« おたふくかぜ | トップページ | 元祖むらさき観戦記12 »

2007年11月 7日 (水)

元祖むらさき観戦記11

その2

 西京極には開場の2時間前に到着した。かなりの人出だ。毎度のことだが、
「余ってるチケットあったら買うでえ」
と寄ってくるダフ屋のおじさんを振り切りながら競技場への橋を渡る。
 今日は招待券をチケットと交換するために総合案内所に行く必要がある。園内にある案内板で位置を確認すると、子どもたちの手を引っ張って進む。クスノキだろうか、南信州ではめずらしい照葉樹が風に吹かれて枝をゆらしている。
 招待券チケット交換窓口はすぐにわかった。チケット交換は開場の1時間前からとなっていたので、まだしばらく時間はある。私達の前には一組の人しかいなかった。大事な試合だし、ホーム最終戦で込むだろうから早めに来たのだが、さすがに張り切りすぎたようだ。
 ここで驚いたことがある。案内所などのテントの下で働いているスタッフらしき人が、皆おそろいのTシャツを来ているのだ。
 それは白いTシャツで、前面に紫のインクで突き上げるような拳の絵と「絶対J1」という文字が太ぶとと書かれてあった。昨夜のホームページの異例の書き換え、そこにあった「合い言葉は絶対J1」というメッセージ。それがこんなカタチで表現されているとは思いもよらなかった。
「おい、みんな絶対J1って書いたTシャツ着てるぞ」
息子にいう私。
「ホントだ」
「あ、いいな、欲しい」
息子たちは口々に言う。残留への大事な一戦、ホーム最終戦・・・チームのフロントもスタッフも力が入っている。
 5分、10分と時間が過ぎてゆく。さすがに子どもたちは退屈し始めた。しかしこうした事態を予測していた私は、サッカーボールを持ってきていた。これさえあれば、子ども達は時間をつぶせる。実際、園内のあちこちでボールを蹴っている子ども達がいた。
「あそこの芝生のところで、ボール蹴ってこい」
サッカーボールを息子たちに渡すと、ふたりは大喜びで走っていった。妻は
「ねえ、観客席の方、みんなもう並び始めてるから、私も行って来る」
と、末の娘とスタジアムの入り口に向かった。たしかに、紫の列が出来始めている。
 チケット交換をすまし、私もひとしきり息子達とボールの蹴り合いを楽しんだ後、私たちは妻と娘のいる列に向かおうとした。その時
「ねえ、ボクのカバンがない」
と下の息子がいう。
 息子のカバンは、ボール遊びをしていたすぐ後ろの大きな木の根元に、私のリュックやカメラ機材他の荷物といっしょに置いておいた。他の荷物は全部あるのだが、息子のカバンだけがない。聞けば双眼鏡とコンパクトカメラ(もちろん廉価版のもの)の他に、数千円入りの財布が入っていたらしい。お金は、祖父が折々にくれるお小遣いを貯めたものだ。息子はそれを自分用のスノーボードを買う資金の一部にしようと考えていた。
 2年生の息子はずっと山村で育ってきており、家の窓やクルマの鍵をしめる習慣がないことに慣れている。人は安心の対象であり、こっそり盗むなんてことはテレビの中のできごとくらいにしか思っていなかったのではないか。それが、我が身に降りかかった。
 息子は、その後無言だった。私は妻にそのことを告げ、しばらく一緒にあたり一帯を探してみたが、元より無駄なことだった。
「おい、口惜しいなあ」
私は息子の肩をたたいてそう言った。息子は私の目をしばらく見つめ、視線を逸らしてからうなずいた。その目は確かに潤んでいた。
「ちぇっ」
私は舌打ちをしてから息子の手を引き、もう一度妻が待つ列に戻った。妻は私達の様子を見て悟ったのだろう、
「これからは気をつけなね」
といって、息子の頭をなでてやった。
 
 開門した。
 どうと人の流れが動く。チケットを見せ、スタジアムに続く階段に向かう。そこで人だかりができていた。階段の途中で、スタッフの方がマッチ・デイ・プログラム(試合のパンフ)と、サンガのロゴやエンブレムを染め抜いた紫のタオルを配っていたのだ。
 タオルは今日、先着3000名に配られる予定のもので、私はそのことを知っていた。しかし他にも配られているものがある。例の、スタッフがおそろいで着ている「絶対J1」Tシャツだ。
 こうした時の人の流れに慣れている人はすごい。いや、すごいというか、図々しい。
 我々田舎家族は順番を守ろうとついスピードダウンしてしまうのだが、そんな私たちは図々しい人たちにとってはオイシイ存在に違いない。右から左から、おじさんもおばさんもお兄さんもお姉さんも子どもも、すごい勢いで抜かしてゆく。肩をぶつけられ、手でかきわけられ、隙間にわりこまれ・・・妻と娘とははぐれてしまい、私と息子ふたりは配布現場の1メートル手前からまったく進めないでいた。
 私はだんだん凶暴な気分になっていった。私が大嫌いだった都会の喧噪、私が大嫌いだった都会の匿名人間のあつかましさにもまれ、若い頃その全部をぶち壊したいと願った無様な「キョウト」との再会に、かつてと同じような底知れぬ憤怒を覚えた。
「気をつけろ」
私は大声で怒鳴ってしまった。しかしその声に反応する者はいない。いる筈がない。私の怒りは垂れ流しにされたままで、欲望の列に変化は訪れない。
 仕方ない。私は子どもを自分の体の前にして、肩を大きく左右にゆすり、周囲の進行を妨げながら進んだ。ようやっと配布場所にたどり着き、人数分を得た。
 得ることができたのに、悲しかった。
 私はそういう列に参加したくない人間だった。だから、顔を背けるように、のめりこむように、山に向かった人間だった。むき出しの欲望ほど、醜いものはないではないか。
 息子のカバンの件といい、無様な列の件といい、私は試合が始まる前からなんだかしょんぼりしてしまった。バックスタンドホームゴール側のかなりグランドよりに席を決めた私は、無言で家族分の席に荷物をおいて確保していった。
 先ほどの階段ではぐれた妻と娘が、私を見つけてやってきた。妻はやはり、Tシャツを得ることができなかったようだ。困ったような顔をしてこちらを見ている。
 その姿を見て、私は少し救われた気がした。

|

« おたふくかぜ | トップページ | 元祖むらさき観戦記12 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/66200/8672919

この記事へのトラックバック一覧です: 元祖むらさき観戦記11:

« おたふくかぜ | トップページ | 元祖むらさき観戦記12 »