC  台湾はあっぱれなチームだ。

 かろうじて、日本が勝った。
 底力を示したという感じもするが、つばぜり合いを制したのは井端の9回表のタイムリーのおかげだろう。投手のしまらなさはちょっと悲しい。
 一方の台湾。底力を示したのは、むしろ台湾ではないのか。
 幾度、ランナー三塁の危機を無失点でしのいだか。
 井端タイムリーの陰で、三塁ランナーを刺して逆転の危機の芽をつみとった守備は地味だがすばらしい。
 抑えの切り札チン・オウブンを引っ張りすぎたのが台湾の敗退の原因だと私は見るが、おそらくディフェンスのミスらしいミスはそこだけじゃないだろうか。しかし切り札とは一蓮托生、あの采配もわからないではない。

 韓国をかわしてあがってきただけのことはあるし、韓国がだらしなかったばかりではないだろうこともわかる気がした。

 ともあれ、熱戦だった。いい試合が見られた。

 でも。野球は、長い(笑)

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2013年1月16日 (水)

おいおいおい。

 

美濃部直彦さんが、長野パルセイロの監督になったんだって!!?

 これはこれは!!!

 ちょっと!

 JFLもおっかけないとじゃないですか!!

 JFLはパルセイロ、J2はサンガ、それから山雅、J1はアツタカw

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2012年11月24日 (土)

林丈統が、シヴァ神である件、など

 林が決めた。

 試合は確かに、千葉が握っていた。大分はカウンターに活路を見出すよりなかった。攻撃は単発だった。

 だが、86分、林が決めた。

 

 林丈統。はやしたけのり。以下、タケ、と表記する。

 

 タケは、実は2009シーズンのJ1リーグで、当時在籍していた京都のホーム西京極において、大分をJ2に降格させるゴールを挙げている。


 そのタケが、今度は青いユニフォームをまとって、千葉のゴールに襲い掛かり、大分悲願のJ1昇格へ直結するゴールを華麗に奪った。

 

 タケとは、大分にとって何者だったのか。まったく、忘れえぬ暴れ者だ。さながら破壊と再生の神シヴァ神だ。

 

 そしてタケは、長く千葉に在籍していた。サンガに来る前も千葉だったし、大分に入る前も千葉にいた。オシム監督下の千葉にも彼はいて、オシム監督をして「タケは日本で一番優れたフットボーラーだ」といわしめている。しかし心身のスタミナに問題があったのか「ただし10分間だけだがね」、の注釈がついたが。

 もとい。

 いろんなチームを渡り歩いたタケが、古巣の千葉の夢を断った。因果な男だといわねばなるまい。しかし、ドラマチックな男だ。

 ドラマチックといえば大分トリニータ自身もそうだ。

 経営が苦しく、2012年シーズンにいたっては、公式試合安定開催基金から受けいていた融資3億円を返済しないとJ1昇格の成績をあげてもそれが認められないという逆境に陥っていた。地元財界からだけではムリと判断したチームは、「J1昇格支援金」の募集を一般に対して開始、サポの熱心な協力もあって三ヵ月で目標額に到達、3億円は完済してJ1昇格の道を拓いていたのである。応援するだけでなく、財布をひらき、チームを後押しした、大分のサポは実に天晴れだ。敬意を表する。

 しかしもっとあっぱれなのは、大分トリニータのイレブンだ。サポの熱意に応えるごとく粘り強く戦い、プレーオフ圏内ぎりぎりの6位に滑り込み、3位の京都とかつて降格をあじわった西京極で対戦、これを4-0の大差でやぶり、そして千葉を国立で下して昇格を得る。

 これを天晴れといわずしてなんとする。

 だが、大分トリニータの行く先は苦しいだろう。まだ5億を越える借金をかかえている苦しい台所事情はもちろん、J2リーグでは6位だったのだ。44試合戦って、6位。上に5チームもいるのだ。そのなかで、プレーオフ制度とレギュレーションの未熟さ、そして相性のよさに恵まれての(京都とは今年3連勝。千葉についても)幸運だということを忘れてはいけない。

 J1ってところは、ほんとに弱者には厳しいところだからなあ。優しさのかけらもないぞ、ホント。

 ともあれ、来年度の健闘を期待する。がんばれ、大分トリニータ。そしてJ1・J2境界線の暴れん坊、タケ。

 

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2012年11月23日 (金)

J2プレーオフを考えてみる。

2012年のレギュレーションにより、J2はシーズン終了後、3位から6位のプレーオフが行われ、その勝者がJ1に昇格できる。J2からの昇格は3チームなのだが、1位と2位は自動昇格となるため、3つ目のチームをプレーオフで決めるのだ。

これは、J2が実に22チームの大所帯となり、シーズン終盤まで昇格争いの興味がつきないようにするための興行的な措置である。実際6位まで昇格のチャンスがあるということになると、上位3チームのみが昇格とするレギュレーションよりはるかに対象チームが増え、いわゆる消化試合が減り最後まで熱をおびた戦いが繰り広げられる事が予想されたし、実際そうなった。

 シーズン序盤にはもたついた甲府が途中から無敗記録を更新(シーズン終了まで負けず、24試合連続無敗の新記録樹立)、だんとつでJ1昇格、J2優勝を決めたが、2位以下は大混戦となった。

 最終節実施前まで京都サンガが2位で自力昇格の可能性を残していたが、ホームで甲府とスコアレスドロー。3位の湘南が町田を下し、勝ち点1差で京都のかわしてきわどく2位を奪い自動昇格を手に入れた。3位以下は京都、横浜FC、千葉、大分となったが、実にどのチームも勝ち点1ずつの差しかなく、白熱したつばぜり合いを演じたことが結果からもわかる。

 白熱した空気をおびたままプレーオフに突入したわけだが、緒戦はおかしなことになった。

 3位は6位と、4位は5位と、それぞれ上位チームのホームで対戦することとなっていた。また引き分けの場合は延長は行わず、上位チームが勝利というルールの取り決めもあった。そこが、試合を難しくしたのかもしれない。

 結果は、6位の大分が京都を4-0で下し、5位の千葉が横浜FCをやはり4-0で下した。シーズン中でもめったにみないスコアである。つばぜり合いをしてきた自力あるチーム同士の対戦で0-4とは、敗れた側のメンタリティに共通の問題があり、勝利した側のメンタリティにやはり共通した優位性があったからと考えるのは、非合理のそしりをうけまい。

 「引き分けでもいい」が、「起死回生の奇跡のためには勝利すればいい」の覚悟に後れをとったのだ。また3位・京都においては、「プレーオフ制度がなければ昇格だったのになあ」ということを一瞬でも考えなかった選手が果たしていただろうか。

 昇格を賭けたプレーオフは、入れ替え戦よりも残酷だった。42試合を戦って得た順位の意味が、無残にというべきが、見事にというべきか、ともかく緒戦で大差でけしとんでしまったレギュレーションのあり方について、リーグはさらに検討を深めることを期待したい。数試合で得た勝ち点差ではなく、年間通して戦ってきた勝ち点差はたとえ1でもその重みは計り知れないはずだ。

 たとえば。

 6位は5位と対戦し、その勝者が4位と対戦、その勝者が3位と対戦するという方式はどうか。2週間で決着をつけたいとしても、仮に6位チームの立場に立ってみたとしても、14日間で3試合はありえない数字ではないはずだ。だが、待つ側の3位は、きっとむずかしい時間をすごすことになるだろうなあ。

 

 じゃあ、あるいは。

 3位対6位、4位対5位ではあるのだが、勝ち点差が3以上あった場合は上位チームに得点1が加えられ、1-0からスタートするという方法はどうか。長丁場のリーグ戦の重みを考えたとき、決して不公平ということにはならないように思うのだが。

 今年の結果に当てはめてみると、

 京都1-0大分でスタート、横浜FC0-0千葉でスタート。

 決勝も勝ち点が3差以上ある対戦なら1-0からスタート。

 こうすると勝ち点計算も終盤になるとさらに一層白熱してきておもしろいのではないだろうか。

 

 ともあれ。

 

 京都も、奇跡の右肩上がりを見せた横浜FCも、そしてしり上がりに実力を発揮し始めた千葉も、もう一年雌伏となった。

 やはり、自動昇格であがりたい。京都は波がありすぎたし、勝てないパターンが確かにあった。横浜FCは監督交代以降が目覚しかったが、底からのリスタートの利で、なんとなくバサロ的に勝ちを拾ってきた印象はぬぐえない。真価をはかるのは来年ということで異論はないはずだ。千葉は、確かに強いのだがいい子ちゃんすぎないか。AKBだのモモクロだの等身大アイドル全盛のこの時代に松田聖子を持ってきて勝負させている気がする。

 

 大分については、プレーオフ決勝に関する話題の中で、別に語りたい。

 

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2012年10月10日 (水)

待ってた。いけいけ。

 佐藤寿人が代表に召集されました。
 前田遼一が怪我をして欧州遠征から離脱、で、寿人を呼ぶこととなったようです。

 待望でした。

 2年8ヶ月ぶりの代表召集です。Jリーグにおける今年の寿人の活躍は眼を見張るものがあります。ところが今まで、フル代表では結果を出せていない寿人でした。しかしその活躍を期待されている選手のひとりだということは間違いないと思います。

 代表での活躍を期待しているのは、寿人ファンの人たちだけではありません。同じサッカー選手、代表の選手たちもそうだと思います。

 とりわけ、かつての日本代表の中軸、中村俊輔。そのころの寿人は、代表では途中出場が多く、しかも少ない出場時間しかもらえませんでした。そんな寿人が試合に出てきたときには、俊輔は幾度も幾度も、寿人を前に抜け出させるパスを供給していました。また試合後も、寿人が繰り広げた前線でのチェイシングをたたえるコメントを出していました。仲間に苦言を呈することが多かった俊輔にしては珍しいことでした。

 しかし結果がものをいうこの世界、得点をあげることができなかった寿人は、当時代表監督だった岡田に、以降呼ばれることはありませんでした。かわりに、当時同じチームに所属していた若いFW・李忠成が呼ばれ、ベテランの域に達しつつあった寿人は、代表においては過去の選手になってしまったのか・・・と思ったものでした。
 李は代表での活躍(AFCアジアカップ2011 決勝戦のゴール)が認められ、欧州に旅立ちました。チームに残った寿人は、しかしそこで実力をさらに輝かせます。今シーズン、目下J1単独そして独走の得点王。さらに個人としても、チームとしても歴代最高の得点をあげ、チームは優勝争いに絡んだまま、まだ数試合を残しています。ひりひりするようなリーグ戦終盤で、彼はまだまだ得点をあげていくでしょう。
 そんな寿人を、ちゃんとザックは見ていてくれました。もっと早く呼べよとも思いましたが、しかし、よくぞよくぞ呼んでくれました。
 国際親善試合は、私は「そんなの結局練習試合」とかいってあまりまじめに見ないことが多いのですが、寿人が出るというのなら話は別です。(もちろんピッチに立てるかどうかはわかりません。長身FWをチョイスし続けてきたザックですから、寿人の役割はジョーカーかもしれません。) 90分、画面を注視することになるでしょう。

 がんばれ、佐藤寿人。思い切り、輝いてくれ!

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2011年12月29日 (木)

私も帰省など。それから長居にて。

 昨日の夜、帰りました。
 たまたま同じ日に帰る予定だったさくらんぼ家族と一緒に彼女の車で帰りました。

 そうでなければバスか新幹線で帰ろうと思っていたので、ずいぶんたすかりました。(今度来るときは京都に置いてあるうちの車一台で帰りたいので・・・)

 車で瀬田の駅まで送ってもらいました。瀬田の駅からJRに乗り、京都駅へ。そこから嵯峨野線に乗り換えて花園駅へ。瀬田の駅についたのが23時ころ。花園駅についたのが23時45分ころ。
 娘とふたり、感心したのは、「なんでこんなに人がいるの??」ですw
 京都駅から花園駅まで、出発間際の電車に飛び乗ったわけではありますが、しかしずっと立ったままでぎっしりでした。おそるべし、都会。
 ・・・にしても、電車の旅(ちょっとだけでしたが)は楽しかったです。

 今日は10時半ころから娘とふたりで大阪の長居まで出かけました。天皇杯準決勝セレッソ大阪対FC東京観戦です。

 鳴滝から嵐電、四条大宮から阪急、地下鉄を乗り継ぎ、長居へ。小一時間で到着する見込みでしたが、しっかり90分かかり、キックオフには若干間に合いませんでした。

 席はFC東京側のゴール裏。まったくのど裏。・・・実はセレッソ側に座るつもりだったのですが、間違えてこちら側を買ってしまったのでしたw まあ、どっちでもいいんですが、しかし関西弁がないサッカー観戦はちょっとさみしい気もしますw
Photo

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 今日は電車だったのでお酒飲めたんだけど、昨日しこたま飲んだし今日も飲むだろうからやめときました。日がさしているうちはあたたかかったので、きっとおいしかったんでしょうけどね。お姉さんごめんね。


 試合は1-0でFC東京の勝ち。やるなJ2王者。セレッソも終盤ネットを揺らしたのですが、それは播戸のハンドだったみたいで、延長戦にたどりつくことはできませんでした。

 ルーカスはやや下がり気味のところでトップ下的役割を担っていたカンジ。石川はスピードだけじゃないですね。ケガする前のキレがもどってきたし、神出鬼没ぶりもなかなかでした。

 セレッソの清武は運動量豊富、キムボギョンのテクニックには舌を巻きました。茂庭も早い。あれはいい。このスタジアムで、香川を見ておきたかったです。

 帰り、スタジアムの外で「決勝にサンガが来たら、お客さんぜんぜんきいひんのちがう?」なんて言ったセレッソサポらしきおじさんがいましたが、そんなこというなよなー。似たようなもんだろがー。と娘と軽く憤慨。

 帰りは帰りでケータイのツイッターでサンガ対マリノスの文字観戦をしようと思っていた私です。これがまたドラマチックな展開になるのですが、それは別ブログで。

 とりあえずいっておこう。

 「うらやましいぞりょーちん」

 夕飯はすき焼きでした。おやじが大好きです。食べるのも、やり方を教えるのもw

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2011年12月19日 (月)

天皇杯4回戦あれこれ

 
 リアルタイムの結果は土曜日に座光寺の河川敷でケータイでチェックしていた。阿智中サッカー部のお迎えの時間だ。GsGOALの速報がないから、twitterで見てた。

 吹いたよ。「鹿島0-1京都。後半30分」なんてツイートを見たときには。溯っていくと、ゴールは宮吉。宮吉拓実。サンガの13番。


 ケータイを見てるとR(山村留学生)が寄ってくる。私と同じことが気になるのだ。

「どう?」

 「へへ」

「もーどうなのよー」

 「勝ってる」

「ええ!?」

 「宮吉。1-0。」

「すげー」

  で、続いて見たよ。「なんとか点とれ山雅!」というツイート。負けてるのか。スコアは?? 溯ると、すぐわかった。0-3だ。どうやら小野にハットを決められたみたいだ。試合はまだ15分くらい残ってた。

「山雅は?」

 「負けてる」

「やっぱり」

 「今、0-3。残り15分くらいかなあ」

「きついね」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 山雅は結局、最後に俊輔にもう1点決められ0-4で天皇杯の舞台から去った。

 京都は、へへ。スコア0-1のまま鹿島に勝っちゃった~  オリベイラのラストゲームにしちゃった~

 家に帰ってから、夕飯づくりにとりかかる。白菜と豆腐とをメインに野菜いろいろ入れて鍋にした。最後にうどんで締める予定だ。

 卓上コンロを居間に運んでテレビをつける。なにげなしにチャンネルをいじる。!!!!

 BSで、録画中継流してるじゃん!! サンガ対鹿島の!!!

 思わず部屋で学習してる娘に声をかける。
 「おいso、サンガの試合やってるぞ!」
 「うそ!!」
 「録画しとくから!夕飯は後半開始にあわせて食べよう」 
 「ん!わかった!!」

 おかげさまで俺たちの宮吉くんのビューティフルゴールを堪能することができましたよ。そしてその後の集中した素晴らしい戦いぶりもね。大木監督も試合後のコメントで「先制した後の戦いぶりはすばらしかった」と言っていたくらい、得点こそなかったけどいい試合運びだった。まるで、強い時のアントラーズのように。

 アントラーズにいた日本のエース(当時)柳沢を尊敬し、その背番号13番をつけた宮吉が、柳が得意としたような速攻の一発で鹿島を下した。あの見事にコントロールされたシュートは、私にはかつてサンガが天皇杯を獲得した試合で黒部の放った決勝シュートと同じくらい美しく見えた。その時の対戦相手も、鹿島アントラーズだった。

 一方の松本山雅対横浜マリノスの「マツダービー」は0-4のスコアで山雅の負け。両方のチームに所属していた松田直樹(故人)という稀有な存在感を放つ選手がひきあわせたのかと思わせるトーナメントでのこのカード。勝利は松田直樹の背番号の数だけゴールを決めた小野裕二擁するマリノスだった。彼が、次代のミスターマリノスになってゆくのだろうか。

 サンガ対鹿島、そして山雅対マリノス。ともに奇しき因縁を感じるゲームだった。

 

 

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2011年12月 4日 (日)

松本山雅J2昇格へ!!

 感無量。

 10人にならないとがんばらない、とか、試合終盤だけ強い、とか。一筋縄じゃいかないチーム。その劇的(になっちゃう)戦い方は、ホームスタジアムの名称を使って「アルウィン劇場」なんて賞賛されたりもするけど、裏を返せばムラのあるチームってこと。でも天皇杯で浦和レッズを破ったり、今年もJ2横浜FCばかりかJ1アルビレックス新潟まで破ったりと破天荒なところを見せつけるチームでもある。

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 今年夏、DF松田直樹さんが急逝して悲しいニュースが全国(ばかりか全世界)を駆けめぐったが、同時にそれはJ2入りを目指す山雅にも光があたることになったわけで。

 けど、というか当然というか、支柱を突然失ったチームが立ち直るのはやはり簡単ではなく、J2入りの要件であるJFL4位以内が少しずつ遠くなってゆく。

 だけど今だから言うわけじゃないけど。

 オレは山雅の昇格を確信していたぜ。

 だって、10人にならないとがんばらない、試合終盤だけ強い、そんな山雅だぜ。

 俺たちの、俺たちの松田直樹が逝ってしまって、順位を下げながらリーグ戦終盤を迎えて・・・。 つまり、決してうれしいわけじゃない、むしろ悲しいことなんだけど、山雅の大好物な状況が生まれたってわけさ。
 だから、阿智中サッカー部の連中を連れて行った。ラスト7試合という時だ。「来年J2にあがる地元のチームを応援しにいこうぜ」ってね。まあその試合はドローだったけどw 山雅らしい、終盤の劇的同点弾でね。

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 そしてその次の秋田戦で、山雅は負けちまった。いよいよ追い込まれた。

 シーズン終盤、残り5試合全部勝たないと昇格はないという瀬戸際。
「ていうか、そんな状況生み出したチームが5連勝とかないし」
って普通は思う、普通は。 でもそんな状況での山雅は違うんだ。
 土俵際には滅法強い。ノックアウト方式の戦いで無様な山雅を見たことが(あんまりw)ない。
 そしたらご覧。やつら、勝った。勝ち続けた。あれよあれよで5連勝だ。

 俺たちが見た試合から数えて7つ。5勝1分1敗。
 7戦すべて2得点。結果を変えたのは守備。
 2失点でドロー、3失点で負けのあと、残り5試合でやつら1失点しかしなかった。血の汗を吹き、涙を垂れ流しながらの守備だったんじゃないか。

 世の中には「直樹が守ってくれた」なんていう人がいるかもしれない。

 ばかやろう。守ったのはピッチにいた山雅の選手だ。勝利のための汗も涙も、あいつらが流した。焼けるような息を吐き、痺れる心を奮い立たし、きしむ筋肉を動かし続けたのはあいつらだよ。死んじまった松田直樹は守っていない。

 だけど。あいつらは志半ばで逝ってしまった直樹のためにも走った。直樹のためにも守った。だってやつらは男だぜ。それも戦い続ける男たちだ。
 そして、そしてぎりぎりの、本当にぎりぎりのところでだけ、男たちはすがるような気持ちで、「直樹、力を貸してくれ」、と願ったのだろう。
 そんな時、松田直樹という存在感が、走り続ける男たちの力になったことは間違いない。そのことをして「直樹が守ってくれた」というなら、まあ、そういうことでいいだろう。

Mini


 ああ、しかし万感だ。

 松本山雅がJ2へ。おいおい京都サンガもJ2だよw

 アルウィンで京都サンガ戦、西京極で松本山雅戦。夢のような時間になりそうだ。

 

「yamagatoJ2.pdf」をダウンロード


 
 

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2011年11月27日 (日)

阿智村駅伝のいままで(参加し始めた2006年以降)

 今年はセンター生がたくさん参加した駅伝大会となりました。

 今までもセンター生は活躍しています。そんな様子を思い出しやすくするために、ちょっとここで、今までの駅伝の記事などをまとめておきたいと思います。

2010年大会  こちら 
2009年大会 不参加(インフルエンザ禍)
2008年大会 こちら こちら
2007年大会 こちら こちら
2006年大会 こちら こちら

なお、2006年から2008年までは、全8区。
1区は浪合を走りました。それから2区は園原インターそばスタート。つまり1区と2区は連続していなかったんです。
2009年はインフルエンザが大流行して参加できませんでした。いわゆる、新型インフルエンザってやつです。この年の1区は清内路地区でした。2区は今までといっしょ。
2010年から全7区となり、昼神温泉スタートになりました。
コースも毎年少しずつ違っているので、過去の記録と比べることは難しくなっています。

が、今までの様子をまとめておくと役に立つこともあるかなと思い、こんな記事にしてみました。

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より以前の記事一覧