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2009年2月28日 (土)

親子で大掃除!

 今日は浪合通年合宿の大掃除の日。
 ここ数年、年度末の大掃除は親子で行っています。にぎやかにできてとても楽しいです。
 それに助かることもいろいろあるんです。
 たとえば今日は私、煙突掃除の担当でした。高校生ふたりと中学生ひとり、それから小学生ふたりでやりました。結構人数が多いのは、煙突掃除だけでなく屋根の上の枯葉落としなどもしたからです。
 で、作業の中で困ったのが一度分解した煙突を組み立てなおす行程。金属の煙突を分解して中のすすを削り落とす作業の中で、いくらかカタチが変形してしまうんですよね。そうすると、なかなかうまく重なってくれない。高校生と中学生がああでもないこうでもないとやっていて、私はちょっと様子を見ながら溝掃除なんかしてました。もうちょっと困ったら手助けしてやろうかと思っていたのですが、そこにモノヅクリ技術者のお父さん登場。「ちょっとやらしてみ」ってなもんで、金具片手にトンテンカンとたちまちきれいに整形しちゃいます。尊敬の目で見ている高校生、中学生。
 こういう感動っていいです。私たちがやってみせるのとはぜんぜん違う感動があるんですよね。かっこいい、素直にそう思えちゃうんです。これが親子作業の醍醐味のひとつです。

 ともあれ、高いところに登っていただいたり、たくさん体を使っていただきました。お父さん、お母さん、ほんとお疲れ様でした。ありがとうございました。

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2009年2月27日 (金)

参観日、学級懇談会、飲み会(笑)

 今日は浪合小中学校の参観日でした。あいにくの天気でしたが、多くの保護者の方が学校に来られました。山村留学の保護者の出席率も高かったですよ~。
 小学生は学習発表会、中学生はそれぞれ教科学習でした。あ、中3は携帯電話とインターネットの危険性についての学習でした。

 わが子が3人、センター生が14人、学童の子も浪合S.C.の子もいるので、一箇所でずーっと見ているわけにはいかない参観日ですが、学校での子ども達の様子を見るのは楽しいものです。

 授業参観が終わると、学級懇談会です。私は中1と中3と小4の順で出席してきました。家庭での様子の情報交換などが主な話題でした。

 夕方から夜にかけて、会議が二本ありましたがそれは割愛。夜10時から遊楽館に行きました。山村留学の保護者の方が遊楽館を宿にしてくださっているので、私も一升ぶらさげていき、お酒を飲みながら歓談しました。おいしいお酒、楽しいお酒でした。元園生の保護者の方も来られて、にぎやかでよかったです。

 私が帰ったのは午前1時くらいでしょうか。ちょっと遅くなってしまいました。申し訳ありませんでしたm(_ _)m

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2009年2月26日 (木)

ルーリン彗星

 ルーリン彗星が来ている。
次に地球に接近するのは数万年後らしい。さすがに生きてないだろう(笑)
なので見たい。見せてやりたい。

 でも、天気が悪い日が続く。最接近する日の夜は、浪合に星空はなく、残念な思いをしました。

 で、25日夜、22時ころsiのサッカーの帰りに車をとめ、星空を眺めてみました。しし座脇の土星が目印だから彗星があるだろう位置はすぐわかりました。でも、・・・「どこにあるの??」よくわかりません。

 早く帰って風呂に入りたかったので、先に家に帰ることにします。

 帰ったら爆笑レッドカーペットをやっていたので、とりあえずそれを見ます(笑)

 で、入浴などいろいろして、23時45分ころ、今度はmといっしょに外に出ます。しし座は南南東の空にいます。土星はしし座の後足の足首あたりで輝いています。土星としし座のレグルス(前足の付け根あたり)をつないだ線上、土星よりのところにルーリン彗星はある、・・・はずなんですが、よく見えません。

 浪合の星空はそれはそれは見事なのですが、この時間なんだかうす雲が出てきています。その影響でしょうか・・・。でもそもそもルーリン彗星は4~6等星とそんなに明るくは見えないようです。

 仕方ないので、三脚を広げてデジイチを設置、それで撮影することにしました。で、撮影データを家に持ち帰り、パソコンのモニターで見ようかと。

 画像を拡大して、コントラストいじって・・・・「うーん」。

 これかな?というのは写っていました。ルーリン彗星の紹介サイトなんかと照らし合わせて確認してみたところ、まず、間違いはなさそう。なのでちょっと満足。

 でもなあ。肉眼で見たいです。まだしばらく見えるみたいなので、チャレンジしたいです。数万年後までとても待てません!ぜひぜひ、見てみたいものだなあ。

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2009年2月25日 (水)

冬山キャンプの感想です。

 ええと、先日行った冬山キャンプの報告書の編集が今進んでいるところなのですが、そこ向けに書いた原稿を今日のネタにします。スイマセン。

・・・・・・・・・・・・・・・以下・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 

冬山キャンプの醍醐味は、やはり、第一に雪でしょう。そしていやなことでもありますが、厳しい寒さも醍醐味のひとつです。というか厳しい寒さだからこそ見られるもの、たとえば樹氷や雪の結晶を見ることや、あるいは寒さゆえのびっくり体験、たとえばおにぎりが凍ったとか水筒が凍り付いてあかないとかを体験することが醍醐味ですよね。
 ところが今年は、雪はないし寒くもない。これって冬?という状況が2週間くらい前から続き、イマイチ気分が盛り上がらないまま当日が近づいてきました。
 寒くなく、雪がないというのは、暮らしの面からだけでいうと、ラクです。クルマの運転も安全だし、暖房費も安上がりになるし。地球温暖化(一部では公式に「高温化」と呼ぶようになるそうですが)の影響なのか、はたまた説明がむずかしい異常気象ということなのか、そのあたりのことはよくわかりませんが、こうした暖冬をお年寄りは歓迎しますが、子どもたちは残念がります。ですよね。雪合戦も雪だるまづくりもそり遊びもカマクラづくりも、なあんにもできなくなるわけですから。引きこもり傾向の若者はともかく、外で遊びたい若者にとっても暖冬はつまらない。スキーもスノボーもオフピステでの雪遊びも、冬が寒くて雪があってこそ楽しめるってものです。素人カメラマンの私もこの冬は残念でした。冬らしい写真をとれないまま、啓蟄をむかえそうです。
 ところが、なんという強運でしょう。冬山キャンプの前日から雪が降ってくるではないですか。いやあ、日ごろの行いがよほどいいのだと、自信を深めましたね(笑)
 もとい、そんなわけで雪景色を見ることができ、雪遊びをすることができる環境が、直前になってできあがったわけです。
 蛇峠山にはスノーシューで行きたかったのですが、しかしスノーシューが必要なほど雪は積もりませんでした。無理してスノーシューを履いて行っても動きづらいだけ。かえってスノーシューの評判が悪くなってもいけないと思い、スノーシューの利用は断念しました。でも雪靴や長靴で十分楽しめました。その上登山の日は気温が上がったので雪も締まり、ソリでの下山が楽しかったようでよかったです。
 それにしても、 雄大な景色、みなで汗を流す活動、リーダーさんや仲間との再会、出会いは、自分や仲間の新しい姿を発見する鍵になりますねえ。発見は感動を生みます。多くのこどもたちが、「キャンプ、楽しかったよ」と言ってくれたのは、つまり発見がたくさんあったから。1泊2日のキャンプも、なかなかどうして、捨てたものではありません。

 冬山キャンプのために降ってくれた雪は、冬山キャンプが終わったその日に降り出した雨のおかげで消えてなくなりました。ちょっとした奇跡を見た思いでいます。
 そんな奇跡をみなさんと共有できてよかったです。参加してくれた子どもたち、それからリーダーのみなさん、忙しい中駆けつけてくださった中京女子大学の平田先生には、心より感謝いたします。
 ありがとうございました。

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2009年2月23日 (月)

必殺シリーズの分水嶺は

ナイスデイ(レンタルビデオ屋さん)飯田店に、必殺仕事人と新必殺仕事人のDVDが全巻ラインナップされています。
 私は必殺仕事人Ⅲからリアルタイムで必殺を見続けています。それ以前のシリーズは、再放送で見てきました。必殺仕事人と新必殺仕事人は行く本か見たことはありますが、第一話からきちんと見たわけではないので、ナイスデイにラインナップされたのを機会に見直すことにしました。

 私は、必殺がいつごろからいわゆる「後期必殺」になったのかわからないでいました。
「後期必殺」とは、視聴率があがって必殺の認知度が高まり「時代劇は必殺です」なんていうフレーズも耳に入るようになって一大ブランドになった反面、脚本が甘くなって(偶然、という要素が多くなる、閉鎖的すぎる、的があんまり悪くない、仕事人がいい人、無駄に大仕事がある、話の整合性がない、時節要素を取り入れすぎてしらけるなど)ピカレスクロマンの魅力がうすれてしまった後半期の必殺をいいます。

 必殺シリーズは、必殺仕掛人から始まります。最初のシリーズには中村主水は出てこず、藤田まこと演じる主水が初登場するのはシリーズ第2弾「必殺仕置人」からです。
ここから主水が主役のシリーズと主水以外が主役のシリーズが交互に放映されます。
主水シリーズをざっとあげると以下の通りです。なお、( )内は主な共演者です。

必殺仕置人 (山崎努、沖雅也)
暗闇仕留人 (石坂浩二、近藤洋介)
必殺仕置屋家業 (沖雅也、中村玉緒)
必殺仕業人 (中村敦夫、中尾ミエ)
新必殺仕置人 (山崎努、中村嘉津男、火野正平)
必殺商売人 (草笛光子、梅宮辰夫)
必殺仕事人 (伊吹吾郎、三田村邦彦)
新必殺仕事人 (三田村邦彦、中条きよし、山田五十鈴)
必殺仕事人Ⅲ (同上 + ひかる一平)
必殺仕事人Ⅳ (同上)
必殺仕事人Ⅴ (京本政樹、村上弘明)
必殺仕事人Ⅴ激闘編 (同上、柴俊夫、梅沢富美男)
必殺仕事人Ⅴ旋風編 (村上弘明、ひかる一平、出門英)
必殺仕事人Ⅴ風雲竜虎編 (村上弘明、三浦友和)
必殺仕事人 激突! (三田村邦彦、滝田栄、中村橋之介)

 で、後期必殺色がぐんと強くなったのは「必殺仕事人Ⅲ」です。シリーズ中の最高視聴率も実はここで叩き出されています。人気番組としての看板はこの時期確立したといっていいでしょう。しかし、Ⅲをもって後期必殺のはじまり、とするのは違うようです。

 Ⅲは後期必殺として完成されていました。以後、必殺・主水シリーズは安定期を迎えます。ピカレスクロマンで安定期なんておかしな話です。そうです、このころの必殺はピカレスクロマンではなくなってしまいました。誰もが安心して見られる番組になっていたのです。それはすでに必殺ではない、という声はありました。私は比較的、そちらよりの人間です。10時からという放送時間は、必殺仕事人 激突!からは9時になりました。10時からだからできたエグい悪の演出は、あまり見ることはできなくなってしまいました。あの程度の悪人は、町奉行所でなんとかしろよ、主水のオモテの仕事で十分だろ、って感じです。よほど長谷川平蔵のドラマの方がハードだし重厚です。仕事人が火付盗賊改方よりマイルドってどうよ、です。

 さて、後期必殺はいつからでしょう。「必殺仕事人Ⅲ」が後期必殺であることは明らか、と先に述べました。分水嶺は「必殺仕事人Ⅲ」以前にあるはずです。

 「必殺仕事人」、というタイトルになる直前の主水シリーズは、「必殺商売人」でした。この話は、レギュラーに梅宮辰夫、草笛光子がいるくらいですからアダルトな作品です。りつが妊娠し、最後に流産する、というセカンドストーリーもあります。主水の剣技が一番豪快だったシリーズです。この商売人は、後期必殺にはあてはまりません。

 すると、分水嶺は「必殺仕事人」か「新必殺仕事人」ということになります。で、これらの作品を見直してみました。

 「新必殺仕事人」は、後期必殺でした。中条きよし演じる三味線屋の勇次、という得がたいキャラクターの登場はあったのですが、しかしシビアさ、厳しさという意味でのアダルトさがたりません。

 で、「必殺仕事人」。これは全84話という大ロングランを記録したのですが、ずばり、この作品からが後期必殺といっていいのではないですかね。

 もっと厳密にいうと、畷左門(伊吹吾郎)が浪人を捨て、太刀を捨てた時から、後期必殺が始まった気がします。つまり、第29話です。この話から、鮎川いずみ演じるお加代が登場します。

 「必殺仕事人」は、必殺シリーズの原点回帰として制作されました。第1話から第6話まで2代目中村鴈治郎が元締・鹿三役で登場していたときは、秀逸な作品が多かったです。すげえ、と思った作品もあります。脚本がよく練られていたし、工夫もされていました。しかし、もたなかったんですね。あのハードな世界観は。仕事人に焦点をあわせてドラマをつくると、どうしても閉鎖的になるし、偶然、という要素に頼らざるを得ない展開になる。しかしそう毎回偶然に頼っていては、ドラマの重厚さは失われてくる。それでテレビシリーズを長い期間もたせるのは酷でしょう。モジュール化、パターン化が進むのもわからなくないです。(それをテレビドラマとして評価するかどうかはまたまったく別です)

 また、主水の殺し方も省エネ型が増えてきました。瞬間の剣技で殺す、から、同じ瞬間でも隙をねらってぶすりとやるシーンが増えました。視聴者にカタルシスを与える仕組みは、主水の剣技の豪快さから、殺してから悪人に吐き捨てる一言に明らかにシフトしてきました。

 渡辺小五郎にはどうかいつまでも、痛快な剣で悪を切り倒してもらいたい。必殺仕事人2009の主水は、どうせなら「とべ!必殺うらごろし」のおばちゃん(市原悦子)みたいになってもらいたい(笑)

 脱線しました。

 後期必殺は、必殺仕事人第29話から。必殺シリーズ第一作「必殺仕掛人」のオリジナルキャラクター西村左内(林与一)の焼き直しと思われる畷左門が、左内同様の浪人から市井にくだったことで、この作品の大きなテーマのひとつである「矜持」を太刀と同時に捨てた。そしてそのとき、後に「時代劇は必殺です」とブラウン管のむこうから笑顔で語りかける鮎川いずみが登場した。ここから、アダルトで一筋縄ではいかないピカレスクロマンの必殺、とは別の必殺がはじまったと言っていいのではないでしょうか。

 

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2009年2月21日 (土)

ガールズフットサルフェスティバルin中野 2月大会

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浪合S.C.ガールズは、ガールズフットサルフェスティバルの1月大会で順位決定リーグAにまわることとなり、以降、週2回程度の練習をして今日にのぞみました。

練習相手には浪合S.C.の男子が協力してくれました。

個人技能で勝る相手と戦うことになりますので、精神面では「強い気持ち」を大切にし、戦術的には「ゾーンで粘り強く守備すること」と「手数をかけずに早めにシュートをうつこと」を基本としました。要するに、身の丈にあったカウンターサッカーをしようってことですsweat02 それから「走ること」。一瞬で勝負の分かれ目が次々訪れるフットサルで、その上カウンターでやるんですから、走れないと話になりません。「走れなくなったら?カンタンだよ、頑張って走るんだhappy02」を合言葉にしてきました。

前日夜から事前合宿をし、当日は朝6時に浪合を出発しました。途中3度も渋滞があり、50分前に到着する予定が10分前到着とぎりぎり。。まったく滑り込みでした。途中のSAでユニに着替えておいてよかったです。

以下、試合記録を記します。
■第一試合  対茅野ビエントレオナ
GKその(なつ) DFおきょう 右みほ 左つっきー FWひな(その)
※( )内は後半交代した選手です。
前半0-2
後半1-2

計 1-4

得点 茅野、茅野、みほ(中央付近からのループシュート)、茅野、茅野

■第二試合  対丸子サッカー教室
GKひな(つっきー) DFおきょう 右なつ(ひな) 左みほ FWその(なつみ)
前半1-0
後半1-0

計 2-0

得点 なつみ(試合開始直後、中央右よりを突破、すばやくシュート!) みほ(左サイドから切れ込み角度のないところからシュート!)

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■第三試合 対安曇野グリーンヒル
GKその(つっきー) DFおきょう 右ひな(なつ) 左みほ FWつっきー(その)
前半0-1
後半1-0

計 1-1

得点 安曇野、みほ

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■第四試合 対大町プチタフィタA
GKなつ(つっきー) DFおきょう 右ひな(なつみ) 左みほ FWつっきー(その)
前半1-2
後半3-1

計4-4

得点 みほ、大町、大町、みほ、みほ、大町、みほ

■■順位決定Aリーグ記録
1位 茅野ビエントレオナ 勝ち点10(得失+12)
2位 浪合S.C. 勝ち点7(得失0)
3位 大町プチタフィタA 勝ち点6(得失+10)
4位 安曇野グリーンヒル 勝ち点5(得失-1)
5位 丸子サッカー教室 勝ち点1(-10)

■■■総合順位
1位 松本ウィングA (決勝リーグ1位)
2位 ファイルフェニックス (同2位)
3位 トップストーンA (同3位)
4位 エリセA (同4位)
5位 茅野ビエントレオナ (順位決定A1位) 
6位 浪合S.C. (同2位)
7位 大町プチタフィタA (同3位) 
8位 安曇野グリーンヒル (同4位)
9位 丸子サッカー教室 (同5位)
10位 エリセB (順位決定B1位)
11位 大町プチタフィタB (同2位)
12位 トップストーンB (同3位)
13位 エリセC (同4位)

Img_2900













■引率  くずてつ(監督) <今回、茶は冬山キャンプ対応>
■帯同審判 m <今回、siは地区トレセン参加>

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■うれしかったこと

・「いやあ、よく走るチームですね」(某試合終了後、審判の方が浪合S.C.ガールズについてくださった一言)

・「元気のいいチームだ。気持ちいい」(某試合終了後、相手チーム監督さんが挨拶の時にくださったコメント)

・安定した守備でチームを幾度も助けてくれたおきょうに感謝して私が「おきょうが一番後ろにいてくれてよかった」と言ったところ、チーム全員が「ほんと!」と口々に言ってくれたこと。

・「○○ちゃん、試合やっててどんどんうまくなってた」「ほんとだよね、それすごい感じたね」「びっくりした」「うんうん、なんかすごかった」などなど、○○ちゃんをほめる言葉がとびかったあと、○○ちゃんが「ありがとう」とこぼれるように言ったこと。

・試合を重ねるごとにチームの攻撃イメージがシンクロするようになったこと。「そこで打て!」という思いが共通するようになった。

・1月の大会で憧れたチームと戦い、2勝1分1敗という予想以上の成果を上げることができたこと。

■反省

・4試合で8失点は「粘り強く守る」ことができていない場面があったということ。

・・・こどもたちは応援してくれる人が欲しかったみたいです。。選手6人と、監督と帯同審判(兼記録係)だけだもんな、行ったの。

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2009年2月20日 (金)

異人の球譜2・西鉄ライオンズの魔術師(3)

西鉄ライオンズの黄金期の強さは、たわむれに「実存主義の強さ」と呼ばれる。組織云々といった考え方ではなく、個々のプレイヤーの実力と技術のぶつかりあいが勝負であり、勝敗の行方を決める要素だというわけである。だとするならば、個の力・技術の高い者を集めたチームが強いということになるが、しかし優れた者が優れたパフォーマンスをいつも発揮できるとは限らない。そこが難しいところなのである。
 三原は「選手の力が十二分に発揮できさえすれば、ゲームに勝てる」ということに神経を集中し、そのことを現実化するためにのみ頭脳を使った。
 三原は同リーグのライバルチーム「南海ホークス」の鶴岡一人監督には一目置いていた。人情家でならした鶴岡監督は見事に選手の人心を掌握し、それを組織プレイに反映させ、攻守ともに華麗な野球を展開した。三原はそんな鶴岡の野球を「求心力野球」と命名した。
 これに対し、自分の求める野球は「遠心力野球」だとした。「管理や規則で縛るのではなく、個性を活かして無軌道なまでに選手のエネルギーを発揮させる野球がやりたい」というのである。あっぱれな開き直りだと言うべきか。「無軌道」でよいというのだ。結果が出なければチーム崩壊の戦犯とされよう。大きな博打である。しかし三原には勝機が見えていたのだろう。いや稀代のモチベーターたる自分ならできる、と冷静に計算していたか。

 ライオンズが超個性派チームとなって破竹の進軍をしたのは、三原が己とチームの土壌や体質を理解し、「遠心力野球」をぶちあげ、とにかくチームを構成する選手の力を爆発させることに腐心し工夫を重ねたからだろう。

 たとえば、三原の教育方針は
「気付かせる」
ことに徹した。その上で、
「自発的にやらせる」
ようにした。饒舌な野球理論など言うもおろか、答えは選手の中にある、というわけだ。
 そうした姿勢はコーチや選手にも敏感に伝わった。コーチは指導のタイミングとポイント(学習心理学でいうところの「臨界期」(=レディネス))をわきまえ、「教えすぎない」ことに特に注意を払ったという。選手はグランドで、宿舎で、遠征先で、互いに競い合い、盗みあい、教えあい、学びあい、そして磨きあった。

 三原は変幻自在な采配で相手を幻惑したが、一本筋の通った戦術も持っていた。それが「流線型打線」である。この打線の特徴は、2番打者に小技が効く選手を配置するのではなく、長打力のある選手を配置するところにある。空航力学にヒントを得て三原自身が開発したのは彼がジャイアンツの采配をふるっていた時のことである。3,4番で長打力を上げるより、2番から上げていった方が得点能力がアップするはずだ、というのがこの打線の考え方である。ジャイアンツ時代には「猛牛」のニックネームで愛された右打ちのスラッガー千葉茂を2番に置いたし、ライオンズ時代にはチャンスに滅法強く長打力もある豊田を2番に据えた。そして3番怪童中西、4番天才大下と続く。
 彼らが生き生きと自分の能力を発揮すれば、強くないはずがない。そしてマウンドには抜群のコントロールと脅威のスタミナを秘めた鉄腕・稲尾和久が球史に残るエースっぷりを見せ付ける。(しかしこの稀有な才能が、以後長らく、日本におけるエース酷使の誤った常識を作り出してしまったことは否めない。)

 そして1959年。この年から三原率いる西鉄ライオンズは、好敵手水原率いるジャイアンツと三度にわたって日本一を争うことになる。ニアミスを繰り返してきた二つの巨星が、いよいよ激突する。

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2009年2月19日 (木)

異人の球譜2・西鉄ライオンズの魔術師(2)

「中原に覇を唱える」という野望を抱く三原は、チーム改革に着手した。その第一歩が、当時東急フライヤーズ(現北海道日本ハムファイターズ)に所属していた天才スラッガー、大下弘の獲得である。
 大下は日本最初のアーチストと賞賛された長距離打者で、左打席から放たれる放物線の美しさは、後年田淵幸一が現れるまで日本の最高級品だともてはやされていた。実際中心打者としての彼の打棒は信頼できるもので、6年のシーズンを経て、いよいよ技は円熟の域に達していた。だが、天才打者は一筋縄ではいかない。
 彼はいわゆる問題児だった。「夜将軍」の異名を誇り、酒や女に関してのいわゆる武勇伝には事欠かない。自身の女性問題で世間をおおいに騒がせたこともある。私生活は総じて不遇だったと言ってよく、母親のヒロポン中毒も大きな問題のひとつだったし、彼自身も心を悩ませていた。
 しかし、彼は無類のこども好きだった。そしてこどもからの人気も絶大だった。
 いろんな意味で、大下には注目が集まった。チームの看板打者として迎え入れるには大きなリスクもあったが、同時に大きな魅力もあった。三原は、そんな男が大好きだった。
 三原は東急サイドの内紛に乗じて大下弘を獲得した。三原同様、大下も気持ちよく旧球団を出られたわけではなかった。5ヶ月にもわたり、コミッショナー提訴まで発展した「大下騒動」の末、ようやく西鉄ライオンズの一員になれた。

 三原は同時に、高松の怪童・中西太の獲得にも成功した。読売、南海、阪急、毎日を押しのけての獲得だ。
 中西は高校を卒業したばかりで、貧乏故に大学進学ができず、プロへの道を選んだ男だった。(当時大学野球はプロ野球より人気があった)
 中西は1年目からスタメン入りを果たし、2割8分1厘、ホームラン20本で新人王に輝いている。ショートライナーだと誰もが思った彼の打球がなんとそのままレフトスタンドに突き刺さった、とか、彼のあまりの打球の速さに反応できなかった三塁手に打球が直撃し、三塁手は病院送りになった、とか、ファウルチップしたらバッターボックス周辺が焦げ臭かった、とか、とにかく豪快で猛烈な中西太の伝説はここはら始まっている。

 三原はその翌年、今度は水戸の暴れん坊・豊田泰光を獲得する。
 豊田は守備には難があったが、その打撃には非凡なものがあった。三原は彼のエラーには徹底して目をつぶり、一流の打撃力を育てるために連日試合に起用した。
 北九州の荒くれ男たちは、異郷の地から来た新人のエラーを黙って見守るほどおだやかではなかったし、チームも同様だったが、それでも三原は執拗に使い続けた。時に空中分解しそうになるチームを救い、豊田を励まし続けたのは大下である。これは三原の指示によるものでもあるのだが、大下にはもともとそうした懐の大きい優しさがあった。
 豊田は三原の期待に応え、結局ルーキーイヤーを2割8分1厘、27本塁打という成績で終える。もちろん中西に引き続いての新人王獲得である。 

 そしてもうひとり、西鉄ライオンズの黄金期を語る際に忘れてはいけない人物がもうひとりいる。鉄腕・稲尾和久だ。大分県の貧漁夫の息子である稲尾は、1956年、ひょんなことから三原の目にとまり、ライオンズに入団した。
「コントロールがええから、バッティング投手としてでも使えるやろ」
周囲はさしたる期待もしていなかったのだが、その年いきなり21勝(6敗、防御率1,06=パ・リーグ当シーズン一位)をあげ、ペナント制覇に貢献、日本シリーズでも力投を見せ、西鉄ライオンズ初の日本一に大きく寄与した。当然のことながら稲尾も文句なしに新人王に選ばれる。

 三原は天下に名だたる華を掴み、将来性豊かなおそるべき新人を発掘し、確実に、そして急速にチームを変貌させていった。三原の手腕は的確で執拗な人事にも存分にふるわれたが、しかし何より凄まじかったのは選手の力を倍増して発揮させるその指導技術だったということができる。その技術ゆえ、いつからか三原は「魔術師」と呼ばれるようになった。

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2009年2月17日 (火)

アザリー飯田ジュニアユース、地区リーグ優勝!!

先の日曜日、地区リーグ第3節が行われました。
siは試験前日だというのに、前日から松川の家内の実家に泊まり込み、この日はフル参加しました。
試合会場は松川中学校です。

この日の第一試合はホームの松川中学校。
前半2-0
後半1-0
合計3-0でものにします。

そして第二試合は高陵中学校と対戦します。
前半1-0
後半3-0
合計4-0で勝利。これでリーグ戦全勝です。
もちろんのこと優勝です。
トップリーグ目指して、さらに結果を追い求めて欲しいです。
よい結果を続けて出すために、質の高い内容が求められると思います。

なお、この試合では試合終了間際に1年生のRくんが得点を挙げました!祝!!
第1節では対鼎中戦でやはり1年のRSくんがハットトリックの快挙をあげていました。
息子のsiが1年生なので、ついつい1年生の活躍に目が行きますが、しかし主力の2年生諸君のがんばりはすばらしい。だからこそ1年生もがんばれるというものです。

また得点を挙げたものが記録に残るのでついついそこに目がいきがちですが、6試合で2失点のDF陣のがんばりも特筆すべきでしょう。DFの安定がチームの安定です。ありがたいことです。

この日はB戦(1年生ゲーム)もあったようです。試合は勝ったみたいですが、内容には不満が残るとsiは言ってました。前線と中盤の意志の疎通がうまくないみたいですね。チームのバランスをどうとるのか、守備の約束事、攻めるときのイメージの共有、そうしたものをもっと煮詰めていくといいと思うのですが。つまり、もっと話ししてみ?ってことをアドバイスしてみました。

 システムはチームを生かすためにあるのだから、選手がシステムにチームをあてはめすぎてそこから考えてちゃ難しくなる。やりやすいように微調整する、微調整できるところがサッカーの面白いところのひとつですよね。

がんば!

たくましく、かしこく、ぬけめなく。そして走って走って走ろう。


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2009年2月16日 (月)

一宮市、名古屋市、豊田市へ

 今日は南信州域連合の方と一緒に、「『子ども農山漁村交流プロジェクト』受け入れ地域PRプロジェクト(中部ブロック)」に上記各市に行って来ました。
 総務省コミュニティ交流推進室室長防後さん、事務官の中井さんのお導きです。

 岐阜県の郡上「田舎の学校」さん、高山のグリーンツーリズム研究会さんも一緒でした。

 一宮市では市長さんが、名古屋市では教育委員会の総務部長さんが、豊田市では副市長さんが対応してくださいました。
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 総務省の方から事業の説明があり、それから各団体が5分程度プレゼンをします。各自治体それぞれに該当事業、類似事業の展開があり、そうした状況が勉強できたのはよかったです。今後の広報活動の指針づくりにも役立ちます。

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2009年2月15日 (日)

第42回阿智村社会教育研究集会

 今日は夜勤明けで、スキー場にこどもたちを送り出してから、阿智村公民館へ行きました。
表記催し参加のためです。
 私は「地域の子育て分科会」に参加しました。論点は「インターネットによる人権侵害」です。講師はNPO法人マザーポートITながの事務局長の南澤信之さんです。
 事例発表では、阿智中学校の中野教頭先生より「中学校の携帯への取り組み」と、上記南澤さんから「携帯・ネット  ここが心配!!」がありました。

 阿智中学校の携帯電話所持に関する基礎データとしては、以下の通りとなります。
1.携帯電話所持率は全校で13%、中3だけでは20%となっていて、全国平均よりは低いが飯田市平均よりは高いという状況。
2.使用料金平均は、飯田市内の学校平均よりもやや高額である。
3.携帯電話使用に関し、家族との決まりごとがある、と答えた子の割合は70%となっている。これは飯田市内の割合(50%)よりも高い。
4.学校生活においては、「学校生活で必要がない物品はもってこない」となっており、携帯電話は必要がない物品として、持ってきてはいけないことになっている。

 続いて南澤さんからの事例発表は実に2時間にわたったのですが、これは聞かせていただいてよかったと思いました。とにかく、インターネット、携帯の怖さをまざまざと教えていただきました。知らないことはいっぱいあるもんですねえ。

 印象に残った話題はたくさんあるのですが、いくつか紹介します。

1.フィルタリング機能は実に機械的で、除外ルールも適切といえるかどうか疑問が残り、しかも60%程度しか効果をあげていない。
2.携帯電話会社も想定していない方法で、携帯電話から個人情報が取り出されている事実がある。
3.問題のあるウェブサイト(出会い系、裏サイト)は、ぱっと見「かわいらしく」できていたりして、親の目をかわせるようになっている。よく見るとものすごくえげつないことが書いてあるので、よく見なければならない。
4.こどもに携帯電話を与えたとたん、パスワード設定をされてしまい、親は見ること確認することができなくなり、お手上げになってしまうということもある。携帯電話を持たせるまでの家庭での育て方が大事である。
5.無料のポータルから巧妙に有料サイトに誘導されしまう。無知な青少年からお金をまきあげようとしている意図は明白。きちんと契約条項や説明は書かれているのですが、目に付きにくいようにデザインされていたりして、見抜くのは容易ではない。モバゲーなるものは要注意。
6.爆発的な普及による経験値不足のため、リスク予測が不可能。
7.ネット上の人権侵害は今だけではすまない。ネットにかかれた誹謗中傷はネット上から本当の意味で削除されることはない。どこで保存されているかわからず、いつどんな悪意で再びネット上に配信されるかわからない。自分が活躍したり、結婚しようとしたり、幸福な道をたどろうとした際に、とんでもない面倒を背負うことになるかもしれない。
7.今できることは、かつてのバイク三無い運動のように、子どもたちを救うために組織をあげての取り組みが必要である。つまり「不用意に 与えない! 利用させない! 居場所にさせない!」

いやあ、エネルギッシュな南澤さん、身振り手振りで一生懸命お話してくださいました。このお話、また別の機会を設けてでも、もっとたくさんの人に聞いてもらいたいなあと思いました。小学生、中学生、高校生、保護者のみなさんがたくさん集まるような機会にね。

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2009年2月14日 (土)

最後のちびつど、試験前の練習、野外教育研究財団理事会とえっちゃむっちゃコンサート

 今日は今年度最後のちびっ子森のつどいがありました。例年雪遊びをする時期なのですが、今日は「春探し」。雪なんてどこにもないですからね(・・・) 金、おしん、桜と、ほとんどの通年合宿園生が参加、最後のちびつどを盛り上げてくれました。

 午後は私はsiをつれて伊賀良小学校へ。明日アザリー飯田ジュニアユースは試合なものですから、試験直前でも木曜日と今日の練習には参加しようと計画していたsiです。学校の部活なら試験一週間前はお休みにできるのですが、クラブチームだとそういうわけにもいかないです。だいたい、学校によって試験実施日が違いますしね、それにクラブが対応するのはたいへんで、こども(と家庭)の判断ということになる。siの場合、試験はあさってで、今日2時間練習、明日は一日試合です。・・・がんばれとしかいいようがないのですが、厳しい日程です。。

 4時くらいにセンターに帰り、ちびつどの慰労会をしている隣で、私は夕飯づくりをすすめました。今夜のメニューは親子丼です!

 夕方5時からは野外教育研究財団の理事会に出席。会場は子ども村だったので移動はラクでしたね。だって隣ですから(笑) 理事会が終わったら遊楽館を利用してくださっている「愛知県キャンプ協会」のキャンパーのみなさんにご挨拶。ちょこっとだけですが、とってもおいしいカツカレーをご馳走していただき、感激しました。

 8時からは子ども村室内で「えっちゃむっちゃコンサート」を楽しみました。かつて私も子ども村では「短期合宿室室長」を勤めさせていただいており、さらにその前、学生のころからここには出入りしていました。えっちゃむっちゃコンサートは当時盛んにキャンプで行われており、懐かしい気持ちで一杯になりました。えっちゃむっちゃは今年で還暦を迎えるとか。おめでとうございます。
 理事会があった関係で、昔現役だった方々(ようするに、私の先輩や同輩の人々)も多数参加していたので、懐かしさもひとしお。歌にあわせて寸劇を披露したりして、楽しいひと時をすごしました。

 

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2009年2月12日 (木)

南信州セカンドスクール事業推進セミナー

 表記催しが飯田市消費生活者センターで行われました。

 内容は以下。

1.開会  
2.主催者挨拶
3.来賓挨拶
4.基調報告
 1)「子ども農山漁村交流プロジェクト」の取り組みの全国の動向について
   (財)都市農山漁村交流活性化機構  審議官 清水寿一 
 2)横浜市の取り組みと活動状況報告
   横浜市教育委員会 首席指導主事  勝木 茂
5.事例発表
 1)セカンドスクール実施校
   飯田市立浜井場小学校  
Ca390080










 2)受け入れ農家
   阿南町 酒井 勝
 3)受け入れ団体
   NPO なみあい育遊会 副理事長 吉田哲也
6.取り組みに対する評価報告
   愛知大学三遠南信地域連携センター 上席研究員 粂嶋 久好 
   野外教育建久財団 理事長 羽場睦美
7.助言、講評
   法政大学 キャリアデザイン学部 教授 佐藤一子
6.閉会
Ca390078
 参加者は80名くらいだったでしょうか。
 13時30分から15時50分までの予定でしたが、30分ほど超過してしまいました。

 その後、南信州セカンドスクール研究会の総会が行われました。

それにしても最近、ケータイカメラの写りが劣化してきたなあ。

レンズが露出したまま(保護ガラスがついていても)のカメラはやっぱ、そうなるなあ。オレ的にはケータイにカメラの機能があるってより、カメラにケータイの機能があるくらいなのがいいのですが・・・。

 

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2009年2月10日 (火)

母がね。

いや、うちの母がね。
「時々あんたのブログ読んでるで」
ってさ、言うんだよ。

お正月に帰省したとき、新しいパソコン買っててね、
で、インターネット環境も整えて、ようやくウェブの世界に出入りできるようになったんですよ。

それで私のブログ見てるよ、なんていってくれるもんだからうれしくてさ、
「それはそれは」
なんて答えるじゃんね。そしたらさ、

「時々しょうもないこと書いてるなあ」
って(笑)

しょうもないことってなんだろ?と思って、探ってみるわけさ
「けどあれやで、「必殺仕事人」の記事なんて、だいぶ人気あるみたいやで」
(実家の家族と話すときは関西弁になる私です)

そしたら母。
「あんなん書いてたらあかんわ~」
やて(笑) 図星やったかあhappy02

サブカルはだめですかね。

でもね。

母よ。

思索というものは、八面六臂であれかし、なのだよ。
もっとカンタンにいうと、楽しいことを考えましょ、なのだよ。

信長もダヴィンチもエジソンもニュートンもアインシュタインも、きっといろんなことを考えてたと思うぞ。

と、風呂敷を広げてみる私でした(笑)

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2009年2月 9日 (月)

長野県立高等学校入学者前期選抜の日のあれとかこれとか

 今日は長野県高校入学者前期選抜の日です。

 浪合通年合宿センターにはこの日に受験する子はいませんが、中3の同級生ふたりが受験します。mを含むほかの中3は学校に登校し、半日日程をすごしてきます。今日は英国数の実力テストをしてくださるとか。
 中1と中2はスキー教室です。
 天気はまずまず。夜から下り坂のようです。しっかり雪が降ってくれるといいのですが。まだまだ、銀世界の中にいたい気分です。地面が緩むには、まだ早い。啓蟄はさらに先なのですから。

 そうそう、地面が緩むと暦に関係なく登場して大暴れするのがいのししです。新旧とわず、畑の残飯穴はすべてほじくりかえされています。もう強烈です。で、今年はふたつあるるコンポスタのうちひとつが粉々に!破壊されてしまいました。「熊じゃないの?」という声もでましたが、熊の足跡はなく偶蹄目の、つまりいのししの足跡しか残っていません。すごいです、いのしし。

 今夜は私と家内が宿直です。soはそれが楽しみらしく、今日はるんるんで学校に行きました。センターではテレビを見ることはできないし、自分の部屋があるわけではなのですが(うちにもありませんが(笑))、やっぱ、センターは楽しいみたいですね。同級生もいますしね。 

 ところで昨日1日サッカーの試合でくたびれ果てていたsiは、帰りの車中で私とよしくんと3人で反省会をし(笑)、温泉に入って筋肉を休め、それから一寝入りしてから2時間程度定期試験準備をしてから寝ました。今朝は6時半に起きてきて、おやめずらしい、と思ったら、彼は昨夜録画した「情熱大陸(松井大輔)」を見るためでしたhappy02

 さて、今日は学年末試験一週間前です。受験生mはそれとは無関係に日々精進している(筈)ですのでさておいて、siは地区リーグもまだあるし、遠征しての練習試合も組んであります。もちろん練習もふつうにあります。しかし、1年生の成績が決まる大事な学年末試験の準備はおろそかにはできません。

 学校の部活ですと1週間前からは休みになるのですが、社会体育のクラブチームはそういうわけにはいきません。もちろん試験前は休んでいいです、ということになってはいますが、しかし公式リーグ戦が入っているとそのルールもあってなきがごとし、のような様相になります。ましていわんや、昇格を果たさねばならぬ大事なリーグ戦です。

 1年生とはいえ、続けてベンチ入りを果たし、3試合連続出場しているsiとしては、その座を明け渡したくないという気持ちももちろんあるでしょう。それに、最後の試合では満足なプレイができなかったとなれば、なおさら試験準備どころではない気分でしょう。

 でも、試験は大事です。実になやましい。

 今朝、siと相談して、この1週間の予定を組んでみました。ほんとに、ハードです。がんばりどころですね。

 mは。まわりの子が着々と進路が決まっていく様子に一応平然としています。心中おだやかではないでしょうし、進路が決まった者同士の会話を聞いてしまうと、やはりコンチクショウという気分にはなっているようですが、しかしなんとかそれを受け入れようとがんばっています。
 さっさと決まる学校を選べば、という声もないことはないのですが、しかし決まる時期で学校を選ぶわけにはいかないし、行きたい学校の受験スケジュールを変えることなど不可能ですから、しゅくしゅくと準備をし、努力を積み重ね、最後に笑えるように辛抱するだけです。その辛抱も、大事な大事な人生の学びです。国公立の大学に進むことになれば、またしても同じような体験を3年後にはするのですから。それに、やっぱあれですよ、「人生、辛抱」good
 ・・・私も高校、大学とも国公立組でした。気持ちはわかります。親友や彼女がさくさく推薦で大学を決めていく中、国立一本勝負を選択していた私は3~4ヶ月いろんな気持ちを抱えながら意地を貫いたものです。(実は一日だけ、推薦で私立大学に行こうかな、と母に相談したことがあるのですが(笑) でも負けっぽい選択はしたくなかったので、次の日にはやっぱり切り替えました)だから、3月も半分すぎたころ、夕暮れの中、郵便屋さんが電報を持ってきてくれて「コマクサノハナヒラク」(合格通知の文)の文字を見たとき・・・正確には「コ」の文字を見たときのうれしさは半端なものではなかったです。家族全員で喜びを爆発させてくれたのを覚えています。(ちなみに、不合格の文は「シナノジユキフカシ」でした。だから最初の一文字で判別できたんですね) 

 今、推薦入学の拡大で大学生の学力低下が問題視されおり、受験制度を改めようという議論が出始めていますが、学校推薦なのに学力低下ってよくわからないですよね。受験制度も見直した方がいいでしょうが、推薦なのに何この学生?ってことがないよう、きちんと学ぶことを小中高通してやらせることが絶対必要ですね。
 超有名私立学校はともかく、多くの私立学校はどんなこといっても、学生が、もっというと入学金とか授業料が欲しいのですから、生徒確保のためにはいろんなことをするでしょうし、その流れで入学決定を早めるようなこともしたいですよ。だから、入試システムに流されない、在学中の学びの質の向上をはかることは必要だと思います。

 今日はいつもにましてまとまらない日記記事となりました。最後まで読んでくださった方、ごめんなさいm( . . )m 

 

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2009年2月 8日 (日)

中学サッカー地区リーグ2日目

 中学サッカー地域リーグ2日目観戦に行ってきました。
 今日は私はお休みで、siの応援かたがた、よしくんも一緒に行きました。家内と受験生mと昨日琴に捧げたsoは家でやるべきことなどをやっています。

 先日行われた第1日目のアザリー飯田ジュニアユース試合結果は以下の通り。
第1試合 対鼎中 8-0(2-0、6-0)
第2試合 対緑ヶ丘中 2-0(1-0、1-0)
得点者などはすいません、省略です。

トップリーグ昇格を狙うアザリーは2連勝中です。

 で、本日の結果は以下の通り。

Img_2783
第1試合 対喬木中 3-0(2-0、1-0)
第2試合 対飯田西中 6-2(3-0、3-2)

 これで4連勝。飯田西中で初失点をくらってしまいましたが、なんとなく集中力が切れたところをやられた感じでした。

 2年生主体のチームですが、1年生もちょいちょい出場しています。siは喬木中戦で後半フル、飯田西中戦では前半フル出場できました。ともにトップ下です。
 喬木戦ではフィニッシュにつながる広角なパスを繰り出すことができ、特徴のひとつである「視野のひろさ」を見せることができたかなあ、と思いました。飯田西中戦ではスタメンでしたが、それが「緊張した」らしく(笑)、siらしさはあまり見せられないまま終わってしまいました。それと前線からもっと相手にプレスをかけてやると仲間も助かるのではないかと思うのですが、その動きはまだ足りないかな。これは重要課題のひとつです。ただ、競り合いでキープする場面は増えてきています。ここは強化してほしいところだったのでイイなあと思いました。

 チームメイトの活躍もいろいろ書きたいところです。でもジュニアユースのサイトでは試合速報なども一般公開されていない状況なので、ここは控えておきます。かわりに、ちょいと写真をアップしておきます。

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2009年2月 7日 (土)

浪合琴教室おひきぞめ!

予定通り、開催されました。
聴衆は20名程度。第1回ですからこんなものでしょうか。

川上先生、おつかれさまでした。
教室参加のこどもたちもご苦労様でした。とりわけ漢字検定を受けてすぐにかけつけてくれた子たち、がんばったねえ。日ごろの成果、出せたようでおめでとうございます。

写真をいくつかアップしておきます。Img_26732










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2009年2月 6日 (金)

浪合琴教室 おひきぞめ<予告>

明日のことなんですけどね・・・。

どうぞ、おこしください!
浪合琴教室発表会
2009年新春 おひき初め

Koto

■主催:浪合琴教室

■日時:2009年2月7日(土)   9時30分開場   10時開演(1時間程度)

■場所:なみあい遊楽館ホール

■出演:浪合琴教室生徒(ゲスト奏者あり)
■指導:川上真澄先生
■入場料:無料です
※ お願い:駐車場が狭いですので、なるべく乗りあってお越しください。遊楽館の駐車場がいっぱいの場合は、通年センターをご利用ください。(林道の脇や空き地などに駐車しないでください。)

■予定演目:
  1.かざしの菊
  2.若水
  3.雪の雲
  4.山の上
  5.ひばり
  6.笛の音 (1~6 宮城道男作曲)
     <休憩>
  7.花筏 (沢井忠夫作曲)
  8.古曲 千鳥 (吉澤検校作曲)
  9.古曲 六段

■■■おしらせ   浪合琴教室では、受講生を募集しています。ご希望、お問い合わせなどは、浪合公民館(47-2001)、浪合通年合宿センター(47-2853)、または川上真澄先生までお気軽に。
<現在、月曜日(コア)、水曜日(浪合通年合宿センター)にて実施中>
受講料月1000円

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2009年2月 5日 (木)

午前中はオフ、午後から出勤、今夜は夜勤。

 今日は午前中はオフでした。なので、久しぶりに家内とふたりでお出かけ。
 行き先は、まずは山田体育館。家内が近道を教えてくれるっていうものですから。飯田文化会館の脇から行けるんですね。だいぶ近かったです。5分以上短縮できるのでは。(siのサッカー練習で週に1~2回程度この体育館に行くんです。)
 次に精琴堂。楽器屋さんです。ここではセンター生のYちゃんがほしがっていたアルトリコーダーを購入。カッコいいギターに目を奪われながらも店を後にします(笑)
 で、昼食。久しぶりにラーメン屋「上海楼」に行きました。食べたのは中華そば。
Ca390096 あっさりしたスープがなんとも懐かしいラーメンです。麺はまっすぐ。ボリュームは結構ありますよ。並で私はおなかいっぱいです。となりのおばあさんはハーフサイズのラーメンを注文されていました。大盛りは・・・ものすごいです!






餃子も個性的ですよね。
Ca390095 下にしいてあるキャベツがうれしいです。
ラーメンと餃子(餃子はふたりで半分こ)でおなかいっぱいになりましたよ。









それからエイデンに行ってちょっと用を足して、それからセンターへ。
引継ぎしてスノボーキャンプの打ち合わせして、夕方からは浪合S.C.です。

4時から6時まで練習。私は今日も女子チームのコーチをしていました。

6時過ぎにはセンターに戻り、宿直業務です。
夕飯は桜がレバニラ炒めをつくってくれていました。ありがたいですね。
おいしく食べてたところに元園生のくりまつ登場。
センター日記の方に写真も登場してます!

元園生がたずねて来てくれるのはうれしいですよ。ほんとです。

夜は月の写真を撮影しようと思っていたのですがあいにくの天気、それは断念しました。

くりまつは10時30分ころに中学生が寝て、それからしばらく私と近況報告しあって、遅番だった茶と一緒に帰りました。

なんか今日は、「山村留学と私の日記」というタイトルに恥ずかしくない内容だなあ(笑)

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2009年2月 4日 (水)

Oちゃんがきた!

 先週のことになるが、元園生のOちゃんが来た。
濃いキャラが多いセンターの中でも一段と個性派なOちゃん。
伊賀良までの迎えは私が行ったのだが、まずもって驚いたのは彼の身長。
伸びてました。成長期ですから当然といえばそうなのですが、びっくり。
しかし話してみるとやっぱOちゃん(笑)

 同級生園生のYくんもいっしょに来る予定だったのですが、突然用事が入ったとかで来たのはOちゃんだけでした。

 浪合までの道中、いろいろなことを語り合いました。ご家族のこと、センターのこと、学校のこと。Oちゃんはサッカー部に入ってるそうです。リフティングは・・・「オレには向いてない」と言ってました(笑)

 センターには2泊していきました。もちろんみんなといっしょにスキーにも行きました。

 イギリス留学経験があったり、ロシアやモンゴルで遊学していたこともあるOちゃん。話題はとにかく豊富です。行動力もあるし、なんていうか現状を変える力はなかなかのもの。一緒にいて楽しいやつってのはセンターにいたときからそうなのですが、一層パワーアップした感じですかね。

 Oちゃんはうちのmとも同級です。mはOちゃん滞在中、わざわざセンターまで顔を見に行きました。少ない同級生ですから、その気持ちはわかります。

 2泊の滞在を終え、家に帰る日、伊賀良まで送る係はまたしても私でした。忘れ物が多かったOちゃん、滞在中の様子を見てもそこについては相変わらずだったので、「おい、忘れ物ないように、するんだぜ」と幾度か私、念入りに言ったものです。

 クルマに荷物を載せて、持ってきたスキー板も載せて。伊賀良までの20分、おしゃべりにも花が咲きました。

 「またこいよ」
 「うんまたくるよ」

 時間通りに来たバスに乗り込むOちゃんとそんな言葉を交わします。ケータイの番号やアドレスの交換などもして、またしばしのお別れです。

 センターに戻ったら。

 ありました。やっぱ、Oちゃんのスキー手袋(笑)
 しかも、片方だけ!

 彼がセンターにいたときも、手袋はいつも片方だけ落ちてたので、なんだかちょっとタイムスリップしたみたいな、そんな不思議な感じがしました。

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2009年2月 3日 (火)

VQ1015でHさんが撮った浪合通年合宿

 私の愛機のひとつ、VQ1015を浪合通年合宿園生Hさんに2泊3日で貸し出しました。ってのも、HさんがいたくVQ1015を気に入ったからです。VQ1015のファンが増えることはうれしいこと、どうぞどうぞというわけです。
 ただHさんもVQ1015の燃費の悪さにはびっくりしていたみたいですね。

では、彼女の写真をどうぞ。Img_0007toro












Img_0026ranndoseru











Img_0020tetu











Hさんいわく、「まわりが暗くなるのがなんかイイ」。周辺光量が落ちるところがいいってこと。私もそう思います。それと、独特の色合いですね。すぐ白トビしちゃうんですが、そこはもうひとふんばりしてほしいなあと思います。が、そう思わせるところもイイ、なんて思っちゃいます。
デジカメのくせに撮影してすぐ見られないところもアナログぽくっていいです。(本体からSDカードを抜いて、パソコンに入れないと見ることができない)

カメラ好きの方、ぜひ、お試しください。
トイカメラを使ったことのない人には特におすすめです。

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2009年2月 2日 (月)

ほらでた。「市町村合併、これ以上不要」

1月31日16時33分配信の時事通信より。

以下コピペ

『鳩山邦夫総務相は31日、宇都宮市で開かれた政府の国民対話に出席し、「市町村を合併させて大きくしていくことを、これ以上やるべきでない。かえって地域の文化を損なう」と述べ、国が主導する市町村合併は今後進めるべきでないとの考えを示した。
 同相は、過去の市町村合併が「(文化など)いいものを壊したということはあり得る」との認識を示した上で、「(現在の)1800の市町村を大事にしたい」と述べた。 』

記事は こちら。

もう遅いよ、とか、今更何よ、とか。

構造改革とともに、我々が受けた痛みは大きく、失ったものは大きい。

大きい。

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2009年2月 1日 (日)

朝青龍のガッツポーズ

朝青龍が優勝決定戦で勝利したあと、ガッツポーズをした。
横綱審議会はいつものようにコメントを出した。いわく、「品格という面でああいうものはいかがなものか」

私は、それぞれ、それでいい、と思っている。くだらないなあと思いながらも、だ。

横綱審議会は、相撲にガッツポーズは似合わないという。横綱の品格にかけるからだと。
弟子をいじめて殺す相撲界がよく言う。ガッツポーズなど、バカげたいじめにくらべたら、どんなにかわいいものか。相撲界を去った後の元横綱若・貴兄弟の確執やお家騒動はどうよ。

相撲界が求める品格なるものがいびつにゆがんで悲劇や喜劇や下劣な出来事が起きている。それも含めて相撲界だと私は認識している。

そんな相撲界の人気は低迷している。

閉鎖的でいい気になってる相撲界に愛想をつかそうとしているのだ。

そんな中、モンゴル出身の怪人・朝青龍は相撲界の常識を破壊しつくそうとしている。本人がそれと気づいているかどうかは知らない。しかししていることはそういうことだ。そうした彼の振る舞いと、それから彼の無敵ぶりが相撲界の延命剤になっていることは事実である。

今回も彼の鮮やかな復活が客の足を運ばせた。そのことに誰も異論ははさめまい。

にくたらしいほどの彼の強さに舌うちをする人もいるだろうが、その復活に快哉した人も多かろう。相撲界は、人々の口の端に相撲の話題が出ることのありがたさを噛み締めているか。

朝青龍がガッツポーズをした。よしきたと横綱審議会が文句をいう。

繰り返すが、それでいい。破壊者朝青龍はこれからもしばらく、破壊を続けるだろうし、横綱審議会はその破壊を食い止めようと、失礼ながら陳腐な意見を言い続けるだろう。横綱審議会は、朝青龍が横綱になることを承認した時から、それ以降のさまざまな出来事を予想していただろう。予想した上で、横綱になることを承認したのだ。朝青龍が強かったからだ。だから、相撲の世界はかろうじて健全だ。強い者が横綱になっている。いろいろ言われても、強い者が横綱となり、横綱であり続けている。礼儀正しく品格十分でも、優勝できない力士は横綱にはなれない。

 だから今回の一件もデキレースということでいいのだ。それに、大相撲とはいえ、一国の閉鎖的な格闘技だ。狭い世界の出来事である。ついでに言うなら、メタボ追放の世の中で、常識では不健康極まりない体格が誉めそやせる、異常な世界の出来事なのである。

 最近ものわかりがよくなってきたっぽい朝青龍は、「反省している」とのコメントを出した。その言葉を横綱審議会は苦笑いでも浮かべながら聞いたことだろう。

しかし、ゆっくりと角界はかわってゆく。朝青龍はただその魁であるにすぎない。

きっとそのことに間違いはない。

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