« 緒方拳さん、死去・・・ | トップページ | ノーベル賞ラッシュ! »

2008年10月 7日 (火)

王貞治がユニフォームを脱いだ・・

 王貞治監督最後の指揮となったソフトバンクホークスの2008シーズンラストゲームは、延長の末ソフトバンクホークスのサヨナラ負けで幕引きとなった。今シーズン中に到達できると見込まれていたソフトバンクホークスでの1000勝にとどかず、数字として見栄えのよい999勝にもいたらず、そのひとつ前の998勝で終わりとなった。

 プロ野球界に燦然と輝く彼の通算868本の本塁打は、メジャーリーガーを差し置いて堂々たる世界記録である。もっともそのことを認めようとしないアメリカ人は多数いるようだが。しかし野茂や松坂、そしてイチローら日本人メジャープレイヤーの活躍のおかげで、彼がローカルリーグのスラッガーにすぎない、なんてことはゆめゆめないことは証明された。

 それにしてもだ。WBCにきちんと出てきて勝負しろ、メジャーリーガーたちよ。アメリカはそのことを後押ししてほしいものだ。王貞治はそこでも、初代優勝チーム監督の栄誉を得ているが、一方で「アメリカチームにメジャーリーガーは出ていない」なんて理由で揶揄されている。ケンカに負けた子に「おれの兄ちゃんはすごいんだぞ」とべそかきながら捨て台詞されてるようで気分よくない。

 王貞治は、いつだって本気だったじゃないか。本気に本気で立ち向かおうとしない輩に、王貞治について何事も話して欲しくない。

 監督としての王の生き様も敬服に値する。監督としてのキャリアを、彼はジャイアンツでスタートさせた。しかしジャイアンツは、当時の成績不振を彼のせいにして、王を放逐した。彼の現役時代の背番号「1」を永久欠番にしておきながら、である。

 確かに「石橋を叩いても渡らない」と批判された彼の采配はつまらなかった。投手が乱れ始めるといてもたってもいられなくなり、繰り返す言葉は「ピッチャー鹿取」。いしいひさいち氏の漫画「がんばれタブチくん」でもその姿は気の毒なくらい滑稽に描かれていた。

 しかし、ジャイアンツを放逐された彼は、日本プロ野球最西の地でホークスの監督となり、チームを建て直して捲土重来した。かつて巨人に在籍しながら石もて追われ、西鉄ライオンズを率い魔法のような采配で日本を席捲した三原脩氏を再び見るようで、実に痛快だった。ホークスはかつて大阪の球団で、九州からライオンズが去った後に福岡をフランチャイズとしたチームだ。大阪(南海ホークス)時代は杉浦忠や野村克也を有し、一時代を形成したスター軍団だったが、その後凋落し、球団は身売りされた。そのチームで彼は2度の日本一を果たし、もう一度栄光をつかんだのだ。

 長嶋茂雄と常に比較されてきたが、バットマンとしての記録は、長島を凌駕する。だがそれでも、3番王、4番長島という打順を受け入れ、そこでベストを尽くしていた。優れたパフォーマーである長嶋を尊敬し、自らは打撃の求道者として愚直に一本足打法にこだわり、バットを振り続けた。

 超有名な選手だったが、ファンからのサインの求めを断ることは一度としてなかった。同僚の選手に、「王さんがサインを書かずに、その時間を休憩や練習にあてていれば、本塁打1000本は行けていたのではないか」と言わしめたほどである。

 ジャイアンツの監督時代、またホークスの監督時代の当初は、自分よりも実績に劣るコーチ陣の進言に耳を傾けることがなかった。それは選手時代から続いていたことだが(長嶋が人に意見を求めまくるのとは一線を画していた。が、長嶋は意見を聞いたからといって、それを取り入れている風でもなかったのだが(笑))、監督としてその姿勢は当然のことながらチームにいい影響を与えるばかりではなく、むしろ逆であることの方が多い。そこで当時の球団社長にして名伯楽たる根本陸夫氏が「王監督はラーメン屋のせがれだぞ。おまえらとどんなかわりがあるんだ」という言葉を発し、それで監督とコーチ陣の溝が埋まったという。更にそこからホークスの進撃が始まったというからおもしろい。王監督も、自分を見直すいい機会になったのだろう。私も、そのころからのリラックスした王監督が好きだった。

 王といえば、江夏だが・・・いやその前に山田久志だろ・・・・いやWBCのときのイチローとの会話が・・・と、話はほんとにつきない。

 そんな王氏の現場での野球人生が終わった。50年にわたる、栄光と挫折、そして復活の半世紀だった。満足している、と彼はいう。もちろんそうだろう。しかし、想像を絶する苦労の連続だったことは間違いない。

 ユニフォームを脱いだらいっしょに世界一周でのしような、と約束していた夫人は、自身が苦しんだ胃がんで数年前にこの世を去っている。

 勝負の世界を離れて、どうか、悠々と、人生を楽しんでいただきたいものだ。

 たぶん、まだユニフォームを着続けるだろう同時代人の野村克也は、そのことにぶつくさ言いながらも、異存はなかろう。そして祝福するはずである。王貞治の、ちょっと遅い第2の人生のはじまりを。 

|

« 緒方拳さん、死去・・・ | トップページ | ノーベル賞ラッシュ! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/66200/24380852

この記事へのトラックバック一覧です: 王貞治がユニフォームを脱いだ・・:

« 緒方拳さん、死去・・・ | トップページ | ノーベル賞ラッシュ! »