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2011年6月24日 (金)

ごはんづくり

 私はごはんづくりが好きです。得意ではありませんが。

 一日3食全部つくってます。例外は勤務時の昼食で、自分が昼食当番じゃないときだけです。

 ごはんをつくっていてうれしいと思うことが3つあります。

 ひとつは、「いただきます!」としっかり言ってくれること。
 もうひとつはごはんを見て食べてくれること。
 最後のひとつは、全部食べてくれること、です。

 「いただきます!」をしっかり言ってくれるって、食べる楽しみの予感に満ち溢れているからだと思うんです。つまり、おいしそうに見えるってことですよね。

 で、ごはんを見て食べてくれるって、ここでいうごはんって白飯だけじゃなくおかずも汁も含むんですけど、見てたのしい、おいしそうに見えるってことですよね。一瞥、じゃ悲しいけど、見続けてもらえるってのは、まあ自分のお化粧がうまくいってるなって感じの女性の気持ちに似ているのかもしれません。

 で全部食べてくれるってのは、おいしかったんだなーという満足感を見せ付けてくれます。

 これらを強いることなく自然に表現してもらえたら、実にうれしい。

 料理は官能に訴えるものだと思います。芸術派ですからw 化学や数学ですらそう思う私ですが(笑)

 官能に訴えるものは、官能によって感じられ、それはロゴスでは掬いきれない表現となってあらわれるでしょうし、そうでなかったら官能に訴えていない・・・つまり失敗なわけで。

 ここで繰り返しときますが、別に料理が得意ってわけじゃないんですよw

 豆腐の一切れにもものすごい丹精と工夫があり、酒の一杯にもあって、しじゅう私は感動しているわけです。

 レシピって、写真でいうところの構図とか絞りとかみたいなもので、それを知っていても感動する作品がつくれるかというとそんなことはない。
 だいたい「自分ってすごいでしょ」みたいなひとりよがりでコメントに苦しむ(ロゴスで表現するのが憚られる・・・)作品づくりは、どの世界でも未熟と相場が決まってる。表現者は洋の東西を問わず、老若男女問わず、謙虚でいるものです。でも作品を通した表現は決して控えめではない。 むしろ実に雄弁。

 くどいようですが、別に料理が得意ってわけじゃないんですよw

 ただ、誰のためにご飯づくってるかっていうと、それは自分のためじゃない。食べてもらう人のため。「おいしい」は尋ねて言わせるものではなく、食べて感じて表現してもらうもの。社交辞令は別としてね。 

 おいしいごはん、つくりたいです。

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