2007年11月22日 (木)

元祖むらさき観戦記16

エピローグ

 翌日、大分は市原と引き分けた。大分が先制したのだが、優勝争いに絡みたい市原がなんとか同点に追いついた。これでサンガの今節での降格は免れた。
 しかし、サンガが残留するためには、最終節で仙台が大分を下し、サンガがG大阪に5点差以上の大差で勝たないといけないという状況になった。もし大分が勝つと、自動的にサンガと仙台の降格。両者ドローだと、サンガは18点差以上の大差で勝たないと降格という、まず実現不可能なケースを要求されることになる。もっとも、5点差以上の勝利でさえ、決定力不足のサンガには無理に近い数字だが。
 大分と市原が引き分けたこの日、アルビレックス新潟が念願のJ1昇格を果たした。J2からはもう1チーム、サンフレッチェ広島がすでにJ1への切符を手にしている。これら2チームの昇格と交換でJ2に降格するチームは、最終節で決まる。。
 サンガはその最終節、5トップとも思われる超攻撃的布陣でG大阪に挑むが、結局1対5の大差で破れ、J2降格が決定する。サンガ唯一の得点をあげたのは、やはり黒部光照だった。
 注目の大分対仙台は、1対1と決着がつかなかった。
 その結果、最終節までもつれた残留争いは、京都パープルサンガとベガルタ仙台の降格という結果で終わった。私たち家族は、南信州の森の中で、その結果を知った。
 
 それから半月後の日曜日の午後。私は息子ふたりと、父の4人で、再び西京極のホームゴール裏に座っていた。天皇杯3回戦、対サンフレッチェ広島戦である。閑散とした観客席は、わずか3000人程しかいなかった。
 J2降格のチームからは、主力の選手が移籍することが多い。たとえば横浜F・マリノスのFW久保は、昨シーズンまでサンフレッチェ広島にいた。広島がJ2に降格したため、J1チームのマリノスに移籍したのだ。J1とJ2では、レベルの差もさることながらマスコミへの露出度が違うし、何より日本代表へのアピール度が違う。かつてのカズもそれを理由にサンガを去った。
 ということは、黒部も、松井も移籍の可能性が大ということである。ならばこの一戦は、黒部と松井がいるサンガの、最後のゲームになるかもしれない。・・・そう思うと、対神戸戦で得た天皇杯のチケットがとてもありがたく思え、いてもたってもいられない気持ちで当日を迎えた。
 この試合は勝てると見込んでいた。キーパーは平井、イム・ユファンがセンターバック、MFにはビジュ、鈴木慎吾、松井大輔、そしてFWに田原と、それから黒部光照。
 「平井だ」
 「黒部だ」
息子達が目を輝かせる。
「よう見とけよ」
私は息子達の肩を抱き寄せながらそういった。愛機EOS3のファインダーの中で、平井はファインセーブを連発し、黒部は信じられない跳躍を見せ、松井は相手のマーク2枚を引き連れて左サイドをドリブルで展開していった。
  西京極からは愛宕山が見える。比叡山も見える。風がスタジアムの中を走り抜ける。
 試合は、0対2でサンフレッチェ広島が勝った。サンガは昨年制した天皇杯でもふるわなかった。チームの勢いの差が出たのか。
 しかしそんなことはもうどうでもよかった。
  夕方の優しい光線に、父と息子が照らされて歩いている。なにやら話しをしている。私は歩きながら、仕事で来ることができなかった妻にメールで試合結果を伝えている。その横を阪急電車が鈍い光を照り返しながら走ってゆく。
 そんな情景の中で、私はなんだか満足していた。私と私の家族は、サンガを通して何かとても大切なものを得た気がした。
「京都パープルサンガを応援してよかった」
私は冬の空を見上げた。
                                                                        (了)

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2007年11月21日 (水)

元祖むらさき観戦記15

その6

 ラッキーボールを景品に換えてもらうため、私達は総合案内所に向かった。ラッキーボールは、森勇介選手のサインが入ったサンガ・タオルと、12月中旬に予定されている天皇杯のサンガ戦のペアチケットだった。
 しかしそれらをゲットしたことよりうれしかったのは、忘れ物、落とし物のコーナーに下の息子のなくなったカバンがあったことだ。スタッフの人に申し出てそのカバンをとってもらう。中身をあらためて見たが、何もとられた形跡はない。財布もお金も無事だった。
 それにしてもヘンな話である。なくなったカバンは、間違いなく私達の荷物と一緒においてあったのに、どうしてそのカバンだけ落とし物として届けられていたのか。置き引きにあったとしても、中身に何も手をつけていないのはヘンだ。そもそも落とし物コーナーに持ってくる必要もあるまい。
 考えても答えが出そうにない。だが息子は、にこにこしている。サイン入りタオルもチケットも獲得できた上に、カバンまで見つかったのだから、うれしさ満開である。
  妻や父母、義妹とは総合案内所で一旦別れた。妻が運転するクルマで父母たちを一時家に送り届け、それから私達を迎えに来る手はずになっていた。
 私はちょっとした気まぐれをおこし、球技場の反対方向に歩き始めた。
「どこいくの?」
下の息子がきく。
「うん、ちょっとね」
私とて当てがあるわけではないが、ホームゲーム最終戦にふさわしい私の幕切れを求めていたのかもしれない。
 少し進むと、アウェイ側出入り口に人がたまっていた。どうやら、神戸の選手を乗せたバスを見送ろうとしていたようだ。神戸のユニフォームやチームタオルを身につけた人たちがたくさんいる中、紫の「絶対J1」Tシャツを着て歩くのは少々緊張した。しかし私はまた気まぐれをおこし、神戸のファンのかたまりの中で歩みをとめた。
 私のすぐ目の前に小学校5.6年生くらいの女の子がふたりいた。ひとりはカズのユニフォームを着ており、もうひとりは岡野のユニフォームを着ていた。ふたりと目があった私は、
「いやあ、負けちゃったよ」
と声をかけた。彼女らはうれしそうに笑った。
「でも、京都強かったです」
カズのユニフォームを着ていた女の子が答えてくれた。
「0対2だもん、完敗だよ。神戸の方が強かったよ」
私は答えた。彼女らは顔を見合わせて、また笑った。
「神戸から応援に来たの?」
私は訊ねた。
「はい。電車ですぐだから」
近くには彼女のお母さんらしい人がいた。
「そう、気をつけて帰ってね」
私がいうと、女の子は
「はい、ありがとうございます」
と答えた。女の子のはきはきした態度に、私は好感を持った。うちの息子はどうだろうか、そんなことが頭をよぎった。
「それじゃあね」
私はそういって歩き始めようとした。すると、私の気持ちを察したかのように、上の息子が
「さようなら」
下の息子が
「おやすみなさい」
といった。お、なかなかやるな、と私は思った。女の子も「さようなら」「おやすみなさい」をそれぞれが言ってくれた。その時、神戸の選手を乗せたバスが目の前を通り過ぎた。女の子たちは私たちに一礼してからふりかえり、大きく手を振りながらバスにむかて駆けだした。

 しばらく歩くと、球技場の正面玄関についた。そこにも人だかりができていた。やはり、選手を乗せたバスが目当ての人たちだろう。
「バスが出ます、みなさん、危険ですから走らないでください。バスに近寄らないでください」
警備員の若者がハンドマイクで繰り返し注意を呼びかける。しかし、バスの姿が見えると、黄色い声と同時に一斉に人が走り出す。
「走らないで下さい、危険です、バスに近寄らないでくださーい!」
警備員の若者も悲痛な声をあげる。しかしまるで効果はない。
「ったく・・・あぶないっちゅうねん」
若者はハンドマイクを口から離し、ぐったりした表情でそうつぶやいた。
「これは危ないよなあ」
私は若者の後ろから、彼に聞こえるように言った。彼は振り返って私を見た。
「たいへんですね」
私は彼にそういった。彼はちょっと恥ずかしそうに鼻の頭をかいた。
「ご苦労様です」
私はそういって、その場を離れようとした。警備員の若者は、なぜか
「お疲れさまでした」
といって頭を下げてくれた。私とのちょっとしたふれあいが、彼にそういう気分にさせたのだろうか。

 西京極総合運動公園の西側の門から北に向かって歩き、ややあって右折しつらつらと天神川通りを目指す。よく利用する阪急「西京極」駅の人の多さとは対照的に、こちらはそれほどでもない。
 天神川通りをゆくクルマのライトに照らされながら、私達親子は歩く。
「負けちゃったなあ」
私が、誰にいうでもなく、いう。
「平井がキーパーだったらなあ」
上の息子がいう。
「明日、大分が勝ったら、京都J2?」
下の息子はそのことがとにかく気がかりなようだ。
「うん。でも、直接対決3連敗じゃ、だめだよな」
「けど、ジュビロには勝ったよ」
上の息子がサンガを弁護する。
「そうだよな、ジュビロに勝ったんだよな。市原にも勝ったんだよな。で、横浜とか鹿島とかFC東京とか、優勝争いしているチームと引き分けてるんだよな。なのになんで残留争いしてるチームに負けちゃうかなあ」
と私。
「黒部が大分戦でPKはずしたから?」
下の息子。
「けど、そのおかげで市原に勝ったと思うよ」
これは上の子。
・・・・
 息子達とこうした道行きははじめてかもしれない。どこまでも歩いていきたい、そんな気がした。

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2007年11月15日 (木)

元祖むらさき観戦記14

その5

 キックオフ前から、実は私はかなり酔っぱらっていた。寒いからといって、少々熱燗を飲み過ぎてしまったらしい。
 ファインダーを覗いても、選手をおっかけられない。無理すると気持ち悪くなってしまう。大事な試合だというのに、情けない話だ。

Photo_10
 しょうがないのでカメラはあきらめる。
 サンガの立ち上がりは、やっぱり今日もかたかった。サッカーすることが、楽しそうでない。顔の表情までは見ることができないが、もしかすると彼らの顔はひきつっていたかもしれない。
 先取点をどちらが取るか。それがこのゲームの勝敗を決することになるだろうと私はにらんでいた。先取点は欲しかったが、しかしとれそうな気配はなかった。
 「この分だと、とても、勝てそうにない」
これはファン心理が生み出すペシミズムでもなんでもなく、観察から導き出される当たり前の推論であった。DFに問題を抱えている・・・。
 案の定。前半11分、急造DFビジュのクリアミスから1点を献上する。神戸FW幡戸のゴールだ。
「ほらね」Photo_9
私は心の中でつぶやいた。
「これで決まった。降格だ」
コップの中に残っている酒を、暗澹たる気持ちと一緒に胃袋に流し込む。
 しかし、なってない。
「直接対決で3試合とも先制点をしかも前半にとられているようじゃ、いけない」
このことである。
 前半のそれ以降は、正直あまり記憶にない。私の中のゲームはもう終わってしまっていた。ただ、DFのビジュがセンターラインの少し手前で口惜しそうに前線にパスを送るシーンが瞼に焼き付いている。
 ビジュは、攻めたそうだった。センターラインから少なくとも後10メートルが、ビジュの仕事場だった。そこに侵入していけない。そういう役目ではない。つらそうだったし、つまらなそうだった。
 後半にも1点を加えられ、いよいよ敗色濃厚。
 終了間際、黒部や松井も果敢に攻める。とりわけ、松井大輔がフェイントを駆使し、たったひとりで相手DF群の扉をこじあけて放ったシュートは圧巻だった。ボールは確かにキーパーの脇を通り過ぎたのだが、その後ろにまだDF北本がいた。北本は松井のシュートをヘッドでクリアした。観客の歓声は、一気に悲鳴に変わった。息子達も天を仰いだ。
 しばらくして長いホイッスルが吹かれた。ゲーム終了である。
 サンガは、今シーズンのホーム最終戦を勝利で飾ることができなかった。サンガは西京極初勝利を神戸にプレゼントしてしまった。そしてサンガは、奇跡でも起こらない限りJ1残留は無理、という状況になってしまった。

Photo_11

  選手が挨拶にまわる。一様に肩を落とし、まともに観客席を見上げることができた選手など誰もいなかった。ファンやサポーターからは励ましの声とそれから罵詈雑言の野次がとんだ。胸をしめつけられる場面だった。
 我が子は選手たちに何も声をかけられないでいた。
「これでJ2降格?」
下の息子がきく。
「まだ決まったわけじゃないけど・・・」
歯切れ悪く、私が答える。
 明日、大分が市原に勝てば、サンガの降格は決定的になる。しかし例え大分が敗れたとしても、サンガの苦境はかわらない。現在大分の勝ち点は24、得失点差ではサンガのはるか上にいる。サンガの勝ち点は23のまま。残留争いのもうひとつのライバル仙台も、現時点で勝ち点23ではあるが得失点差でサンガの上をいく。
 サンガが勝ち点で大分と仙台を上回るためには、最終節でサンガが勝ち、大分は明日の試合に負け、最終節の大分対仙台戦がドローで終わる、というシナリオしかない。ありえない話じゃないが、ムシのいい話でもある。
 そもそも残留争い直接対決3連敗のサンガに、最終節を勝ち抜ける力があるのだろうか。相手は強豪、ガンバ大阪なのだ。
「相当、きびしくなったことは確かだな」
私の言葉に、上の息子が絞り出すようにこたえる。
「ああ、次の試合、勝って欲しいなあ」

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2007年11月14日 (水)

元祖むらさき観戦記13

その4

 「ねえねえちょっと!仙台負けてる!!」
近くの席の若い女性が大きい声で叫ぶ。携帯のサイトで情報を得たのだろう。仙台は横浜F・マリノスとの対戦だ。この試合で仙台に勝たれると、サンガとしては非常にまずい。ライバルチームにはとにかくひとつの勝ち点も得て欲しくない所なのだ。
 そんな状況だから、仙台の劣勢のニュースは周辺のサンガファンたちの喝采を受けた。
「よっしゃ、今日は仙台負けてくれよ」
「マリノスがんばれー」
息子たちである。
 「ええ?今日のキーパー、平井とちゃう(違う)!ビジュがDFやて!」
さっきの女性がまた大きな声でそう叫んだ。
「平井と違う?」
平井ファンの上の息子は、とびあがって驚いた。

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 私はそのことにも驚いたが、ビジュがDFだということにも驚いた。信じられないので、携帯でサッカーのサイトを開いてみた。いくつかの階層をもぐっていくと、試合のスターティングメンバーを見ることができる。確かに、平井は控えに回され、ビジュはDF登録だった。
 ビジュは中盤の選手で、とにかく精力的に動く。守備も攻撃もこの男がいつも絡んでいる。それに、どちらかというと守備より攻撃の方が好きで、実際のプレイも攻撃の比重が多い選手だ。その選手をDFに?
 サンガには国際大会や累積警告のためこの試合に出場できないレギュラークラスのDFがおり、そのことは頭の痛い問題だ。しかし、控えのDFがいないわけではないのだ。
 キーパー平井もベンチ入りしているのだから怪我をしたわけではあるまい。何のための交代なのか。意図が見えずらかった。仙台戦直後のピム監督更迭後、監督にはサンガ強化部長であり総監督の木村文治氏が就任していた。
 監督交代劇と何か関連があるのか。しかしおい、負けられない試合なんだぞ。私の胸に重苦しい空気が忍び込んできた。
 正直、このスターティングメンバーを見るまでは勝てる気でいた。しかし、この意図のよくわからないメンバー構成を見て、不安になった。
 とはいえ、前節は変化のないスタメンに現状打開の意思が見られない、などといっていたのだから、私も勝手なものである。
 一方、ヴィッセル神戸のスタメンにカズこと三浦和良の名前はなかった。カズはこういう大事な試合で大きな仕事をする選手なので、スタメンにいないことはありがたかった。でも、生でプレイしているところを見てみたかったので、そういった意味では残念だった。

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2007年11月 8日 (木)

元祖むらさき観戦記12

その3

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 父、母と義妹が来るまでしばらく時間があった。私は娘と軽食コーナーへ買い出しに向かった。熱燗と、こどもたちにフランクフルトと牛串を買った。先日誕生日を迎えた娘との約束で、サンガのフラッグを買おうとしたが、あいにく売り切れていたのでマスコットのコトノちゃんの縫いぐるみを購入した。娘は大喜びしてくれた。
「次は旗ね」
娘はにくらしいほどかわいい笑顔を浮かべて、「あたしは旗をあきらめていないからね」というメッセージをキチンと伝えた。
 息子達は絶対J1シャツを着込んだ。私もジャンパーの上から着た。もちろん妻もだ。もらったタオルは頭にまいた。まわりの人たちも同じような格好である。
 スタジアムではDJが観客にTシャツの着用を依頼していた。またタオルを広げて頭の上で掲げてくださーい、と声をかけた。バックスタンドは紫一色になった。壮観だった。
「合い言葉は、絶対J1。みなさんの力を選手にくださーい」
DJの絶叫が西京極に響く。ホームゴール裏ではサポーターが応援歌を歌っている。大きな旗を振り回している。
 そうした様子を撮影してると、デジカメを持った女性が私達のそばにやってきた。
「サンガのホームページ担当の者ですが、お写真とらせていただいていいですか」
その女性がいった。サンガのホームページでは試合ごとにスタンドの様子を撮影して掲載している。私はそのことを知っていたので、
「ぜひお願いします」
と二つ返事。
「どこから来られたのですか?」
撮影しながらその女性が質問した。
「長野県からです」
と答えた。
「ええ?そんな遠くから・・・観戦は初めてですか?」
「いえ、あの、2ndステージ4回目です。えっと、実家がこのすぐすばなんでぇ・・」
なぜか言い訳がましくなってしまう私。その方は
「そうですか、応援ありがとうございます。うれしいです」
と深々と頭を下げて下さった。
「ねえ、ホームページ載るの?」
「京都パープルサンガのホームページに?」
その女性が去ってすぐ、息子たちが訊ねる。
「そうみたいだな、なんかうれしいな」
私が答える。
「うん」
「うん」
ふたりの息子がうなずく。息子ふたりと私の3人が写ったこの時の写真は、今でもサンガのホームページにある。きっと新しいシーズンを迎えるまでそのままだろう。

Photo_7

 太陽が西に傾いてきた。11月末の風は冷たい。しかしスタジアムのボルテージは序々に高まってきたようだ。ホームゴール裏のサポーターの中には、もう上半身裸の者がいる。
 アウェイのゴール裏も、この日はいつもと違った。敵チームのサポーター席はいつも空席が目立つのだが、今日のヴィッセル神戸のサポーターはかなりの人数だった。
 神戸は近い。電車でおそらく1時間半程度ではないか。接続もいいから高学年くらいだと自力で移動できる。
 しかし、他にも重要な要素がある。
 神戸はこのゲームに勝つと、最終節を待たずにJ1残留が決まることになる。たとえ最終節で負け、ライバルチームが全てのゲームに勝ったとしても、降格ラインの15位以下になることはなくなるのだ。神戸にとっても、非常に重要なゲームなのだ。サポーターの多さも頷ける。
 一方、サンガはすでに崖っぷち。この試合に敗れると、今節の大分戦の結果如何によっては降格が決まってしまう。私もいろいろとスポーツ観戦をしてきたが、こんなに重要なゲームを目撃したことはない。
 サンガは、ヴィッセル神戸とはこの西京極で対戦して負けたことがない。その上、今シーズン1stステージでは敵地で神戸を撃破している。残留争い直接対決第3ラウンドは、そうした有利さを思わせる条件が目についた。いや、目につかせたというべきか。
 いつのまにか、試合開始1時間前。父母や義妹とも合流できた。義妹のおなかには赤ちゃんが宿っている。あんまり興奮しないで済むゲームにしてほしいなあ、さっさと先取点とってさ、なんて都合のいいことを考える。

 試合開始前に、サンガの選手がミニサインボールをスタンドに投げ込むイベントがある。私たちが陣取っているあたりは、よく投げ込まれるスペースのひとつだ。
 選手がボールを持って登場すると、スタンドのこどもたちは一斉に立ち上がる。中にはグランド近くまで急いで降りていく子もいる。
 ボールが次々投げ込まれる。そのうちのひとつが、運良く妻の所にとんできた。妻が立ち上がり、手を伸ばす。妻は飛び込んできたボールを捕まえ損ねて下に落とすが、すばやくしゃがんでしっかり握った。そして、やったーという顔で私を見る。
 下の息子がそれをとりあげようとする。妻は一旦制そうとしたが、ちょっと考えてボールを手渡した。
 カバンをとられてしまった息子へのいたわりの気持ちだろう。私もそうしてやってほしいと思っていたので、うれしかった。

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2007年11月 7日 (水)

元祖むらさき観戦記11

その2

 西京極には開場の2時間前に到着した。かなりの人出だ。毎度のことだが、
「余ってるチケットあったら買うでえ」
と寄ってくるダフ屋のおじさんを振り切りながら競技場への橋を渡る。
 今日は招待券をチケットと交換するために総合案内所に行く必要がある。園内にある案内板で位置を確認すると、子どもたちの手を引っ張って進む。クスノキだろうか、南信州ではめずらしい照葉樹が風に吹かれて枝をゆらしている。
 招待券チケット交換窓口はすぐにわかった。チケット交換は開場の1時間前からとなっていたので、まだしばらく時間はある。私達の前には一組の人しかいなかった。大事な試合だし、ホーム最終戦で込むだろうから早めに来たのだが、さすがに張り切りすぎたようだ。
 ここで驚いたことがある。案内所などのテントの下で働いているスタッフらしき人が、皆おそろいのTシャツを来ているのだ。
 それは白いTシャツで、前面に紫のインクで突き上げるような拳の絵と「絶対J1」という文字が太ぶとと書かれてあった。昨夜のホームページの異例の書き換え、そこにあった「合い言葉は絶対J1」というメッセージ。それがこんなカタチで表現されているとは思いもよらなかった。
「おい、みんな絶対J1って書いたTシャツ着てるぞ」
息子にいう私。
「ホントだ」
「あ、いいな、欲しい」
息子たちは口々に言う。残留への大事な一戦、ホーム最終戦・・・チームのフロントもスタッフも力が入っている。
 5分、10分と時間が過ぎてゆく。さすがに子どもたちは退屈し始めた。しかしこうした事態を予測していた私は、サッカーボールを持ってきていた。これさえあれば、子ども達は時間をつぶせる。実際、園内のあちこちでボールを蹴っている子ども達がいた。
「あそこの芝生のところで、ボール蹴ってこい」
サッカーボールを息子たちに渡すと、ふたりは大喜びで走っていった。妻は
「ねえ、観客席の方、みんなもう並び始めてるから、私も行って来る」
と、末の娘とスタジアムの入り口に向かった。たしかに、紫の列が出来始めている。
 チケット交換をすまし、私もひとしきり息子達とボールの蹴り合いを楽しんだ後、私たちは妻と娘のいる列に向かおうとした。その時
「ねえ、ボクのカバンがない」
と下の息子がいう。
 息子のカバンは、ボール遊びをしていたすぐ後ろの大きな木の根元に、私のリュックやカメラ機材他の荷物といっしょに置いておいた。他の荷物は全部あるのだが、息子のカバンだけがない。聞けば双眼鏡とコンパクトカメラ(もちろん廉価版のもの)の他に、数千円入りの財布が入っていたらしい。お金は、祖父が折々にくれるお小遣いを貯めたものだ。息子はそれを自分用のスノーボードを買う資金の一部にしようと考えていた。
 2年生の息子はずっと山村で育ってきており、家の窓やクルマの鍵をしめる習慣がないことに慣れている。人は安心の対象であり、こっそり盗むなんてことはテレビの中のできごとくらいにしか思っていなかったのではないか。それが、我が身に降りかかった。
 息子は、その後無言だった。私は妻にそのことを告げ、しばらく一緒にあたり一帯を探してみたが、元より無駄なことだった。
「おい、口惜しいなあ」
私は息子の肩をたたいてそう言った。息子は私の目をしばらく見つめ、視線を逸らしてからうなずいた。その目は確かに潤んでいた。
「ちぇっ」
私は舌打ちをしてから息子の手を引き、もう一度妻が待つ列に戻った。妻は私達の様子を見て悟ったのだろう、
「これからは気をつけなね」
といって、息子の頭をなでてやった。
 
 開門した。
 どうと人の流れが動く。チケットを見せ、スタジアムに続く階段に向かう。そこで人だかりができていた。階段の途中で、スタッフの方がマッチ・デイ・プログラム(試合のパンフ)と、サンガのロゴやエンブレムを染め抜いた紫のタオルを配っていたのだ。
 タオルは今日、先着3000名に配られる予定のもので、私はそのことを知っていた。しかし他にも配られているものがある。例の、スタッフがおそろいで着ている「絶対J1」Tシャツだ。
 こうした時の人の流れに慣れている人はすごい。いや、すごいというか、図々しい。
 我々田舎家族は順番を守ろうとついスピードダウンしてしまうのだが、そんな私たちは図々しい人たちにとってはオイシイ存在に違いない。右から左から、おじさんもおばさんもお兄さんもお姉さんも子どもも、すごい勢いで抜かしてゆく。肩をぶつけられ、手でかきわけられ、隙間にわりこまれ・・・妻と娘とははぐれてしまい、私と息子ふたりは配布現場の1メートル手前からまったく進めないでいた。
 私はだんだん凶暴な気分になっていった。私が大嫌いだった都会の喧噪、私が大嫌いだった都会の匿名人間のあつかましさにもまれ、若い頃その全部をぶち壊したいと願った無様な「キョウト」との再会に、かつてと同じような底知れぬ憤怒を覚えた。
「気をつけろ」
私は大声で怒鳴ってしまった。しかしその声に反応する者はいない。いる筈がない。私の怒りは垂れ流しにされたままで、欲望の列に変化は訪れない。
 仕方ない。私は子どもを自分の体の前にして、肩を大きく左右にゆすり、周囲の進行を妨げながら進んだ。ようやっと配布場所にたどり着き、人数分を得た。
 得ることができたのに、悲しかった。
 私はそういう列に参加したくない人間だった。だから、顔を背けるように、のめりこむように、山に向かった人間だった。むき出しの欲望ほど、醜いものはないではないか。
 息子のカバンの件といい、無様な列の件といい、私は試合が始まる前からなんだかしょんぼりしてしまった。バックスタンドホームゴール側のかなりグランドよりに席を決めた私は、無言で家族分の席に荷物をおいて確保していった。
 先ほどの階段ではぐれた妻と娘が、私を見つけてやってきた。妻はやはり、Tシャツを得ることができなかったようだ。困ったような顔をしてこちらを見ている。
 その姿を見て、私は少し救われた気がした。

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2007年11月 1日 (木)

元祖むらさき観戦記10

9.絶対J1  ヴィッセル神戸戦(0対2 勝ち点0)

その1

 ホーム最終戦では、私はファンクラブからいただいたゲーム観戦券を利用する予定でいた。すなわち、このゲームは無料で見ることが出来る。私を含め、家族全員がファンクラブなので、家族みんなでサンガの崖っぷちの戦いを見に行ける。故郷の父も、母も、義理の妹も、一緒に観戦に行く。今やサンガホームゲーム観戦は、我が家族の一大イベントである。
 前夜、サンガのホームページを見てみた。
 以前からゲーム終了後には定期的にチェックしていた私だが、仙台戦以後、ピム監督が更迭されるという大事件が発生しており、チーム動向が気になって仕方がないので、ここのところは毎日チェックしていたのだ。そこで異変に気付いた。
 サンガのホームページでは、チームマスコットのパーサくんが全試合結果にあわせたメッセージを話す。たとえば、「黒部ハットトリックでセレッソ大阪を撃退!日本のエースはやはりこの男だ」とか「無念の敗戦・・・・それにしても今日のサポーターの盛り上がりはすごかったなあ」等である。メッセージは基本的に次節の試合終了後まで変わらない。異変とは、そのメッセージが変わっていたことである。全文は忘れてしまったが、メッセージは「合い言葉は、絶対J1!」という言葉で締めくくられていた。
 「おい、合い言葉は絶対J1、だってよ」
 冬にむけ、息子の帽子を編んでいた妻に声をかけた。妻が編み物の手を休め、モニターをのぞき込む。
「へえ、合い言葉は絶対J1か。でも、こんなことになるなんてね」
妻がいう。
「直接対決に、ふたつとも負けちゃったからなあ」
深いため息とともにいう私。
「それだけのチームだったってことでしょ」
妻が珍しく手厳しいことをいうので、ぎょっとする私。
「・・・黒部のPK、かなあ」
煙草に火をつけながら、私がいう。大分戦のことだ。
「けど、あの試合で失敗したから、市原戦に勝てたんじゃないの?」
その通りだ。
 そもそもこの会話自体、我が家で何度も繰り返されている。幾度勝ち点の計算をしたことか。あの試合で勝ち点3がとれてれば、いや、1でもいい・・そうしたら・・・あの時、相手へのマークがこうだったら、あの時キーパーがもう何センチか出ていれば・・なら・・・。
 スポーツに「たられば」は禁句だが、スポーツ観戦にはありだと常々私は思っている。「たられば」がイマジネーションを豊かにし、観戦を重層的なものにする。しかし、結果が出た後の「たられば」話はむなしくもある。
 翌朝早く、私たちはクルマに乗り込み京都へ向かった。暗いうちの出発だった。一宮のパーキングエリアで日の出を迎えた。朝の空気は凛と冷えていたが、赤く差し込む朝日があたたかさを運ぶ。太陽がみるみる高度をあげてゆく。息子たちはしばらくその様子をじっと見ていた。やがて満足したのか、ふうと大きく息をはき、
「さ、行こう」
と私を促した。
 運命の日があけた。選手たちはどんな気持ちで今朝を迎えたのだろうか。

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2007年10月31日 (水)

元祖むらさき観戦記-9

8.予感  (ベガルタ仙台戦 1対3  勝ち点0)

 結論から言おう。サンガは負けた。私はスタメンを見たとき、負ける予感がした。スタメンはいつもとかわらなかった。だが、負ける予感がした。
 予想通り、先制点を取られた。そして追加点をとられ、だめ押しをくらい、負けた。
 先制点と追加点は相手チームのエース佐藤が決めた。京都は終了間際にFWレジが一矢をむくいたが、焼け石に水である。
 前節大活躍の黒部には決定的な場面すらほとんど訪れなかった。松井がひとりで局面を打開しようとペナルティエリア内で奮戦していたが、ゴールネットを揺らすには至らなかった。
 市原戦の勝ちを生かすためには、この試合に勝つ必要があった。なんといっても、目標はJ1残留である。勝てばサンガの勝ち点は26で仙台は20。残り2試合なので、仙台の降格はほぼ決定的となった。こうしたゲームをモノにできると、自信につながる。
 しかし、前節終了時の不気味さは今回の結果を占っていた。
 若いチームである。裏付けとなる結果やゲームを支配する勢いがないため、心のどこかに怯えが走るのではないか。先取点をとればそれが最高のカンフル剤となり、俄然優位に試合を進めることができる。しかし逆ともなれば、その時点でほぼ勝敗が決してしまう。
 サンガは今シーズン、逆転勝ちをほとんどしていない。先取点を奪われると負け、という構図は、選手の記憶に染みついてしまっているに違いない。そして事実、このゲームもその通りになってしまった。

 ゲーム前の私の予感について、少し説明する。
 磐田戦で初勝利をあげたゲームは、黒部の1トップだった。引いて守り、失点せずにカウンターで1点、という戦法をスタメンの布陣で示し、事実そうなった。奇襲を礼賛するわけではないが、不動のシステム、不動のメンバーで戦いに臨むほど高いレベルにいるチームではない。なりふり構わず勝ち点を奪いにいく姿勢が必要なのではないか。このゲームのスタメンを見た時に悪い予感がしたのは、その姿勢が感じられなかったからだ。
 ピム監督はオランダ人である。オランダ人監督は戦略に頑固だと聞く。また彼はW杯日韓大会の際、コーチとして韓国の躍進を支えた実績がある。そうしたことが今回の戦略判断に影響したのか。サイドを切り崩してもいいクロスがあがらない、相手の手数の少ない攻撃でゴールを許す、前がかりになってさらに悪い状況が生まれる・・・。幾度も見た光景が、テレビの画面でまたもや繰り返されていた。
 前節の黒部の2ゴールも、松井のゴールも、ピム監督が掲げるサイド攻撃からの得点ではなかった。3点とも、ロングボールが起点となっていた。サンガがやられ続けたパターンだ。しかし実は、それはサンガがかつて得意としていた戦法でもあった。私はこのゲームでも、それが見たかった。そうするものだと思っていた。しかし、何かの呪縛にかかったように、失敗を続ける単調な攻撃が続いた。そして、試合が決定的になってから、ようやく狙い通りの戦法で1点がとれた。しかしそれがどうだというのだ。
 我が子は、私からゲームの結果を聞くまで、サンガの勝利を信じて疑っていなかった。スコアを言った時、3対1でサンガが勝ったのだと喜んでいた。逆だと知り、顔がこわばった。下の息子が
「J2になったらどうする」
と聞いた。私が答えるより前に、上の息子が
「応援する。決まってるじゃん」
と答えた。「まだわからない」とか「次勝てば・・・」とか、そんな言葉は出なかった。子どもたちなりに、この敗戦の持つ大きな意味を理解していたのだ。
 神戸は柏レイソルと引き分け、大分も名古屋グランパスと引き分けた。ともに勝ち点1が加わる。残留争いのチームの中で、京都パープルサンガにだけ、勝ち点が加わらなかった。
 サンガは残る神戸戦(直接対決第3ラウンドにしてホーム最終戦)とガンバ大阪戦に連勝して勝ち点を29とし、神戸(現在勝ち点27)、大分(同24)、仙台(同23)が1勝1敗以下の成績で終わることを期待するよりない状況となった。
 仙台と大分は最終節で対戦が組まれており、その結果が残留争いに大きな影響を与えそうではあるものの、サンガにとっては次節の神戸戦が運命の分かれ目となる。
 いよいよ残留争いは大詰めを迎え、サンガは土壇場を迎えてしまった。

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2007年10月25日 (木)

元祖むらさき観戦記-8

7.意気地    ジェフユナイテッド市原戦(3対2 勝ち点3)   

 私はしばらくへこんでいた。母からも「黒部があかんな」という電話がきた。下の息子は黒部のTシャツを着ようとせず、妹の角田のTシャツを着て学校に行くようになった。寒くなってきたので、長袖の上から着てゆく。
 あのPKがとれていたら・・・。一体何度同じことを考えたことか。同点なら相手が得る勝ち点は1になり、こちらも勝ち点1が貰える。これなら両チームの勝ち点の差はゲーム前とかわらなくなる。サンガにとって、この状況をつくることが最低限のミッションではなかったか?それをもう掴みかけようとした所で、勝ち点は全て滑り落ちた。そして相手に勝ち点3がわたった。
 それにしても、と思う。黒部光昭の受けた衝撃はいかほどのものなのか。

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 黒部は上品なストライカーだ、と私は思う。それは彼のプレイからも感じるし、何より試合後のコメントを聞くに付け、痛感する。
 ここでいう「上品」に、気迫がないとか、闘志が前面に出てこないとか、そういうニュアンスはまったくない。
 黒部は左右の足でシュートが打てるし、ヘディングの打点も高い。ポストプレイもできればミドルシュートも打てる。日本代表監督のジーコが言うとおり、オールマイティなフォワードだ。同じチームのキーパー平井は、「クロさんのシュートはコースがわかっていてもとれない」と何かのインタビューで答えていたのを見たことがある。「カズさんや黒崎さんのシュートを受けてきた僕がいうのだから・・・」と平井は付け加えていた。サンガにおける存在感は抜群だ。
 断言してもいいが、黒部は人を悪くいうことなど金輪際ない男だろう。彼が左右の足でシュートが打てるのも、決して身長が高いわけでもないのにヘディングの打点が高いのも、すべて味方のためだ。どんなクロスでもゴールに突き刺してやるから、という彼の決意の現れに他ならない。クロスの精度が悪い、と言われ続けているサンガだが、黒部はいつでも、何度でも前線の壁を越えようとダッシュやジャンプを繰り返していた。
 また審判への抗議や敵へのファールも少ない。大分戦のPKの際、相手FWの吉田がしつこくオフェンスラインを気にして大声をあげ続け黒部の集中力をそごうとした行為に対しても、その結果キックを許す笛がなかなか吹かれなかったことに対しても、黒部は何も批判めいたことをいわなかった。試合後にインタビュアーが水を向けても、だ。ただ自分の責任です、と潔よい。そこが、上品だというのだ。
 そんな黒部だからこそ、あの場面でのPK失敗はこたえている筈だ。上品な男は、常に責任を自分にまわす。「大事な場面で、おれは何をやってるんだ」「チームに迷惑をかけた」そんな気持ちに押し潰されそうになっていたおしても、まるで不思議ではない。
 しかし黒部光昭はサンガのエースだ。次の試合にも出なければならない。

 次の試合は11月8日、西京極でジェフ市原を迎える。
 サンガはジェフに対して、この節までに4勝9敗と大きく負け越している。
 大分戦に破れた京都は勝ち点20のまま。得失点差で最下位である。この時点で、いわゆる自力残留の可能性はなくなっていた。サンガが残り試合全て勝っても、ライバルチームが負けなければ降格してしまうということだ。次の対戦相手が苦手だろうとなんだろうと、勝つよりない。そんな厳しい状況に立たされているサンガである。
 市原戦の見所は、ずばり、黒部の出来だ。我が目で見たい。しかし当日は、皮肉なことに京都にこそ家族全員いるものの、仕事の関係でスタンドに応援にはいけない。南信州のこどもと京都のこどもの交流登山の日なのである。私が仕掛けた仕事なので、抜けることは絶対に許されない。

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 この日の登山は愛宕山である。愛宕山は京都市の北西に位置する。眺望がいい山とは言い難いが、ビューポイントはいくつかある。とりわけ7合目あたりから見下ろす京都市はすばらしい。こどもたちに「京都タワーが見えるかな?」などといいながら、ついつい西京極の照明灯を探している自分がおかしかった。登山中、すれ違った人のうち何人かは京都パープルサンガのタオルを頭にまいたり首にまいたりしていた。その度、こどもたちが、「ねえ、今の人・・・」と教えてくれた。さすがご当地、と私もうれしかった。

 登山は午後3時半に下山の予定で、ゲームは午後3時スタート。終わりの会を済ませて京都のこどもたちを見送ると、早速携帯で試合の模様をチェックする。しかし電波状況が悪く、接続できない。「京都市ともあろうものが携帯もつながらないところがあるのか、けしからん」と悪態をつきながら、妻が運転するマイクロバスに乗り込む私。おとなしく市街に出るのを待ち、再びアクセス開始。ゲームは後半も中盤にさしかかっている時間帯だ。祈るような気持ちでサイトのページを繰る。
「京都2対市原0」
という字が目に飛び込んだ。
「すげえ」
思わず声をあげる私。
「どうしたの?」
紫魂の妻が問う。バス車中には私に感化されてすでにサンガファンになってしまった子もいるので、何事かと色めき立つ。
「京都勝ってるよ!2対0だ」
「すげええ!!」
車中、騒然。
「誰が点とったの?」
誰かが聞く。私も気になっていたので、その情報を得ようと携帯を操作していた所だ。該当するサイトが開いてゆく。
「黒部光昭24分(アシスト 斉藤大介) 黒部光昭60分(アシスト ビジュ)」
という字が現れる。私は鳥肌が立った。なんて男だ!クロベ!
 「うららー、うららー、京都のクロベ、うららー、うららー、ダダンダダンダンダン・・・」
車中に黒部の応援歌が響く。
「すごいね、黒部」
妻がうっとりしたような声でいう。バスは丸太町通りを東に進んでいる。ネオンがまぶしくなる時間帯だ。
 堀川丸太町で右折し、二条城の前を通り過ぎようとした時、また試合経過を確認してみた。3対0になっている。黒部のハットトリックか、とすぐに詳細表示のページへ。
「ねえねえ、どうなの?」
妻がハンドルを握りながら気にする。画面には松井大輔という名前が出ていた。しかしアシストは黒部!ファンタジスタ松井とエース黒部のホットラインかよ!それが見たかったんだ!!
 それにしても、黒部光昭。さすがエースと呼ばれる男である。この活躍で前節のPK失敗を帳消しにできるわけではないが、彼の意気地が感動的ではないか。
 スポーツ観戦は、やはりひとつのゲームだけ抽出して見たのでは面白みが半減だ。そのゲームで、いったい選手に何が起こっているのか、そのプロセスを知ることが、観戦をより豊かなものにする。私はそのことを再確認した。
 バスは五条通りを清水寺の方へ向かってゆく。
「こういう試合を、生で見たいわよね」
と妻。
「まったくだなあ」
私がうなずく。今夜は東山区の泉涌寺の塔頭のひとつ、戒光寺に宿泊する。ゲームの残り時間は5分ほどだ。まず、ひっくりかえされることはないだろう。私の仕事も今日の所は順調だし、まさに至福のひとときだ。
 戒光寺に入る前に、銭湯で汗を流すことになっていた。バスが銭湯の前で止まる前に、試合終了の情報を得ようと携帯を見る。見て、私は驚いた。試合結果のスコアが3対2になっているではないか。86分と89分に、林という選手に立て続けにゴールを奪われている。
 終了間際の失点はサッカーにはよくある。しかし、このゲームはシャットアウトしておきたかった。シャットアウトして初めて、悪い流れを切ることができるのではないかと感じていた。
 次節の対戦相手は、ベガルタ仙台である。残留争い直接対決第2ラウンドだ。攻守ともに不安があるサンガにとって、このゲームで3点取ることができた事実はすばらしい。しかし終了間際に2点取られたことはおおいに不満であり、不安である。
 油断であろうか。
 昨シーズン年間5位、天皇杯優勝のチームが残留争いをしているのには様々な理由があるだろう。そのひとつに、「俺達は強い」という油断が心のどこかにあったのではないか。若いチームだけに、心の歯車が狂うと修正までに時間がかかる。
 後日ビデオで見たインタビューでも、松井大輔は2失点について不満を顕わにしていた。今節、神戸も大分も仙台もそろって敗れたため、サンガはこの勝利で再び自力残留の可能性を得た。しかし京都パープルサンガは不気味な不安感に包まれたまま、アウェイでベガルタ仙台と激突する。

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2007年10月22日 (月)

元祖むらさき観戦記-7

6.エース 大分トリニータ(0対1 勝ち点0)

 まさかの敗戦だった。
 0対1というスコアをインターネットで見たとき、胸に中に大きな穴があいたようだった。
 大分トリニータは今シーズンJ1にあがったばかりのチームである。良い選手もいる。とりわけ守備が堅く、下位に低迷するチームではあるが失点はJ1でも少ない部類に入る。とはいえサンガが負けるという予想はまるでしていなかった。
 ところが試合前、
「サンガは負けるよ」
と予言した知人がいた。熊本は遠い、というのがその人の根拠だった。
 「遠いと負けるのか?」と私はいぶかしんだ。ただの一戦じゃない、残留争いの今後を大きく左右する一戦だ。選手にとって移動距離が長いとか、遠いからサポーターがあまり応援に行けないとか、そんなことが理由になるか、と思った。
 しかし考えが浅かった。相手も、負けたくなかったのだ。

 妻といっしょに、ビデオで試合の様子を見た。大分トリニータの1点は試合前半、カウンターからの得点だった。角度のないところから、FW吉田が決めた。サンガのディフェンダーを背負ったままの強引なシュートだが、キーパーを抜けネットを揺らした。
 今年のサンガは、先制点を奪われるとまず勝てない。データ通りなら万事休すだ。ゲームは攻めるサンガ、守るトリニータという様相を明確に呈し、時間が過ぎてゆく。
 後半。サンガのピム監督がめずらしく攻撃的な選手交代をした。3人の交代枠をすべて使って、攻撃的なMFを2枚、FWを3枚にし、得点をとれという意思をとばした。
 これが効を奏した。後半33分、トリニータのペナルティエリア内で鈴木慎吾がファウルをもらう。PKだ。
 私は結果を知っているというのに、これでいける、と心が躍った。
 キッカーはエース黒部光昭。
 FC東京戦では、黒部がPKを決めたシーンをこの目で見ている。PKで得点できないことなどそうあるものではない。同点に追いつければ、時間帯からいって勝ち点1は間違いないだろう。波にのって波状攻撃をかければ、あるいは逆転も・・・。繰り返すが、私は結果を知っている。にも関わらず、画面に食い入ってしまう私。
 黒部のシュートは、キーパー岡中にはじかれた。
 私はそのシーンを何度もビデオを巻き戻して見た。PKをとめたのはキーパーだから、キーパーをほめるべきた。テレビの解説者は、そのキーパーはPKが得意だと言っていた。後でデータを見てみると、確かに今シーズン、サンガ戦を含めて彼には2度PKの機会があり、2度ともとめている。
 しかし、黒部のシュートも中途半端ではなかったか。

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「もっと端っこに蹴らなきゃ」
妻が言った。私はサッカーの機微などわからないので、黒部のキックにどういう意図があったのか、またミスショットだったかもどうかも判断できなかった。しかし、妻の言葉にはうなだれたままさらに頭をたれた。
 サンガはその後も攻めた。決定機もあった。しかしチャンスは成果を結ばす、そのままタイムアップ。審判の笛が無情に響く。1点が遠かった。
 残留争いをしている大分トリニータに、勝ち点3をプレゼントしてしまった。大分にとって、セカンドステージ初勝利である。ここに来てなぜ苦しんでいる相手に初勝利をプレゼントしてしまうんだ、私は勝利の女神の意地悪さを嘆いた。
 仙台は東京ヴェルディと引き分け勝ち点1を得た。神戸は強豪鹿島アントラーズに勝ち、勝ち点3。この試合では、神戸のベテラン・カズが値千金の1点を奪った。「さすがキングと呼ばれる男」と、メディアはカズの活躍を大いに取り上げた。
 大分のエース吉田も、直接対決の大一番で先取点をもぎ取った。
 エースがPKをとめられたサンガは、最下位に沈んだ。

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