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2009年1月 4日 (日)

異人の球譜 1 長島茂雄と寺山修司

 長島茂雄は伝説のスラッガーだが、野球以外のエピソードにも事欠かない人物で、その中に次のようなものがある。
 彼が現役だったころ、ホテルだか旅館だか、詳しいことは忘れてしまったが、チェックイン用紙に職業を記入する欄があって、彼はそこにこう記した。

「長島茂雄」

 石原裕次郎がそうであったように、彼もまた時代の子であった。この国が日の出の勢いで成長し、成長することがよいことだと素直に信じることができた、幸せな時代の子だった。
 経済白書が「もはや戦後ではない」と宣言した昭和31年の翌々年、長島茂雄は日本プロ野球界にデビューした。彼のデビューはよく「四打席連続三振」の逸話とともに紹介されるが、これは彼が長島だったから話題になったのであって、彼でなければこうまで国民の記憶に残り続けはしなかっただろう。
 長島茂雄はV9時代のジャイアンツの主力として、そして高度経済成長を支え続ける日本人にカタルシスを与える存在として君臨し続けた。華麗なるフィールディング、野性味あふれるバッティング、ここぞという場面で必ず期待に応える勝負強さ、そして時折見せる大チョンボ。
 長島は、彼が長島茂雄であるということで、十分商品価値を持っていた。そしておそらく、そのことを彼自身も知っていたし、そうなるように工夫や努力を重ねてきた。
 先のエピソードは、だから面白みがある。
 もっとも真相は、彼得意のおっちょこちょいに間違いないのだが。

 同じようなエピソードを持つ男が、もうひとりいる。
 その男は、「職業は?」と聞かれてこう答えた。

「寺山修司」

 詩人、句家、作家、作詞家、シナリオ作家、映画監督、競走馬評論家など、まさに領域、なるものを超越して活動していた彼だからこそ、恣意的に、そして少々の洒落っ気と自負心を添えて、そう言ったのだろう。

 寺山修司といえば、このところちょっとしたブームである。(この原稿は15年前に書いたものである 作者注) 彼のさまざまな文章が、次々と世に復刻されてきた。そうした一連の図書の中に、「勝者には何もやるな」というエッセイ集がある。(立風書房刊) そのオビには
「さらば長島よ。云々」
といった文字が書かれており、さらには
「焼け跡の青草を育んだ、野球少年の夢を60年代の傷だらけのヒーローに託して語る 寺山修司のフィールドオブドリームス」
とあった。

 野球関係の本は手当たり次第に購入する、という方針を数年前から励行していた私は、迷わずその本を手にとってレジに向った。
 家に帰ってから早速読み始めた。寺山修司が長島茂雄をどのように語っているのか-同じようなエピソードを持つ文人が、もうひとりのアスリートに対して何を言うのか-このことが私は気になって仕方なかった。だが、読み進めるにつれ、そんなことはどうでもよくなった。

寺山修司は言う。
「私は回顧するには若すぎるが、キャッチボールエイジが懐かしい。愛とか連帯とかいったことばが死にかけて、ただ空疎な無力感が支配しかけている時代に あっては、見知らぬ人たちにボール一つ持って、『やるか』と言えば気心が通じたような日々こそが本物だったという気がしてくるのである。」
またこうも言う。
「安保闘争を語らずに、戦後民主主義を語れないという同時代の友人がいる。だがそれはナンセンスな発想である。野球を語らずに戦後民主主義を語れないという世代があるとしても、安保闘争を語らずに民主主義を語れないという世代がある筈がない」
 寺山修司はキャッチボールのなんたるかを知っているし、野球のなんたるかを知っている。彼の紡ぎだす言葉が、私の心を揺さぶった。 

 私の中で、日本プロ野球における異人たちの足跡をもう一度眺めてみたい、という気持ちが膨らんできた。あまたいる野球選手の中で、ひときわ輝く個性を発揮し時をつかんだ男たちがいる。野球というローカルで難しくそして詩的なスポーツの中で、男たちが投げる、打つ、走る、あるいは采配することを通して叫んでいた声を、もう一度聞いてみたいと思うようになった。

 三原脩、長島茂雄、王貞治、高橋慶彦、江川卓、落合博満- 日本を熱狂に巻き込んだ男は、日本の民主主義、個人主義のあり方にも確かに一石を投じていた。

 以下、時々思い出したように掲載する。
 coldsweats01

 <初出・・松川通年合宿所通信「あるこうあるこう」 1993年6月号>
・・・それにしても通年合宿の通信でこんなのを縷々書いてちゃダメだねwobbly



 

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コメント

こちらには初めて書き込みします。

懐かしい文章です。
もういちど読めるとは思いませんでした。
つづきを楽しみに待ちましょう。

投稿: みじんこ | 2009年1月 9日 (金) 01時16分

これは!みじんこさん、お久しぶりです。文章書くのが本職の方にコメントいただけると緊張します(笑) いえ、どんどんコメントくださいねヽ(´▽`)/

懐かしい文章・・そうですね、ネタ切れもたいがいにせいって感じですね。。

「聖戦」を書き直して、そしたら「異人の球譜」のことを思い出して。あれはなんだか尻切れトンボみたいになっちゃってたので、それなりにまとめ直したいな、と思ったのがきっかけです。

 「サッカーばっかりじゃん」という声があったのも癇に障っておりましてbleah

 山村留学の指導者の日記、というアイデンティティをどこまで超越できるか、ってところに挑戦している私です。冗談です。

 またゆっくり、のんびり話ししたいですね。

投稿: くずてつ | 2009年1月 9日 (金) 08時08分

> それにしても通年合宿の通信でこんなのを縷々書いてちゃダメだね

と言いつつ、

> 山村留学の指導者の日記、というアイデンティティをどこまで超越できるか、ってところに挑戦している私です。冗談です。

ですね。
でも、結論出てると思うよ。

書いてるものが不満なら見なきゃいいだけ。
そうではなく、
立場上問題あると言うなら、団体そのものに文句言うなり、
そこに愛息を近づけないようにするとか。

ともかく、応援してますし、愛読してます。

媒体ってものが妙な方向に進化・多様化してる昨今です。
ここ数年、異常に普及すると同時に
事件やら問題やらの潜在的温床となってしまったのが「blog」。
性質的機能的なメリットに着目した5年くらい前から
これまで「blog」ってものを数多くの人に紹介しましたが、
自分のはただの一回も持ったことはありません。
その理由等々はここでは書きませんが(笑)、
思うのは、

☆有名税ってのはときに人の自由を奪う。けしからん☆

投稿: おおくぼ | 2009年1月10日 (土) 12時07分

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