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2007年10月11日 (木)

元祖むらさき観戦記-4

3.紫の深みへ FC東京戦(1対1勝ち点1)

 FC東京戦は前の日に実家で泊まることができた。私は父と母もサッカー観戦に誘うことにした。
 この試合までに私はサンガについて猛勉強した。レギュラーイレブンの名前はそらんじて言えるようになったし、背番号とも一致するようになった。黒部や松井がどれほどサンガにとってありがたい選手であるかもわかった。そしてその勉強の成果をおしみなく妻やこども、父母に分け与えた。
 母には煙たがられたが、父は意外に知っていた。きっと私に内緒で勉強したに違いない。高度経済成長を支えてきた年代の人だもん。
 FC東京との試合当日。私達家族は、この日もバックスタンドに陣取った。今回のメンバーは私の父母を加えて総勢7名。
 陣取った場所は、前回よりかなりホームゴール寄りである。ホームゴール寄りの方が、サポーター色が強く安心できるというのがこの時の私の判断である。
 前回、私の席の前の人はジュビロファンだった。カッパで隠してはいたが、ジュビロのユニフォームを着込んでいた。お互い不用意な一言をいわないよう幾分緊張していたことを思い出す。だが、センターラインを越えると敵チームのファンはさすがにいない。

 ゲームは初秋の強い日差しの中行われた。開始直後からサンガの鈴木慎吾という選手がとても目についた。背番号7。左サイドなので前半はいつも目の前でプレイしていた。イキイキと左サイドを駆け上がる姿は、サッカーをしている喜びを表しているかのようだった。
 前半は両チームとも無得点。後半には相手ゴール前でサンガのFW・レジが倒され、PKを得た。主審の笛が秋の空に響いた直後、スタンドが歓声に包まれた。黒部が決めた。みんな万歳した。

Photo_3
 2003年セカンドステージのサンガは、一進一退しながら稼いだ勝ち点が8。残留争いをしている神戸、大分、仙台はどこも苦戦し、勝ち点は伸びていない。サンガがこの試合に勝てば残留争いを大きくリードできる筈。そんな状況の下、試合後半PKで得た1点。勝ちが見えた。
 と、誰もがそう思った4分後。相手フリーキックからFC東京の曲者・ジャーンに頭で決められて同点。私は勝利を確信して席を離れ、売店に向かう途中だった。ゴールを知らせる主審の笛を聞いた時、私は思わず「ええ?」と叫んでいた。
 これはいただけない。得点直後の失点は野球でもそうだが禁物だ。概ね、直後に得点した側にゲームの流れがいくものだ。
 売店で用を足し、席に戻ると妻が
「ねえ、見てた?」
ときく。
「うん、もったいないよなあ」
と私。ふたりの息子は目を見開いて試合の行方を見ている。西京極に歓声とため息が交互に訪れ、私達を飲み込む。

 試合は結局、ドローで終わる。

 しかしアントラーズ戦もそうだったが、先制したのに守りきれなかった。リスクを侵して2点目を取りに行ってカウンターをくらったのではない。守って、守りきれなかったのだ。
 ドローの勝ち点1が終盤にモノをいうというが、勝ち点3の方が大きいに決まっている。アントラーズ戦にしろ、FC東京戦にしろ、勝ち点3が欲しかった。そうすれば、この時点でセカンドステージの勝ち点は13。年間勝ち点は大きく伸びる。残留争いで苦しんでいる相手に、これは大きな驚異になった筈だ。サンガの選手もいい意味で調子に乗れただろうに・・・。ついそんな、愚にもつかないことを思ってしまう私がいた。

 残留争いをしている他の3チームは、この節も勝ち星を得ることができなかった。注目の大分対神戸の残留ライバル直接対決もドローに終わっている。

 それにしても、京都パープルサンガに熱烈な思い入れをしている自分が新鮮である。かつて、こんなにひとつのチームを贔屓にしたことはなかった。自分で自分が意外である。それに負けず劣らず、妻も息子もはまっている。同じ思いを共有することはいいことである。私は京都パープルサンガを通して家族の絆が強まってると感じていた。
 こういうのもまんざらではない。

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