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2010年9月19日 (日)

涙があふれてくるのだ ~長野県中学サッカーJA杯決勝トーナメント1回戦

 長野県中学サッカーJA杯。アザリー飯田ジュニアユース3期生が参加する最後の大会である。負けたところで、引退。
 JA杯の決勝を、長野県サッカーの聖地アルウィンで戦うことを目標に、選手たちはがんばってきた。
 トップリーグを2位でフィニッシュしたアザリーは、予選は免除。決勝トーナメントの一回戦からの登場となる。
 クラブユース選手権のベスト4決めで敗れたAC長野パルセイロjryhとは、順調にいけば2回戦であたる。雪辱を晴らす機会を神様がくれた。そんな思いで選手たちはいただろう。

 朝7時、高森町役場に集合。いつものようにその1時間前に浪合の自宅を出る。あと幾度、こうした道行きがあるのだろうと思いながらハンドルを握る。高森町役場には2台のマイクロバスが準備を整えていた。全学年の選手がバスに乗り込む。目指すは千曲川リバーフロント。私は家内とともに中央道を北上し、現地に向かった。

 現地は長野市のMウエーブのすぐそばである。飯田からおよそ2時間程度か。長野県の南端から長野市までは遠いと言わざるをえない。しかし、アザリー飯田Jryhの保護者は、今までにない大応援団となってピッチの横に陣取っていた。

 順調に戦えば、今日は二試合をこなすことになる。一回戦は塩尻広丘戦。

 天気は晴れ。気温がどんどんあがってゆく中、11時30分から第一試合がはじまる。

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 先制は、アザリー飯田。

 薪平のコーナーキックを、FW松岡くんが頭で決めた。練習で繰り返し確認してきたカタチのひとつが早速成果となって出た。

 ・・・実は先の試合で、強豪上田ジェンシャンが0-1で負けたことが気にかかっていた。最後の大会、負けたらおわりのトーナメント・・・いつもと違うメンタルが、この試合どんなふうにするかわからない。だから、先制点はどうしてもほしかった。それが開始早々に手に入った。わきあがる応援席。いける、という手ごたえを掴んだ。

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 しかし、相手もかませ犬ではない。負けるものかと強い気持ちで試合に臨んでいるのだ。そこを見誤ってはいけない。
 前半も半分以上過ぎたころ、流れの中からシュートを打たれ、これが決まってしまう。

 1-1でHT。

 後半、アザリーは怒涛の攻めで相手ゴールを脅かす。絶対に勝つという気持ちでボールを前に運ぶ。

 幾度か決定的なチャンスをつくりながらものにできずにいたが、ついに均衡が破れる。本島くんが右サイドを突破して早いボールをファーに送る。がら空きのファーサイドに走りこんでいたのは甲斐くん。きっちり押し込んだボールはきれいにネットを揺らし、アザリー飯田、再びリードを得る。

 追加点もアザリーだった。センターラインをいくらか越えたところから、園原くんが思い切ってゴールを狙った。その意表をつくシュートにキーパーの反応が遅れたか、ボールは見事にゴールに吸い込まれた。
 3-1。2点のリード。後半も半分以上は経過しただろう。この2点目は決定的だと思った。

 しかし、勝負は甘くはなかった。自陣ゴール左側から打たれたシュートは、枠を捉えきらないだろうという選手たちの思惑とは別に、ポストにあたって跳ね返り、ゴールラインを割ってしまった。1点差。それでもまだ、大丈夫だと思っていた。ゲームを締めて終わるだろうと。

 しかし、時間は思いのほか残っていたらしい。戦っても戦っても、笛はならない。守りきろうとする気持ちがどこかにあるアザリーと、追い上げなければならない敵。得点をとる時間より失点しない時間の方が圧倒的に長いサッカーだが、しかしその微妙な気持ちの差が、あるいは「勝ったな」と思ったその隙が、こらえきれず相手にさらに一点を献上してしまった原因なのかもしれない。

 3-3。

 振り出しに戻って元気が出るのは、追い上げた方に決まってる。「アウェイで勝ち点1なら上出来」という戦いではない、勝たなければいけないトーナメントだ。その上、負けたらそこで中学サッカーは引退となる。しかし選手たちは足を止めず、懸命に戦った。

 長い長い後半が終わり、少しの休憩のあと、5分ハーフの延長戦となった。アザリーに二度、相手に一度、決定機があった。しかしいずれもものにできず、時間がすぎてゆく。

 延長後半の途中、薪平がボールを競ろうとジャンプしたとたん、左右のふくらはぎの筋肉が悲鳴をあげた。ピッチに倒れ込む薪平。しばらくゲームは続いたが、異変を感じた審判がゲームを止める。駆け寄る審判、仲間たち。薪平にプレイ続行は不可能と判断、ピッチの外に運び出させる。交代選手が入る。時間、状況から見て、薪平が再びピッチにもどることはなさそうだ。

 薪平は、顔を隠しながら嗚咽を漏らしていた。それは私たち夫婦の目の前だった。いつのまにか、家内も声を出して泣き始めていた。いくら母親とはいえ、近寄って介抱するわけにはいかない。今日のために、どれだけ思いつめて練習に励んできたか、家内は知っている。今この状況で、ピッチに戻れなくなってしまった息子の無念さを一番わかるのは、いつも練習のために1~2時間におよぶ送り迎えをしてきた家内だろう。

 アザリー飯田は死力を尽くした。しかし、相手も必死だった。必死と必死がぶつかりあった延長戦はスコアレスのまま終わった。

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 PK戦。4-5で、アザリー飯田Jryhは敗れた。PK戦の最中から、必死に戦う子どもたちの姿を息をを飲むようにして見ていた応援団だったが、相手の5人目のキッカーが決めた瞬間、悲鳴や嗚咽が一斉にこぼれた。

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 ここで消えるのか。選手は崩れ落ち、号泣した。
 応援団は涙を流しながらも盛大な拍手をおくり、選手たちのがんばりを讃えた。ありがとう、の声が、みんなの口からほとばしるように出た。

 それから実に1時間。保護者はピッチから少しさがった場所で放心したように座ったまま、動けないでいた。選手たちは声を押し殺し、肩を震わせ、ある者は大地につっぷし、ある者は膝を抱えたまま、泣いていた。泣き続けていた。コーチも、監督も、悄然としてその輪にいた。

 もう、このチームで戦うことはないのだ。
 

 ここで消えるはずじゃ毛頭なかったし、でも、1時間戦った結果は受け入れるしかない。とはいえ、にわかに受け入れられる結果ではない。悲しさとか悔しさとか寂しさとか、きっと後悔もあっただろう。しかし、もう時計の針は戻らない。


 私はこのとき、いいチームだな、と本当に思った。

 みんなの気持ちがひとつになっていた。保護者も、指導者も、選手も、みんながひとつだった。
 アザリーはファミリーだという。いうがそれはどういうことを意味するのかいまひとつわからないでいた。しかし、わかった。こういうことだったんだ。

 そう思ったとき、私の涙腺もこわれた。

 アザリーは、ファミリーだ。このチームにかかわることができて、本当によかった。

 願わくば、まだいくつもの試合をともに戦いたかった。もうそれは叶わない。だが、試合終了の笛は次の試合準備開始の合図。次の試合は、チームを越えた戦いになる。なるが、それがどうした。

 アザリー飯田は、ここにある。FOOTBALLも、人生も続く。

 

 さあゆこうぜ、胸を張って。紺碧の勇者たち。

Letsgo

 

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