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2007年11月29日 (木)

VS中学生チーム

 今日は浪合SCの日でした。

 練習のおわりにはミニゲームをするのですが、今日、5,6年生の対戦相手は中学生とコーチ陣のチーム。そうしたメンツでやるときはミックスするのですが、今日は対戦にしました。6人対6人です。

 ちゃコーチはGK。mは右サイド、私はCF。結果はですね、5-2です。勝ちました。大人チームが先制。そうすると、ずるずると。5,6年チームはチームとして勝てないという意識が蔓延。ぐだぐだになっちゃいました。siのほかにふたり、意欲を失わずに戦えた子もいますが、しかし感情が高ぶっていたのは間違いありません。センターのあっくんは落ち着いていたかな。安定しています。2得点のうち1点はあっくんでした。ゴール前の混戦をテクニックでかわし、ゴールを叩き込みました。もう1点はsiです。左足のミドルでした。

 私のキャプテンシーと声がけを、ぜひ見習ってほしいものだなあ。

 「遅い!」というより、「早いパス頂戴」だろうし、

 「しっかりしろ!」っていうより、「次お願い!」だし、

 「ありがとう!」や「サンキュー」が溢れるチームの方が元気です。

人生と、いっしょ。

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2007年11月28日 (水)

期末試験の結果

 中学生の期末試験の結果が返ってきた。

 試験の結果は答案とともにスタッフに見せることになっている。もちろん担当ってのがいるが、宿直がかならず担当ってことではないので、まあ宿直なり遅番なりのスタッフに見せることになる。

 人柄にもよるが、通例、以下の法則が発動する(笑)

 「試験結果と、見せようとする意欲は比例する」

 結果が芳しくないと、見せてといわれてもなかなか見せない。

 結果がいいと、見せてといわなくても見せにくる。

 自分のことを思い出すと、当たり前のことと言わなければならないだろう(笑)

 センターには5人中学生がいるが、中にはぐんと結果が伸びた子がいる。こういう子が出始めたのはウレシイねえ。伸び始めると欲が出る。ウレシイねえ。いい循環が生まれる兆しだ。

 うちの息子はというと。

 試験2週間前から原因不明の発熱で1週間寝込み、試験前日に駅伝大会に参加したわりに、中間試験より30点ほど結果を上げてきたので健闘したと言っていい。5教科ではだいたい85点平均だった。ご苦労様でした。

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2007年11月27日 (火)

飯田美術博物館で浪合カメラクラブ作品展示会 とお詫びと訂正

 11月27日(火)から12月2日(日)まで、飯田美術博物館市民ギャラリーにて、浪合カメラクラブ作品展示会が行われます。Kc320085

 テーマは、「ふるさと なみあい」。自分の住む地をテーマに撮影し、それで展示会を行う写真サークルはこのあたりではめずらしく、その点が注目されているようです。

 今日は9時半から作品搬入、展示作業が行われ、私も少しですがお手伝いしました。

 先日は弱気な記事(笑)でしたが、まあまったりいきます。

 なお、「元祖むらさき観戦記」はあれ(16)でおしまいです。ずいぶん昔に書いたものです。なんせ黒部や松井がまだサンガにいたころのお話ですから。ノンフィクションですから、登場人物はみんな実在です。ただ、黒部選手の名前が一部「黒部光」になっている箇所がありましたが、「黒部光」が正解です。申し訳ありませんでした。お詫びの上、訂正いたします。

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2007年11月26日 (月)

必死で更新してきましたが。

すいません、ほぼ毎日更新、さすがにそろそろ疲れました(笑)

ぼちぼちにします。

ごめんなさい。

無理です。

またできるようになったら、がんばります。

とりあえず、週3程度をめざします。なんて約束しない方がいいかもしれませね(涙)

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2007年11月25日 (日)

第39回阿智村一周駅伝

 今年は準優勝でした。

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1区から7区まで首位でしたが、8区でついにひっくりかえされました。8区を走ったおちょうは、号泣でした。

 彼らにとって、準優勝は「負け」だったようです。優勝を、連覇を狙っていたようです。V2のプレッシャーもあっただろうにね。それでも、2位だよ。胸をはろう。よくがんばったねえ。Photo_4

 

以下、記録です。(小学生の部、全12チーム)

1区 si(6年) 総合1位 区間1位 (2位との差1分11秒)

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2区 しょうたくん(6年) 総合1位 区間1位 (2位との差2分12秒)

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3区 けん(6年) 総合1位 区間1位 (2位との差2分54秒)

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4区 あっくん(6年) 総合1位 区間3位 (2位との差2分38秒)

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5区 いの(4年) 総合1位 区間4位 (2位との差1分29秒)

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6区 みほ(5年) 総合1位 区間1位 (2位との差1分56秒)

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7区 ひろみ(3年) 総合1位 区間5位 (2位との差2秒)

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8区 おちょう(6年) 総合2位 区間4位 (1位との差21秒)

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優勝を狙うどのチームも、4,5,6年生でチームを組んでいました。だから、うちだけ混成学年というわけではありません。でも、3年生がいたのはうちだけでしょうけど。。

優勝は智里少年野球A 1時間39分49秒(昨年記録 6位1時間49分1秒)

準優勝が浪合スターズ(浪合小) 1時間40分10秒(昨年記録 優勝1時間38分56秒)

3位は阿智少年サッカークラブ 1時間46分34秒(昨年記録 5位1時間47分13秒)

でした。この2年見ていると、どうやら優勝ラインは1時間39分ですね。

区間賞は、浪合が4人(全8区だから半分! si、しょうたくん、けん、みほ)、智里少年野球Aが3人、阿智サッカークラブが1人でした。昨年は区間賞は浪合から二人でしたので、健闘が伺えます。なお、siは去年に続き2回目の区間賞。区間新記録も更新しました。

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なお、浪合小のメンバーは、全員、同じ駅伝に参加した浪合中学ソフトテニスのチームよりも早かったです(!) トータルで、8分52秒も早かったです。

mが、「日ごろの鍛錬がものをいうことがわかった」と言っていました。ほんとですね。圧倒的な差です・・・。

夕方5時にみんなで集まり、慰労会を行いました。といっても、みんなで準備し、みんなで片付けしたんですけどね(笑) 優勝したらラーメン屋でラーメンでしたが、優勝しなかったからラーメンはなし。しかも今日は京都サンガF.C.がベガルタ仙台を下したので、公約では餃子もつくところでしたが(笑)  でもみんなでこしらえた鍋、おいしかったねえ。

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2007年11月24日 (土)

喬木村フットサル交流会4年以下

 先月行われた3年生以下の大会に続き、今日は4年生以下の大会が行われました。

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会場は喬木第一小学校です。今回の監督はちゃづけ。私は審判を引き受けました。

センター生からは4年生のイノとつっきーとシュウが参加。3年生ではひろみが参加です。浪合の子はもちろん、平谷からもふたり参加してくれました。

結果は厳しいものでしたよ。0勝0分4敗。勝ち点0の最下位です。

対飯田B 1-2 (得点こうき)

対喬木C 0-3 

対竜丘 1-2 (得点いの)

対高森A 1-3(得点いの)

もっと得点しないと勝てないし、もっと失点を減らさないと勝てません。

「いい経験ができた」で終わっていたら、成長はありません。

サッカーが上手になることが目的ではないですが、サッカーが上手になることを通して、人生を楽しくするメンタリティやスキルを得られることは間違いないです。(サッカーじゃなくても、野球でも登山でも卓球でも・・・音楽でも絵画でもそれはいえることです)

できることとできないことがはっきりした今大会でした。

相手も4年生。同じ日本の、長野県の、下伊那郡のこどもたちです。

4試合やって4試合とも勝てない差は、埋めたいものですよね。

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2007年11月23日 (金)

視察

 結構視察にこられる方が多いセンターですが、今日は衆議院議員、宮下一郎さんがこられました。セカンドスクールの研究がテーマです。

 こどもたちには前日に告知したのですが、みな緊張気味。秘書の方ふたりと、阿智村長、教育次長さんらも来られたので、思ったより人数が多かったことも緊張の一因だったかもしれません。

 みんなで記念写真なんかもとっちゃたりして。こういうのも、刺激的(笑)でいいですね。

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2007年11月22日 (木)

元祖むらさき観戦記16

エピローグ

 翌日、大分は市原と引き分けた。大分が先制したのだが、優勝争いに絡みたい市原がなんとか同点に追いついた。これでサンガの今節での降格は免れた。
 しかし、サンガが残留するためには、最終節で仙台が大分を下し、サンガがG大阪に5点差以上の大差で勝たないといけないという状況になった。もし大分が勝つと、自動的にサンガと仙台の降格。両者ドローだと、サンガは18点差以上の大差で勝たないと降格という、まず実現不可能なケースを要求されることになる。もっとも、5点差以上の勝利でさえ、決定力不足のサンガには無理に近い数字だが。
 大分と市原が引き分けたこの日、アルビレックス新潟が念願のJ1昇格を果たした。J2からはもう1チーム、サンフレッチェ広島がすでにJ1への切符を手にしている。これら2チームの昇格と交換でJ2に降格するチームは、最終節で決まる。。
 サンガはその最終節、5トップとも思われる超攻撃的布陣でG大阪に挑むが、結局1対5の大差で破れ、J2降格が決定する。サンガ唯一の得点をあげたのは、やはり黒部光照だった。
 注目の大分対仙台は、1対1と決着がつかなかった。
 その結果、最終節までもつれた残留争いは、京都パープルサンガとベガルタ仙台の降格という結果で終わった。私たち家族は、南信州の森の中で、その結果を知った。
 
 それから半月後の日曜日の午後。私は息子ふたりと、父の4人で、再び西京極のホームゴール裏に座っていた。天皇杯3回戦、対サンフレッチェ広島戦である。閑散とした観客席は、わずか3000人程しかいなかった。
 J2降格のチームからは、主力の選手が移籍することが多い。たとえば横浜F・マリノスのFW久保は、昨シーズンまでサンフレッチェ広島にいた。広島がJ2に降格したため、J1チームのマリノスに移籍したのだ。J1とJ2では、レベルの差もさることながらマスコミへの露出度が違うし、何より日本代表へのアピール度が違う。かつてのカズもそれを理由にサンガを去った。
 ということは、黒部も、松井も移籍の可能性が大ということである。ならばこの一戦は、黒部と松井がいるサンガの、最後のゲームになるかもしれない。・・・そう思うと、対神戸戦で得た天皇杯のチケットがとてもありがたく思え、いてもたってもいられない気持ちで当日を迎えた。
 この試合は勝てると見込んでいた。キーパーは平井、イム・ユファンがセンターバック、MFにはビジュ、鈴木慎吾、松井大輔、そしてFWに田原と、それから黒部光照。
 「平井だ」
 「黒部だ」
息子達が目を輝かせる。
「よう見とけよ」
私は息子達の肩を抱き寄せながらそういった。愛機EOS3のファインダーの中で、平井はファインセーブを連発し、黒部は信じられない跳躍を見せ、松井は相手のマーク2枚を引き連れて左サイドをドリブルで展開していった。
  西京極からは愛宕山が見える。比叡山も見える。風がスタジアムの中を走り抜ける。
 試合は、0対2でサンフレッチェ広島が勝った。サンガは昨年制した天皇杯でもふるわなかった。チームの勢いの差が出たのか。
 しかしそんなことはもうどうでもよかった。
  夕方の優しい光線に、父と息子が照らされて歩いている。なにやら話しをしている。私は歩きながら、仕事で来ることができなかった妻にメールで試合結果を伝えている。その横を阪急電車が鈍い光を照り返しながら走ってゆく。
 そんな情景の中で、私はなんだか満足していた。私と私の家族は、サンガを通して何かとても大切なものを得た気がした。
「京都パープルサンガを応援してよかった」
私は冬の空を見上げた。
                                                                        (了)

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2007年11月21日 (水)

元祖むらさき観戦記15

その6

 ラッキーボールを景品に換えてもらうため、私達は総合案内所に向かった。ラッキーボールは、森勇介選手のサインが入ったサンガ・タオルと、12月中旬に予定されている天皇杯のサンガ戦のペアチケットだった。
 しかしそれらをゲットしたことよりうれしかったのは、忘れ物、落とし物のコーナーに下の息子のなくなったカバンがあったことだ。スタッフの人に申し出てそのカバンをとってもらう。中身をあらためて見たが、何もとられた形跡はない。財布もお金も無事だった。
 それにしてもヘンな話である。なくなったカバンは、間違いなく私達の荷物と一緒においてあったのに、どうしてそのカバンだけ落とし物として届けられていたのか。置き引きにあったとしても、中身に何も手をつけていないのはヘンだ。そもそも落とし物コーナーに持ってくる必要もあるまい。
 考えても答えが出そうにない。だが息子は、にこにこしている。サイン入りタオルもチケットも獲得できた上に、カバンまで見つかったのだから、うれしさ満開である。
  妻や父母、義妹とは総合案内所で一旦別れた。妻が運転するクルマで父母たちを一時家に送り届け、それから私達を迎えに来る手はずになっていた。
 私はちょっとした気まぐれをおこし、球技場の反対方向に歩き始めた。
「どこいくの?」
下の息子がきく。
「うん、ちょっとね」
私とて当てがあるわけではないが、ホームゲーム最終戦にふさわしい私の幕切れを求めていたのかもしれない。
 少し進むと、アウェイ側出入り口に人がたまっていた。どうやら、神戸の選手を乗せたバスを見送ろうとしていたようだ。神戸のユニフォームやチームタオルを身につけた人たちがたくさんいる中、紫の「絶対J1」Tシャツを着て歩くのは少々緊張した。しかし私はまた気まぐれをおこし、神戸のファンのかたまりの中で歩みをとめた。
 私のすぐ目の前に小学校5.6年生くらいの女の子がふたりいた。ひとりはカズのユニフォームを着ており、もうひとりは岡野のユニフォームを着ていた。ふたりと目があった私は、
「いやあ、負けちゃったよ」
と声をかけた。彼女らはうれしそうに笑った。
「でも、京都強かったです」
カズのユニフォームを着ていた女の子が答えてくれた。
「0対2だもん、完敗だよ。神戸の方が強かったよ」
私は答えた。彼女らは顔を見合わせて、また笑った。
「神戸から応援に来たの?」
私は訊ねた。
「はい。電車ですぐだから」
近くには彼女のお母さんらしい人がいた。
「そう、気をつけて帰ってね」
私がいうと、女の子は
「はい、ありがとうございます」
と答えた。女の子のはきはきした態度に、私は好感を持った。うちの息子はどうだろうか、そんなことが頭をよぎった。
「それじゃあね」
私はそういって歩き始めようとした。すると、私の気持ちを察したかのように、上の息子が
「さようなら」
下の息子が
「おやすみなさい」
といった。お、なかなかやるな、と私は思った。女の子も「さようなら」「おやすみなさい」をそれぞれが言ってくれた。その時、神戸の選手を乗せたバスが目の前を通り過ぎた。女の子たちは私たちに一礼してからふりかえり、大きく手を振りながらバスにむかて駆けだした。

 しばらく歩くと、球技場の正面玄関についた。そこにも人だかりができていた。やはり、選手を乗せたバスが目当ての人たちだろう。
「バスが出ます、みなさん、危険ですから走らないでください。バスに近寄らないでください」
警備員の若者がハンドマイクで繰り返し注意を呼びかける。しかし、バスの姿が見えると、黄色い声と同時に一斉に人が走り出す。
「走らないで下さい、危険です、バスに近寄らないでくださーい!」
警備員の若者も悲痛な声をあげる。しかしまるで効果はない。
「ったく・・・あぶないっちゅうねん」
若者はハンドマイクを口から離し、ぐったりした表情でそうつぶやいた。
「これは危ないよなあ」
私は若者の後ろから、彼に聞こえるように言った。彼は振り返って私を見た。
「たいへんですね」
私は彼にそういった。彼はちょっと恥ずかしそうに鼻の頭をかいた。
「ご苦労様です」
私はそういって、その場を離れようとした。警備員の若者は、なぜか
「お疲れさまでした」
といって頭を下げてくれた。私とのちょっとしたふれあいが、彼にそういう気分にさせたのだろうか。

 西京極総合運動公園の西側の門から北に向かって歩き、ややあって右折しつらつらと天神川通りを目指す。よく利用する阪急「西京極」駅の人の多さとは対照的に、こちらはそれほどでもない。
 天神川通りをゆくクルマのライトに照らされながら、私達親子は歩く。
「負けちゃったなあ」
私が、誰にいうでもなく、いう。
「平井がキーパーだったらなあ」
上の息子がいう。
「明日、大分が勝ったら、京都J2?」
下の息子はそのことがとにかく気がかりなようだ。
「うん。でも、直接対決3連敗じゃ、だめだよな」
「けど、ジュビロには勝ったよ」
上の息子がサンガを弁護する。
「そうだよな、ジュビロに勝ったんだよな。市原にも勝ったんだよな。で、横浜とか鹿島とかFC東京とか、優勝争いしているチームと引き分けてるんだよな。なのになんで残留争いしてるチームに負けちゃうかなあ」
と私。
「黒部が大分戦でPKはずしたから?」
下の息子。
「けど、そのおかげで市原に勝ったと思うよ」
これは上の子。
・・・・
 息子達とこうした道行きははじめてかもしれない。どこまでも歩いていきたい、そんな気がした。

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2007年11月20日 (火)

火曜日は生協の日 それとオシム監督・・・

浪合通年合宿センターの場合、火曜日は生協の日です。食材がどっさり来ます。だいたい2~3万円分程度。ただし、米と味噌、肉はほとんど来ません。また季節によっては野菜の量は増減します。

今、畑でとれるものはだいぶなくなったので、野菜が増えつつあります。キャベツ、レタス、小松菜、ホーレンソーなどの葉物、ニンジン、大根、牛蒡などの根物、サツマイモはまだだいじょうぶだけど、じゃがいもはそろそろ補給が必要かな。もやしは人気だし、キノコ類も忘れてはイケマセン。どっさりくるのは牛乳やヨーグルト、チーズやプリンなどの乳製品、豆腐、おあげなどのマメ製品、ちくわやがんもなどの練り製品、魚、加工肉、コロッケやシュウマイなど冷凍食品も定番です。

生協はセンターまで配達してくれるので助かります。でも生協だけじゃ足りません。だいたい、土曜日あたりにラックは補給に行きます。購入するのは似たようなものです。

じゃ、米や味噌、肉類は?ってことになりますが、米は自家生産分が終わったら①地元農協(ラックなど)、②地元農業、業者の方々、③インターネット で購入してます。味噌はほぼ90パーセント自前。肉類は①ラック、②近くのその他のスーパー、③飯田市アップルロードの各店舗 の特売日などにどっさり買い込み、大型冷凍庫で保存して使用しています。今はラックが多いかな。近いし、阿智に出張した帰りとかにでも気軽に買えますしね。

話はがらっとかわりますが、オシム監督、残念ですねえ。

私はジーコの後任がオシムと決まったとき、本当にうれしかったです。オシム関連の本は10冊近く我が家にあります。オシムが日本を輝かせてくれると信じていたのですが、しかしいかんせん、高齢だったってことでしょうか。66歳といえばまだ若いと言っていいかもしれませんが、代表監督を勤めるには厳しい年齢という言い方の方が正解だったのかもしれません。

あと、10年若ければ・・・。

オシム監督の後任は現浦和監督のオジェック氏に内定したそうですが、私は同チームのコーチ、エンゲルス氏にいずれは・・・と思っています。日本人なら、カタイ戦術で面白みにはかけますが、現札幌の三浦監督かな。例のごとくスーツでかっちり決めて、日本代表のテクニカルエリアに渋い顔で佇む三浦監督を見てみたい気がするのです(笑) 古畑任三郎みたい。ていうか、踊る大捜査線の室井さんって感じかな(笑)

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2007年11月19日 (月)

駅伝の下見のこととか。

今日は阿智村一周駅伝の下見とトレーニングに行ってきました。出場選手と控え選手ほぼ全員で行きました。自分が走る区のほかに、もう1区ほど走ってもらいました。当日の欠席などに対応するためです。ひとりあたり、ふたつの区は試走している、という状況をつくったわけです。控えの選手もひと区試走し、ほとんどの区を車中からではありますがコース確認をしました。まあ実際走らないと身にはつきませんがね(汗)

昨年も行ったので、今年はわりとスムースにできました。去年は半日はかかったのですが、今年は正味2時間くらいかなあ。

驚いたのは、「もう一回練習したい」とこどもたちが言い出したこと。だったら、やらなきゃね。てなわけで、もう一回やります。はい。

それと昨日、下伊那のサッカーチームの交流大会があったのですが(正式名称忘れました 涙)、siやあっくん、けんが所属するアザリー飯田はふるわず、4位という悔しい(><)結果に終わりました。

松川に勝利したのはいいけど、アザリー5年チームに1-1のドロー(とほほ)、喬木に0-2、上郷に0-2。

なんだい。

松川戦ではあっくんが2ゴール、siが1ゴールで、「浪合の人しか点とってねえじゃんか」とJくんにいわしめたのですが、後は沈黙。。。3試合で1得点って何?これが最後の大会だってのに、悔しいですねえ。Jくんの足が万全じゃなかったことが痛いけど、でももうちょっとなんとか・・・。

siは左サイドで攻撃を組み立ててました。「今日のオレの左足はさえてたぜ」だそうです。左右蹴れることはイイこと。がんばってください。

今回初スタメンで登場したけんくん(センター生)、敵チームの子に「あたりは弱いけど、うまい」といわれてたそうです。よかったよかった。

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2007年11月18日 (日)

オレイチバン(笑)

 おもしろがってキャラクター設計し、おもしろがって衣装のアイデアを出し、おもしろがって演出した「オレイチバン」(悪役)。

 まさか、自分がやる羽目になるとは(笑)

 楽しかったですけどね。

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 今日はJA祭でナミレンジャーショーをしてきたのです。いつも買い物に行くラックの特設舞台でやりました。園生の保護者の方も、昨日収穫祭だったからたくさん見に来てくださいました。雨だったのでお客さんの出足もイマイチなところがあったのですが、でも見慣れた顔がそこかしこに。うれしはずかしってやつですね。

 こんなことでも山村留学とか浪合通年合宿センターの宣伝ができていると思うし、山村留学戦隊ナミレンジャー、およびとあらば参上仕ります。

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2007年11月17日 (土)

飲めたのがうれしいのだ。

 今日はセンターの収穫祭。

 センターの畑でとれた作物を調理して、お世話になっている方々を招待して一緒に食べるという趣旨のイベントです。お米も、春に仕込んだ味噌も、今日初めて食べます。

 招待者は一次会で帰られますが、保護者とスタッフはそこから二次会。といっても会場はいっしょですけどね。

 飲めや歌え、となるわけです。写真、ぶれまくってます。誰がとったんでしょうね(笑)

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 私、ちょっと式典の部あたりでだいぶフラフラだったんですが、一次会の際に内緒で医務室で休憩してて(笑)、で、満を持して村長さんらのところにつぎに行ったのですが、どうやら村長さんと話をしててエンジンがかかってきたらしく、その後は好調を(笑)持続することができました。

 おいしいお酒と歌と笑い。大事ですよね。

 

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2007年11月16日 (金)

浪合学校マラソン大会

Photo 昨日の話になりますが、浪合小学校恒例のマラソン大会がありました。

秋晴れの見事な天気のもと、こどもたちの一生懸命な姿がみられ、胸があつくなりました。

「完走できればほめてあげたい」というお声の保護者の方は毎年のようにいらっしゃいますが、今年など練習の時点で完走できない子はいませんでした。ていうか、体調不良でもない限り、通例いません。こどもたちは、実に実に、力を伸ばしているのです。それは、こどもたちのがんばりです。それと、引き出してくださる先生方のおかげです。こどもたちの限界は親の思惑よりも以外に上にあったりするんですよね。いえ、そう思っていたほうが、いいじゃないですか、楽しみで。

「プレッシャーになる?」「で、ぐれる??」(←そんなことをおっしゃったわけではないので念のため。)

そんなことはないですよ。それはプレッシャーのかけすぎ。やりすぎってもんです。すぎたるはおよばざるがごとし、ってやつです。

 センターのこどもたちはよく走れていました。トロフィーは昨年から1本ふえ、3本ゲットです。

 3年生男子(総合)一位のひろ、4年生男子(総合)一位のたろう、5年生女子一位のみほ。一位はひとりしかなれませんが、しかし、一生懸命は全員でした。よかったなあ。

 さて、来週は阿智村一周駅伝です。昨年は初出場で初優勝という意外な結果にとまどいながらも大喜びさせていただいたものです。今年は旧阿智村で「駅伝部3(小学生の部ができたらしい」なんて話をこどもたちから聞いています。いえ、確認していないんですがね、エントリー一覧表も手元にないし。

 でももしそれが、昨年の浪合の活躍によるものだとしたら、これもうれしい話ですね。なんか特別視してもらってるみたいで。あ、別に挑発してませんよ(笑) 浪合小チームは今ある戦力でいい走り、納得の走りをするだけだし、大人はその支援をするだけです。

 でももしこの話がホントだったとして、こんなところで旧浪合対旧阿智なんて構図つくってていいんでしょうかね、仲悪いみたいじゃないですか(笑) どうせなら、第1小選抜、第2小選抜、第3小選抜、浪合小選抜ってした方が盛り上がるしおよろしいのではないかと。それに、浪合小のメンバーが「駅伝部3」に声かけてもらっていないかも不思議な話だし。まあ、こどもから聞いた話だし、あれこれ考えたりするのはよしときます。

 siにも話したんですけど、敵と走るのはつばぜりあいの時だけです。駅伝は、たすきをいかに早くつなげるか。対する相手は、時間だし、揺れ動く自分の気持ちってことです。

 マラソンのよろこびはひとりのもの。でも駅伝のよろこびはチームのもの。チームをささえる人たちのもの。

 頑張って走ろう。頑張って応援する。

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2007年11月15日 (木)

元祖むらさき観戦記14

その5

 キックオフ前から、実は私はかなり酔っぱらっていた。寒いからといって、少々熱燗を飲み過ぎてしまったらしい。
 ファインダーを覗いても、選手をおっかけられない。無理すると気持ち悪くなってしまう。大事な試合だというのに、情けない話だ。

Photo_10
 しょうがないのでカメラはあきらめる。
 サンガの立ち上がりは、やっぱり今日もかたかった。サッカーすることが、楽しそうでない。顔の表情までは見ることができないが、もしかすると彼らの顔はひきつっていたかもしれない。
 先取点をどちらが取るか。それがこのゲームの勝敗を決することになるだろうと私はにらんでいた。先取点は欲しかったが、しかしとれそうな気配はなかった。
 「この分だと、とても、勝てそうにない」
これはファン心理が生み出すペシミズムでもなんでもなく、観察から導き出される当たり前の推論であった。DFに問題を抱えている・・・。
 案の定。前半11分、急造DFビジュのクリアミスから1点を献上する。神戸FW幡戸のゴールだ。
「ほらね」Photo_9
私は心の中でつぶやいた。
「これで決まった。降格だ」
コップの中に残っている酒を、暗澹たる気持ちと一緒に胃袋に流し込む。
 しかし、なってない。
「直接対決で3試合とも先制点をしかも前半にとられているようじゃ、いけない」
このことである。
 前半のそれ以降は、正直あまり記憶にない。私の中のゲームはもう終わってしまっていた。ただ、DFのビジュがセンターラインの少し手前で口惜しそうに前線にパスを送るシーンが瞼に焼き付いている。
 ビジュは、攻めたそうだった。センターラインから少なくとも後10メートルが、ビジュの仕事場だった。そこに侵入していけない。そういう役目ではない。つらそうだったし、つまらなそうだった。
 後半にも1点を加えられ、いよいよ敗色濃厚。
 終了間際、黒部や松井も果敢に攻める。とりわけ、松井大輔がフェイントを駆使し、たったひとりで相手DF群の扉をこじあけて放ったシュートは圧巻だった。ボールは確かにキーパーの脇を通り過ぎたのだが、その後ろにまだDF北本がいた。北本は松井のシュートをヘッドでクリアした。観客の歓声は、一気に悲鳴に変わった。息子達も天を仰いだ。
 しばらくして長いホイッスルが吹かれた。ゲーム終了である。
 サンガは、今シーズンのホーム最終戦を勝利で飾ることができなかった。サンガは西京極初勝利を神戸にプレゼントしてしまった。そしてサンガは、奇跡でも起こらない限りJ1残留は無理、という状況になってしまった。

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  選手が挨拶にまわる。一様に肩を落とし、まともに観客席を見上げることができた選手など誰もいなかった。ファンやサポーターからは励ましの声とそれから罵詈雑言の野次がとんだ。胸をしめつけられる場面だった。
 我が子は選手たちに何も声をかけられないでいた。
「これでJ2降格?」
下の息子がきく。
「まだ決まったわけじゃないけど・・・」
歯切れ悪く、私が答える。
 明日、大分が市原に勝てば、サンガの降格は決定的になる。しかし例え大分が敗れたとしても、サンガの苦境はかわらない。現在大分の勝ち点は24、得失点差ではサンガのはるか上にいる。サンガの勝ち点は23のまま。残留争いのもうひとつのライバル仙台も、現時点で勝ち点23ではあるが得失点差でサンガの上をいく。
 サンガが勝ち点で大分と仙台を上回るためには、最終節でサンガが勝ち、大分は明日の試合に負け、最終節の大分対仙台戦がドローで終わる、というシナリオしかない。ありえない話じゃないが、ムシのいい話でもある。
 そもそも残留争い直接対決3連敗のサンガに、最終節を勝ち抜ける力があるのだろうか。相手は強豪、ガンバ大阪なのだ。
「相当、きびしくなったことは確かだな」
私の言葉に、上の息子が絞り出すようにこたえる。
「ああ、次の試合、勝って欲しいなあ」

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2007年11月14日 (水)

元祖むらさき観戦記13

その4

 「ねえねえちょっと!仙台負けてる!!」
近くの席の若い女性が大きい声で叫ぶ。携帯のサイトで情報を得たのだろう。仙台は横浜F・マリノスとの対戦だ。この試合で仙台に勝たれると、サンガとしては非常にまずい。ライバルチームにはとにかくひとつの勝ち点も得て欲しくない所なのだ。
 そんな状況だから、仙台の劣勢のニュースは周辺のサンガファンたちの喝采を受けた。
「よっしゃ、今日は仙台負けてくれよ」
「マリノスがんばれー」
息子たちである。
 「ええ?今日のキーパー、平井とちゃう(違う)!ビジュがDFやて!」
さっきの女性がまた大きな声でそう叫んだ。
「平井と違う?」
平井ファンの上の息子は、とびあがって驚いた。

Photo_8
 私はそのことにも驚いたが、ビジュがDFだということにも驚いた。信じられないので、携帯でサッカーのサイトを開いてみた。いくつかの階層をもぐっていくと、試合のスターティングメンバーを見ることができる。確かに、平井は控えに回され、ビジュはDF登録だった。
 ビジュは中盤の選手で、とにかく精力的に動く。守備も攻撃もこの男がいつも絡んでいる。それに、どちらかというと守備より攻撃の方が好きで、実際のプレイも攻撃の比重が多い選手だ。その選手をDFに?
 サンガには国際大会や累積警告のためこの試合に出場できないレギュラークラスのDFがおり、そのことは頭の痛い問題だ。しかし、控えのDFがいないわけではないのだ。
 キーパー平井もベンチ入りしているのだから怪我をしたわけではあるまい。何のための交代なのか。意図が見えずらかった。仙台戦直後のピム監督更迭後、監督にはサンガ強化部長であり総監督の木村文治氏が就任していた。
 監督交代劇と何か関連があるのか。しかしおい、負けられない試合なんだぞ。私の胸に重苦しい空気が忍び込んできた。
 正直、このスターティングメンバーを見るまでは勝てる気でいた。しかし、この意図のよくわからないメンバー構成を見て、不安になった。
 とはいえ、前節は変化のないスタメンに現状打開の意思が見られない、などといっていたのだから、私も勝手なものである。
 一方、ヴィッセル神戸のスタメンにカズこと三浦和良の名前はなかった。カズはこういう大事な試合で大きな仕事をする選手なので、スタメンにいないことはありがたかった。でも、生でプレイしているところを見てみたかったので、そういった意味では残念だった。

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2007年11月13日 (火)

いろいろと。

京都から帰ってきた今週、またいろんなことがありますよ~。

明日水曜日は東京都武蔵野市の教育委員会にセカンドスクールの営業に阿智教育次長の林さんといってきます。

あさって木曜日は浪合小学校マラソン大会。それと浪スポ。

金曜日は確か行政懇談会。

土曜日はPTA資源回収、授業参観、収穫祭。

日曜日はナミレンジャーのショー。なので今週はまた夜8時から稽古です。

来週月曜日は振り替え休日ですが、駅伝大会のトレーニングをする予定です。

がんばりましょう。がんばります。

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2007年11月12日 (月)

セカンドスクールの教材の研究

ってなことをする必要を感じています。である教材会社のオーナーさんに電話で相談してみたら、利益度外視でお手伝いしましょうと言ってくださいました。ありがたや、ありがたや。
センターのしゅうくんは、今日から学校に行けるようになりました。おたふく風邪は全快ってことです。
そしたらmが今日は40度を越える熱を出しちゃって。
急に寒くなったからなあ。昨日の深夜、外は0度でしたよ。
びっくり。気を付けましょう、風邪にはね。

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2007年11月11日 (日)

写真でふりかえる京都のつどい2007二日目

Photo_8 

二日目も宿題タイムをして、それから河原町へでかけました。お土産お土産購入と購入と昼食です。この班はたこ焼きを食べています。

Photo_9

阪急河原町駅から電車で西京極へ。写真うつっているのは特別参加ののふたりです。

Photo_10

スタジアムはこんなかんじ。今日は一段と紫紫してました。

Photo_11

以下、、スタジアムの風景をいくつか掲載しておきます。

Photo_12 Photo_13 Photo_14 Photo_15 

 試合は京都サンガF.C.対モンテディオ山形でした。1-2でサンガが勝利し、3位に順位をあげたゲームでした。スタジアムで食Photo_16べたノリ弁、おいしかったなあ。

 試合が終わったら浪合へGOです。浪合に到着したのは23時半くらでした。その時国道の温度計は0度でした(!)

 いよいよ、寒くPhoto_17なってきました・・・!!

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2007年11月10日 (土)

写真でふりかえる京都のつどい2007初日

今年も関係各位のご協力のおかげで、京都のつどいができました。

センター日記にも記事はでていますので、ここでは私が撮影した私の班の活動の様子を中心にアップしておきたいと思います。

Photo

護王神社に偶然遭遇。ここは足腰の神さまです。

Photo_2

これは一条戻橋。あの安倍清明が式神を隠したところとして有名です。なんかね、今は川底はコンクリなんだけど、やっぱちょっと不思議な感じがするとこでPhoto_3す。

華道の展覧会があったので寄り道してきました。

Photo_4

くぎ抜き地蔵さんです。弘法大師開闢の地です。

Photo_5

千本釈迦堂でおかめ像を写生し、上七軒を歩き、北野天満宮がゴール。 Photo_7 Photo_6

夜は滋賀県大津市のセミナーハウスで宿泊。みんなで宿題なんかもしましたよ。

全家研ポピー東山支部のオーナーさんがドーナツの差し入れをしてくださいました。みんな大喜びでした。

滋賀県は・・・暖かかったです。

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2007年11月 8日 (木)

元祖むらさき観戦記12

その3

Photo_6

 父、母と義妹が来るまでしばらく時間があった。私は娘と軽食コーナーへ買い出しに向かった。熱燗と、こどもたちにフランクフルトと牛串を買った。先日誕生日を迎えた娘との約束で、サンガのフラッグを買おうとしたが、あいにく売り切れていたのでマスコットのコトノちゃんの縫いぐるみを購入した。娘は大喜びしてくれた。
「次は旗ね」
娘はにくらしいほどかわいい笑顔を浮かべて、「あたしは旗をあきらめていないからね」というメッセージをキチンと伝えた。
 息子達は絶対J1シャツを着込んだ。私もジャンパーの上から着た。もちろん妻もだ。もらったタオルは頭にまいた。まわりの人たちも同じような格好である。
 スタジアムではDJが観客にTシャツの着用を依頼していた。またタオルを広げて頭の上で掲げてくださーい、と声をかけた。バックスタンドは紫一色になった。壮観だった。
「合い言葉は、絶対J1。みなさんの力を選手にくださーい」
DJの絶叫が西京極に響く。ホームゴール裏ではサポーターが応援歌を歌っている。大きな旗を振り回している。
 そうした様子を撮影してると、デジカメを持った女性が私達のそばにやってきた。
「サンガのホームページ担当の者ですが、お写真とらせていただいていいですか」
その女性がいった。サンガのホームページでは試合ごとにスタンドの様子を撮影して掲載している。私はそのことを知っていたので、
「ぜひお願いします」
と二つ返事。
「どこから来られたのですか?」
撮影しながらその女性が質問した。
「長野県からです」
と答えた。
「ええ?そんな遠くから・・・観戦は初めてですか?」
「いえ、あの、2ndステージ4回目です。えっと、実家がこのすぐすばなんでぇ・・」
なぜか言い訳がましくなってしまう私。その方は
「そうですか、応援ありがとうございます。うれしいです」
と深々と頭を下げて下さった。
「ねえ、ホームページ載るの?」
「京都パープルサンガのホームページに?」
その女性が去ってすぐ、息子たちが訊ねる。
「そうみたいだな、なんかうれしいな」
私が答える。
「うん」
「うん」
ふたりの息子がうなずく。息子ふたりと私の3人が写ったこの時の写真は、今でもサンガのホームページにある。きっと新しいシーズンを迎えるまでそのままだろう。

Photo_7

 太陽が西に傾いてきた。11月末の風は冷たい。しかしスタジアムのボルテージは序々に高まってきたようだ。ホームゴール裏のサポーターの中には、もう上半身裸の者がいる。
 アウェイのゴール裏も、この日はいつもと違った。敵チームのサポーター席はいつも空席が目立つのだが、今日のヴィッセル神戸のサポーターはかなりの人数だった。
 神戸は近い。電車でおそらく1時間半程度ではないか。接続もいいから高学年くらいだと自力で移動できる。
 しかし、他にも重要な要素がある。
 神戸はこのゲームに勝つと、最終節を待たずにJ1残留が決まることになる。たとえ最終節で負け、ライバルチームが全てのゲームに勝ったとしても、降格ラインの15位以下になることはなくなるのだ。神戸にとっても、非常に重要なゲームなのだ。サポーターの多さも頷ける。
 一方、サンガはすでに崖っぷち。この試合に敗れると、今節の大分戦の結果如何によっては降格が決まってしまう。私もいろいろとスポーツ観戦をしてきたが、こんなに重要なゲームを目撃したことはない。
 サンガは、ヴィッセル神戸とはこの西京極で対戦して負けたことがない。その上、今シーズン1stステージでは敵地で神戸を撃破している。残留争い直接対決第3ラウンドは、そうした有利さを思わせる条件が目についた。いや、目につかせたというべきか。
 いつのまにか、試合開始1時間前。父母や義妹とも合流できた。義妹のおなかには赤ちゃんが宿っている。あんまり興奮しないで済むゲームにしてほしいなあ、さっさと先取点とってさ、なんて都合のいいことを考える。

 試合開始前に、サンガの選手がミニサインボールをスタンドに投げ込むイベントがある。私たちが陣取っているあたりは、よく投げ込まれるスペースのひとつだ。
 選手がボールを持って登場すると、スタンドのこどもたちは一斉に立ち上がる。中にはグランド近くまで急いで降りていく子もいる。
 ボールが次々投げ込まれる。そのうちのひとつが、運良く妻の所にとんできた。妻が立ち上がり、手を伸ばす。妻は飛び込んできたボールを捕まえ損ねて下に落とすが、すばやくしゃがんでしっかり握った。そして、やったーという顔で私を見る。
 下の息子がそれをとりあげようとする。妻は一旦制そうとしたが、ちょっと考えてボールを手渡した。
 カバンをとられてしまった息子へのいたわりの気持ちだろう。私もそうしてやってほしいと思っていたので、うれしかった。

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2007年11月 7日 (水)

元祖むらさき観戦記11

その2

 西京極には開場の2時間前に到着した。かなりの人出だ。毎度のことだが、
「余ってるチケットあったら買うでえ」
と寄ってくるダフ屋のおじさんを振り切りながら競技場への橋を渡る。
 今日は招待券をチケットと交換するために総合案内所に行く必要がある。園内にある案内板で位置を確認すると、子どもたちの手を引っ張って進む。クスノキだろうか、南信州ではめずらしい照葉樹が風に吹かれて枝をゆらしている。
 招待券チケット交換窓口はすぐにわかった。チケット交換は開場の1時間前からとなっていたので、まだしばらく時間はある。私達の前には一組の人しかいなかった。大事な試合だし、ホーム最終戦で込むだろうから早めに来たのだが、さすがに張り切りすぎたようだ。
 ここで驚いたことがある。案内所などのテントの下で働いているスタッフらしき人が、皆おそろいのTシャツを来ているのだ。
 それは白いTシャツで、前面に紫のインクで突き上げるような拳の絵と「絶対J1」という文字が太ぶとと書かれてあった。昨夜のホームページの異例の書き換え、そこにあった「合い言葉は絶対J1」というメッセージ。それがこんなカタチで表現されているとは思いもよらなかった。
「おい、みんな絶対J1って書いたTシャツ着てるぞ」
息子にいう私。
「ホントだ」
「あ、いいな、欲しい」
息子たちは口々に言う。残留への大事な一戦、ホーム最終戦・・・チームのフロントもスタッフも力が入っている。
 5分、10分と時間が過ぎてゆく。さすがに子どもたちは退屈し始めた。しかしこうした事態を予測していた私は、サッカーボールを持ってきていた。これさえあれば、子ども達は時間をつぶせる。実際、園内のあちこちでボールを蹴っている子ども達がいた。
「あそこの芝生のところで、ボール蹴ってこい」
サッカーボールを息子たちに渡すと、ふたりは大喜びで走っていった。妻は
「ねえ、観客席の方、みんなもう並び始めてるから、私も行って来る」
と、末の娘とスタジアムの入り口に向かった。たしかに、紫の列が出来始めている。
 チケット交換をすまし、私もひとしきり息子達とボールの蹴り合いを楽しんだ後、私たちは妻と娘のいる列に向かおうとした。その時
「ねえ、ボクのカバンがない」
と下の息子がいう。
 息子のカバンは、ボール遊びをしていたすぐ後ろの大きな木の根元に、私のリュックやカメラ機材他の荷物といっしょに置いておいた。他の荷物は全部あるのだが、息子のカバンだけがない。聞けば双眼鏡とコンパクトカメラ(もちろん廉価版のもの)の他に、数千円入りの財布が入っていたらしい。お金は、祖父が折々にくれるお小遣いを貯めたものだ。息子はそれを自分用のスノーボードを買う資金の一部にしようと考えていた。
 2年生の息子はずっと山村で育ってきており、家の窓やクルマの鍵をしめる習慣がないことに慣れている。人は安心の対象であり、こっそり盗むなんてことはテレビの中のできごとくらいにしか思っていなかったのではないか。それが、我が身に降りかかった。
 息子は、その後無言だった。私は妻にそのことを告げ、しばらく一緒にあたり一帯を探してみたが、元より無駄なことだった。
「おい、口惜しいなあ」
私は息子の肩をたたいてそう言った。息子は私の目をしばらく見つめ、視線を逸らしてからうなずいた。その目は確かに潤んでいた。
「ちぇっ」
私は舌打ちをしてから息子の手を引き、もう一度妻が待つ列に戻った。妻は私達の様子を見て悟ったのだろう、
「これからは気をつけなね」
といって、息子の頭をなでてやった。
 
 開門した。
 どうと人の流れが動く。チケットを見せ、スタジアムに続く階段に向かう。そこで人だかりができていた。階段の途中で、スタッフの方がマッチ・デイ・プログラム(試合のパンフ)と、サンガのロゴやエンブレムを染め抜いた紫のタオルを配っていたのだ。
 タオルは今日、先着3000名に配られる予定のもので、私はそのことを知っていた。しかし他にも配られているものがある。例の、スタッフがおそろいで着ている「絶対J1」Tシャツだ。
 こうした時の人の流れに慣れている人はすごい。いや、すごいというか、図々しい。
 我々田舎家族は順番を守ろうとついスピードダウンしてしまうのだが、そんな私たちは図々しい人たちにとってはオイシイ存在に違いない。右から左から、おじさんもおばさんもお兄さんもお姉さんも子どもも、すごい勢いで抜かしてゆく。肩をぶつけられ、手でかきわけられ、隙間にわりこまれ・・・妻と娘とははぐれてしまい、私と息子ふたりは配布現場の1メートル手前からまったく進めないでいた。
 私はだんだん凶暴な気分になっていった。私が大嫌いだった都会の喧噪、私が大嫌いだった都会の匿名人間のあつかましさにもまれ、若い頃その全部をぶち壊したいと願った無様な「キョウト」との再会に、かつてと同じような底知れぬ憤怒を覚えた。
「気をつけろ」
私は大声で怒鳴ってしまった。しかしその声に反応する者はいない。いる筈がない。私の怒りは垂れ流しにされたままで、欲望の列に変化は訪れない。
 仕方ない。私は子どもを自分の体の前にして、肩を大きく左右にゆすり、周囲の進行を妨げながら進んだ。ようやっと配布場所にたどり着き、人数分を得た。
 得ることができたのに、悲しかった。
 私はそういう列に参加したくない人間だった。だから、顔を背けるように、のめりこむように、山に向かった人間だった。むき出しの欲望ほど、醜いものはないではないか。
 息子のカバンの件といい、無様な列の件といい、私は試合が始まる前からなんだかしょんぼりしてしまった。バックスタンドホームゴール側のかなりグランドよりに席を決めた私は、無言で家族分の席に荷物をおいて確保していった。
 先ほどの階段ではぐれた妻と娘が、私を見つけてやってきた。妻はやはり、Tシャツを得ることができなかったようだ。困ったような顔をしてこちらを見ている。
 その姿を見て、私は少し救われた気がした。

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2007年11月 6日 (火)

おたふくかぜ

 おたふくかぜが猛威をふるっています。

 学校でたいへん流行しているそうです。センターは14人で共同生活ですから、こちらもウィルスが入ってくるとたいへん。

 おたふくかぜは罹患しているとたいていかからずにすみますが、中にはかかったことあるけどまたなっちゃった、というパターンもあり、また「かかったかかかっていないかわからない」という子(ご家庭でも把握されていない)もいたりでちょっと難しいんです。

 で、この時期は小学生はジフテリアの予防接種があったり、他にもインフルエンザの予防接種がしたかったりなんですが、おたふく猛威のおかげでそれらのスケジュールも変更を余儀なくされたり、個人的に延期したり。

 今週末には「京都のつどい」だし、マラソン大会とかもいろいろ控えているし、はやくこの猛威がおさまるといいです。

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2007年11月 5日 (月)

Jくん、おめでとう!

うちの息子のsiの盟友、そしてセンター園生にも人気者のJくんが、今日の地域U-12トレセン練習終了後、関東選抜大会に出場する長野県選抜に選ばれとの発表がありました。
 湧き上がる拍手。おめでとうの声。
 Jくんのお父さんも来ていました。山崎銀次郎が年齢を重ねたようなお父さんで、私は好きです。
 「おめでとうございます」
と声をかけました。表情を崩して
「ありがとうございます」

 Jくんはちょっと戸惑っているようでした。
 
 私はチームのトレセン選手家庭の連絡網をつかって、Jくん選出の報を流しました。
 すると、Jくんのお母さんから返信が。
「siくんはどうだったんですか?」
私は
「siは選ばれませんでした。某Jリーグチームのセレクションもアウトだったけど、またがんばってくれるでしょう」
なんて書いて返事しました。
 そしたらすぐにまた
「今回Jは運がよかっただけです・・・」
なんてメールが。
 とにかく長野県のオレンジのユニをまとって戦うことができるJくん。彼の果敢な守備と細かいビートのドリブルをぜひ関東の連中に見せ付けて欲しいと思います。勇気をもって、果敢に。
 
 その活躍がきっと、Jくんを伸ばすでしょうし、またsiの発奮材料にもなるでしょう。

 今回のことがきっと地域トレセンにもいい影響を与え、それがさらにチームに影響を与え・・・。これもトレセンがある効果のひとつですよね。浪合SCにも何か風が吹いてほしいものです。

 とにかく、身近に県レベルの選手が出現したことは、ありがたいことです。具体的な目標になりますからね。

 浪合の子はこれから校内マラソン大会、阿智村一周駅伝、飯那マラソン大会(かわらんべマラソン大会)と続きますし、4年生のフットサル大会、アザリー組もふたつ大会が控えています。

 勇気を持って、果敢に。逃げてちゃ、100回やってもうまくならない。がんばるって、チャレンジすること。その勇気を奮い立たせること。

 だから、がんばれ。

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2007年11月 4日 (日)

木曽選抜少年サッカー大会秋の陣

U122007

 今日は表記少年サッカー大会を見に行きました。紅葉の撮影もかねて。紅葉はイマイチだな。なんだろう、艶やかさに欠ける。ここ数年、そんなことを言ってる気がしてますが。

 下伊那トレセンは昨日安曇野に1-3で敗れるなど1分1敗で今日は下位トーナメントで戦います。

 今日の一試合目は北信北トレセン。これは5-1でものにします。リュウジくんの突破力が見ごたえあったゲームでした。最終ラインを突破、キーパーと1対1を3回決めました。堂々のハットトリックです。チーム戦術としてそのことが徹底されており、よかったと思います。

 二試合目は松本トレセンと。ここの選手がでかい。キーパーもでかけりゃ、FWもでかい。前半終了間際まで0-0で凌いでいたけど、最後に個人パワーで突破され、失点。後半は点をとらなきゃ負けるという状況だったけど、勝てる気がしなかったんじゃないかな、下伊那トレセンは。あれよあれよと失点し、0-4で終了。完敗。

 相手の守備陣はよく整備され、中盤は競り合いに強く、前線はパワーに溢れていました。勉強することが多くてよかったと思います。勉強になっていればと願います。

 フィジカルで劣るなら、チャレンジでカバーするしかない。っていうか、そこが面白みなんだけど、ちょっと残念。前半を凌ぎきれば、もしかしてもう少し面白い展開になっていたかもしれません。

 siは一試合目で足を削られ(っていうか、自爆に近かったが)負傷退場。昨日も負傷退場してるし、もうなんていうかボロボロ。でも痛がりすぎっていう疑惑あり(笑) 二試合目もアタマからフル出場してるんだし、疑惑は濃厚(笑)

 今日は二試合とも右サイドハーフだったけど(システムは4-4-2の中盤ダイヤモンド)、チャレンジ精神にかけていたように思う。タッチしたボールのほとんどは2タッチ以内にパスって感じ。バイタルエリアでのチャレンジ(ドリブル)をもっとしかけて相手を慌てさせたり考えさせたりするべきだったような。

 ここんとこ、ちょっと力量が上の相手と戦う際にナーバスになりすぎているsiです。チャレンジしよう!勝てる相手に番付通り勝つ事がチャレンジじゃない、ありがたいじゃないか、格上の相手と真剣勝負できるなんてさ。

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2007年11月 3日 (土)

琵琶の演奏会を聞きに行きました。

Photo

 浪合コア秋の文化祭のイベントとして、また「浪合学校講座」の一環として、琵琶の演奏会がコア軽運動室でありました。

 琵琶の奏者は宮下洌先生。元教員の方で、最後の任期は飯田養護学校の校長先生だったそうです。

「日本の伝統音楽のひとつとして、古典や悲劇的な題材のみでなく、郷土の自然・人物・伝説や民話などを通して、琵琶のこころを若い世代にも伝え、誰にでも親しめる音楽になること」を願っていらっしゃるそうで、演奏は川中島と、蛇カ池の話(恩田と蛇峠山の伝説)のふたつを聞かせてくださいました。後者はオリジナルです。

 演奏の合間には琵琶をさわらせてくださったり、音を出させてくださったり。

Photo_2 センターのこどもは小学生全員が参加したのですが、みんなにとって難しい音楽ではあったものの、楽しめた場面もあり、よかったと思います。

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2007年11月 2日 (金)

パーフェクトリレー

 中日ドラゴンズが53年ぶりの優勝を決めた。

 今年の日本シリーズは中日の勝ちと一昨日見極めた私にはそのこと自体にいまさら大きな感慨はない。敬愛する落合氏の偉業については、素直に喜びたい。

 私はドラゴンズの優勝を、センターの大広間で知った。宿直だった。野球好きのヒロが「1-0で中日が勝ってる」という情報を教えてくれ、ふたりでパソコンの速報を確認したとき、試合は終了していた。1-0のスコアのまま、ドラゴンズが逃げ切っていた。

 私はまず、決勝点が気になった。決勝点は、平田の犠飛だった。平田良介は、自身の甲子園決勝(駒大苫小牧の辻内との決戦)、クライマックスで三振に倒れたうっぷんを晴らしたカタチか。犠飛ってところがドラマ性にかけるが、しかしよく打った。平田は見守るぞ。がんばれ。

 ところで、平田よりもすごかったのがドラゴンズ先発の山井だ。相手がダルビッシュということもあって、緊迫した投げ合い続いたのだろう。最小点差ということも影響したはずだ。ともかく、山井は8回を投げ終え、なんと打者24人を打ち取りパーフェクトピッチングを披露していた。

 問題は9回表におきた。落合監督は、好投の山井を代えて岩瀬をマウンドに送った。山井は、しかしただの好投ではない。完全試合継続中だ。

 日本一を決めるゲームで、パーフェクトゲームを1-0のスコアで完成させる・・・これはとてつもない偉業である。この一事で、山井の名はプロ野球史に残るだろう。

 しかし落合監督は、岩瀬を送った。レギュラーシーズンがそうであったように、いつもの野球を、いつも通りやった。内心は穏やかでなかったに違いない。記録には人一倍こだわってきた男だ。

 だが、落合監督は、岩瀬を送った。落合監督がこだわった記録は、日本一だったのだ。岩瀬も見事なピッチングを展開、3人で日ハムの最後の攻撃を絶ち、ドラゴンズは日本一の座をもぎ取った。日ハムにしてみれば、この局面で投手交代をする落合采配のえげつなさのやられたという面もきっとあるだろう。

 この落合采配を捉えて、評論家の玉木正之氏は「なんと小心な采配か」と批判した。100年に一度の偉業より53年ぶりの優勝の方が大事か」ということである。気持ちはわかる。

 だが、そこが評論家と監督の違いだ。パフォーマンスを愛でる者と、勝利を目指す者の違いなのだ。とりわけ玉木氏は、結果重視の野球に辟易とし、スポーツとしての・・・そしてそのスポーツとは芸術の一分野としてのスポーツである・・・野球を愛する男だ。私は彼の主張の多くに頷いてきた者だし、その気持ちは今もかわらない。草野進氏と同じく、私に野球観戦のなんたるかを教えてくれた師(勝手に私が思ってるだけだが)だと思っている。

 勝負師は、目の前にぶらさがっている勝利を確実に得ようとするものだ。その勝利を得られなかったら、残り2試合あるとはいえ、どんなことになるかわかったものではない、いや、たいてい勝負の目は逆になる。勝負師はそのことを知っている。勝てる時に確実に勝たないと、勝つことはできない。

 監督としての判断は、間違ってない。これがレギュラーシーズンのそれなりのゲームだったら、山井続投で間違いないだろう。優勝がかかっていないゲームだったとしても、おそらく続投させたのではないか。しかし、昨日は一勝の重みが違った。優勝が目の前にぶらさがったゲームで、しかも相手はパ・リーグの覇者だ。もし負けたら、札幌での戦いを余儀なくされる上に、相手に確実に勢いを与える。

 おもしろくない采配ということはできよう。私も同意する。しかし、おもしろくない采配も野球の一部だということもまた事実だ。そのおもしろくなさ加減もまた、野球の醍醐味、スポーツの醍醐味だ。おもしろくないことも、おもしろいのである。そのことに異論を挟める者はいまい。

 なーんて話を園生にしている私なのである。

 

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2007年11月 1日 (木)

元祖むらさき観戦記10

9.絶対J1  ヴィッセル神戸戦(0対2 勝ち点0)

その1

 ホーム最終戦では、私はファンクラブからいただいたゲーム観戦券を利用する予定でいた。すなわち、このゲームは無料で見ることが出来る。私を含め、家族全員がファンクラブなので、家族みんなでサンガの崖っぷちの戦いを見に行ける。故郷の父も、母も、義理の妹も、一緒に観戦に行く。今やサンガホームゲーム観戦は、我が家族の一大イベントである。
 前夜、サンガのホームページを見てみた。
 以前からゲーム終了後には定期的にチェックしていた私だが、仙台戦以後、ピム監督が更迭されるという大事件が発生しており、チーム動向が気になって仕方がないので、ここのところは毎日チェックしていたのだ。そこで異変に気付いた。
 サンガのホームページでは、チームマスコットのパーサくんが全試合結果にあわせたメッセージを話す。たとえば、「黒部ハットトリックでセレッソ大阪を撃退!日本のエースはやはりこの男だ」とか「無念の敗戦・・・・それにしても今日のサポーターの盛り上がりはすごかったなあ」等である。メッセージは基本的に次節の試合終了後まで変わらない。異変とは、そのメッセージが変わっていたことである。全文は忘れてしまったが、メッセージは「合い言葉は、絶対J1!」という言葉で締めくくられていた。
 「おい、合い言葉は絶対J1、だってよ」
 冬にむけ、息子の帽子を編んでいた妻に声をかけた。妻が編み物の手を休め、モニターをのぞき込む。
「へえ、合い言葉は絶対J1か。でも、こんなことになるなんてね」
妻がいう。
「直接対決に、ふたつとも負けちゃったからなあ」
深いため息とともにいう私。
「それだけのチームだったってことでしょ」
妻が珍しく手厳しいことをいうので、ぎょっとする私。
「・・・黒部のPK、かなあ」
煙草に火をつけながら、私がいう。大分戦のことだ。
「けど、あの試合で失敗したから、市原戦に勝てたんじゃないの?」
その通りだ。
 そもそもこの会話自体、我が家で何度も繰り返されている。幾度勝ち点の計算をしたことか。あの試合で勝ち点3がとれてれば、いや、1でもいい・・そうしたら・・・あの時、相手へのマークがこうだったら、あの時キーパーがもう何センチか出ていれば・・なら・・・。
 スポーツに「たられば」は禁句だが、スポーツ観戦にはありだと常々私は思っている。「たられば」がイマジネーションを豊かにし、観戦を重層的なものにする。しかし、結果が出た後の「たられば」話はむなしくもある。
 翌朝早く、私たちはクルマに乗り込み京都へ向かった。暗いうちの出発だった。一宮のパーキングエリアで日の出を迎えた。朝の空気は凛と冷えていたが、赤く差し込む朝日があたたかさを運ぶ。太陽がみるみる高度をあげてゆく。息子たちはしばらくその様子をじっと見ていた。やがて満足したのか、ふうと大きく息をはき、
「さ、行こう」
と私を促した。
 運命の日があけた。選手たちはどんな気持ちで今朝を迎えたのだろうか。

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