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2012年12月22日 (土)

ああ、百人一首

 なにをかくそう。
 私は百人一首が大の苦手で。
 ていうか、覚えるのがなんともいやで。
 高校のときには、頑強に抵抗をし。

 たびたびの追試においやられるも暗記することを潔しとせず。

 どの作者がただ暗記されることを喜ぶか、と。
 オレはいやしくも創作を愛でるものであり。
 創作者は共感や感動を欲しているわけであり。
 決して丸覚えを求めているわけではないのであって。

 現国も古文も漢文もよっゆーの私ではあったが。
 こと百人一首が評価につながったあの学期においては。
 いささか不細工な通知表になったものだ。

 ことわっておくが。
 ほかもたいがい、不細工だったことはまあ相違ない。

 だがしかし。

 月日がたつと考え方もかわるもので。

 いや、違う。

 長く生きていると百人一首が耳に入ることも多くなり。
 口にすることも多くなり。

 いつのまにか、そこそこ。
 あくまでそこそこではあるのだが。

 丸ごと覚えている歌も増えてきて。

 それこそ、「む」ならば「きり」の境地もわからぬではない。

 ずいぶん回り道をしたようだが。

 しかし小僧の分際で「ものおもう」狂気がわかるものかと。

 をとめのすがたをとどめておきたい透明な気持ちもわかるまいと。

 この歳になったらなったで偏屈を。
 こいてる自分にまた苦笑いだ。

 ああ、笑おう笑おう。

 いと、おかし。

 
 
  

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コメント

理屈ですなぁ。

投稿: みじんこ | 2013年1月10日 (木) 02時02分

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