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2008年12月31日 (水)

大晦日は錦市場で。

Img_0014 私の習慣のひとつです(笑)

大晦日は錦市場を散歩に行きます。撮影が目的です。
京都の台所と言われる錦市場は、大晦日はもうたいへんな人出になります。
軒を連ねるお店からは「いらっしゃい」「こうてって」の掛け声が元気よく飛びます。
そんな中、人の流れに身をゆだねるのがなんとく新鮮な気がして楽しいのです。
いつも山村に住んでいるからでしょうかね。

今年は私のほかに家内と、m、siもついてきました。

先にお墓参りに行って、それから錦市場に行きました。

mもsiもカメラを持ってあちこち撮影してました。Img_0004

私は愛機EOS40DとVISTA QUESTで撮影してまわりました。

どれがVISTA QUESTでどれが40Dかは、まあ見ればわかると思います。。

花屋の写真と看板の写真のみは錦ではありません。常盤です。嵐山のお墓にむかう途中で菊を購入した際の写真です。

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2008年12月30日 (火)

大掃除、猫連れて帰省

 今日から私はお休みです。1月3日までです。

 昨日9時ころ名古屋から帰っていて、今日は朝7時起床。家族みんなで大掃除です。小さな家ですが、半日はしっかりしたでしょうか。久しぶりに火をたいて、外の落ち葉もきれいにしました(今頃)。

 正午ころにおしまいにし、京都にむかって出発です。

 途中、ピアによってお土産を購入。馬刺しとおたぐり、それから鯉の旨煮を買いました。親父と一杯飲むのが楽しみです。それと、年末福引きをsoに託し、やってもらいました。去年はみかん一箱を当てたsoですが、今年は残念、CCレモン1本でしたhappy02

 そのsoが、昨日の夜からなにやらごそごそ作ってたものがあって、それはsoの愛猫「ぐーたん」を京都に連れて行くための籠づくりだったのです。
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「ほんとに連れて行くの」とやや反対気味の私だったのですが、soはにこにこしながらも断固たる決意の瞳でした。かつて帰省に猫を連れて行ったことがあったのですがそれはそれはたいへんで・・・(4時間ずっと鳴き続ける、あまりのうるささに籠から出すと車の中で大暴れ、おしっこまきちらす、走行中にこどもがつい空けた窓から外に飛び出す、で首輪につけてた紐で吊り上げるも高速道路走行中のため猫は少しの間引きずられることになり肉球がずるむけで車内血だらけ・・・)

 それが今回はなんてことなかったです。籠の中でおとなしくしてました。最初こそにゃごにゃご鳴いていましたが30分も走れば落ち着きました。ずっとsoが声かけたりなでてやったりしてたからでしょうかね。

 今日はゆっくり帰ったので、5時間くらいかかりました。渋滞はほとんどなかったです。ただ休憩を多めにとったんです。いつも時間に追われているのでなんだか贅沢な帰省の旅でした。写真は多賀SAから見た夕日です。
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 うちについて、風呂にはいり、親父、お袋、義妹、家内と一杯。義妹がつくってくれたハンバーグがこれまたおいしくってhappy01

 猫は・・・、あちこち家の中を冒険してまわってます(笑)

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2008年12月28日 (日)

インフルエンザに注意しましょう。

 例年より早くインフルエンザ流行宣言が出ているところがあるそうな。

 それに今年のアメリカで流行しはじめたインフルエンザは、例のタミフルが効かないウィルスだそうな。

 インフルエンザは死への病であることを認識しよう。新型インフルエンザをはじめ、とにかくインフルエンザの脅威にびびっている私だが、これは私や家族を気遣って、ということばかりではない。

 山村留学は都会からこどもたちや保護者のみなさんが来る。外国との接点である空港が国外からのウィルス感染の最前線になってしまうのと同じに、浪合地区においてはセンターがそうした場所になりうる。もちろん一般家庭の方々も市街地にでかけたりお父さんが出張に行ったりってことはあるが、しかし残念ながらわれわれの方が参集範囲がひろい。

 参観日の際にたったひとりでもウィルス感染した方がいれば、それが学校の中で拡大感染してゆく可能性は当然ある。
 センターは共同生活をしているところだからいろいろ手立ては講じるものの、感染力の強いウィルスなら次々に罹患していってしまうかもしれない。(去年のノロウィルス、ときどきあるインフルエンザの流行・・・) つらそうにしているこどもの姿を見たくないし、そんな子であふれてしまう野戦病院のようなセンターを私は見たくない。 
 それに、だ。地元へ帰られる保護者の方にウィルスがついていってしまい、帰られた先(家族、学校、会社など)で大感染の元になる、ということも当然考えられる・・・。

 われわれ職員も同じで、どこかに遊びに行った際ウィルスをもらってこないように十分な注意が必要、と先日のミーティングで話題にした。

 1月にも参観日がある。これをお読みの関係各位には、くれぐれもご自愛とご理解をお願いしたい。

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2008年12月27日 (土)

スキーキャンプをやってます。

 今年の冬休み、なみあい育遊会では3本のスキーキャンプをします。
1,2本目は12月下旬に、3本目は1月4日からスタートです。

 私の担当は2本目と3本目です。

 2本目は総勢マックスで18人くらいです。一般宿泊客4名様もいらっしゃいます。
 3本目は総勢マックスで45人くらいです。

 2本目の規模って、いいですね~。こじんまりして小回りきくし、時間に余裕もうまれます。
またタグ(元山村留学生で今北海道の高校に進学してスキーを一生懸命やってます。SAJ①級の腕前です)やm(SAJ2級の腕前です)なんかがインストラクターやってくれるのでありがたいしうれしいです。スキー修行のため残ったホリも、日中の修行の時間以外はキャンプのお手伝いをしてくれててたすかります。

 3本目はやや人数が多いキャンプになるので、いろいろ工夫が必要だと思っています。とにかく、スキーはスキー場までの移動、レンタル用具の借受に時間がかかります。ここんとこをうまくさばきたいですね。

 2本目ではスキー場でインストラクターしたり巡回したりしながら撮影もしてます。カメラはEOS40D、VQ1015、カシオEXILIM(ケータイW53CA)の3つを使い分けています。
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上から順にEOS40D,VQ1015、EXILIMです。

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2008年12月26日 (金)

2学期、お疲れ様でした!

 なみあい育遊会の通年合宿は今日で2学期おしまいです。帰省日となります。

 8月下旬からの長い2学期でした。
 運動会、文化祭、演芸会、マラソン大会、収穫祭、駅伝大会、京都のつどい、スキー・・・。
 中学生は上に加え部活の諸大会、定期テストが加わります。

 多忙な2学期でしたが、しかし多忙な中で、こどもたちは着実に力をつけていきました。浪合通年合宿が誇る、すごいこどもたちになってきました。
 ありがたいことですね。うれしいですね。

 さあ、冬休みです。おうちにもどって、年末年始のいろいろを楽しみ、しっかりエネルギー補給してきてくださいね。

 3学期はあっというま。15期の仲間ですごすわずかな日々を、うんと楽しいものにするために、心も体も習慣も、いいコンディションをつくりあげて、また浪合に帰ってきてください。

 ちなみに私は30日から帰省、3日には浪合に戻ろうかと思っています。

 今年の京都のつどいで訪ねた吉田神社には毎年行きます。あと大晦日の錦市場の散歩もここ数年欠かしていません。そのうち、こうした年越し行事を育遊会の行事で楽しんでみるのもいいなあ、と思っている私です。。。


 

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2008年12月25日 (木)

今日まで、明日から

 今日まで私と家内は3日連続宿直です。

 

というのも、冬キャンプがはじまり、キャンプ組と通年組のふたつにわかれるので、我が家で連続宿直すると都合がいいからです。だから、うちのこどもたちもセンターで起居します。昨日はクリスマスイブだったので結構職員も集まって・・・にぎやかだったです。

 明日から3泊4日のキャンプに突入です。私と家内、桜の3人が担当です。もちろん3泊4日はずっと泊まり込みになります。楽しいキャンプにしたいです。きっと楽しいキャンプになります。

 なので、6泊7日、家に帰りません。がんばれ、オレたち!!

 ところで、じゃ、今日もVIST QUESTの絵をいくつか。
ハマってます。。。 

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2008年12月24日 (水)

公衆無線LAN

ヤフーの公衆無線LANサービスに加入した。
私はすでにヤフーのプレミアム会員というやつだったので、月額210円で加入できた。

小さいパソコンを買ってがしがし持ち運びをするようになり、公衆無線LANが利用したくて仕方なかった。

他にいいサービスもあるだろうが、南信州にいて、費用をかけず公衆無線LANを利用するにはこれがいいのかな、と思って加入した。

今日、お昼の空き時間に早速利用してみた。

ヤフーのサービスは、マクドナルド限定、である。マクドナルドは飯田に3店ある。
マクドナルドへ行き、接続手続きをした。
そしたら!ま、当然だが公衆無線LANに接続できた。
セキュリティがどうとかわからないところもあるが、そこはこれから勉強だ。
とりあえず、ネットショッピングしたり重要な書類をメールで送ったりしないようには心がけよう。

それにしても!!

外出先でインターネットができるのはありがたい。マクドナルド限定だが、ま、今のこのあたりのインフラじゃ、それでも十分と受け入れた方がいいかもしれない。

ミスドやモスなどでも展開してくれるといいのだが。コメダとかはどうなんだろうね。

公衆無線LANが発展すれば、スカイプなんかで通話が超お得になるか?より小さなハードができたとして、-ipodみたいなの-それで公衆無線LAN使ってスカイプで無料通話したら・・・・携帯電話業界はえらいことだな。ドコモもAUもヤフー(ソフトバンク)も、早くから公衆無線には参入して影響力持っていたいわけだよな。

ともかく。とりあえずモバイルパソコンで自由にインターネットができる環境を広げたい。何かいい情報あったら、教えてくださいm(..)m

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2008年12月23日 (火)

今日もVISTA QUESTで。

 VISTA QUESTにはまってます。もうどこへ行くのも一緒です。
小さいかImgp3279ら持ち運びやすいしね。写真の真ん中にある赤いのがそれです。

 

ほんと久しぶりに撮影が楽しくって仕方ありません。
Img_0001 

続きを読む "今日もVISTA QUESTで。"

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2008年12月22日 (月)

一番星みつけた

金星です。南西の空に輝いています。
浪合通年合宿センターの玄関出たすぐの場所から撮影しました。いえ、実は撮影は別のちょいと前の日なんですがね(笑)今日は晴れていませんでしたrain
夕方5時半くらいの景色です。
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2008年12月21日 (日)

聖戦5

 <連作モノです。聖戦1 は こちら 、 聖戦2 は こちら 、 聖戦3は こちら 、聖戦4は こちら です。 >

 近鉄バファローズはただただ義務的に守備についた。仰木彬監督はベンチ中央に立ったまま。ナインは涙をこぼしながら10回裏の仕事をつとめた。
 マウンドの加藤は先頭の丸山一仁に四球を与えるが、続くビル・マドロックは捕邪飛に討ち取る。驚いたことに仰木監督、ここで投手の交代をする。優勝への采配を続けていた彼が、優勝の望みを断ち切られたのに、それでも負けないための采配を振るう。そのことに私は背筋が伸びる思いがした。
 加藤に代わってマウンドに上がった木下文信は、続く打者ふたりを連続三振に切ってとり、10回の裏が、そしてこの試合が終わった。ロッテオリオンズ対近鉄バファローズ第26回戦、4-4時間切れ引き分け。試合時間4時間12分。その時時計は午後10時56分をさしていた。
 川崎球場は敵地だったが、猛牛軍団は三塁側とレフトスタンドに陣取った応援団にところへ足を運び、帽をとって深々と頭を下げた。「おまえらようやったぞ」「おまえら最高じゃあ」そんなファンの声に、ナインは顔をぐちゃぐちゃにしながら手を振りこたえた。
 同じ頃、埼玉の所沢球場では、この試合の行方を見終わったライオンズナインが森祇晶監督の胴上げをしていた。

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
バファローズ 0 0 0 0 0 1 2 1 0 0 4
オリオンズ 0 1 0 0 0 0 2 1 0 0 4
  1. (延長10回時間切れ引き分け)
  2. バファローズ – 高柳、吉井、阿波野、加藤哲、木下 - 山下、梨田
  3. オリオンズ– 園川、荘、仁科、関 - 袴田 

    本塁打:バファローズ – 吹石2号(7回園川)、真喜志3号(7回園川)、ブライアント34号(8回園)     オリオンズ – マドロック17号(2回高柳)、岡部11号(7回高柳)、高沢14号(8回阿波野)

  • 最終順位(西武ライオンズと近鉄バファローズのゲーム差は0、西武が優勝)
    • 西武ライオンズ 73勝51敗6分 勝率.589 全日程終了
    • 近鉄バファローズ 74勝52敗4分 勝率.587 全日程終了

 試合終了後、バファローズの面々は東京都港区のホテルに戻った。そこで行われるはずだった優勝祝賀会は、試合の結果を受けて撤去作業が行われていた。しかし仰木監督と球団の計らいで「残念会」と名まえを変え、深夜の宴が始まった。男たちは浴びるように酒を飲み、尽きぬ涙を流した。
 この試合が引退試合となったオグリビーは、あまりの悔しさに「なんで日本には引き分けなどという制度があるんだ」と幾度もこぼした。
 主力のひとりだったが直前のケガで試合に出られなかった金村義明は、
「すいません、すいません」
と仰木監督に泣きじゃくりながら何度も頭を下げた。この宴会でただひとり涙を流さなかった彼は、
「カネ、打ち上げやぞ」
と静かに金村の頭をなで、一年の労をねぎらった。

 10回表の攻撃でゲッツーに討ち取られた羽田。猛牛の男たちは彼を手拍子で呼び出し、彼にひとこと言う機会をつくってやった。ベテラン羽田は照れくさそうに、でも深く頭をさげ、
「今日は、スマン」
と言った。男たちは肩を組み、幾度も近鉄バファローズの歌を歌った。

 歴史に残る試合だった。翌日はどの新聞もこの試合が一面だと思った。しかし、そうはならなかった。

 熱戦が繰り広げられたその日、近鉄バファローズとともに西日本でパ・リーグを支えてきた名門・阪急ブレーブスが、オリエント・リース社に身売りされた。この記事に一面を奪われた新聞が幾つかあった。他紙も一面ではないにしろこの事件は大きく扱われた。その分試合の記事に割くスペースは減っていた。信じられなかった。有藤監督の9分間も大いなる受難だが、翌日のマスコミの扱いもこの試合に対する冒涜だと思えたし、受難だった。しかしこれらの受難が、この試合を「聖戦」の高みに押し上げたことも間違いない。イエスの物語が聖書となったその理由を思い返してみるといい。
 それにしてもオリエントリース社、球団買収発表のなんとしらけるタイミングか。後にイチローを生み出す親会社のタイミングとは思えない。もっとも、イチローが世に登場するには、仰木彬監督のオリックス移籍を待たなければならないが。それまでに彼はこの近鉄バファローズを強豪に育て上げ、さらに野茂英雄という超弩級のトルネード投手を世に出さなければならない。

 いくつか後日談を紹介する。

 バファローズの敗戦によりリーグ優勝を得た西武ライオンズの主将石毛宏典は「これで(日本シリーズに)負けたら近鉄に申し訳ない」とコメントした。その通り日本シリーズで落合博満を擁する中日ドラゴンズを4勝1敗で下した際には、主砲清原和博が「これで近鉄に顔向けできる」とコメントした。

 翌1989年、オリックスブレーブス、西武ライオンズ、近鉄バファローズの三つ巴の激戦を、今度は近鉄バファローズが制し、パ・リーグ優勝を決めた。日本シリーズでバファローズはジャイアンツ相手に3連勝するがその後4連敗、ほぼ手中にしていた日本一を逃してしまう。この時「巨人はロッテより弱い」と挑発発言をしたのが「投球練習はいらないから」と最後まで試合を諦めなかった加藤哲郎である。

 仰木彬監督が日本一になるのは1996年。オリックスブルーウェーブ(1991年に「ブレーブス」から改称)を率いた際となる。就任1年目の1994年にイチローを発掘して210安打の日本記録を樹立させ、1995年には阪神・淡路大震災で大きな痛手を受けたものの「がんばろうKOBE」を合言葉にリーグ制覇。しかしこの年は野村ヤクルトに1勝4敗と大敗。翌1996年に再びリーグ優勝し、「メークドラマ」でセ・リーグを制した長嶋ジャイアンツを下して念願を果たした。なおこの年、仰木チルドレンのひとり野茂英雄が、メジャーの舞台でノーヒットノーランを達成している。

 仰木彬監督は1988年日本シリーズ後の清原のコメント(「これで近鉄に顔向けできる」)に「なんて男気のあるやつだ」と感動したらしく、清原の晩年、「お前の最後の花道はオレがつくってやる」と自身がシニアアドバイザーを勤めるオリックスバファローズ(2004年に「ブルーウェーブ」から改称)への移籍を実現させた。

 -その2ヵ月後、仰木監督はこの世を去った。

(おわり)

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2008年12月20日 (土)

VISTA QUEST VQ1015

買っちゃいました。

 VISTA QUEST VQ1015!

想像以上に小さく、想像以上に扱いづらく、想像以上にかわいいやつですhappy01

説明書がまたいいです。

「独特の色合いが楽しめます。目に映る色に捕らわれるな!」

「雰囲気が写せます。ピントとか、そんなの気にしない!」

「ファインダーを覗いても思い通りの写真は撮れません。飾りと思ってフォルムを楽しんでください。」

「正確さや誠実さを期待されても、応えられるかわかりません。おおらかな気持ちで接してください。」

・・・なんとなく、顔がゆるんでしまいますhappy01happy01happy01

「正確さや・・・・」の文なんて、まるで私についての説明書みたい(笑)

人なんですね、こいつ。思い通りにいかないところが、イイ。

さて、肝心の映りです。センター日記にある写真と似たようなのもあげておくので比較してみてくださいね。(なお、センター日記のはペンタックスのコンデジです)

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全絵、一切加工はしていません。

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2008年12月19日 (金)

五平餅会と不況の嵐と心構えと

 今日は浪合通年合宿センター恒例、五平餅会を行いました。
昨年までは伊藤満先生が総指揮、という感じで行えたのですが、伊藤先生はお亡くなりになられました。しかし、伊藤先生に教わった五平餅の作り方やそのタレの作り方は生き続けています。それが確認できてよかったです。
 夕方6時30分からなみあい遊楽館で、センター生みんなとスタッフ一同が集まって行いました。2升分のお米を五平餅にしました。
 あついご飯を半殺しにし、それを板状にするのは園生みんなでやりました。ホリやもりとら中学生が一生懸命焼いてくれました。こういうのはどんどん子ども達にやらせた方がいいですね。秘伝のタレは女性職員が作ってくれました。
 おいしくできておなか一杯。いろりを囲んでの一席は楽しいですね。

 さて、不況の嵐が吹き荒れています。本ブログではなるべくその話題は(暗くなってしまうので)避けて通ってきましたが、どうやらそれも難しくなってきました。
 仲のよい人が次々不況のあおりで「仕事がない」「給料カット」などの憂き目にあっています。麻生総理大臣が財政より景気ということで大盤振る舞いのカンフル剤注入(砂漠に水を撒いているようなものじゃない?と表現した仲間がいます)を企画していますが野党も与党も右往左往(苦笑)、なんだかとほほな状況で、諸外国どんな気持ちでわが国のこの様子を見ているのでしょうか。
 国策については、まあここでは述べることを差し控え、庶民の側のスタンスで今後を考えてみたとき、明るい話題はないと決めてかかった方がいいかもしれません。
 事業所も家庭でも、収入は減ります。だったら支出を切り詰めるしかない。我慢をしいられる時間はきっと長く続くでしょう。事業所にしても、家庭にしても、ひとりひとりが高いパフォーマンスを発揮して、その上で金銭的見返りを多く求めないという姿勢が肝心になってくると思います。だってそれしか、収入減に対応する方法ってないですよね。こういう時こそ、「事業所が私のために何をしてくれるかじゃない、私が事業所のために何ができるかだ」という精神を本当に持っているかどうかが問われてくるのだと思います。家庭においては、「」の部分を「家庭」に置き換えればいいわけです。

 が。原典は、「」の中に入る言葉は「国」なんですがね。

 もとい。甘えていたら、切られます。できないことが多いと、切られます。ずるいことしても、切られます。憎まれていても、切られます。

 あなたは大丈夫ですか??

 貢献的でパフォーマンスが高く、誠実で愛すべき人材が、残るに決まっています。

 違いますか?

 

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2008年12月18日 (木)

伊那谷環境文化ネットワーク臨時総会・理事会、忘れ物(涙)、年内最後の浪合S.C.、サッカー練習送迎、プチ忘年会

 えらくだらだらしたタイトルですいません。

 今日の一日あったことです。
①午前11時から野外教育研究財団で、「NPO法人 伊那谷環境文化ネットワーク」の臨時総会と理事会があり、出席してきました。この団体は、飯田市の「市立動物園」と「かざこし子どもの森公園」の管理運営を受託している団体です。今まで会員として名簿に名まえを掲載させていただいておりましたが、初春より新たな立場でお世話になることになりました。詳しくはまたお知らせしますね。なお、この団体の監事さんには、家内の短大時代の先輩が就任されることになりました。私も大学時代、いっしょに活動したことなどあります。奇遇ですねええ。

②で、忘れ物なんですが、忘年会はこわいですねえ。先の会議で印鑑を押す場面になって気がついたのですが、私、印鑑が入った筆箱とそれからスケジュール帳をどうやら昨日どこかに忘れてきてしまったようなんです。よ~っく思い出してみると、一次会でそのノートを開いた記憶がある。筆箱出して何か記入した覚えがある。その後テーブルが狭くなってきたので、宴会場の飾り物置きの棚に置いた気がする。・・・やっちまいました。筆箱には印鑑の他に筆記具と、それからいろいろデータの入ったメモリースティックが入ってます。スケジュール帳はもうスケジュールがいっぱいと大事なメモがたくさん。なくなると致命的ではないものの困ります。重ねて言います。
 やっちまっまいました。

③で、理事会の後に昼食をご馳走になり、実にひさしぶりに「ふなよし」へ行きました。昨日もたらふく食べたのに、今日もまたご馳走。メタボなくらし、しています。
 それから浪合S.C.に行きました。今日はちょいと早いのですが、年内最後の活動です。なので低学年対決、高学年対中学生以上、高学年対低学年選抜で試合をしました。グランド全面をつかってピッチをつくりました。
 私は低学年対決では審判を、高学年対中学生以上対決ではCFを、高学年対低学年選抜では低学年の監督をしました。CFでは2得点あげ、まあ満足(笑)。スコアは4-3で勝ったような・・・。前半は1-3でしたが、中学生と山Pが入った後半は盛り返しました。大人げ??ないですそんなもん。

④浪合S.C.が終わったら、すぐにsiを連れて飯田市上郷にある山田体育館へ。アザリー飯田の練習です。浪合S.C.に来る前にmが家で私向けにお弁当を作ってくれていまして、それはそれは楽しみだったデス。ちなみにsiも浪合S.C.に来る前に宿題して自分用のお弁当を作って来ました。お弁当は・・・おかずは一種類だけでした(笑)けどそれでもおいしいんですよね。こどもが作ってくれたとなると、それでなんだか胸がいっぱいになります。おいしかった。練習は7時から9時です。siを送り届けてから2時間程度家内に言いつけられた買い物をしたり、夜景を見たり。ちょっとほっこりできる時間、です。

⑤今日は鍵当番だったので、山田体育館の照明を落として施錠をし、上郷公民館へ鍵を返しに行きました。で、センターによって寝ているsoと待機していたmを連れて家に帰ります。siはその間、センターでシャワーを使わせてもらいました。有料でときどき借りています。なお、今夜は家内が遅番だったので、soとmもセンターだったのです。こういう時は食事代も風呂代ももちろん有料になっていますからpaper。soとmを家に届けて、もう一度センターへ。そしたらsiのシャワーが終わってるので、すかさずsiを連れて家に戻ります(笑)
で、11時半ころ家内が帰ってきました。忘年会が続く私と違い、家内は何かと用事が重なって忘年会に行けずにいます。なので私が買い物ついでに値引きされた刺身などを購入、安い予算で申し訳なかったのですがプチ忘年会をこの時間から始めました。保育園とセンターの掛け持ちでがんばってくれている家内への感謝も込めて。低予算ですが(笑)
明日で保育園勤務に一区切り(mの県外受験準備やセンターでの都合もあって)することにしている家内への慰労も兼ねて。低予算ですがcoldsweats01coldsweats01。 
 ・・・それにしても深夜から・・・メタボなくらし、してますよね~

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2008年12月17日 (水)

セカンドスクール研究会小委員会と忘年会

 今日は阿智村PTAの統合中学に向けての会則研究の会合と、南信州セカンドスクール研究会の小委員会があったのですが、時間もぴったり重なってしまっていました。

 よーっく考えた結果、小委員長という立場であることから、セカンドスクールの方に参加しました。この会は飯田合同庁舎で行われました。

 今回の議題は、セカンドスクール実施要綱および広報パンフレットの内容について、2月開催予定のセミナーについて、集団宿泊施設見学報告などとなっていました。実施要綱については一部執筆していますし、集団宿泊施設の見学は私も行ってますので、やっぱこの会議に出ておかないとまずかったよな、なんて思いました。

 1時間ほどの協議で小委員会は終わりました。

 それから場所をうつし、忘年会となりました。いろんな立場があると忘年会も多くなりますよね。結局三軒くらいはしごしたかな。最後はひっさしぶりにカラオケなど行ってみました。タイガーマスクを熱唱しましたよ(笑)

 行きも帰りも家内に送迎してもらいました。行きは喫茶店でお茶をご馳走しました。帰りはsiのサッカーの帰りと重なったものですからちょうどよかったです。

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2008年12月16日 (火)

個人懇談

 学校での個人懇談が昨日と今日の2日でありました。

 私は山村留学生では中1の男女各1名と、中3になるmの個人懇談に行ってきました。ちなみに山村留学の中3生は県外受験のスケジュールがある関係で、別日程で行ってもらいました。山村留学生は全部で14人いるわけですから、-2で12人、ほか1名がどうしても都合で別日程、という方がいらしたのでこの2日間で11名の懇談があることになります。(あ、特例ですから、「言えば日程動かせるんだ」程度に軽く考えないようにしてくださいねcoldsweats01
 その11名とうちの子3人、あわせて14人分の情報を学校で交換するわけですから、結構準備もその後もたいへんです。が、もちろん全員を私が対応するわけではないです。山村留学に関しては私のほかに通年係があと2名の合計3名体制、我が家に関しては家内と私の2名体制(これは当たり前か(笑))。

 あと、山村留学生の保護者の方の送迎もあります。伊賀良までクルマで片道30分ほどかけての送迎になります。この送迎がけっこう楽しかったりするんですよね。いろいろな雑談や感想などを聞かせていただけるのが楽しいんです。意外にそんなところに核心にふれる話があったりしてね。

 

 
 
 

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2008年12月15日 (月)

聖戦4

 <連作モノです。聖戦1 は こちら 、 聖戦2 は こちら 、 聖戦3は こちら です。 >

 9回表、勝ち越すことができなかった近鉄バファローズが守備に向う。

 この当時、パ・リーグは延長の場合、12回まで試合を行うことになっていたが、試合開始から4時間を経過したならば新しいイニングには入らないという規則もあった。熱戦となったこのゲームは時間が随分経過しており、優勝を目指すバファローズは時間との戦いも視野に入ってきている。

 同点では優勝できないバファローズ、少しでも早く、相手の攻撃を終わらせて10回の表に入りたいところだ。
 そんな9回裏に、この試合を「聖戦」の高みに押し上げる出来事が起こる。

 先頭の古川慎一がヒットで出塁。続く袴田英利が送りバントをするが、これを近鉄バッテリーの阿波野と梨田が見合ってしまい、無死一二塁になってしまう。オリオンズにしてみれば、逆転勝利の舞台が整ったかたちだが、バファローズは絶対絶命の危機だ。
 ここで阿波野が二塁へ牽制球を投げる。この球が高めに浮く。ベースカバーに入った大石がジャンプをして捕球、着地しながら走者古川をタッチ。古川はあわててベースに戻ってはいたが、体勢にムリがあったか着塁して一瞬、足が離れてしまう。大石はその一瞬の間にタッチした。二塁累審はアウトの宣告。無死一二塁が一死一塁になったのだから大きい。次打者ゲッツーならチェンジだ。
 しかしここで有藤監督が猛抗議に出る。つまり、大石が古川を押し出したじゃないか、ということだ。
 遠くからならそう見えなくもない。しかし、テレビ中継で見た者はあきらかにそうでないことを知っている。一番近くで見ていた審判も迷わずジャッジしているし、判定は正当なものだった。しかし、有藤監督には本当に大石が押し出したように見えたのだろう。オリオンズにしてみれば、サヨナラのチャンスがなくなってしまうのだ。それも対バファローズ10連敗を阻止する貴重なサヨナラだ。実直頑固な有藤道世、まったく引くことなく、抗議を続ける。
 近鉄バファローズにしてみれば、これはたまらない。一刻も早く9回裏を終わらせたいのだ。時間制限の4時間まで、残り30分はとうに切っている。攻撃の回数は、あと2回か。しかし抗議が長くなれば10回の攻防のみ、つまりあと1回しか攻撃ができないことになる。
 有藤監督の抗議は続く。「いいかげんにしろ~」という罵声が飛ぶ。球場は騒然となる。仰木監督が審判に何か言っている。この抗議時間は試合時間に含まれるのか、という確認だ。残念ながら、含まれる。バファローズナインは、守ることも攻めることもできない時間を、どんな気持ちで待っていたのか。
 抗議は、結局9分間続いた。監督が審判に抗議する権利はもちろんあるのだが、しかし一度下された判定が覆ることはない。このゲームの、この瀬戸際での9分の大きさは計り知れない。時間と戦う近鉄バファローズにとって、そして多くの野球ファンにとって、あるいはもしかすると野球そのものにとって、この抗議は「受難の9分」となり、後世に語り継がれることになる。

 一死一塁から試合は再開された。待たされた阿波野がまともでいられるはずがなく、二死までこぎつけるものの満塁と攻め立てられる。打者は愛甲。
 愛甲の打球はレフト前に飛ぶ。落ちればサヨナラ、バファローズの夢は砕かれる。左翼手淡口憲治が懸命に前進、滑り込みながら地面すれすれで捕球。またしてもファインプレイ。残す1回だけの延長戦に、かろうじて夢は繋がった。

 延長10回表。時間制限の4時間はもうすぐそこに迫っている。バファローズの攻撃は、事実上この回だけとなろう。3つのアウトを数えるまでに、一度でいい、ホームを陥れてほしい。生粋のオリオンズファンと優勝を争っているライオンズファン以外は、皆そう思っていたのではないか。
 先頭打者は今日本塁打を放っている主砲、ラルフ・ブライアント。
 長打を狙って強振するブライアントだがわずかにミスショット、ゴロのボールはセカンドへ。溜息の中一塁に走るブライアントだが、しかしベースカバーに入った投手・関清和がなんと後逸。バファローズを押す強運はまだ生きていた。すかさず代走に安達を投入。

 続く打者はオグリビー。しかしオグリビーだったところが難しかったか。

 この場面、送りバントで一死二塁のカタチが欲しかった。仰木監督は「仰木マジック」という言葉が示す通り奇策を用いることが多かったが、それは選手起用に関することで、戦略的には「送りバント」のようなオーソドックスな作戦を嫌ってはいなかった。その証拠に新井も大石も、仰木監督が就任した今年の方が昨年より犠打の記録数が増えている。しかしさすがにオグリビーに送りバントを命じるわけにはいかない。彼が送りバントを成功させる確率と、彼が普通に安打を放つ確率なら、後者の方が高いに決まっている。
 オグリビーで勝負。しかし結果は、空振り三振。これで一死一塁。
 バッターボックスには羽田耕一が入る。

 -羽田はこの場面、迷いがあったという。普通に勝負か、あるいはセーフティ気味の送りバントをしようか、ということである。バッターボックスに入る時間を遅らせて考えをまとめたいところだったが、しかし、時間の制約にあせる気持ちも抑えられない。背中を押されるようにバッターボックスに入る羽田。
 そこへ、初球、ストライクが来た。羽田のバットが反射のように動く。「迷いながらでいい結果がでるわけがない」と羽田が後に述懐するが、打球は無情にもセカンド西村の正面へ。西村、自らセカンドベースを踏んで二つ目のアウト、そして一塁に送球。羽田、懸命に走りこむが、しかしボールはファーストミットにきれいに収まる。アウト。スリーアウト。

 残る時間は3分。3分で相手の攻撃は終わらない。近鉄バファローズの1988年の攻撃はすべて終了してしまった。奇跡の追い上げもここまで。逆転優勝の夢は潰えた。

 しかし、バファローズナインは守備につかなければならない。試合終了の声を聴くためだけに、守備をしなければならない。

 この回マウンドを任された加藤哲郎は、審判に投球練習はいらない、すぐやらせてくれ、と懇願、擦り切れてしまった夢を必死につなぎとめようとした。しかし残念ながら、ロッテオリオンズの攻撃が3分で終わることはなかった。

つづく)  

 
 
 
 
 
 

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2008年12月14日 (日)

初冬の風物詩とトップリーグ2日目

 今日は浪合通年合宿センターで、初冬の風物詩、山村留学生対象の「スキーの道具あわせ」をしました。個人持ちの道具を持っている子はいいのですが、多くはセンター所在の道具をレンタル利用したいという子たちです。
 朝9時からトイレ掃除だのヤギ小屋掃除などをして、それが終わってから2~3人づつ道具あわせをしました。
 今、センターにはスキー靴、ストック、板ともに30セットほどあります。その中から自分のサイズにあったものを選んでいくわけです。
 去年と同じサイズでいい子、去年より大きくなった子、いろいろです。やはり、高学年以上はしっかり大きくなってますね。
 道具は中古とはいえ、ちゃんとしたものです。スキー場のレンタル部から寄付していただいたもの、地区の方から譲り受けたもの、修園生が置いていってくれたものなどです。
 2時間程度で全員のチェックがおわりました。その後、倉庫掃除をしてスキー板などを置けるよういわゆる「冬バージョン」に設定しなおし、お昼を迎えました。
 ちなみにお昼はあかやん作成の野菜たっぷり醤油ラーメンでした。
 作業としては、ビンディングの調整と開放値の調整が残っていますが、それは来週の平日、こどもたちが学校に行っている間にでもしようかと思っています。一日に2~3本もやれば、十分OKですから。

 それから午後はスキー小物購入必要者といっしょにお買い物に行きました。いっしょに行ったのは、りょう、みほ、てっつー、あきです。雪用長靴とか毛糸の帽子、手袋などを購入しました。行った先は東京靴流通センターとアルペンです。あと西友によっておやつを物色(笑)それとキラヤに行って、キラヤ主催の全国児童画コンクールで全国入賞!!を果たしたあきくんの記念品の受け取りにも行ってきました。

 帰り道、クルマを運転しながら見える恵那山などは白くなっていました。

 それと久しぶりのアザリー飯田ジュニアユースの話題。
 今日は木曽でトップリーグ2部の2日目二試合が行われました。初戦は強敵上田ジェンシャンと。せっかく先制したのですが、後半あれよあれよと4失点。。1-4とまったく言い訳できない完敗。スコアだけ見ると、ねじふせられたというか、あしらわれたような印象です。それとも自滅??両方とも1部昇格を目指すチームだと思うのですが結果の差は歴然といわざるを得ません・・・。残念です。結果にこだわらないと、結果はついてきませんよね。勝たなければならないゲームは勝たなければいけない。勝利目指してファイトしなければいけない。

 ・・・なんて思っていたら、次の試合VS小布施中では9-0のど快勝。地力の差はもちろんあったのでしょうが、しかし前の試合の不甲斐なさを感じて皆が発奮したんでしょうね。すごい結果です。おめでとう!siもトップ下で途中から出させてもらい、1ゴールを決めたと言っていました。

 強豪クラブチーム相手に勝ち点3を絶対奪う。こういう姿勢を、次は見せてほしいなあと思います。親、というかサポの希望ですが(笑) でも、結果にこだわらないと、結果はついてきませんから。くどいですが(笑)

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2008年12月13日 (土)

サッカー4級審判講習会

 今日は飯田市鼎文化センターでサッカー4級審判講習会がありました。
そこに、mとsiが参加しました。siはアザリー飯田ジュニアユースのメンバーで、ジュニアユースのメンバーはこの講習会に参加することが推奨されていますので、それに従ったかたち。mは実は昨年も取得したがっていたのですが、それがスケジュール的にできなかったので、今年受講することにしました。ていうか、彼はテニスプレーヤーなのですが、やっぱ心の底には紫魂がサッカーへの関心があるんでしょうね。
 朝9時20分に集合だったのですが、今日の朝は私しかいなかったこともあり、お弁当つくって朝食つくって・・・なんてしてると結構ギリギリになり、あわてました。こういうときに限ってすぐ前にのんびりした車があったりして。。。

 でもみなさん、事故は悲惨です。とくに人身事故は。被害者になっても、加害者になっても人生変わります。

 気をつけましょう。ホントに。

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2008年12月12日 (金)

PTA連絡協議会

 今夜は浪合小中学校でPTA連絡協議会がありました。
つまるところは、来年度の会長、副会長を選出する会です。
昨年度はかなり時間を費やしてしまうという経験をしました。今年は事前準備を心がけ、多くの方々のご理解とご協力を得ることができ、スムーズに選出することができました。

 浪合小中学校は中学統合という大きな変化を前に、会そのもののあり方も変容せざるを得ない時期にさしかかろうとしています。中学校会員と中学校職員がいなくなることでPTA会員が減少します。その中で役員の選出や委員会活動を行っていく必要があります。組織や活動をスリム化することはもちろん、過渡期対策も入念でなければなりません。

 若輩モノながら今年PTA会長をさせていただいている私は、副会長や理事のみなさんはもちろん、諸先輩方のアドバイスやご指導のもと、上の事柄がスタートしやすい環境をつくることに配慮させていただいたつもりです。

 詳細は差し控えますが、役員選出のルールやプロセスについても、状況にあった、わかりやすいものであるといいなあと願います。テーブルが大きくなると、決まりにくいものもあるのです。ふさわしい大きさのテーブルを決めるルールがあれば、それにこしたことはない。そんなことを思います。

 ともあれ、この会無事おわって、正直、ほっとしています。

 実は今夜、浪合カメラクラブの忘年会もあったのですが、そちらに1時間だけ参加し、それから学校に向かいました。忘年会は国道153号線沿いにある「焼肉・夏焼」が会場でした。なので私、だいぶ煙くさかったと思います(笑)

 あ、当然、アルコールは一切飲んでいませんからgood

 

 

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2008年12月11日 (木)

山崎努さん見たさに「世紀末の詩」

 今、「世紀末の詩」を見直しています。
 docomoのCMで山崎努さんが出演されていますが、その演技を見て、どうしても「世紀末の詩」が見たくなったのです。初回ゲストはヒロスエだし(笑)

 必殺仕置人の念仏の鉄役の山崎さん、九門法律相談所の九門耕作役の山崎さん、それと世紀末の詩の教授役の山崎さんが私はたまらなく好きです。

 mに、山崎努っていいだろ、といったら、うん、と深く頷いていました。満足、満足。

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2008年12月10日 (水)

聖戦3

 <連作モノです。聖戦1 は こちら 、 聖戦2 は こちら です。 >

 近鉄バファローズが大逆転優勝を決める。多くの野球ファンがそう思った。ナインもそれを信じてプレイしていただろう。しかし野球はそんな予定調和を、時として無残に打ち砕く。7回裏、オリオンズの岡部明一がソロ本塁打を放ち、さらに代わった吉井から西村徳文がタイムリーヒットを放って同点に追いつくのだ。

 近鉄バファローズに9連敗中のオリオンズ。これ以上負けられない、目の前で優勝の胴上げなど見たくない・・・そんな男達の意地が、チームに今までにない粘りを生み出している。第一試合で結果を出せなかった吉井のメンタルにも問題があったろうが、しかし今シーズンのいつものオリオンズなら、あっさり負け試合になっていたはずだ。

 しかし、猛牛打線の勢いも止まらない。8回表、主砲、ラルフ・ブライアントが34号ソロ本塁打を放つ。4-3。いよいよ真打が一発を放った。
 ブライアントは、実はここにいるべき選手ではなかった。彼の実父が危篤の状態だったのだ。ほとんどの外国籍選手は、いや日本の選手だって、家族に危険な状態があれば試合を欠場し、家族のもとに駆けつける。しかし優勝にむかって突き進むバファローズをこの男は見捨てることができなかった。その彼が、本塁打で勝ち越し点を刻んだ。これで決まった、今度こそ決まりだ。その裏からはエース阿波野がマウンドに登る。胴上げ投手は阿波野だ-それでいいんと違う?そう思ったのは私だけではないはずだ。

 しかし、伏兵がいた。

 このゲーム、優勝争いとは違うところで、ひとりの男が戦っていた。ロッテオリオンズの主砲、高沢秀昭である。彼は厘差で阪急ブレーブスの松永浩美と首位打者を争っていた。オリオンズはすでにこのシーズン最下位が決まっていた。だから高沢はゲームを休んで打率を下げないという戦略に出てもおかしくなかった。しかし、有藤監督は高沢を二試合ともスタメンで使った。「高沢を使うのになんの躊躇もなかった。プロである以上、タイトルは自分の力で獲れ。そう思っていた。」後に有藤監督はそう語っている。有藤道世、実直で頑固な男だ。
 試合に出場した以上、安打を放たないと打率は下がる。高沢にとって、首位打者のタイトルは初めてだし、当然自分のものにしたいところだ。8回の裏、そんな高沢に打順がまわる。
 先頭の愛甲猛はサードゴロ。バファローズ優勝まで残り6つとなっていたアウトカウントがひとつ減る。

 続いて、高沢。
 阿波野は高沢に対して2球スクリューボールを投げる。高沢はまったくタイミングがあわず空振りふたつ。カウントはツースリーとなっていた。
 さあ、勝負。
 バファローズバッテリーはここで三度スクリューを選択。阿波野、高沢がかすりもしなかったスクリューボールを投げる。
 この組み立てをベンチで見ていたベテラン梨田は、「スクリューは読まれていた。イチかバチかで高沢は狙っていた。ならば2球見せたそのボールじゃなくて、まっすぐでOKかな、と思った」と後に語っている。
 しかし勝負の球として選択したのはストレートではなく、スクリュー。
 「いくらか高めに入ってしまった」というスクリューを、高沢がこれしかないというタイミングですくい上げる。打球は一直線にレフトスタンドへ。本塁打なのに静まり返る球場。一瞬後、オリオンズ応援団だけが歓声をあげた。

 4-4。どうなる。いや、すごいぞこの試合。日本中の野球ファンが興奮と、それから野球というスポーツがあることの幸運を感じたに違いない。

 9回表バファローズの攻撃。二死後、大石第二郎がツーベースを放つ。猛牛はくじけていない。続く新井宏昌が左バッターボックスに入る。プロ14年目、ベテラン好打者だ。1987年には首位打者を獲得、落合博満も一目置く打撃の職人である。
 その新井が、彼独特の、ヘッドを滑らせるようなスイングでアウトコースの球を弾き返す。
火を噴くような打球が三塁線に飛ぶ。タイムリーだ!そう思った。
 しかしサード水上善雄がよこっとびでボールを掴み、すばやく起き上がって一塁送球、アウト。この時毎日放送の安部アナが叫んだ「THIS IS プロ野球~!」の言葉は、プロ野球中継史上、最高に視聴者の気持ちとシンクロした名言だったと私は思う。
 守備では長嶋茂雄を彷彿させると言われた水上が、その真骨頂をこの場面で見せた。誰もが最高のプレイをこの試合に捧げた。そうさせる力が、この試合には確かにあったのだ。

聖戦4へつづく

 

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2008年12月 9日 (火)

このトイデジはどうなの??

 トイデジが気になって仕方ない私です。

 このVista Quest(ビスタクエスト) VQ1005はどうなの??

 フィルムカメラを意図的に駆逐しようとしている私、でも魅力あるトイカメラはlocomoをはじめとしてフィルムカメラにまだ多い。

 ふつうにまともなデジカメで撮影してトイカメラ風にレタッチすれば、とも思うのですが、ハードとして魅力あるヤツが気になるのはなぜでしょう。。

 4000円切りそうな勢いだし、サクっと買っちゃいますかねえ。

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2008年12月 8日 (月)

できが違う??

 たとえばテストの成績で明らかな差がついて負けてしまったとき。
 たとえばスポーツの記録会で明らかな差がついて負けてしまったとき。

 「できが違うから」

という言葉をつかって自分をなぐさめたり、わが子をなぐさめたりすることはありませんか。

 確かに、そう思わないとやってられないことはあります。でも。

 できの差(先天的な能力の差)、よりも、努力の差、に隔たりがあることも多いです。努力不足を能力不足におきかえてしまうと、その差はさらに大きくなります。そしていずれ、後天的な能力の差として定着してしまうでしょう。

 とくにスポーツの世界で成功した人がよくいいますが、
「私には才能がなかった。だから努力した。」
という言葉があります。先日引退した元日本代表DF森岡選手もそう言っていました。

 きっと自分よりも能力が高い人をたくさん見てきたのでしょう。そんな人たち(森岡氏は「化け物じみた相手」と表現していました)と戦い、勝つための努力を彼はし続けてきたのでしょう。だから言える言葉だと思います。
 と同時に、才能にあふれた人が努力をしないがために消えていってしまった例も、彼はたくさん見てきていると思います。努力することなしに、どんな才能も光始めることはないのです。

 だから、「できが違う」なんて言葉を安易に使うべきじゃない。それはあきらめです。簡単にあきらめちゃいけない。自分のくらしを振り返れば、自分の習慣をふりかえれば、改善できるところはまだあるはずです。そこから見直してみましょうよ。

 なになに、決して捨てたモンじゃないですよ、キミも、あなたも。

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2008年12月 6日 (土)

京都のつどい2008

 今日から1泊2日で京都のつどいに行きました。
 今年で幾度目になるかなあ。もうすっかり恒例です。

 今年、いつもと大きく違うのは次の2点。
1)サッカー観戦を初日にしたこと。
2)戒光寺での宿泊を復活させたこと。

例年初日を京都のこどもたちとの交流活動にあてていました。10時に京都市内のどこかに行く必要があったので、浪合を5時半くらいに出発していました。でも今年はサッカー観戦なので、そんなに早く行く必要がなくなりました。キックオフは14時30分だったので、ゆっくり7時出発にすることができました。それでも7時出発にしたのは、最近の西京極、お客さんがいっぱい入るんですよね。だから席とりしないと30人まとめて座る場所をとることができないと心配したからです。けど、5時が7時になるだけで、だいぶ余裕ですね。

それとお寺での宿泊はお寺の都合で何年か見合わせていたのですが、今年はOKしていただいたので復活とあいなりました。

活動の内容などはセンター公式ブログにアップされていますのでそちらを参考にしてください。サッカーの試合の内容などについては「むらさき観戦記」で(笑)

そうそう、一般参加者のYちゃんが、試合前の選手によるサインボールスローインで、なんと柳沢敦選手のボールをゲット。これはうらやましい!!
あと、園生のりょうくんがパウリーニョのサインをゲット。これもうらやましい!!!

夕飯は小グループにわかれ、それぞれ予算内で食べるという人気企画。私はちびっ子3人組の担当をしました。あと妊婦さんもいっしょ。京都では有名な「王将」に行ってぎょうさやラーメンに舌鼓。おいしかったです。

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2008年12月 5日 (金)

やればやるほど。

内容を拡充すればするほど。
やりやすいように工夫してあげればあげるほど。
思いやりをかたちにすればするほど。

人の生きる力が、なくなっていく気がしませんか。

ローマ帝国は、外敵によって滅びたのではないといいます。
人心の腐敗によって滅びたといいます。

無償でパンを、無償でサーカスを要求した国民が、ローマを滅ぼしたのです。
建国当時のローマは、みなで一致団結し英知をふりしぼり、血と汗を流して国のカタチをつくりました。
自分のためより、妻の平和や子の未来のため、国のため、という熱い気持ちをみなが持っていました。しかし、巨大帝国として成熟してからは、国民への福祉に金銭をつぎ込めるようになり、それが国民の幸福を生み出したのですが、同時に慢心と国への甘えも生み出し、それが加速して人心が腐敗してしまいました。「オレは国のために何かしようとは思わないが、国はオレのためにいいことしてくれないと納得しない」というメンタリティになってしまったのです。モンスターペアレントみたいなもんです。ていうか、モンスター国民。

教育の仕事をしていても、家庭で子育てしていても、私はローマ帝国崩壊の教訓を意識します。

また一職業人、組織人としても意識します。

何かをしてあげる、という行為は諸刃の剣です。とくに、これから育っていこうとする若者や子どもたちに対しては。

「この子のために何かしてやろう」

と考えたとき、その行為がもたらす果実と、それからリスクをちゃんと予測しておく必要があると思います。そして果実は最大限に、リスクは最小限にするよう工夫する必要があると思います。

「かわいい子には旅をさせよ」
という格言は、上のことを考えたとき、たいへん含蓄深い言葉というべきです。

子どもや若者のためによかれと思ったことをやればやるほど、彼らをダメにしてしまう。ダメになったとわかったときに臍を噛んでも手遅れです。

いくらかの知識や技術を身につけることより、恩恵を受けることに慣れてしまうことを恐れよ。私はそんなことを思います。

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2008年12月 4日 (木)

習慣づくり

 これが難しい。ステップアップしようとすると、ほんとに難しい。

 必要と思われる要素を以下に書いてみる。順不同。

1.家族の応援。
2.本人のやる気。
3.仲間の応援。
4.家族の評価。
5.仲間の評価。
7.時間をコーディネートする能力とそれを支援する人。
8.評価の内容やタイミングをコーディネートする人とそれをうまく伝達する能力を持つ人。
9.あきらめない気持ちをそれぞれが持つこと。
10.いいゴールイメージをそれぞれが持つこと。
11.家族の満足につながっていること。
12.仲間の満足につなかっていること。
13.本人の満足につながっていること。

くらいでしょうか。

 本人のやる気よね。という一言で切り捨ててしまう大人は、大人の努力を放棄してしまっています。

 

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2008年12月 3日 (水)

このトイデジが楽しそうかと。

 vivitarのトイデジです。これです。
ジツに楽しそう。トイカメラの写りはデジイチとは対極なのですが、
しかし底に通じるものはいっしょです。つまり、感動。
 感動へいたるプロセスが違うんですよね。
 厳密な技術がデジイチだとしたとき、トイカメラの場合はたとえば幸運。
 シャッター速度も絞りもだいぶいい加減なトイカメラですから、それを制御しようってほうがそもそもムリ。自分の技術が及ばないところでおこる作画の味付けが、たまらない。
 いいかげんがいい、ってのもおかしな話ですが、でもそうなんですよね。
 友達にもいるでしょ、いいかげんなやつ(笑)
 そいつがいいかげんじゃなくなったら、慌てちゃいますよね。

 これ、買いかなーとか思ってたら、sold outでしたdown

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2008年12月 2日 (火)

奇妙な符合。

 「聖戦」を書き直している。読んでくださった方ならもちろんご存知のことだが、これは伝説となった10・19、近鉄バファローズ対ロッテオリオンズの一戦のことを書いたものだ。
 そしたら、ふらりと訪れた本屋で
「仰木彬 パ・リーグ魂」(金村義明著 世界文化社)
という本が目に入った。手にとって見てみると、冒頭、10・19のことから始まっている。

 きたきた。私はそう思った。こういうことは、実によくある。つまり、奇妙な符合だ。
 私が何かをやりはじめたとき、私が何かが気になってしかたないとき、知りたい調べたいの欲求が高まったとき、私のまわりでそれは起こる。

 図書館の天使、という言葉がある。インターネットが普及するずっと以前からある古い言葉だ。学生や研究者が論文を書く際、知りたい、調べたいと本気で思っていると、たとえば図書館で、ふと振り返ったところに探していた本があった、とか、棚から落ちてきた本の中にそれがあったとか、そういう幸運がある。そうした幸運を運ぶなにものかを、「図書館の天使」と呼んだらしい。
 私は、「図書館の天使」によく助けてもらった。このことをいうと、「そんなばかな」と一笑に付す人がいる。理解できる。私も思わないわけではない。でも、経験上、先のような幸運はある。いやむしろ、幸運に助けられるに違いないと思って図書館なり本屋なりに行っている節がある。 
 天使の存在-というか、そうした幸運は確かにある、と共感してくれる人もたくさんいる。別に文系の連中ばかりじゃない。神とか仏とかから遠そうな人物の中にもいる。「図書館の天使」という言葉がある自体、そうした体験の総数の多さを物語っている。

 インターネットの普及は、そうした幸運体験を遠ざけた。キーボードを叩けば、知りたいことはすぐに知れる。だから、私にとっては久しぶりの再開だった。気分がよかった。他にほしい本があったが、それはやめた。今日はこの本と出合うために、私はこの本屋に来たに違いない。そう思うことにした。そうすると、さらに気分がよくなった(笑)。

 著者について少し。金村氏は当時近鉄バファローズに所属していた選手で、現在は野球解説者だ。テレビでもよくお顔を拝見する。甲子園優勝投手だが、プロでは打者に転向。それほどものすごい記録を残した選手ではないが、しかし彼を知らない同世代のプロ野球ファンも少ないだろう。

 私はこの本を2時間で読んだ。終盤などぼろぼろ泣いて読んだ。私は仰木彬氏が好きだと心から思った。彼が野茂を、イチローを発掘した。個性を伸ばすということを、彼ほどわかりやすく世に示してくれた指揮官はいまい。


 仰木監督については、またどこかで語らねばなるまい。

 うちの息子のひとりは、この監督の名前から一文字をいただいている。

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