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2009年5月17日 (日)

ライオンを映画館に連れて来てはいけません。

 不文律という言葉があって、それはまあ、法律などのように明文化されていないルールのことですね。常識とは不文律の最たるものでしょう。
 常識はしかし、やっかいなもので、Aさんの常識とBさんの常識が違うことがあります。コミュニティがしっかりしている小さなムラ社会においてはそうした個々人の価値の差異というものは小さかった。成長する過程でねんごろに価値を刷り込まれ、「そういうものだ」という分別がたいていの事柄でつくようになって、社会の一員、つまり成人として認められてきました。
 ところが文化文明が発達し、流通が盛んになり、工業的、経済的に高度化し、複雑化してゆくと、小さなムラ社会がそのままであり続けることは難しくなってきます。価値も多様化し、ある文化圏では当たり前のことが別の文化圏においては非常識、ってなことも珍しくなくなります。そしてその違いが文化圏同士の差だけではなくなり、所属職業集団同士の差、セクションごとの差、としてじょじょに卑近になってきます。違いは違いとして受け止めないと社会生活が営めなくなっていくことから、違いに寛容な態度が一般的になります。
 個々人の価値の違いにおいても寛容にならざるを得なくなるのは自明で、農業社会から工業社会、サービス社会への世の中の生産様式の主軸が動いてゆく様を進化と捉えたこともあり、価値の多様化は開放的な新社会のスタンダードとして歓迎されました。

 しかし、おかげで困ったこともおきてきました。
 価値の多様化を認めると、常識が常識として機能しなくなることも受入れなくてはならなくなったのです。

 よく引き合いに出されるのが次の話しです。

「ある国のある州の映画館に、ある男がライオンを連れてきて映画鑑賞をした。そこで困ったその州は、ライオンを連れて映画館に来てはいけない、という法律をつくった」

 笑い話のようですが、あながちフィクションでもないそうです(ほんとかな)。出典を詳細に調べる余裕はないので先に進みますが、ようするにライオンを連れて映画を見にくるという非常識を排除するために法律をつくる必要があった(笑 もしくは 汗 あるいは 涙)、ということです。

 法律の少ない国は幸せな国だ、という言葉を聞いたことがあります。けっしてノスタルジックな社会学者の独り言ではありません。ましてや「法律が少ないから縛られるものが少なくていいyo」、なんてワカモノ的発想の言葉でもありません。

 不文律の常識が行き届き、わざわざ法律で細かく制定しなくても、誰もこまらず、迷惑をかけず暮らしていけることを「幸せ」と表現した言葉です。

 私はセンターでは明文化されたルールはなるべく少ない方がいいと思っています。それは、不文律の常識あるいは良識の存在を意識させるためです。

 明文化されたルールがあるからする、しない、という判断に頼るだけの人では未熟といわざるをえないでしょう。いわゆる「空気を読む」、なんとなくまずいと思うとか、今がチャンスと感じる、などのセンスは、明文化されたものに頼るばかりでは育てることができないだろう、という理由もあります。

 また逆説的ですが、コモンセンス(一般人としての常識を伴ったセンス)がなければ、明文化されたルールを本当の意味で使いこなすことはできません。そのルールの立法精神はなんなのかがわからないと適用を間違えることもありますし、それに重大なことですが、ルールを書き換えることに臆病になってしまうことだってあります。

 しかしながら、明文化されたルールに頼るなとばかりもいえなくなってきているのも事実です。

 価値の多様化は開き直りの局面にきているかもしれません。「人がどう思おうと、私はこう思うのだからそのとおり行動する」という大人は確実に増えているように思います。それが人生の大事な選択の際に働く感性ならともかく、社会生活を営む上であったり前じゃん、ってことがわからず、身についておらず、教わってこず、場合によっては教わろうともせず、そこでそうするかあ?という批判を免れるために「人がどう思おうと・・・」と開き直る感性が間違いなく増殖しているのではないでしょうか。モンスターなんちゃら、という言葉がいろんな分野で生まれていますが、それはそういうことの一面をあらわしている。そうした端的個人主義は多様化社会の不幸な一面だと私は思います。

 しかし常識を取り戻そうといってもいったん反故にされた常識はつかいまわすこともできないでしょう。胡散臭いものもなかったわけではないのですから。

 だから。

 「安易に受け入れあうよりも、ちゃんと確かめ合うこと」でしょう。それはタイマンでもそうだし、人対組織でもそう、組織対組織でもそう。夫と妻でもそうでしょう。確かめ合うことの積み重ねが、その場、集まりに適正な常識の種を生むのではないでしょうか。それに至る過程のルールなら、たとえ「ライオンを映画館に連れて来てはいけません」というルールをつくることも、必要であるといわねばなりません。

 

 

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