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2008年11月30日 (日)

阿智村一周駅伝2008~我が家の場合~

 「絶不調のsiです」
とsiはいう。発熱だ。37・4度。ただでさえ足が痛くて(股関節痛と、右足太もも裏筋肉痛)練習不足だったところに発熱。
 mはずいぶん前から早朝に2キロ程度のランニングを続けている。しかしsiはそれができないでいた。1度だけ自分が走る1区を試走したのだが、siは完走することすらできないでいた。これにはさすがにsi自身もショックだったようだが、しかしトレーニングができないのだから仕方ない。1週間前からようやくmのランニングにつきあえるようになったが、しかし距離は半分。昨日ようやくmの走る距離に追いついたかと思えば、今度は熱だ。

 不安な気持ちを押し殺し、前泊するためセンターですごすsi。仲間といっしょにいることで、少しは気分がまぎれたか。
 「ケガをしないことが一番、二番目は完走すること、三番目は少しでも早く走ること」
選手全員に私が言った言葉だが、siはどんな思いで聞いていただろうか。

 そして今朝。いつものように起きてきたm。いつもよりすっきりした表情で起きてきたsi。
それを見て私、
「きっと、びっくりするくらい気持ちよく走れるよ」
と言ってみた。siははにかみながら頷いた。まあ、暗示といえば暗示だが、しかしそんな気がしたのも確かだ。だが、本当に走れるか、正直確信はなかった。ただ、siが満足に走れない状態だったとき、家内が断言するように「本番では走るよ、あの子」といった言葉が、心の奥に残って去らない。

 果たして。

 siは1区一般6位という記録だった。27人中6位なので健闘したといっていい。よくがんばった。終盤に2人抜き、しかし最後の最後でひとりにかわされた。そういうレースができたのがうれしい。

 一方のmは、今年は4区を走る。中1のときは7区、去年は3区を走った。毎年走る区がかわるやりにくさがあるだろうに、そんなことは一言もいわず、準備を進めてきた。夜遅くまで受験勉強をしても、朝ひとりで起きてきて寒い空の下へ駆け出していった。過去2年、満足がいく走りができなかったmだが、今年は中学生最後の出場ということで、期するところがあるのだろう。

 siが6位で渡した襷は、4区のmのところに来る頃には二つ順位を落とし、8位となっていた。しかし昨年は14位だったのだ。大健闘である。

 中1、中2の2年間、長距離の練習を一度もしないでのぞんだ駅伝は、惨憺たる結果だった。しかし、今年は違う。自ら追い込んで、練習を続けた。mは気持ちよく走り続けた。前にも後ろにもランナーがいなかったので悠々としたものだった。抜くこともなく、抜かれることもなく、そして息を上がらせることもなく、mの浪中での駅伝は、終わった。

 浪中は襷を渡し続け、順位の波を上下させることなく。、8位でフィニッシュした。



 

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2008年11月26日 (水)

試験の準備と結果

 よく、今度の試験の目標は○○点、とか言いますよね。
 それが準備の段階で微妙な影響を与えることってあるじゃないですか。

 たとえば5教科の試験があった場合、
400点以上を目標にすると、一教科あたり80点ってことになりますよね。
 80点とるための勉強をすると・・・まあだいたい80点には届きません。
 文字通り80パーセントの力で準備したとするならば、70点くらいになりますね。5教科でそういうことが起こると、なんと350点ってなことになってしまいます。
 上の例を数式で表すと、

 結果数値350=目標数値400×0.875

 となります。

 0.875の部分は係数です。これは心構えや集中によって左右してきます。熟練という言い方をしてもいいかもしれません。いずれにせよ、準備状況の確かさが関係しますので、この係数のことを準備係数と呼びましょう。そうすると数式は次の通りになります。

 結果数値=目標数値×準備係数

 準備係数は準備の確かさによって変化しますので、たとえば目標数値のシビアさを受け止め、きちんと対応していくならば、ここの係数は 1 に近くなります。逆にゆるーく考えてたり現実的な対応をしてなかったりすれば、0 に近くなります。

 いい準備をした、ということは、準備係数が高いということです。準備不足とはつまり、準備係数が低いということです。

 いい準備をしましょう。

 ところでいい準備とは何でしょうか。

 まず、大きなサイクルから見ていきましょう。
 目標をクリアする具体性を持った計画をたてることです。
 続いて、その計画を遂行することです。
 さらに、計画の遂行は順調にいかないこともありますから、そこでいかにして軌道修正し、進捗率を落とさずにすますか、ということも必要です。

 続いて小さなサイクルに目を向けてみます。
 問題をとく→答え合わせをする→間違えたところに重点を置き、理解を深め、誤解をとき、間違えないようにする→問題をとく→答え合わせをする・・・・
 こうした螺旋構造がまず必要になります。×を○にする作業が、勉強なのですから。
 この場合、問題集やドリルに直接答えを書き込む方法は適切ではありません。なぜなら、その問題集やドリルを再び使用することが難しくなるからです。
 問題集に答えを書き込まず、間違えた問題にチェックをいれるなど、目印と日付を書き込みましょう。そうすると、次回使用するときの大きな道しるべになります。

 この大きなサイクル、小さなサイクルを最終的には自分でコントロールして行うことができるようになることが大切です。これを試験準備の自律化といいます。これは家庭学習習慣の大切で重要な一部です。

 
 

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2008年11月25日 (火)

さらばEOS-3。

 昨日、EOSー3を売ってきた。長年私の愛機として活躍してくれたカメラだ。
操作系はEOS1と同じで、視線入力という飛び道具を備えている。ほれてほれて購入したカメラだ。このカメラに、フジのベルビア100(100Fではない)を装填するのが私のスタイルだった。ベルビア100が出る前は、ベルビア50通称RVPが標準フィルムだった。

 だが、時代は「あっ」という間にかわった。私が浪合通年合宿センターにお世話になりはじめたころ、当時のカメラ好き所長(村教育長)との話題は「APSは35ミリフィルムカメラを凌駕するのか」だった。デジタルカメラの開発が進んでいることは承知していたし、流通に出始めた機械があることも承知していた。しかし、その後の急速な普及は、一眼デジカメの登場・普及も含め、予想できなかった。

 今年1年で、EOS-3を撮影で使用したのは1回だけである。あとは全部、EOS40D。デジカメだ。最寄の写真屋さんも、「リバーサルは時間もかかるようになったし、お金もかかるようになった」と言う。インフラが不十分になれば、ただでさえ撮影から鑑賞まで時間がかかるリバーサル派の私には、つらくなる。ベルビアの妖艶な色は未だに私の心を捉えて離さないが、しかし、デジタル写真のデータのつかいまわしのよさは大きな魅力であり、そして私の日常になってしまった。

 古女房は今でも美人でセクシーなのだが、今の彼女の方がよく気がついてテキパキ働くのだ。あー喩えが大人ですいません。

 そんなわけで、EOS-3を売った。取り扱い説明書もつけて売った。自分で売るのはしのびなかったので、家内に引導を渡してもらった。1万2千円になった。その金で、コンパクトデジカメを買わせた。コンパクトデジカメは、リコーのGRじゃないといやなのだが、それを買うほどの予算はないので、もう家内に一任した。
 家内はフジのファインピックスシリーズの何かを買ってきた。まあ、なんでもいいよ。そのテの機械を俺が使うことはないだろうから。なんちゃって。

 じつは1年も前から、売ろうかどうしようか考えていた。そのたびに、視線入力をためしたり、空シャッターを切ったりし、その視線入力装置の小気味よさを感じて、軽快なシャッター音を耳にして、ずっしりとした金属の質感を味わって、「やっぱ売れねえ」と思い直したものだ。しかし、それも昨日でおしまい。

 不思議だけど、なんだかすっきりとした気分だ。

 でもでも。しばらくはカメラケースは見たくないな。

 そこに、EOS-3は、もうないから。

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2008年11月24日 (月)

競争がないわけない、だから準備が必要と当然思う。が。

izaの記事を以下に丸々コピペ。

URLは こちら
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ヤジ、怒号再び・・・ 大阪・橋下知事の教育討論会

大阪府の橋下知事が教育問題について府民と意見を交わす2回目の討論会が24日、大阪厚生年金会館(大阪市西区)で開かれた。中盤までは混乱なく進行したものの、知事が「競争を否定する教員は無責任」と発言したとたん、教育関係者とみられる参加者から反論のヤジが相次ぎ、会場は一時騒然とした。

 10月26日に堺市で開かれた1回目の討論会では、知事に対し「帰れ」「教師の数を増やせ」などと罵声(ばせい)を浴びせる教員らが続出。このため府教委は今回、「ヤジに類する言動があった場合は退出」とのチラシを会場で配布するなどの策を講じた。

 この日の討論会には約1700人の府民が参加。このうち事前の抽選で決まった10人が意見や質問を述べ、これに応じる形で橋下知事や蔭山英男教育委員(立命館小学校副校長)らが持論を展開した。

  「競争を強いることで子供の意欲がはぐくまれるとは思わない」との参加者の発言に対し、橋下知事は「競争を否定してはいけない」と反論。「先生から『競争 はよくない』と教えられた子供たちも、高校を出たとたん競争の荒波にほうり込まれる」とし、「競争を否定できるのは絶対に倒産がない公務員だから。それが 教員の無責任さだ」と述べた。

 この発言の途中から、会場は、「帰れ」といった怒号と知事を支持する拍手が渦巻く異様な雰囲気に。

  続いて設けられた希望者の意見表明のコーナーでは、2人の教員が「教師はみんな一生懸命やっている」「知事への拍手が多かったのは意外だ」と発言。これに 対し陰山委員は「一生懸命やっているということを理由にするな。プロなら結果の出ないような努力をするな」と反論した。

 討論会の後、報道陣の取材に橋下知事は「ヤジを飛ばしていた人たちは前回と同じ顔ぶれだった。前に比べて勢いがなかったのは、自分たちの主張が府民に受け入れられていないと(会場の雰囲気から)感じたためではないか」と話した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ここまで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 私も当然、人生に競争がないわけがないと思う。だからそのための準備は当然必要だと思う。
 競争にはいろいろあって、勝ち方にもいろいろあり、戦略もいろいろだから、「競争」と一言でくくられると困るが、でも、競争がないなんてことはないから、ある。
 競争の中にはどうでも勝たなければいけないものもあるが、しかししょっちゅうそういうギリギリの勝負があるかといえばそうでもない。多くの人が平和で健康でさまざまな権利を主張しながら暮らしていけるように世の中は進化してきたし整備されてきたからね。
 でも、だからって腑抜けになってちゃいけない(恵まれると腑抜けになりやすいことは確かだが)。見えやすいところにも見えにくいところにも競争はあって、それから目をそむけていたら幸せになれないということは絶対あるからだ。
 私はそういう意味で、橋下知事の意見には賛成だ。
 
 ただ。「教師の数を増やせ」とか「教師はみんな一生懸命やっている」という台詞にもそうだよなあと理解できる。
 蔭山氏は「一生懸命やっていることを理由にするな。プロなら結果の出ないような努力をするな」とおっしゃるが、「そんなことおっしゃるなら、やめさせて頂きます」という気になってしまう人もいるだろう。問題は、一教員の努力でどうにかなるようなものではないはずだ。特に大阪府の学力低下、格差の問題は。それは大阪府教育委員会ががんばったって難しいのではないか。中小企業、零細企業が元気だったら大阪は強い。しぶとい。しかし、今やそういう企業は次々倒産し、路頭に迷う人はたくさんいる。わが子の教育どころか、家庭の維持すらままならない。学力格差の背景に、経済格差があるのだ。
 また増える外国人または外国人との間にできた子ども達の問題も深刻だ。そうしたこどもたちはみな、公立の学校に通う。しかし、その子が日本語ができるとは限らない。喋れても、読んだり書いたりすることは困難というケースも多い。そして、そうしたこどもたちは富裕層に属しているわけではなく、むしろ経済的に恵まれていない家庭の子であることが多い、という点も重要である。
 そこに思いめぐらせてみたとき、一教員の力で何かができるというものではないなあ、という気持ちに私はなる。プロったって、経済格差の問題まで解決できないよ。魔法使いじゃないんだから。だからせめて、厳しい境遇の子ども達にも学校に通ってもらえるよう、学校が楽しいところであるよう、一生懸命目の前の子ども達のためにがんばろう-そんな気持ちじゃないのかなあ。時には「これが俺たちの仕事なのか」という気持ちと戦いながら。

 で。教育の現場に影をおとしているのは経済格差だけじゃない。(日本の貧困などしれているという見解もある。)モンスターペアレント、オレ様化する子ども達、勝手なことをいいながらも押し寄せる学校への期待。戦後民主教育の成果がコレ?と冷笑する人が出てくるのもやむなし、と思えるほどの、このメンタリティの不甲斐なさはどうだ。
  
 問題は、深刻なのである。教師と教育委員会、さらには知事が対立している場合じゃない。自分たちの気持ちを競って述べ合い中傷しあってる場合じゃないのだ。

 それこそ、それぞれがプロ意識を持って、それぞれの役割の中で、手をとりあって問題解決に取り組んでいかなければいけないはずだ。

 ここで大切なのは競争じゃない。協働だ。
 
 
 違いますかね、橋下知事。


 別件だけど、この記事も切なくなります。丸々コピペします。URLは こちら。


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「私語は授業妨害」学部長が掲示 モンスター大学生が増えた!

11月14日20時55分配信 J-CASTニュース

 

 「授業中の私語による授業妨害について」。こんな掲示が関西の名門私立大学に張られていたと新聞コラムが紹介し、話題になっている。私語は、教授らが注意しても効かないほど酷いというのだ。モンスター大学生が増えているということなのか。

■関西の名門私学が教室に掲示

 名門私立大学でも、私語が酷いのか。和歌山県の地方紙、紀伊民報の2008年11月11日付コラムがネット掲示板で紹介されると、掲示板やはてなブックマークなどで、こんな共感や驚きの書き込みが相次いだ。

 このコラムでは、関西でも有数の名門私学が、私語で「授業に大きな支障が出ている」と、学生の自覚を促す学部長名の掲示が教室にあったと紹介。その掲示 では、「大学生にこのようなことを伝えなければならないことは、慚愧に堪えない」とまで書かれていたというのだ。そのうえで、コラムの筆者は、教授らが学 生を静かにさせられずに学部長に言いつける現状を嘆き、そんな「幼稚化」した教授らは、「さっさと教壇を去ればいい」と指弾している。

 ネット上では、この名門私学がどこかという点とともに、なぜこんなに私語が酷いのかが論議に。書き込みを読むと、小学校の学級崩壊、モンスターチルドレ ンの「ゆとり世代」が大学生になったという指摘が多い。大学側の理由としては、競争激化の中で、教授らが「お客さま」の学生を注意できないことを挙げる声 があった。

 実際に、大学ではどうなっているのか。

 慶應義塾大学法学部の小林節教授は、関東の名門私学とされる慶応では、「あまり問題はない」という。しかし、学内を歩いていると、教室からバタバタと出てきて、「今、授業だから」と携帯電話で話して、また教室に慌しく戻る学生の姿も目に付くという。

■「先生、私たちの授業料で食っているんでしょう」

 一方、慶大の小林節教授は、他大学への特別講義などで、次のようなケースがあったと明かす。

  「こんな学生がいたことがあります。私語を注意すると、『先生、私たちの授業料で食っているんでしょう』と。しかし、教師と学生は対等ではありませ ん。だから、『威張るな』と言いました。講義中に帽子を被っていた学生もいました。怒ると、次の時間にはいなくなりますね」

 なぜ平気で私語をする大学生がいるのか。小林教授は、こうみる。

  「大人が子どもを叱らなくなった、世の中全体の風潮でしょう。高校や予備校で私語を許してきた。その子が大学生になっているということです」

 私語対策には、各大学も苦慮しているようだ。

 神戸山手大学では、3年前から講義系の主な科目で、座席指定を義務付けている。「仲良しで固まったり、教室の後ろで目が届きにくくなったりすると、私語 が増えるんです。学生から『後ろを注意しても静かにしてくれない』と要望があったのがきっかけです」。また、大阪電気通信大学では、2年前にゲーム機「ニ ンテンドーDS」を授業に使い始めたところ、私語が少なくなり、それもあって拡大導入した。「学生が授業に集中できるようになり、コミュニケーションも活 発になった」といい、私語防止には授業の工夫も大切なようだ。

 慶大の小林教授は、教授が教授らしくすることで私語を防いでいる。

  「授業中の私語や携帯メールなどは許していません。『それが嫌なら出て行け』と言います。つまみ出すために、大学院生のティーチングアシスタント2人 を付けたほどです。教室は教授以外に管理できないのに、それができないのは、だらしがないんです。学部長が口出しできるのは、学生が焚き火をしたなど特別 な場合です。もちろん、教授が予習をきちんとして、最先端のいい講義をするのが最も大切で、私も心がけていますよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ここまで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最先端のいい講義をする心がけは当然だ。
しかしいいコンディションで講義を聴こうとする心がけも当然のはずだ。
聴く側の態度や反応で、講義はさらによくなる。講義はライブだ。授業もライブだ。
小中学生ならいざしらず、大学生になっても先生まかせの聞き手でしかない人間は、
世の中に出てきては迷惑じゃなかろうか。

私は厳しいか。

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2008年11月23日 (日)

秋も読書だ2008

てなわけで、今日は「読書の秋」にちなみ、最近読んでいる本をいくつか紹介しましょう。

■「空海の風景」司馬遼太郎・・・これは一度リタイヤした本です、私。司馬遼太郎にはいろんな作風があると私は理解しているのですが、この作品についてはまったく独自の手法でして。司馬遼太郎の目を通して、当時の空海を理解するという感じかな。歴史小説を期待して読むと、まったく違う様子に愕然とします。で、かつて私は愕然とし、途中で読むのをやめて、確か「義経」(同氏)を読み始めたような気がします。レビューになってませんね。・・空海のすごさというか、空海への愛おしさに溢れた一冊といっていいでしょう。あんまりレビューになっていませんね。

■「寺田寅彦随筆集」寺田寅彦・・・これは、ジツはmが読んでいる本。宮の原地区のSさんが集会所で寺小屋風塾を週一度行ってくださっているのですが、そこで授業の前に読むことになっているそうです。このほかに芥川龍之介の図書も読んでいます。寺田寅彦は理学博士でありながら夏目漱石と親交があり、多くの随筆を残した人です。理系と文系の融合を試みた人物として、現在再評価がなされているようです。いや、いい本読んでますね。

■「納棺夫日記」青木新門・・・映画「おくりびと」の原作の原作、って感じですかね。ちなみに映画は・・・まだ見ていません。ハイ。山崎努と広末見たさに、だいぶ行く気まんまんだったんですが、飯田には来なかったんです(涙)

■「風の男白洲次郎」青柳恵介・・・「日本国憲法誕生の現場に立会い、あの占領軍司令部に一歩も引かなかった男。」という紹介文にやられました。かっこいいとは、この人のことだ。とか思うのですが、ぼちぼちと、読み続けています。ていうか、忘れたころに、続きを読んでる私です。

■「「地球温暖化」論に騙されるな!」丸山茂徳・・・今一番、私の中でホットな本ですね。二酸化炭素が増えたから温暖化したのではない、温暖化したから二酸化炭素が増えたんだ、ということが図表や太陽活動、宇宙線と雲の話などからわかりやすく説明されています。で、ホントの危機は別のところにあるとくる。それって何?ふむふむなるほど。これは本当におすすめです。

■「Jリーガーの少年時代」NSKムック・・・私は、梅崎司(現浦和レッズ)のお話を読んで、ぼろぼろ泣いてしまいました。

まあ、こんなとこです。

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聖戦2

<連作ものです。聖戦1は こちら です>

 代打で勝ち越し打を放った梨田は近鉄黄金時代の戦士だったが、すでに今シーズン限りでの引退を決めていた。最後に花道を飾りたいという彼の気持ちが、このポテンヒットを生んだに違いない。また鈴木の滑り込みがセーフとわかったとき、バファローズナインがグランドになだれ込み、熱血漢、中西太コーチと鈴木貴久ところがりながら抱き合った。この様は、まさに男心を熱くさせる絵だった。 

 しかし、9回の表で野球の試合は終わらない。 

9回裏、ロッテオリオンズの攻撃。小野をリリーフした吉井だが、微妙な判定に激高し、おさまりがつかない。続く打者、代打の山本功児にボールを二球続けたところで、仰木監督はエース阿波野をマウンドに送った。せっかく勝ち越したゲーム、絶対にモノにしたいというわけだ。
 しかし頼りの阿波野、2死ながら満塁と攻め立てられる。阿波野の出来は本調子から遠かった。何しろ2日前に完投したばかりなのだ。
 阿波野秀幸は前年1987年にデビュー、好敵手西崎幸広(日ハム・新人)としのぎを削り新人王を獲得(15勝12敗、防御率2.88、奪三振数201)。このシーズンも14勝(12敗)、防御率2.61と大活躍している。もちろん先発ローテーションの主軸だが、大一番のこの場面、役割は違っても頼りたくなるのがこのサウスポーだ。エースの称号を与えられた男なのだ。ただ者ではない。心を、体を奮い立たせるプライドを、この男は持っている。
 異様な雰囲気に飲まれそうになりながら、さすが阿波野だ。打者森田をこの痺れる場面で三球三振に切ってとる。その瞬間、川崎球場にはごうと歓声が渦巻いた。仰木監督の采配、的中だ。
 近鉄バファローズは終盤の劇的逆転でダブルヘッダー第一戦をものにし、優勝の望みを続く最終戦につないだ。

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9
近鉄 0 0 0 0 1 0 0 2 1 4
ロッテ 2 0 0 0 0 0 1 0 0 3
  1. 近 – 小野、吉井、阿波野 - 山下、古久保、梨田
  2. ロ – 小川、牛島 - 斉藤、小山、袴田 
  3. 勝・ 吉井 10勝2敗24S   負・ 牛島 1勝6敗25S  S・ 阿波野 14勝12敗1S 

    本塁打・  近 – 鈴木20号(5回小川)   ロ – 愛甲17号(1回小野)


 18時44分、第二試合開始。

 オリオンズは園川一美、バファローズは高柳出己を先発に送る。
 先取点はオリオンズだった。2回裏、オリオンズの5番、ビル・マドロックがソロホームランを放つ。
 ビル・マドロックは「狂犬」という物騒な愛称と、メジャーリーグで4度の首位打者という輝かしい実績をひっさげてオリオンズに入団してきた。もちろん、三冠王・落合博満の抜けた穴を埋めるためである。しかしこの狂犬、日本では一向に咆えなかった。成績不良で今季限りの解雇がすでに決まっている。その男の意地の一発が、ラストバトルのギアをひとつあげた。
 0-1で迎えた6回表にはバファローズ4番、オグリビーがセンター前にタイムリーを放ち同点。さらに7回表にはバファローズ打線・下位の脇役に一発が続けて出る。吹石徳一(今シーズン2本目。なお吹石も今シーズン限りで引退する)と真喜志康永(今シーズン3本目)だ。
 試合終盤の7回で3-1である。しかも主軸だけでなく、脇役も得点した。いわゆる、勝ちパターンだ。その上、ブルペンにはまだ吉井もいる、阿波野もいる。連投であることに違いはないが、しかしシーズン最終戦だ。次を考える必要はない。

聖戦3につづく

 

 

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2008年11月22日 (土)

ボルシチ!

 畑でとれた、と近所のおじさんが赤カブをたくさんくれた。
センターの食数は基本16食なのでたいへんありがたい。
しかし赤カブは漬物以外に思いつく料理法がなく、でも全部漬物ってのも・・・。

で、調べてみました。そしたら、いいのがありました。

それが、ボルシチ!

ボルシチに入れる材料に、ビーツってのがあるんですよ。それが赤カブ(みたいなもの)。だから、赤カブをビーツに見立てて料理することはOKなんですね。

ビーツ>>ビーツとは、地中海沿岸地方原産のアカザ科のサトウダイコンの変種のことです。ビーツは赤い色をしたカブのような形で、輪切りにすると同心円状に赤い輪があり、ショ糖が多く含まれているので、独特の甘味があります。固いので水に塩と酢を入れて丸ごと茹でてから切りましょう。ビーツは煮込みや酢漬け・サラダなどに使います。また、ロシア料理のボルシチには欠かせない野菜です。手についたビーツの赤い色はレモン汁で落とせます。
(出典 マギー Feel Good Cooking 料理レシピ基本用語 より)

 そんなわけで、早速つくってみました。
■材料
以下が基本になります。(4~5人分)

牛肉角切り 200グラムくらい

玉ねぎ  200グラム

にんじん 100グラム

キャベツ 150グラム

ジャガイモ 200グラム

セロリ 60グラム

ビーツまたは赤かぶ  200グラム

ベーコン 80グラム

オリーブオイル 適量

バター 適量

赤ワイン 30cc

コンソメ 小さじ4

トマトピューレ 100グラム

トマトケチャップ 100グラム

塩こしょう 適宜

水  1リットル

生クリーム 適量(できあがりにかける)

パセリ 適量(できあがりにかける)

 
           

ですが・・・今日はベーコンとキャベツ、それから赤ワインと生クリームがなかったので・・。
ベーコン>>代わりはなし。→入れると風味が違ってくるでしょうね。でもきっとオプションです、コレ。
キャベツ>>小松菜→これがいい香りがして良かったデス
赤ワイン>>代わりはなし。→これは悲しかった・・・
生クリーム>>代わりはなし。→これはま、別にいいかな。これもオプションですよね。

でつくりました。

■手順
カレーやシチューといっしょです。
材料を炒め、水を入れて煮て、それから味付け。さらに煮る。以上。
ただ今回のスペシャルゲスト、小松菜くんは食べる直前に入れました。あの鮮やかな緑色が大事ですからね。
キャベツの時は特別扱いしない方がいいと思います。

Photo

野菜たっぷりであったまるし、結構さっぱりしてるし、ほくほく温かいし。

何よりだいぶ素朴な感じがしていいです。

食べるとき、バジルとオレガノも用意してみました。私はオレガノをパラっとかけて食べてみたんですが、オレガノえらいですね。

たちまち、イタリアンな風味を楽しめました。

私、バジルとオレガノは手放せない人です。が、このボルシチにはパセリが一番合うかなあ。素朴さがボルシチのツボですから!

なんてったって、ロシアの家庭料理ですもんね。 
   

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2008年11月21日 (金)

聖戦1

・・・これは1991年に私が書いたモノを加筆修正した作文です。


 1988年10月19日、水曜日。

 神奈川県川崎市の川崎球場では、激戦が繰り広げられていた。
 近鉄バファローズ対ロッテオリオンズ、最終戦を含むダブルヘッダーである。週末のゲームならいざしらず、いつもなら閑古鳥が鳴いてもおかしくないカードだ。しかし今日は違う。土の香りがする、さびれた感じが懐かしい球場は、史上最も熱い、「筋書きのないドラマ」を展開していた。

 平日開催にもかかわらず、この小さな球場に3万人もの観客が集まり、入りきれなかった者は近辺のビルの窓やテラスからこの激戦の行方を見守っていた。

 これほどの盛り上がりには理由がある。この2試合の結果によって、この年のパシフィック・リーグの覇者が決まるのだ。
 一時は首位ライオンズに8ゲームもの差をつけられたバファローズだが、9月16日から猛烈な快進撃を開始。とにかく負けない。一気にライオンズとの差を縮めてきた。
 10月7日から12日間で13連戦というハードスケジュールさえ、猛牛(バファローズ=猛牛軍団)は戦いぬいた。13連戦中にはライオンズ戦2連敗や絶対エース阿波野で星を落とすなど手痛い敗戦もあり、その度に息の根を止められたかに見えた。しかし猛牛は死なない。血を流し、涙を流し、それでも立ち上がり、前を睨み、走り続けた。そして、10月19日を迎えた時点で、リーグ優勝までマジック2というところまでこぎついたのだ。
 満身創痍の猛牛は、崇高ですらある勢いに乗って川崎球場に乗り込んできた。このダブルヘッダーに2連勝すれば、近鉄バファローズの優勝だ。しかし、ひとつでも勝てなければ、優勝はすでに全日程を終了している西武ライオンズに持っていかれる。引き分けも許されない。
 一方のオリオンズは、一昨年抜けた落合博満の穴を埋められず苦心のシーズンを送ってきた。しかも前日までに対バファローズ戦8連敗を喫している。屈辱的な数字だ。プロとして、これ以上負けるわけにはいかない。
 オリオンズには高沢秀昭という外野手がいるのだが、彼は厘差で首位打者を争いながらかろうじてトップの座を守っていた。日本野球の場合、こうしたケースだと打率を落とさないために試合に出場しないことが多い。しかし状況はそれを許さない。オリオンズ有藤監督は2試合とも高沢の名前をスターティングメンバーに並べた。すべてを賭けて白星を奪おうと、オリオンズはバファローズを迎え撃つ。

 1戦目、オリオンズはシーズン奪三振王の小川が九つの三振を奪う好投を演じていた。一方のバファローズはそのシーズンすでに10勝をあげている先発小野からリリーフエース吉井へとつないでいた。
 8回終了時点で3-3。互角の戦いが展開されている。
 ふつうのゲームなら延長戦も考えるところだが、ダブルヘッダーの場合は違う。パ・リーグ協定事項第41条の2(当時)により、「ダブルヘッダーの第一試合は9回をもって打ち切り」となっているのだ。優勝がかかっているバファローズはなにがなんでも得点をもぎとらなければならない。

 9回表。近鉄バファローズは一死後、プロ18年目の淡口憲治がライトフェンスの金網を直撃するツーベースヒットを放つ。後がない攻撃なので、すかさず代走・俊足佐藤純一と交代。
 オリオンズも動く。好投の小川からリリーフエース、牛島へスイッチだ。
 しかし連敗を止めたいオリオンズを、優勝したいバファローズの勢いが上回る。牛島の投じた二球目を鈴木貴久がライト前に弾き返す。二塁ランナーの佐藤は猛然と本塁を目指すが、しかしオリオンズ右翼手阿部からキャッチャー袴田への送球が早く、佐藤は三-本間で挟まれまさかの憤死。観客席から歓声と悲鳴と溜息が怒涛のごとく押し寄せた。
 打った鈴木は二塁に到達したものの、しかし二死。マウンドには、牛島。対する猛牛打線、すでに下位。

 ここで仰木監督、代打にベテラン梨田を送った。

 「梨田しか、いないのか」
 失礼ながら、私は思った。名選手であることは間違いないが、すでに往年の力はない。私は決してバファローズファンではなかったが、管理野球で覇権を握ろうとしていた西武ライオンズに一泡吹かせてほしいという気持ちは、正直あった。近鉄バファローズ監督・仰木彬監督の「解放野球、快楽野球」に勝利の栄冠をつかんで欲しい、管理・抑圧よザマアミロ、と言わせて欲しかったのだ。だから、もっと豪打の、すごいヤツを代打に出して欲しいと思った。チャーリー・マニエルくらい、ベンチにいないのか!?

 もちろんのこと、いるわけない。

 さて、梨田対牛島。

 カウント、ノーストライク・ワンボール。牛島がセットポジションから2球目を投じる。ストレートだ。梨田はこの球を強振、しかしあきらかに詰まった打球だ。ところが飛んだ方向がおもしろい。ショートとレフト・センターのちょうど真ん中あたり。二死なので当然鈴木は走り出している。梨田の打球は誰も捕れずポテンヒットとなる。
 センター森田がボールを握ってバックホーム。ランナー鈴木は決して俊足ではなく、タイミングは際どい。沸騰する川崎球場。
 本塁に突入する鈴木は内側にまわりこみ、捕手袴田のタッチをかいくぐる。

「セーフ!」

 土壇場で、近鉄バファローズの勝ち越しだ。

聖戦2へつづく




  
 
 

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2008年11月20日 (木)

中村俊輔が佐藤寿人を褒めてくれた!

 今朝、ワールドカップ最終予選を見た。録画したものを早起きして見たのだ。
 夜更かしするより、早起きした方がいい。早朝なら一切の情報を遮断しやすいし結果を知ることがないから、観戦にだいじなライブ感を損なわないで済む。

 ゲームは3-0で日本がものにする。まだはじまったばかり(俊輔談)の最終予選だが、単独2位の座をしかもアウェイの一戦のあとに得られたのは大きい。

 試合を見た感想は、
■田中達也、ずっと待ってた。,アテネの時から待っていた。前への突破、得点への意思。ちびっこFWに夢を与えてやってくれ。・・・先制点ありがとう。

■中沢の代役、寺田さん。お疲れ様。見事完封に貢献でしたね。

■ボランチ長谷部くん、たくさん走ってくれてありがとう。攻守の要、見事なMFだったです。

■中村俊輔、インタビューがどこか旅人(ナカタヒデトシ)化しているような。・・・相手選手も俊輔がボール持つとうかつに近づかない。近づいてプレスかけた方がいいのにそれができない。カリスマになってたね、今日のゲームでは。

■左サイド大久保くん。FWしてるよりいいかも。守備も効いてるし。ただし、左サイドバックがいて、そいつがクロス職人であること。・・・でも大久保くんのサイドバックも見てみたいオレがいる。ないか。

■左45度の玉田くん。思い切りのいいシュートは気持ち良いね。やっぱバイタルエリアでフリーならファーストチョイスはシュートでOK?

■闘莉王タナカくん。完封と駄目押し点ゲットオメ。

■岡田くん。佐藤寿人と松井大輔を、もう少し長い時間だしてくれませんかのう。

で、試合終了後に俊輔くんがこんなコメントを出していた。

「寿人(佐藤)もワントラップ目がずれたときに、足の裏でスライディングして(相手にボールを)取られないように味方にパスした。それで相手の方は足を引い ちゃった。ああいうプレーが大事。寿人も自分が得点するために前に残ってアピールしたいはずなのに、チーム状況を考えてやった。後ろ(の選手)はもう疲れ ていて、何が必要かというプレーをあの数分でやれたのは非常に大きい。」

ありがとう、俊輔くん。オレの寿人をホメてくれて。

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2008年11月19日 (水)

初積雪記念料理

 今日は遅番でした。相方はきんぎょでした。よしくんとしょうちゃんも一緒できんぎょの価値は倍です(笑)

 遅番なので夕飯づくりをしました。今夜のテーマは白。だって、初積雪ですから!それにしても早かったなあと思います。予想より20日くらい早い。まあ、また暖かくなったり、寒くなったりなんでしょうけど。

 こどもたちは喜んでましたね。でも寒いです。最低で、氷点下5度くらいまで下がっているのではないでしょうか。「ストーブをつけないと部屋の温度2度だったよ」と子ども達が言ってました。後で見に行ったら、廊下の窓が開いてましたが・・・。ちゃんと閉めようよ。てかなんで気がつかないの???

 で、夕飯。主食はパスタ。スパゲティに鶏肉とコーン入りホワイトソース。スープはワカメとシメジのミルク香草入りです。フルーツにりんご、サラダには水菜と大豆の水煮にごまドレをかけました。

 今日はたくさん料理しましたよ~。中学生が早く下校する日だったので、スコーン焼いてあげたでしょ、農業当番の子がサトイモを剥いてくれてたので、サトイモと大根とこんにゃくと鶏肉の炊き合わせをつくったでしょ。料理は楽しいやね。

 あと、ワールドカップ最終予選。1時30分キックオフはさすがにこどもに見せてやれない。朝結果を楽しみに~って話でまとめました。
 我が家では、mやsiが録画して朝早起きして見るという計画で動いているようです。

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2008年11月18日 (火)

今日はsoの誕生日

 今日はsoの誕生日。

 すでに私たちからのプレゼントは購入済。ていうか、soといっしょに先の休日に買ってきました。
 ショルダータイプのデイパックっていうんでしょうか、それです。アディダスの水色のです。
 最初はラジコンがほしいと言っていたんです。女子としてどうなの?と思っていたのですが本人の意思は強く(笑)、じゃ、俺も一緒に遊べるからいいか、と思ってました。
 ならさ、戦車にして猫と戦おうよ、とか思って提案したのですが、駄目でした。じゃさ、潜水艦にして水の中泳がせようよ、・・・駄目でした。じゃじゃじゃさ、ヘリコプターにして大空を・・駄目でした。soは車の、しかもエスティマのラジコンを指差して、これがいいというのです。・・・つまらん。でも、我が家の車もエスティマなので、そっちかあ、という気も確かにしました。
 けど、so自らも自分のことを「カバンおばけ」と言っているso。ほんとにカバン好きのso。結局はカバン系がほしいと落ち着くところに(?)落ち着き、プレゼントは一件落着。
 で、「誕生日は外で夕飯食べたい」という希望を持っていたsoですが、それはふたりの兄が試験前ということでなし。かわりにリクエストを聞いてあげることに。
 soがリクエストしたのは「お好み焼き」でした。焼きましたよ~豚玉!関西出身の私は、もうお好み焼きは食べるのも作るのも大好き!あらよってなもんだい、です。
 そしてデザート。スポンジは家内が焼き、フルーツやチョコ、それから生クリームを使ってデコレーションしたのは・・・so自身(笑) なかなかの出来だったと思いますよ。

Ca390021

 そして今日はなんだか午後からやけに冷え込んできたなーと思ったら、雪が降ってきました。それを見たso。
「今年もやっぱり、私の誕生日に初雪だ・・・」
え?去年もそうだっけ?? そんなこともあるんだなあ、と感心しちゃいました。。

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2008年11月17日 (月)

関西独立リーグに水原勇気が!てか水原勇気をどのくらいの人が知ってるのか?

 ♪ゆうきーゆうきードリームボールー♪♪

 マウンドには戦う男たちがいた。
 鋼鉄の男、岩田鉄五郎
 北の狼、火浦健
 酔っ払い投手、日ノ本盛

 野手に目を移せば、
 ショートには千両役者、千藤光が、
 サードには華麗に舞い華麗に打つ国立玉一郎が、
 捕手には強打、帯刀守が、
 センターには神秘の力、野呂甚久寿が・・・。

 この個性豊かな東京メッツに現れた女性投手が、水原勇気。当時の野球協定にあった「医学上男子である者」しか選手になれないという壁を岩田らとともに情熱と行動力で乗り越え、医学上女子であるがゆえの非力さをドリームボールと呼ばれる新変化球で乗り越え、絶対絶命の場面で「一球リリーフ」として登場し、なみいる強打者を沈黙させた伝説の投手、水原勇気。

 野球漫画の第一人者、水島新司が描く「野球狂の詩」は、前半は東京メッツに在籍する個性豊かな選手たちのエピソードで彩られていたが、後半は女性投手誕生の物語、そう水原勇気の物語として開花する。水原勇気はその後もドカベンの続編たる「大甲子園」や「ストッパー」で復活をとげ、また「野球狂の詩・平成編」や「新野球狂の詩」にも当然のごとく登場してきた。

 だが、現実に、独立リーグとはいえプロの世界で、女性投手が登場することになるかもしれない時代がこんなに早く来るとは思ってなかった。

 そう、「吉田えり」さんのことだ。(名前が結構浪合通年合宿センター的に微妙だが(笑))

 彼女は平成生まれの女子高生だっていうのに、水原勇気を知っているというのだ。その上、漫画の登場人物であるにもかかわらず憧れを持ち続け、右と左の違いこそあれ下手投げ(えりさんは右の横手投げが主なスタイルだが下手投げも織り交ぜるらしい)から繰り出す揺れながら落ちる球が武器というところまで似せている徹底振り。えりさんの場合、その球はナックルボールということになっているが、水原勇気の場合はドリームボールと呼ばれた。

 きっとえりさんが関西独立リーグのマウンドに本当に立って、彼女の必殺のナックルで相手バッターを抑えたとき、えりさんのその変化球は当然のこと「ドリームボール」と世の人に呼ばれるようになろう。

 私はそのことを本当に楽しみに待つ。

 ああ、チャレンジャーが、ここにもいた。
 うれしい、うれしい。


 

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2008年11月16日 (日)

このお酒がうまかった。

Ca392323_2昨日さんざんお酒を飲んでウコンの力の威力をまざまざと知った私ですm(. ̄  ̄.)m

左の写真は、先日、海外自治体幹部研修の方々の歓迎夕食会に行った後で寄ったお店で飲んだ「芋焼酎 鬼火」です。ケータイで撮影したので写りはイマイチです(左下には私の指まで写ってる)が、味は抜群に私好みでした。わかりやすくいうと、焼き芋の味です。
私はロックでいただいたのですが、うん、うまい。

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2008年11月14日 (金)

海外自治体幹部研修のご一行が浪合通年合宿センターに来てくださいました。

 財団法人自治体国際化協会の事業で行われている「海外自治体幹部交流協力セミナー2008」(ロンドン事務所関係)が11月9日から19日までの日程で行われています。

12日から17日までには南信州にいます。そのうち2泊3日程度が阿智村です。で、そのうちの半日、浪合通年合宿センターの視察に来てくださいました。

 私は南信州セカンドスクール研究会小委員会委員長の立場で、歓迎レセプションから参加させていただきました。一行12名のうち11名がいわゆる「イギリス」(ウェールズなど含む)の方々で、おひとりはドイツの方です。文化政策部長さんとか事務総長さん、環境部長さんなど肩書きはまさにそうそうたるもの。(肩書きにあまり頓着しない(できない)私は、それより流暢な英語にたじたじしてました(笑)) みなさん、各国でも「地方」に相当するところでがんばっている方々で、そんなわけで、日本の山村に来られたわけです。

 そうそう、歓迎パーティは飯田のシルクホテルで行われたのですが、そこで「信濃のくに」を何人かのメンバーで歌いました。私、ひょうきんにも指揮者をかってでて、「歌いだしがイノチですから」とか偉そうに述べて(笑)、気持ちよく指揮させていただきました。そしたらね、さすが欧米人、彼らはひとりづつ、歌のお返しをしてくれるじゃないですか(全員じゃないですが)。あっぱれと思いましたねえ。私、「ジャパニーズ モスト メジャー フォークソング」とかいって、「結婚しようよ」を歌おうかと思いましたがシャイなもんでやめました。

 で、今日ですが、朝9時半から11時ころまで一行がセンター、遊楽館へ。

 とりわけ山村留学事業については興味深く話しを聞いてくださいました。もちろん私の話って、正しい(あやしい?)日本語すよ。「いつか通訳を通して話をするんだ」という中学時代のささやかな夢は、この日叶いました(笑) 通訳をお願いする時は、短いセンテンスで話すといいですね。ま、このノウハウが次いつ生きるかわかりませんが(笑)

 午後は阿智の公民館で意見交換会。私も出席してきました。少子高齢化の問題は世界的傾向で、たいへんシリアスな問題なんだということを改めて認識しました。うーん。
Ca392326

 

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2008年11月13日 (木)

カメラを持ってでかけていない。

 近頃、カメラを持ってでかけていません。

 あ、ここでいうカメラって、一眼デジカメのことです。

 ケータイがカシオのEXILIMなものですから、カメラ性能はいいんですね。それに依存しちゃってるのかもしれません。

 かといって、写りはダンゼン、一眼デジカメの方がいいんですよ。出来上がりにはめちゃくちゃ差がつきます。

 けど。持ち歩かないですねえ。

 以前は会議にでかける時にだって持って歩いたのですが。

 三脚もそうです。最後に使ったのは1年ほど前。今はどこにあるのかすらわかりません(笑)

 あ、笑い事じゃあないですね。三脚も結構値段はしますから。

 カメラを持って歩く余裕、取り戻したいです。

 私の先輩自然体験活動指導者の方で、写真が上手な方がふたり、いるのですが(きっともっといらっしゃるのでしょうが、私がその方の写真を見て、おお、確かな技術と感覚があるゾ、と思ったのがおふたりということです。スイマセン生意気発言でbleah)その方々も今の私と同じくらいの年齢のとき、「いや最近撮影はしてないんだよ」とおっしゃっていました。

 そういう年齢なのでしょうかね。

 いえ、写真はとっているんですよ。でも、撮影じゃない。つまり、創作活動としての写真はとっていないってことなんです。

 もっぺんいいます。

 カメラを持って歩く余裕、取り戻したいです。。

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2008年11月12日 (水)

紅葉いつまで・・・

 山が赤いですが。
 ちょっといつまでも赤い気がするんですが。
 どうなんでしょう。

 寒さは来ていますが、なんとなく、ぬるい気も。

 暖かい冬、なんでしょうか・・・。

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2008年11月11日 (火)

柳沢敦・・・いい人だなあ。

いやね。
youtubeで京都サンガFW・柳沢選手の、先の横浜マリノス戦でのゴールの動画を探していたらね、下の動画を見つけたんです。インタビューです。やー・・・いい人そうですねえ、柳沢敦さん。。

2008年シーズン開幕当初のインタビューその1

2008年シーズン開幕当初のインタビューその2 FWって、日向小次郎的イメージがあるんですが、なんだかほんわかしてるんですね、柳沢選手は。 でも試合では、ゴール前ではあのキレ味。 なるほど人気があるわけです。

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2008年11月10日 (月)

なつくんを救う会へのご支援、ご協力のお願い

 長野県飯田市在住の山下夏くんは、現在拘束型心筋症という原因不明の難病と戦っています。しかし・・・  50万人にひとりといわれる特に稀な病気で、突然死もある恐ろしい病と2年以上にわたり闘ってきましたが、有効な治療方法もなく、心臓移植するしか命を救うことができません。

 しかし、国内では容易にはできません。海外で手術は行うことになります。幸い受け入れ先は決まりました。しかし、手術費用や滞在治療費、渡航費などの費用は、1億8000万円必要です。もちろん、個人でどうにかできる金額ではありません。そこで、関係者が「なつくんを救う会」を結成し、募金活動を展開しています。

 詳しくは こちらをごらんください。

 このたび飯伊PTA連合会でも賛同し、協力することになりました。もちろん、浪合学校PTAも同様です。

 今度の参観日の日に、学校校務センター横に募金箱が設置されます。参観日に来られる保護者のみなさん、よろしくお願いします。

 今世界は100年に一度の金融危機に見舞われている最中で、たいへん厳しい状況にありますが、どうか趣旨をご理解いただき、ご協力をお願いします。

※なお、参観日に来ることができない方々、また保護者ではないセンター日記閲覧者の方々、募金は振込みでもできます。振込先は以下です。よろしくお願いいたします。

■ゆうちょ銀行

 口座名 ナツクンヲスクウカイ

 記号   11190

 番号   33624861

■八十二銀行

 市田支店

(イチダシテン 店番号582)

 口座名 ナツクンヲスクウカイ

 口座番号 288280 

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2008年11月 9日 (日)

碧南トレセンとの練習試合について行きました

 今日はアザリー飯田ジュニアユース3期生の保護者として、愛知県碧南市へ行ってきました。碧南市立東中学校で、練習試合をさせていただけるということなのです。で、2期生から備品とマイクロバス手配および運転手、3期生からサポートカー手配と運転手ってな役割分担でして、ちょうど仕事を都合つけやすかったものですから、日ごろの感謝をカタチにと、私が立候補したわけです。サポートカーはもちろんウチのクルマです。

 朝6時45分伊賀良小学校出発の予定でしたが、私ちょいと寝坊してしまい、朝はバタバタ。朝食つくって食べささせて、その間に弁当つくって、朝食食べ終わったら弁当詰めて・・・(コンビニで片付ければよかったのかもしれませんが、今月は節約月でして・・・ 先月の車の修理代にスタッドレスタイヤ2台分が家計を圧迫しており・・・crying 株はやってないので大丈夫ですpaper) 家内はセンター宿直で家にいなかったものですから、もうバタバタの2乗。前日に荷物の準備とクルマの清掃、それから洗濯モノをしておいてよかったです。到着は6時43分と、チョーぎりぎり。ていうか、45分出発ができなかったんだから、遅刻ですかね。ごめんなさい。

 碧南の現地までは2時間半くらいでしたかね。試合は4本やりました。2年生主体で2本、1年生主体で2本。戦績は2勝2敗。といっても、2年生が2勝、1年生が2敗でして。相手の学年構成はわかりませんでしたが、1年生のゲームでもけっこう体格のいい子が多かったように見えました。

 siはトップ下で2試合フルで出場。1試合目はちらしもギアアップも押し上げもミドルも絡めていました。私の見るところ、本人のシュートの精度を上げれば3点はゲットできてた。まあそんなカンタンなものじゃないことは承知で言ってますが(笑) タイムアップ直前にはゴール前絶好の位置にいたのにトラップミスでボールをそらしてるし・・・ ワンタッチで決めてOKのシーンだっただけに本人も悔しがっていました。

 2試合目は相手にきっちりマークにつかれ、仕事らしい仕事ができないまま。本人のマーク外しの技術のほか、チームとしての修正も必要だったように私は感じました。中央でのパスの供給源が断たれるとじゃあどこでそれをこしらえるかってことですね。断たれないようにすることも肝心ですが。

 ロングボールの展開は、そもそも筋力の関係からまだそんなに長いボールを安定供給できないことに加え、ヘディング勝負に分はなく、またセカンドボール拾いの競争にも分がなく(体格の差!!それを運動量でカバーできるとよかったのですが、それほど動けていない・・・昼食しっかり食べたのか??)結局ドリブル突破しか打開策を見出せない。がそれとて勝率の高い選択ではなく、チームはイラつきはじめ・・・。厳しいゲームでした。そんななか、Yくんが叩き込んだミドルは爽快だったですね。彼の強い気持ちはすがすがしかったです。

伊賀良小学校に戻ったのは6時15分ころかな。それから京都から帰ってくるmを迎え(バスが30分くらい遅れ、ほんと腹が減りました・・・)、帰りました。

 日本シリーズの話題もありますが、それは後日。私は読売ジャイアンツの勝利だと思っていましたが、さにあらんや、でした。


 

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2008年11月 8日 (土)

もみすり、精米そして京都サンガ13番は柳沢でライオンズ11番は岸!!セレッソの香川もすごいぞ。

 今日は収穫祭に向けて、センターで脱穀したおコメのもみすりと精米に行ってきました。
中学生女子のソフトテニスのミニ大会があったので、その送迎を兼ねて、です。ちなみに私もおしんもお休みでしたがhappy02

 喬木村のアジマ自動車学校の対面にもみすりから精米までやってくれるコイン精米機があって、そこでやってきました。機械は3台あって、うち2台がもみすりからしてくれます。さらにそのうちの一台は無洗米にまで仕上げてくれる機械です。私、気がついたのが遅くて無洗米仕上げにはできなかったのですが、一度やってみたいなあと思います。いえ、センターでは無洗米は使わない主義なんですけどね、ちょっと、好奇心です。

 今日の天気や小雨含みの曇りでした。siのサッカーの練習もあったのですが、朝方の強めの雨の際に早々と中止が決定。おかげでsiは中学生女子の試合の応援ができて、よかったのかもしれません。

 この日、センターでは部屋替えが行われました。えりりんがわざわざお休みを振り替えてくれて部屋替えの陣頭指揮をとってくれていました。ありがたいです。だから私も、中学生女子の送迎とか精米に行きますと申し出たわけですが。

 午後からはテレビでスポーツ観戦三昧。

 まず、スカパーで京都サンガ対横浜マリノス。開始2分で先制されたときは「降格」の文字が頭の中にちらつきましたが、柳沢の「ボール置いてダッシュしてボレーしてきめちゃったぞセットプレーシュート」で同点、 後半終盤には柳沢が相手DFと競りながらもヘッドで逆転、もう我が家は柳沢祭り状態happy01 とどめは佐藤勇人の「無回転高速木の葉落としシュート」。3-1でマリノスを下して勝ち点3ゲット。これで今年の残留ラインといわれる勝ち点40に到達です。・・・でも。今節は下位チームが軒並み勝ち点を積み上げ(除く、東京V、札幌)、残留ラインはもうちょっと上になりそう。ちなみに・・・昨年は16位(入れ替え戦順位)の広島の勝ち点が32。おととしは福岡が27。2005年が柏の35。それらのチームより勝ち点が1でも上なら残留決定だったのですが、今年はなんと17位の千葉が残り3試合ある状況ですでに勝ち点35、16位の東京Vが同じく36です。(18位札幌は17とたいへん苦労してます。もちろん、もう降格決定です) 厳しい年です。勝ち点40のサンガ、まだまだ安心なんてできません・・・。

 夕方もスカパーでサッカー観戦。ホントは生で見たかったけど節約月なのでテレビ観戦でがまんがまんの「甲府対セレッソ大阪」。甲府は負けるとJ2の3位に食い込むことが不可能となり終戦、セレッソも状況はほぼ同じと互いに負けられない一戦だったのです。で、先制したのは甲府。それも2-0。しかし勝利したのはセレッソ。2-3とひっくり返しました。勝利の立役者は香川。同点弾と逆転弾はこの男。背番号26の下にはセレッソの大先輩であり偉大なMFであり先日引退を表明した森島寛晃の8を着こんで勝負していた香川。生香川を見るために、オレは金を払うぞ。節約月じゃなかったらねgood

 で、それから日本シリーズ観戦。秋はほんとタイヘン。
 まあ、4打点と西武ライオンズの全打点をたたき出した平尾もすばらしいが、今日は岸でしょ。テレビで見てても、ボールのキレを感じましたよ。あとあれだけのカーブはなかなか打てない。かつて、西武にいたやんちゃ坊主時代の工藤(今横浜)のカーブが、あんな感じだったかな。ロングリリーフしたけど、明日もベンチに入れておいた方がいいよ、ナベQさん!湧井もね!!そんなわけで、東京ドームで行われた読売ジャイアンツ対埼玉西武ライオンズ、1-4でライオンズが勝って、これで互いに3勝3敗、明日がホントに最終決戦となりました。けっこう、けっこう。

 



 

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2008年11月 7日 (金)

阿智村文化祭出展

 浪合カメラクラブで阿智村文化祭に今年も出展しました。
 しかし今日は私忙しく、午前中は山村留学別団体さんと意見交換会、午後は公民館の仕事も入ってて、文化祭の出展に行かなければならないのはわかっていたのですが、なかなか阿智まで出かけられず、ほんと閉口しました。実は会議も一本あったのですが、それはごめんなさいしました。

 ずいぶん遅れて阿智村中央公民館まで持っていったのですが、会長さんが待っていてくださり、ほんと恐縮でした。他の方々はすでに展示を終えられていました。私の作品を展示し、他のみなさんの写真のタイトルを現場で印刷して貼り付けました。終わったのは6時30分くらいでしょうか。
 自分の写真を4点持っていきました。浪合文化祭に出展したのと同じで私のポリシーに反するのですが、しかしこう忙しいと無理とわりきり、自分に謝りながらの出展となりました。

 ところで、文化祭出展に向う途中のコンビニでmに会いました。浪合から自力で中学生がここまで来れるはずがありません。??? あ、そうか、今日mは京都に模擬試験を受けるために出発する日だった。きっと家内が送ってきたのでしょう。家内は?と聞くと、やはり文化祭の展示に行っているとのこと。??? そうなの?知らんかった・・・。まあ最近ほんとに家族5人でいることがないですからねえ。仕方なしです。がんばってこいよ、m。


 

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2008年11月 6日 (木)

跳ねたボールの行方

 日本シリーズ第5戦、読売ジャイアンツが西武ドームでライオンズを下した。

 先発はジャイアンツが上原、ライオンズが涌井。第一戦と同じエース対決である。ゲームは期待にたがわぬ投手戦になったかというと、そうではない。上原の出来がよくなかった。立ち上がりから3連打、ゲッツー崩れの間に先制点を奪われる。
 一方の涌井はせっかく先制点を得たのに、2回表、阿部に一発を許し、同点とされる。勝った方が日本一に王手というゲーム、ナーバスになるな、という方が無理か。
 ゲームは静かに伏線を張る。3回の表から、ライオンズのキャッチャーは細川に代えて銀仁郎。細川は直前の攻撃の際、スライディングで肩を痛めてしまったらしい。
 3回の裏にライオンズは相手エラーを足がかりに1点を奪い再びリード。しかし2死満塁で銀仁郎が空振り三振に終わり追加点が奪えない。なお上原はこの回でマウンドを降りた。

 その後はジャイアンツが小刻みな継投策で、ライオンズは涌井の好投でスコアボードに0を刻んでゆくのだが、ゲームが大きく動いたのは7回の表だった。

 3番小笠原から始まるこの攻撃、ジャイアンツが1死から5連打で4点を涌井から奪う。これは、ただ事ではない。ラミレスや阿部はともかく、亀井や脇谷、坂本といった今シリーズで当時2割に満たない打者がよく打った、という言い方はできる。しかしこのビッグイニングをつくったのは、ラミレスの快走と、それから西武ドームのセカンドベースだ。

 1死からラミレスが右バッターボックスに入る。正直私は、涌井はこのラミレスを抑えると思っていた。少なくとも長打はないと。ラミレスにはやや、落ち着きがなかった。

 涌井が投じた6球目。アウトコース低めにきたカットボールを、ラミレスは体勢を崩しながら打つ。腕力だけで打った打球は、センター前に抜けようとした。いや、もしかすると回り込んでいたセカンド平尾が捌いていたかもしれない。ところがラミレスの打球はセカンドベースにあたって大きくはねあがり、右中間まで飛んでゆく。それを見たラミレス、猛然と走って2塁を陥れる。ラミレスにただのシングルなら上出来だったかもしれないが、ここで得点圏まで走られるのは痛い。それにしても長い間野球を見ているが、ベースに当たってあれだけ跳ね上がった打球を私はまだ見たことがなかった。

 続く阿部。彼は2回に本塁打を打っている。ラミレスの奇跡的なイレギュラーの後でもあるし、私ならここは勝負を避けて、くさいトコ狙いの四球でOKとするところだ。後の打者は、こういっちゃあなんだが涌井にとっては大したことない。だがここで西武バッテリーは勝負に出た。まっすぐ2球を外角高めに投じてツーボール。次にチェンジアップを投げる。この打席を勝負の場とした球だ。ボールはアウトコースのベルトの高さ。阿部は強引にひっぱり、打球は一二塁間へ。どちらかというとミスショットだったかもしれない。だが二塁にランナーがいたため、一二塁間は大きく開いていた。阿部もそのところを見越してのバッティングだったのだろう。果たしてボールは差し出したグラブの先をころがりぬけ、ライトに達する。ラミレスが再びの激走を見せ、ホームイン。ジャイアンツ同点。

 その後、火のついたジャイアンツ打線を西武バッテリーは封じ込めることができず、あれよあれよの間に4点を奪われる。当然のことながら、ゲーム終盤での大量失点は試合の決着を引き寄せる。このゲームも終わってみれば西武3-7読売と、中盤までの接戦が嘘のようなスコアで終了した。

 振り返れば、負傷した細川に代わって若い銀仁郎がマスクをかぶらざるを得なかったという点が、あの大量失点の遠因になっていたような気がする。阿部の場面、やはり勝負を仕掛ける必要はなかったのではないか。歩かせて1死一二塁という状況を作り、ゲッツーで切り抜けるということでよかったはずである。

 それにしてもだ。落ち着きのないラミレスが上半身だけで打った打球が、あんなに大きくイレギュラーしてしまうとは。あの場面から、勝負の波は大きくうねり始めた。あの打球の跳ねた先が、ジャイアンツの逆転勝利を暗示していたか。それをぐっと手繰り寄せたのはラミレスの激走であることは間違いなかろう。

 2008年日本シリーズは、ジャイアンツが日本一に王手をかけ、舞台は東京ドームに移る。7回を投げた涌井にもう出番はないのか。3回で退いた上原にリベンジはあるか。負傷した中島、また細川はグランドに戻ってこれるのか。

 いずれにせよ、いよいよ大詰めだ。

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2008年11月 5日 (水)

生活支援定額給付金

 ・・・私は、やっぱり、反対です。
 ばらまき政策です。選挙前のサービス政策と思えてなりません。
 2兆円ですよ。いくらなんでも、やりすぎではないでしょうか。
 違いますかね。

 100年に一度の経済危機です。どうすればいいかなんて簡単には答えはだせないでしょうけど、出した答えだって正しいかどうかわかんないでしょうけど、それでも大きな疑問は拭い去れません。

 所得制限だって難しいみたいですし。当然ですよね、その事務量考えたらホント気の毒になっちゃいます。

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2008年11月 4日 (火)

小笠原道大への一球

 日本シリーズ第3戦を見た。
 試合は一時0-5とジャイアンツが大きくリードを広げたが、6回裏に西武が4点を奪って追い上げ、埼玉西武ライオンズ4-5読売ジャイアンツというスコアとなり、にわかに盛り上がった。
 西武先発は石井一久だったが、かつて剛球投手だった彼に往年の面影はなく、すっかりモデルチェンジしたようだ。今シーズンは11勝10敗と二ケタ勝利をあげているが防御率は4.32とピリッとしない。それどころか規定投球回数にも(135.1-あと3.2だったが・・・)達していない。それに奪三振数がここ3年で比較してもかなりの減だ。(170、163、108) 一イニングあたりの奪三振数を比較すると、2年前が177.2回で170奪三振だから1イニングあたり0.959個、去年が166.2回で163奪三振だから同0.981だったのに対し、今年は0.799個である。あの石井が・・・。ちょっと寂しい。
 本第3戦は、サウスポー石井が左の強打者が多いジャイアンツ打線をどこまで封じ込めるかが見所だった。しかし結果はレギュラーシーズンの防御率以下、6回5失点となってしまった。だが6回裏の西武打線は今年の「豪打西武」の看板にたがわず、一番片岡からの4連打で効率よく4点をかえし、西武ドームということもあっておせおせムードは確実にライオンズがつかんでいた。
 しかしその息の根を止めたのは、両リーグMVP(しかも2ヵ年で!)を獲得した実績を誇るジャイアンツの3番、小笠原道大だった。
 8回表の先頭打者で左バッターボックスに入った小笠原は、西武ピッチャー小野寺が投じたインコースのストライクを待ってましたと強振、打った瞬間それとわかる強烈な打球で右翼席中段を突き刺した。ソロホームランだったので点差は2に広がっただけで、現代野球で2点はセーフティリードとはいえない、なんてことは百も承知でいうのだが、あの一撃が試合を決したといって間違いない。それだけ破壊力を見せ付けた一撃だった。
 しかし、小笠原に打たれたあの一球、あれは小野寺のコントロールミスだったのではないか。
 小野寺は小笠原に対して4球続けてフォークボールを投げた。カウントは2-1。ここまでの配球はよかった。フォークを4球続けた度胸もいい。しかし次の球は捨て球でいい。勝負のための布石を打つ球にすべきだと私は思った。直前の球が外よりのフォークだったので、次はインコースへ胸元へまっすぐ、体を起き上がらせるボール球を投じるべきと考えた。そしてその後、もう一度フォークで三振、という筋書きだ。
 ・・・果たしてその通り、小野寺はインコースにまっすぐを投じた。右腕小野寺の球は左打者小笠原にはクロス気味に入ってゆく。しかしその球はボールではなくストライクだった。勝負球でないクロスの球はスラッガーの餌食だ。小笠原はにくらしいほどきちんと打ち、本塁打として片付けた。
 西武キャッチャー細川のリードは間違っていなかった。小野寺もよくそれに応えようとした。しかし、コントロールミスがそこで出た。それを小笠原は見逃さなかった。ただの安打だったら傷口は小さかったろう。しかし、ホームランとなった。ボールいくつぶんかのずれが、西武の追い上げムードを断つ結果になってしまったのである。

 一球のおそろしさとはよく言うが、まさにその通り。日本一を決する戦いは、読売ジャイアンツが一歩リードした。(本日現在、西武の1勝2敗)

 

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2008年11月 3日 (月)

私のお休み

今日は私はお休み。
家内は仕事。ちなみに昨日と一昨日は家内が休みで私が仕事。

で、今日は siと ともだちの1年生のよしくんと3人で長野市まで行きました。
目的地は南長野運動公園の球技場。AC長野パルセイロ対ザスパ草津の練習試合観戦です。

soやmも誘ったのですが、soはサッカーよりセンターを選び、受験生mは勉強を選びました。

試合開始にちょうど間に合ったのですが、びっくりしたのは意外と観戦者が多かったこと。メインもバクスタも7割くらいは入っていたかな。

試合は0対2でパルセイロの負けでした。大きな違いを感じたのはシュートの部分。草津はチャンスと見るや足を振り抜いていました。パルセイロはそこで打てない。意識の差かな、それとも技術の差かな。

草津の選手はサテライトが主体でしたが、それでもJ2。パルセイロはJFL入りを目指す北信越一部リーグ。2個下のカテゴリーなんですよね。0対2は、まあありなスコアかな。

それにしても、さわやかな空気の中でのんびり観戦ができてよかったです。


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2008年11月 2日 (日)

ナンバー715号

 今店頭にあるナンバー(715号)はたいへんにおもしろくおすすめです。
 表紙がオシム氏だったので購入しましたが、特集タイトルは「世界から見たニッポン」。

 どの記事もよかったのだが、とりわけ「日本定住の記録」はいい。アマラオのところなんか、ちょっと泣けた。涙腺よわいねん、オレ。あと、その特集がはじまるページの写真(見開き)もよかった。

 それと。124ページの「Number on Number」では楽天イーグルスの岩隅投手の今シーズンの猛烈な好成績について、いかにそれがすごいのかのコラムがあったが、マジすごかった。

 彼、今シーズン3本しかホームラン打たれていないんだね。

 ともかく今号は勝ってソンなし。ほんとです。530円です。

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2008年11月 1日 (土)

16日ぶりの・・・・

 今夜、16日ぶりに家族5人そろって夕飯を食べました。
 山村留学にお子さんを出している家庭では、3ヶ月ぶり、とか4ヶ月ぶり、なんてことが当たり前でしょう。でも私は子どもを山村留学に出しているわけではなく(もっとも、わが子たちは浪合通年合宿センターが大好きですが)、職場と家は2キロくらいしか離れていないのにこの状況です。

 

それだけ、10月は忙しかったです。多忙でした。ちょっと体調悪くなりました。心配かけました。センターの仕事だけでなく、PTA,公民館、セカンドスクール研究会、カメラクラブ、浪合S.C.などなど。で、siのサッカーのトレーニングは月水木土日、soのスイミングは水金、soの琴はいつだっけ・・・あ、月曜日?受験生のmに数学や英語を教えてやりたいところなんだけど、その時間はさっぱりとれません。。。。これが、オレにはとてもつらい。

 他県へ進学する予定のmとはあと5ヶ月でお別れになります。もしかすると今後一生、一緒に暮らすことはないかもしれない。あと5ヶ月です。それって何日?って考えたとき、単純に、30日をかけられないのが私の仕事だし、今のいろいろな立場です。150日も絶対にありません。まあ、半分。場合によって、三分の一。ってことは間違いなく100日はきってる。50日かもしれない。・・・正直、あせります。

 久しぶりの夕飯は、鉄板焼きでした。家族5人そろうことがイベントですから、なんとなくこういうメニューになりがちです。
 ただの鉄板焼きです。レバだのハツだのカシラだのを焼きながら、玉ねぎやキャベツやもやしを焼きながら、なんてことのない会話をして夕飯を一緒に食べます。
「家族5人で食べるって、おいしいなあ」
なんとなく、脈絡もなく、少々のお酒に酔ってた私はそうつぶやきました。

 そしたら、mが。
「ほんとおいしい」
って、ぼそっと言うんです。

 それだけで、ものすごくうれしかたし、それだけで、なんだか悲しくなってきたし、もう胸がいっぱいになってしまいました。

 

 

 

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