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2007年10月 4日 (木)

元祖むらさき観戦記-2

Img_rinen_logo  西京極総合運動場は京都の天神川のほとりにある総合スポーツ施設である。ここにはプロ野球が開催されることもある野球場がひとつ、陸上競技場が2つ、室内プールもある。陸上競技場のうちのひとつが、サンガのホームグランドだ。私の実家からクルマで10分くらいか。十分自転車圏内である。
 西京極は、野球少年の僕にとっては憧れの地であった。京都市在住でかつ少年野球のチームに所属する子なら誰でも、西京極球場で試合をすることを目指す。少年野球大会の決勝トーナメントは西京極球場が舞台だったのだ。
 西京極へ、野球ではなくサッカーを見に行く、なんてことになるとは、少し前まではまるで考えられなかった。しかも、南信州から毎月通うことになるなんて・・・。

1.初めてのサッカー観戦 ジュビロ磐田戦(1対0 勝ち点3)

 初めてのサッカー観戦は、ジュビロ磐田戦だった。
 家族を説得するのは割と簡単だった。夏休み中、私は仕事の関係で家族に無理をさせている。一緒にすごす時間すら、ほとんどとれていない。なので、ちょっとした家族イベントを求めている状態だった。また息子たちもスポーツは大好きだし、京都の私の実家には年に何度か家族連れで帰省していたので、京都のJリーグのチームを応援にいこう、という企画はすんなり通った。ジュビロ磐田という名門・常勝チームとの対戦ということも、「行こう」という盛り上がりを後押ししてくれた。
 車の燃料代などの交通費は妻が家計でなんとかしてくれた。観戦チケット代は私持ちだ。しかし、私は息子ふたりからも500円づつもらうことにした。これが我が家のやり方だ。お金の価値を知る大切な機会だ。別に私のタバコ代になるわけではない。・・・こともないか?

 キックオフは19時の予定だ。それに間に合うように、南信州から家族を乗せた車をとばし、京都駅の駐車場に車をおいて、バスで西京極に向かった。駐車場代が高くつくが、他に方法を知らなかった。
 京都駅のバスターミナルの乗り場は、若者が列をつくっていた。私の後ろに並んだ品の良いお年寄りの女性が、
「なんで今日はこんな人が並んだはるんどすか」
と聞いてきたので、
「西京極でサッカーの試合があるんですよ」
と答えた。お年寄りは、
「ほうですか、サッカーどすか、へええ、ぎょうさんいかはるんですなあ」
と驚いていた。

 私は写真撮影が好きで、外出にはいつもカメラバックを持ち歩く。当然その日もカメラを持ってスタジアムに入りたかった。しかしJリーグのサッカー観戦で、一般の人間が撮影していいのかわからなかったので、カメラは車に置いてきた。球技場にある注意書きを見て、カメラ持ち込み可であることを知ると、「へえ、寛大だなあ」と思った。そしてカメラバックを持ってこなかったことを少し悔いた。

 試合開始2時間くらい前に、バックスタンドのほぼ中央に席をかまえた。ホームゴール裏では、サポーターと呼ばれる人たちが紫の群をなしていた。テレビで見るのと同じ光景なのだが、なんだか圧倒された。
 サッカーの応援は熱烈だと聞く。熱烈はいいが、小さい子を連れている以上、乱暴沙汰は困る。サポーターが多いホームゴール裏を選択しなかったのはそのためだ。
 しかしセンターライン付近の私の席の近くには、サンガのレプリカユニフォームを着ている人に混じってジュビロのユニフォームを着ている人もいた。サンガファンの方が多いことは間違いないのだが、双方のファンが雑居しているのだ。そんな中でどんな態度をとったらいいのか、私は見当がつかなかった。
 でも、自分はただ故郷で開催される残り少ないだろうJ1の試合を見たくて来ただけなのだから、と思い直し、じっくりゲームそのものを楽しめばいいや、周りは周り、と覚悟を決めた。今から思うと噴飯ものだが、サッカー観戦初心者はいらぬ心配をしたものだ。
 グランドでは試合前の練習が行われている。目の前でジュビロの7番がボールを捌いている。「名波だよ。本物だ」
私は感動した。本物のプロサッカー選手を初めて見た感動だ。それも日の丸を背負って戦ったことのある男だ。
 福西もいた。グラウもいた。中山こそ戦列を離れていなかったが、前田がいた。服部がいた。
 申し訳ないがこの時の私は、サンガの選手よりジュビロの選手の名前の方になじみがあった。メディアを通してよくその名を耳にするからだろう。
 妻も子どもも、もちろん初めてのサッカー観戦だ。あたりを見渡し、「あ、コウモリが飛んでる」「大きい照明!」などといいながら、試合開始前のなんともいえない高揚感を楽しんでいるようだった。
 残暑は思ったほどではなかったが、西京極上空は雲行きがあやしく、天気が崩れないかとそれが心配だった。
 試合前、場内アナウンスが独特の調子でサンガの選手を紹介をしてゆく。選手ひとりひとりの紹介が行われるたび、ホームゴール裏は大いに盛り上がり、スタンドから拍手が送られる。我が息子も、それにつられて拍手をしている。こどもはこどもなりに、スタジアムの作法を学ぼうとしているようだ。
 選手紹介が進み、この日のスタメンが明らかになってゆく。今日はどうやら1トップ(FWが1人ということ)で行くことがわかった。1トップは、もちろん黒部光昭だ。
 スタメン紹介の終盤、まわりが大いにざわついた。
「松井出えへんのけ」
「監督に嫌われてるみたいやで」
「アホか、松井いいひんでどうすんのんじゃあ」
そんな声が周囲から聞こえた。
 「松井(松井大輔・現フランス一部リーグ ルマン所属)」という選手がいかほどのものなのか、私はこの時まだ知らなかった。彼が我が京都パープルサンガの誇るファンタジスタであり、オリンピック代表チームの司令塔候補であることを知ったのは、もう少し後のことである。

 ナイター照明の灯りが緑の芝生を浮き上がらせる。きれいだと思った。
 笛がなり、キックオフだ。カクテル光線を浴びたサンガの紫色のユニフォームが躍動し始める。胸が高鳴った。息子たちは息をとめて見ている。身を乗り出し、目を見開き、すべて見逃すまい、という気持ちだろう。
 対戦相手は強豪ジュビロ。サンガはジュビロに対し、リーグ公式戦13戦13敗だ。一度も勝たせてもらっていない。
 もちろんジュビロ戦で勝ち試合が見られるなんて期待はしていなかったが、この日ジュビロは2人の退場者を出してしまった。生のイエローカードを見ることも初めてだし、退場シーンを見るのも初めてだ。息子たちは顔を見合わせ目を丸くしていた。
 それから、サンガの動きは素人目に見ても良くなった。私達は時折激しくなる雨に悩まされながら、観戦を続けた。雨対策をしてきていない私達家族はずぶ濡れになってしまった。4歳の娘が「もう帰ろう」とぐずる。なんとかあやし続ける。
 そのうち、ジュビロのゴール前で混戦があり、直後に大きな歓声があがった。サンガのゴールらしい。誰かがヘッドであわせたようだが、それが誰かわからない。スタジアムのアナウンスで、その選手がビジュであり、来日初ゴールであることを知った。息子に
「ゴールシーン見えた?」
と聞いた。兄は
「うーん」、
弟は
「早すぎて見えれんかった」
と呆然としたまま答えた。

Photo
 サンガがJリーグに参加して以来、一度も勝ち星をあげていないジュビロに勝てるのか?13連敗している相手だぞ。初めての観戦でそんなすごい場面に立ち会えるのか? 試合は数的優位があることを忘れるほどスリリングだった。ジュビロの強さがそうさせるのだろう。しびれるようなロスタイム。やっと鳴り響いたホイッスル。その時スタジアムは確かに揺れた。

 私たち家族は、ゲーム終了直後に手をつないでスタジアムを出た。
 阪急「西京極」駅までは徒歩五分程度だ。しかし今夜の観戦者はおよそ一万二千人。ものすごい人の波である。
 私は一応京都市出身なので、こうした人出の場面に慣れているが、妻とこどもはまったく不慣れだ。人の流れというものがわからず、動きが鈍い。なんとか駅に到着し、臨時電車に乗り込んだ。途中で地下鉄に乗り換え、京都駅に向かう。
 「勝ったねえ」
疲れた娘を背負いながら私がいう。
「勝ったねえ」
息子たちが口々に答える。この時、私はすでに9月の自分のスケジュールを思い起こしていた。そしてFC東京戦に行けることを確信していた。妻に、
「FC東京戦もいくぞ」
といった。
「そうね」
妻は答えた。どうやら、同じことを考えていたらしい。

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