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2009年1月12日 (月)

クルマの中で・・・1 「必殺仕事人2009について」

 東京説明会に行ったおり、往復10時間くらいの時間があり、クルマで行くのでまわりを気にせずいろんな話ができる。(別にヘンな話はしないが・・一応・・)

 今回話題になったのは、まあいろいろあるのだが・・・たとえば「愛は4年で終わるって話がありましてね」っとかね(笑) これはアメリカの人類学者ヘレン・E・フィッシャーが発表したものですが、まあ概要は こちら をご覧ください。(ちなみにそこのページとはなんら私およびこのブログは関係なく、「愛は4年で終わる」をヤフーで検索したら最上位にあったページなのでリンクしたってことですので。。)
あ、その本「愛はなぜ終わるのか」は こちら 。
それについての私の見解は・・・また一緒にドライブしたときにでも(笑)

 で。

 そこで先日TVシリーズとして復活した必殺仕事人2009の話題が出ました。いずれ本ブログでレポートしなければと思っていたので、以下にまとめておきます。

 まず懸案の中村主水の跡取りについて。
 東山君の仕事人は、ありでしょう。私は支持します。眉毛がりりしすぎますが、そこは芝居好きの渡辺小五郎(しょうごろう、と読むのですね)という役回り、いいのではないでしょうか。ですから東山君が、崩すべき芝居のときはもっと崩すといいと思うんですよね。ていうか、無表情無関心のニートっぽくなるのもいいにかもしれないです。ニートは死語かもしれませんが(笑) 

 あと、これも懸案のドラマの脚本とテイストについて。
 まだ判断すべきではないかもしれませんが、脚本が後期必殺みたいですね。ここでいう後期必殺とは、必殺仕事人Ⅲからってことです。(このへん議論がわかれそうですが、必殺仕事人、新必殺仕事人までは、前期必殺との過渡期とみるべきだと思うんです)
 必殺仕事人2009の第一話では、今でいうホストクラブが登場していますね。そういった現代の事物・事象を劇中に持ち込むのは後期必殺の特徴のひとつでした。これが視聴者に親近感を持たせた、と当時の制作者側は判断していたようです。第一話でそうした仕掛けをした今回の制作者サイドも同様ということでしょう。
 しかしそれは私にいわせれば大間違いで、それが必殺の寿命を縮めた。2008年3月8日放送のsmaSTATIONに藤田まこと氏がゲストで登場した際、当然のことながら「必殺シリーズ」に話がおよぶのですが(ていうかそればっかり)、後期必殺における現代事象のとりあげっぷりは、明らかに失笑を誘うものでした。
 後期必殺の人気は、三田村邦彦や京本政樹、村上弘明ら時代劇に縁のなかったイケメン俳優(京本政樹氏は既に銭型平次でレギュラーを獲っていたので時代劇出身でした。スイマセン。1月13日加筆)が仕事人を演ったという、そのことにつきます。その配置の妙が受けたのです。光と影、善と悪、それらのコントラストと、同時にそれらが表裏一体となってゆくドラマや演出に、彼らが見事にハマったから、人気が出たのです。決して脚本に視聴者が親近感を持ちやすい話題を取り入れたから、じゃないのです。ここは猛反省が必要なところだと私は思います。
 江戸時代の出来事や風潮、風俗に現代のものを見つけるのは結構です。おおいにやるべきです。しかし、現代のものを江戸時代に持っていくのは慎重であるべきです。一目でそれとわかるようにやるべきではありません。繰り返しますが、それは失笑のもとにしかならなりません。いくら現代日本人の教養が低くなっていても、いや、いいですか、教養が低い人ほど、高らかと失笑するものなのです。それをゆめ、忘れてはいけません。馬鹿だと思って馬鹿にしてはいけないのです。
 脚本の方向性をかえましょう。重厚なドラマにしましょう。前期必殺のように、また後期必殺の中でも、必殺仕事人Ⅴ風雲竜虎編や、必殺仕事人・激突!の最初の6話までで挑戦したことがあるように、ぜひ、ハードで視聴者をうならせるような、そんな脚本を期待します。野島伸司氏が書くとどんなになるのか、ちょいと気になったりしている私ですが(笑)

 そして藤田まこと氏と中村主水についてですが、本シリーズは、中村主水の死によって終わるのでしょうね。主水が死ぬのは二度目になりますが、時代劇における宇宙戦艦ヤマトにならぬよう、きっちりと死んでもらいましょう。そのために、主水の「老い」を演出しているのでしょうし。
 藤田氏が前々から言うように、無残にどぶに死体が沈んでいる、というところから最終話がはじまってもいいでしょう。のっぴきならない事情で渡辺小五郎に斬られるのもいいかもしれません。いずれにせよ、2年がかりで東山・渡辺に必殺の看板を渡す準備を着々と進めてきたのですから、きっちり、けじめをつけ、世代交代しましょう。そのためのシリーズとして歴史に名を刻んでいいと思うのです。
 藤田まこと氏の中村主水を愛してやまない、私の本心です。

 殺し技について。
 まあ、なんですね(笑)。レントゲンを復活させたのはいいです。が・・・懲りすぎで時間かけすぎですね。>>涼次。あとデジタル処理が目立ちすぎです。>>からくり屋源太。

 キャラクター設定について
 伊賀忍者はどうかと。文句多くてすいません。
 山崎努演じる鉄が破戒僧で、沖雅也演じる錠が棺桶屋だった理由を、そして彼らが島帰りだったという理由を、ぜひ思い出して欲しいです。また中村敦夫が演じた赤井剣之介が脱藩者のおたずね者で表の顔(職業)すら持てない男だったことや、石坂浩二演じる開国派の蘭学者(もちろん当時弾圧の対象)の糸井貢を仕事人にした理由は何だったのでしょうか。
 断言しますが、必殺は抑圧開放装置としてのドラマなのです。虐げられた人、社会階層の底でうごめく男たちが権威の側で悪事をなす連中をぶっ殺す、そこにカタルシスを見せるのが必殺だったのです。
 だから、中村主水は種なしかぼちゃだったし、婿養子だったし、姑と嫁はあれだけ意地悪をしたのです。いや、ドラマ的にせねばならなかったのです(笑)
 伊賀忍者が仕事人じゃ、その装置は期待できません。抜け忍という設定(組紐屋の竜がそうでしたね)だとしても、それはわかりにくい。その装置がない必殺を、必殺とよぶべきかどうか。

 それから仕事人が持つ葛藤についても言及しておきます。

 からくり屋源太が「仕事人であることに葛藤がある」という設定になっていますが、許婚を殺された怒りで仕事人になった源太の葛藤など、「殺すことが正義か?」程度の薄っぺらい(失礼)ものでしかありません。こんな葛藤を持つ仕事人は、仕事人としては脇役にすぎません。ていうか、かつて主水がにがにがしくはき捨てたとおり、「なんだいあれは」なんです。仕事人は悪人です。極悪人です。落ちきってます。地獄行きです。救われません。
 そこから始まるのが、仕事人なんです。

 スペシャル版では殺しの後、川で幾度も幾度も手を洗う源太に対し、涼次が「その汚れは洗ったって落ちない。一度でも殺しをした奴は云々・・・」という話をします。「俺たちは地獄行きよ。だがその前に、地獄に行くべきやつを先に送ってやる」と続きます。必殺の琴線に触れる台詞です。惜しむらくは、先に述べたとおり、涼次のキャラ設定がちょっとハズし気味ってところでした。

 もとい。

 

 のさばる悪をなんとする。
 天の裁きは待ってはおれぬ。
 この世の正義もあてにはならぬ。
 闇に裁いて仕置きする。
 南無阿弥陀仏。

 この南無阿弥陀仏は、誰のためか。的(殺した相手)のためであり、救われぬ自分のためなんです。
 そして、多かれ少なかれ、人が俗世で仕事をし、くらしをするということは、ささやかながら穢れ、落ち、また時に穢され、貶められるということです。
 だから。

 そこにこそ、視聴者は共感したんです。

 ・・・・と、そんな話を小一時間灯相手にしていた私でしたbleah

 
 

・・・和久井映見は、いいねえscissors

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コメント

はじめまして。京本政樹は必殺以前大川橋蔵の弟子だったので元々時代劇出身ですよ。

投稿: りく | 2009年1月12日 (月) 02時53分

あ、ほんとでした。
よく経歴を確認しないで書いてて申し訳ないです。
ご指摘ありがとうございました。

投稿: くずてつ | 2009年1月13日 (火) 00時31分

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