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2011年2月 9日 (水)

おれもいきたかった。

 元園生のお父さんが昨年暮れにクモ膜下出血で亡くなられた。たいへんお世話になった方で、中日新聞に働きかけてセンターの特集記事をつくっていただく契機を与えた下さったこともあった。保険を扱う仕事もされていたので、リスクマネージメントについてやさまざまな立場の人との交渉についてのコツを教えていただいたこともあった。個人的にいつも勇気付けてくださったこともあり、豪快で爽快な性格もあって印象深い方だった。

 お通夜やお葬式にも行きたかったがちょうど学校の個人懇談と重なって行けなかった。だから、「お線香、あげにいこうぜ」と言い出したのは私だった。おしんときんぎょが乗ってくれた。ふたりとも長いので、その方のことをよく知っているのだ。勤務カレンダー作成係の桜にたのみ、3人で行けるよう休みをあわせてもらった。

 それが今日。でもまたしても私は行けなくなった。おしんときんぎょがふたりで行ってくれた。宗教の関係で、文字通りお線香をあげたわけではなかったが、手を合わせ、残された奥様と元園生の青年に会うことはできたようだ。よかったよかった。私も行きたかったが、またの機会を狙うことにするよ。ありがとう、おしん、きんぎょ。(しょうたもついていったらしく、それはそれは上機嫌だったみたい。うれしかったろうな。しょうた。平谷から南には初めて行ったんだって。)

 こうした訃報はたまにある。いやになる。お父さんが亡くなった、お母さんが亡くなった・・・。本人が亡くなったというケースも悲しいかな、あるのだ。人はいずれ死ぬのだが、現実を突きつけられるとつらく寂しい。

 と同時に、自分自身、健康管理に気を使わないといけないと思う。親が健康であるということは、それも子育てのだいじな一部なんだな、と最近よく思う。生きることは大変なことだが、生きることは大事なことなのだ。

 しかしそれでも命は天に召される。愛おしい人であろうと容赦はない。だから、目の前の人を、自分のまわりの人を、せめてそれくらいは、本当に大切にしあわないともったいない。命は有限。明日がくるってことだって、絶対じゃないんだから。

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