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2012年5月14日 (月)

サッカーいろいろ

 小学生のときは野球してました。それからアウトドアブームに乗り、キャンプ、登山を始めたわたしです。
 ハットトリックがなんなのか、高校まで知らなかったは本当です。フェイントの種類くらいだと思っていました。キャプテン翼も読んでなかった。やっぱ、ドカベンでしょ、タッチでしょ。

 大学の体育でサッカーをやったとき、深志出身の同級生がスイーパー(当時はありました。今はめずらしいですけど)をやってて、攻撃参加しては彼にはじきかえされてつまんなかったことを思い出します(笑)

 だいたい直立二足歩行を得て両手を使えるようになった人類がなんで手を使っちゃいけないのかと。

 だけどそんな私に転機が訪れたのは、日韓ワールドカップでしょうか。

 その前のJリーグ発足(だいぶ前ですが)は、きらびやかすぎて派手すぎて、カズのダンスも当時の私にはいきすぎに見えて、たとえば「本塁打打ってもガッツポーズなんてしないよ。相手投手に失礼じゃない」なんて言っていた落合博満にしびれていたりしたものです。形式、様式が決まっていて、序破急がある野球の詩的美学にずいぶん傾倒していたのも事実です。フランスW杯のときでさえ、サッカーの偉大さに気づいてはいなかった。岡田監督がカズをはずしたというニュースにぎょっとした程度でした。ゴンのゴールも中継で見てはいません。

 日韓ワールドカップで日本中が沸騰しているときに、こんなに人を熱狂させるサッカーとはなんだ、ということで、注視するようになり、ハマっていったわけです。

 そして、「むらさき観戦記」にあるように、私の実家が京都にあり、家族サービスのつもりで京都サンガの試合観戦に行ったのが決定的でした。こどもたちは3人ともサッカーをはじめ、私も審判の資格をとったり、コーチの資格をとったり。また地元のこどもたちを対象としたサッカーを中心としたスポーツクラブをはじめるようになり、フットサルの大会に出たり女子のみの大会に出たり、いろいろと交流戦をさせてもらうようになって・・・。

 息子ふたりは京都へ行ってサッカーをし、娘は中学の部活でサッカーを選択し。山村留学のこどもたちもサッカーがすきになってそれぞれ進学していってもサッカーを続ける子の割合が増えてきました。前は野球だったように思いますが(笑) 写真もね(笑)

 今、私は地元小学生低学年の担当をしつつ、中学校のサッカー部でコーチとして若干のかかわりを持たせてもらったり、またユースリーグで審判をつとめさせてもらったりしています。

 審判は、中学生の公式戦ともなると地域リーグとはいえなかなか難しく、先輩審判のみなさんに毎試合アドバイスをいただいたり教えを乞うたりしています。審判をやってみて、本当に審判の大切さを痛感しています。やはり、当事者にならないとわからないことはたくさんあります。

 それは、コーチにしても、それから選手の親としての立場にしても、同じですね。当事者になってはじめて、難しさに直面し、課題が生まれ、こうありたいという理想の書き換えが生まれたりするような気がします。

 しかし、だいたい、そういう困難に出会って格闘することが、大事なんだと思っていますし、他人事にして遠くから見守るという都合のいい立場では、人は「わからないまま」だし「育たないまま」なんだと思います。私は、わかりたいし、育ちたい。まだまだね。

  

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