« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

2007年10月31日 (水)

元祖むらさき観戦記-9

8.予感  (ベガルタ仙台戦 1対3  勝ち点0)

 結論から言おう。サンガは負けた。私はスタメンを見たとき、負ける予感がした。スタメンはいつもとかわらなかった。だが、負ける予感がした。
 予想通り、先制点を取られた。そして追加点をとられ、だめ押しをくらい、負けた。
 先制点と追加点は相手チームのエース佐藤が決めた。京都は終了間際にFWレジが一矢をむくいたが、焼け石に水である。
 前節大活躍の黒部には決定的な場面すらほとんど訪れなかった。松井がひとりで局面を打開しようとペナルティエリア内で奮戦していたが、ゴールネットを揺らすには至らなかった。
 市原戦の勝ちを生かすためには、この試合に勝つ必要があった。なんといっても、目標はJ1残留である。勝てばサンガの勝ち点は26で仙台は20。残り2試合なので、仙台の降格はほぼ決定的となった。こうしたゲームをモノにできると、自信につながる。
 しかし、前節終了時の不気味さは今回の結果を占っていた。
 若いチームである。裏付けとなる結果やゲームを支配する勢いがないため、心のどこかに怯えが走るのではないか。先取点をとればそれが最高のカンフル剤となり、俄然優位に試合を進めることができる。しかし逆ともなれば、その時点でほぼ勝敗が決してしまう。
 サンガは今シーズン、逆転勝ちをほとんどしていない。先取点を奪われると負け、という構図は、選手の記憶に染みついてしまっているに違いない。そして事実、このゲームもその通りになってしまった。

 ゲーム前の私の予感について、少し説明する。
 磐田戦で初勝利をあげたゲームは、黒部の1トップだった。引いて守り、失点せずにカウンターで1点、という戦法をスタメンの布陣で示し、事実そうなった。奇襲を礼賛するわけではないが、不動のシステム、不動のメンバーで戦いに臨むほど高いレベルにいるチームではない。なりふり構わず勝ち点を奪いにいく姿勢が必要なのではないか。このゲームのスタメンを見た時に悪い予感がしたのは、その姿勢が感じられなかったからだ。
 ピム監督はオランダ人である。オランダ人監督は戦略に頑固だと聞く。また彼はW杯日韓大会の際、コーチとして韓国の躍進を支えた実績がある。そうしたことが今回の戦略判断に影響したのか。サイドを切り崩してもいいクロスがあがらない、相手の手数の少ない攻撃でゴールを許す、前がかりになってさらに悪い状況が生まれる・・・。幾度も見た光景が、テレビの画面でまたもや繰り返されていた。
 前節の黒部の2ゴールも、松井のゴールも、ピム監督が掲げるサイド攻撃からの得点ではなかった。3点とも、ロングボールが起点となっていた。サンガがやられ続けたパターンだ。しかし実は、それはサンガがかつて得意としていた戦法でもあった。私はこのゲームでも、それが見たかった。そうするものだと思っていた。しかし、何かの呪縛にかかったように、失敗を続ける単調な攻撃が続いた。そして、試合が決定的になってから、ようやく狙い通りの戦法で1点がとれた。しかしそれがどうだというのだ。
 我が子は、私からゲームの結果を聞くまで、サンガの勝利を信じて疑っていなかった。スコアを言った時、3対1でサンガが勝ったのだと喜んでいた。逆だと知り、顔がこわばった。下の息子が
「J2になったらどうする」
と聞いた。私が答えるより前に、上の息子が
「応援する。決まってるじゃん」
と答えた。「まだわからない」とか「次勝てば・・・」とか、そんな言葉は出なかった。子どもたちなりに、この敗戦の持つ大きな意味を理解していたのだ。
 神戸は柏レイソルと引き分け、大分も名古屋グランパスと引き分けた。ともに勝ち点1が加わる。残留争いのチームの中で、京都パープルサンガにだけ、勝ち点が加わらなかった。
 サンガは残る神戸戦(直接対決第3ラウンドにしてホーム最終戦)とガンバ大阪戦に連勝して勝ち点を29とし、神戸(現在勝ち点27)、大分(同24)、仙台(同23)が1勝1敗以下の成績で終わることを期待するよりない状況となった。
 仙台と大分は最終節で対戦が組まれており、その結果が残留争いに大きな影響を与えそうではあるものの、サンガにとっては次節の神戸戦が運命の分かれ目となる。
 いよいよ残留争いは大詰めを迎え、サンガは土壇場を迎えてしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月30日 (火)

トレーナー裏の台詞について

 先日の治部坂高原秋祭りの際、センタースタッフが着ていたトレーナーについて、

「背中に書いてあることばがひとりづつ違っていて、どんな言葉があるのか気になる」というお問い合わせ(?)をいただきました。

Photo

 なので、以下にその言葉を書きます。

 これ、全部ナミレンジャーの台詞です。パート2、パート3からセレクトしました。

 誰がなんの台詞を着ているかはお楽しみってことで。

 

1.ナミレンジャーがいる限り、この世の悪は栄えない

2.なんだかやる気がわいてきたぞ~

3.いつか大切な人を守るため、いつか大切な地球を守るため

4.自由と自分勝手は違います

5.キミの正義は、こんなものだったのですか?

6.俺たちのモットーは、罪を憎んで人を憎まず、だからな

7.大事なものを守るのに、自分勝手も何もない

 これはまず15個ほどの名台詞を私がセレクトし、各スタッフがその中から自分が希望するものを選んで決めました。

 不思議なことに、希望はまったく重ならず、全員第一希望が通りました。仲がいいんだか悪いんだか(笑) まあちゃんとキャラが立ってるってことですかね。

 それと、当日の私たちのお店の名前ですが、「くさぶえおきち」ってのは、センタースタッフのニックネームの一番最初の文字を並べたら偶然できた言葉です。つまり、ずてつ、くらんぼ、んぶん、っちゃん、しん、んぎょ、ゃづけ ・・・ ってわけです。

 くさぶえおきち のロゴは

「kusabueokiti2.JPG」をダウンロード

から入手できます。欲しい人がいれば、ですが(笑)

モノクロバージョンは

「kusabueokiti1.jpg」をダウンロード

です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月29日 (月)

mの写真<ザスパ草津対東京V>

 家族で西京極に行く事が我が家の月イチのお楽しみであり、また実家の父母への親孝行だったのですが、mが中学生になり、またsiがサッカーを始めるようになって、本当に家族揃って休みを楽しむことがなくなりました。本当にありません。私も毎週末が休みというわけでもないし、若いスタッフも土日休みが欲しいですしね。彼ら彼女らに子どもはいなくても、やっぱ土日休みが欲しいことってあるんです。なので仕方ないのですが、しかしスタジアムでサッカーが見たいという欲求は、仕方ないではおさまりません(笑)

 私はときどき家族を裏切ってこっそり(嘘)見に行ったりしていますし、家内と娘も私の実家に顔を見せにいきながら、聖地・西京極で礼拝(試合観戦)をしてきています。siは、まあサッカー選手とはいえまだ小学生なので、自分の試合がない休日をめざとくみつけて私なり母親なりについていきます。ところが中学生のmは。これがなかなか休みがない。本当にない。部活がソフトテニスなので、mが休むとペアの子がこまる。練習試合なんかは本当に突然入り、私たちが絶句してしまうこともたまじゃありません。でも、mもサッカー観戦は大好きなんです。

 で。

 昨日、松本アルウィンでくそったれな東京Vと草津の試合がありました。4時キックオフです。アルウィンまでここから2時間程度でしょうか。高速バスに乗って最寄のバス停でおり、3キロ歩けばアルウィンです。途中コンビニがあり、便利といえば便利。中学生が3キロ歩くのはなんてことありません。なので、mに行かせてやりました。mはひとりでアルウィンまで楽勝でいけます。経験もあります。

 mはスポーツ少年だしミステリーファンでもありますが、写真小僧でもあります。私が使っていた一眼デジカメEOS20Dは今mが使っています。昨日も彼はEOS20Dに300ミリの望遠ズームをつけてアルウィンに行ったのです。

 試合はくそったれ東京Vが一時はヘンタイフッキの連続ゴールで逆転したのですが、ロスタイムに草津が追いついて会心のドロー。でも京都サンガF.C.も苦手鳥栖に敗れて自力での2位以内が消滅したのでうれしさも半ばなりけり秋の空、だったのですが、でも東京Vのつまづきはうれしいうれしい(笑)

 以下、mの写真を3点。がんばっています。親ばかですがね(笑)

Photo_3

Photo_4 Photo_5

続きを読む "mの写真<ザスパ草津対東京V>"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月28日 (日)

浪合SC3年生以下チームの活躍と記録

 本日、喬木第一小学校にて、喬木村フットサル交流会がありました。主催は喬木アレグリです。siやあっくんが入っているアザリー飯田のスタッフの方が紹介してくださり、浪合SCもこの大会に参加できることになりました。こどもたちが自分達の力を試す絶好の機会を得られ、とてもうれしかったです。喬木アレグリの、中平さんにはとりわけお世話になりました。昨日は4年生以下の交流会だったのですが、これは雨のために延期となっていました。

 今日は快晴です。朝6時50分に支所をマイクロバスで出て、喬木第一小学校に向いました。全15チームが参加し、それを3つのリーグにわけて戦いました。1試合10分ハーフです。前後半で終了、引き分け有りです。

 以下、その記録です。

Photo

☆選手について(姓名記載はしません。名前をカタカナで表記します。後の数字は背番号です)

ユウヤ8、ヒロミ11、レイナ17、ナツオ6、ソノオ18、マサヤ4(22)、ジュン15、レン7、タイセイ1、トア20、トシヤ5

☆第一試合記録

対エスカーダ高森 0-1 (前半0-1、後半0-0)

先発メンバー GKタイセイ、DFユウヤ、右マサヤ、左ヒロミ、FWソノオ

交代 マサヤ→レン(HT・・ハーフタイム、以下同)、ソノオ→レイナ(HT)、レイナ→トア(後半5分)

☆第二試合記録

対上郷FC A 0-0 (前半0-0、後半0-0) 勝ち点1

先発メンバー GKマサヤ、DFユウヤ、右ヒロミ、左ナツオ、FWトシヤ

交代 ナツオ→トア(HT)、トシヤ→レン(HT)

☆第三試合記録

対喬木アレグリ B 3-1(前半2-0、後半1-1) 勝ち点3 (得点 ユウヤ×3 ユウヤ選手ハットトリック達成)

先発メンバー GKタイセイ、DFヒロミ、右ユウヤ、左ナツオ、FWレン

交代 タイセイ→マサヤ(HT)、レン→ジュン(HT)、ナツオ→ソノオ(HT)、ソノオ→レイナ(後半5分)、ジュン→ナツオ(後半5分)

☆第四試合記録

対豊丘 B 2-2 (前半2-0、後半0-2) 勝ち点1 *得点ユウヤ、トア(アシスト・ユウヤ)

先発メンバー GKタイセイ、DFヒロミ、右ユウヤ、左ソノオ、FWジュン

交代 ジュン→レイナ(前半5分)、ソノオ→ナツオ(前半7分)、レイナ→トア(HT)、タイセイ→マサヤ(HT)、ナツオ→レン(後半3分)、トア→トシヤ(後半5分)

☆総合記録

勝ち点5(1勝2分1敗)、得点5、失点4、得失点差プラス1、リーグ3位(入賞)

☆個人記録

・チーム内得点王 ユウヤ(4点)

・最年少得点 トア(1年)

・全試合フルタイム出場 ユウヤ、ヒロミ

☆お世話になりました。

・浪合SC保護者のみなさま

・ヘッドコーチ ペツ(通年センターボランティア 元神奈川県U-18トレセン選手)

☆スタッフ

監督 くずてつ   ヘッドコーチ ペツ   コーチ si、あっくん   運転手 おしん

写真撮影 おしん  記録 くずてつ

以上

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月27日 (土)

秋の味覚

 秋の味覚がうれしい季節になりました。園生といっしょに、秋ならではの味を楽しんでいます。

 サツマイモをほり、焼き芋をします。

 栗をひろって栗ご飯。

 センターの周囲にはイグチ(キノコ)が出ています。これは味噌汁にいれていただきます。

 おしんの実家がある松川町ではいろんな種類のりんごが出荷をはじめました。阿智村にもおいしいりんごはあります。なしもしかり。

 サトイモもそろそろ収穫だし、そうそう、大根!おいしいですよ、これからの季節の大根は。

 血圧が高めな私はダイエットしていかないといけないのですが、

 ムリ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月26日 (金)

体験合宿盛況

 今年は大盛況です。うれしい悲鳴。

 一次募集枠7名に対し、倍以上の申し込み。競争率は3倍近くになっています。

 ありがたいことですが、しかしせっかく申し込んでいただいても、たくさんの方々にお断りをしなければいけない状況があるってことが残念でなりません。

 体験合宿はまだ続きます。

 今年はフランスからもひとり体験に来てくれます。今日世界地図を見て、つくづく、遠いところから来てくれるんだなあと感じ入りました。

 年々ワールドワイドになってきてて、すごいなあと我がことながら思っています。

 一次募集の合否については、12月初旬に本人家族あてに通知することになっています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月25日 (木)

元祖むらさき観戦記-8

7.意気地    ジェフユナイテッド市原戦(3対2 勝ち点3)   

 私はしばらくへこんでいた。母からも「黒部があかんな」という電話がきた。下の息子は黒部のTシャツを着ようとせず、妹の角田のTシャツを着て学校に行くようになった。寒くなってきたので、長袖の上から着てゆく。
 あのPKがとれていたら・・・。一体何度同じことを考えたことか。同点なら相手が得る勝ち点は1になり、こちらも勝ち点1が貰える。これなら両チームの勝ち点の差はゲーム前とかわらなくなる。サンガにとって、この状況をつくることが最低限のミッションではなかったか?それをもう掴みかけようとした所で、勝ち点は全て滑り落ちた。そして相手に勝ち点3がわたった。
 それにしても、と思う。黒部光昭の受けた衝撃はいかほどのものなのか。

Photo_10

 黒部は上品なストライカーだ、と私は思う。それは彼のプレイからも感じるし、何より試合後のコメントを聞くに付け、痛感する。
 ここでいう「上品」に、気迫がないとか、闘志が前面に出てこないとか、そういうニュアンスはまったくない。
 黒部は左右の足でシュートが打てるし、ヘディングの打点も高い。ポストプレイもできればミドルシュートも打てる。日本代表監督のジーコが言うとおり、オールマイティなフォワードだ。同じチームのキーパー平井は、「クロさんのシュートはコースがわかっていてもとれない」と何かのインタビューで答えていたのを見たことがある。「カズさんや黒崎さんのシュートを受けてきた僕がいうのだから・・・」と平井は付け加えていた。サンガにおける存在感は抜群だ。
 断言してもいいが、黒部は人を悪くいうことなど金輪際ない男だろう。彼が左右の足でシュートが打てるのも、決して身長が高いわけでもないのにヘディングの打点が高いのも、すべて味方のためだ。どんなクロスでもゴールに突き刺してやるから、という彼の決意の現れに他ならない。クロスの精度が悪い、と言われ続けているサンガだが、黒部はいつでも、何度でも前線の壁を越えようとダッシュやジャンプを繰り返していた。
 また審判への抗議や敵へのファールも少ない。大分戦のPKの際、相手FWの吉田がしつこくオフェンスラインを気にして大声をあげ続け黒部の集中力をそごうとした行為に対しても、その結果キックを許す笛がなかなか吹かれなかったことに対しても、黒部は何も批判めいたことをいわなかった。試合後にインタビュアーが水を向けても、だ。ただ自分の責任です、と潔よい。そこが、上品だというのだ。
 そんな黒部だからこそ、あの場面でのPK失敗はこたえている筈だ。上品な男は、常に責任を自分にまわす。「大事な場面で、おれは何をやってるんだ」「チームに迷惑をかけた」そんな気持ちに押し潰されそうになっていたおしても、まるで不思議ではない。
 しかし黒部光昭はサンガのエースだ。次の試合にも出なければならない。

 次の試合は11月8日、西京極でジェフ市原を迎える。
 サンガはジェフに対して、この節までに4勝9敗と大きく負け越している。
 大分戦に破れた京都は勝ち点20のまま。得失点差で最下位である。この時点で、いわゆる自力残留の可能性はなくなっていた。サンガが残り試合全て勝っても、ライバルチームが負けなければ降格してしまうということだ。次の対戦相手が苦手だろうとなんだろうと、勝つよりない。そんな厳しい状況に立たされているサンガである。
 市原戦の見所は、ずばり、黒部の出来だ。我が目で見たい。しかし当日は、皮肉なことに京都にこそ家族全員いるものの、仕事の関係でスタンドに応援にはいけない。南信州のこどもと京都のこどもの交流登山の日なのである。私が仕掛けた仕事なので、抜けることは絶対に許されない。

Photo_9
 この日の登山は愛宕山である。愛宕山は京都市の北西に位置する。眺望がいい山とは言い難いが、ビューポイントはいくつかある。とりわけ7合目あたりから見下ろす京都市はすばらしい。こどもたちに「京都タワーが見えるかな?」などといいながら、ついつい西京極の照明灯を探している自分がおかしかった。登山中、すれ違った人のうち何人かは京都パープルサンガのタオルを頭にまいたり首にまいたりしていた。その度、こどもたちが、「ねえ、今の人・・・」と教えてくれた。さすがご当地、と私もうれしかった。

 登山は午後3時半に下山の予定で、ゲームは午後3時スタート。終わりの会を済ませて京都のこどもたちを見送ると、早速携帯で試合の模様をチェックする。しかし電波状況が悪く、接続できない。「京都市ともあろうものが携帯もつながらないところがあるのか、けしからん」と悪態をつきながら、妻が運転するマイクロバスに乗り込む私。おとなしく市街に出るのを待ち、再びアクセス開始。ゲームは後半も中盤にさしかかっている時間帯だ。祈るような気持ちでサイトのページを繰る。
「京都2対市原0」
という字が目に飛び込んだ。
「すげえ」
思わず声をあげる私。
「どうしたの?」
紫魂の妻が問う。バス車中には私に感化されてすでにサンガファンになってしまった子もいるので、何事かと色めき立つ。
「京都勝ってるよ!2対0だ」
「すげええ!!」
車中、騒然。
「誰が点とったの?」
誰かが聞く。私も気になっていたので、その情報を得ようと携帯を操作していた所だ。該当するサイトが開いてゆく。
「黒部光昭24分(アシスト 斉藤大介) 黒部光昭60分(アシスト ビジュ)」
という字が現れる。私は鳥肌が立った。なんて男だ!クロベ!
 「うららー、うららー、京都のクロベ、うららー、うららー、ダダンダダンダンダン・・・」
車中に黒部の応援歌が響く。
「すごいね、黒部」
妻がうっとりしたような声でいう。バスは丸太町通りを東に進んでいる。ネオンがまぶしくなる時間帯だ。
 堀川丸太町で右折し、二条城の前を通り過ぎようとした時、また試合経過を確認してみた。3対0になっている。黒部のハットトリックか、とすぐに詳細表示のページへ。
「ねえねえ、どうなの?」
妻がハンドルを握りながら気にする。画面には松井大輔という名前が出ていた。しかしアシストは黒部!ファンタジスタ松井とエース黒部のホットラインかよ!それが見たかったんだ!!
 それにしても、黒部光昭。さすがエースと呼ばれる男である。この活躍で前節のPK失敗を帳消しにできるわけではないが、彼の意気地が感動的ではないか。
 スポーツ観戦は、やはりひとつのゲームだけ抽出して見たのでは面白みが半減だ。そのゲームで、いったい選手に何が起こっているのか、そのプロセスを知ることが、観戦をより豊かなものにする。私はそのことを再確認した。
 バスは五条通りを清水寺の方へ向かってゆく。
「こういう試合を、生で見たいわよね」
と妻。
「まったくだなあ」
私がうなずく。今夜は東山区の泉涌寺の塔頭のひとつ、戒光寺に宿泊する。ゲームの残り時間は5分ほどだ。まず、ひっくりかえされることはないだろう。私の仕事も今日の所は順調だし、まさに至福のひとときだ。
 戒光寺に入る前に、銭湯で汗を流すことになっていた。バスが銭湯の前で止まる前に、試合終了の情報を得ようと携帯を見る。見て、私は驚いた。試合結果のスコアが3対2になっているではないか。86分と89分に、林という選手に立て続けにゴールを奪われている。
 終了間際の失点はサッカーにはよくある。しかし、このゲームはシャットアウトしておきたかった。シャットアウトして初めて、悪い流れを切ることができるのではないかと感じていた。
 次節の対戦相手は、ベガルタ仙台である。残留争い直接対決第2ラウンドだ。攻守ともに不安があるサンガにとって、このゲームで3点取ることができた事実はすばらしい。しかし終了間際に2点取られたことはおおいに不満であり、不安である。
 油断であろうか。
 昨シーズン年間5位、天皇杯優勝のチームが残留争いをしているのには様々な理由があるだろう。そのひとつに、「俺達は強い」という油断が心のどこかにあったのではないか。若いチームだけに、心の歯車が狂うと修正までに時間がかかる。
 後日ビデオで見たインタビューでも、松井大輔は2失点について不満を顕わにしていた。今節、神戸も大分も仙台もそろって敗れたため、サンガはこの勝利で再び自力残留の可能性を得た。しかし京都パープルサンガは不気味な不安感に包まれたまま、アウェイでベガルタ仙台と激突する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月24日 (水)

演芸会

 だったのですが、今日は横浜市から視察の方(都市経営局、教育委員会、青少年局の方々)が来られ、私司会だったんですけど最初の2時間程度はちゃづけに司会してもらい、視察対応しました。ありがとうよ、ちゃづけ・・・。

 3時からは私が司会。司会って楽しいですね。マイクでしゃべれるから(笑)

 センター有志でやった現代桃太郎、がんばりました。放送の音量に問題があったらしく、台詞が聞き取りにくかったみたいで気の毒でした。

 壮年団の劇は親子連れ狼。大騒ぎ一刀ってのが主人公の名前だけど、もうそのネーミングで笑ってしまいます。来年は何をやるんだろう。必殺シリーズ登場かな??

 中学生女子テニス部のおしりかじり虫はカワイかったですね。舞台が一層明るくなりましたよ。Photo

 そして我らが山村留学戦隊ナミレンジャー。第一弾が「男女不仲」、第2弾が「ニート」がテーマ。で今回の第3弾が「自分勝手」を主題とした物語でしたが、いかがでしたでしょうか。

Photo_2

 7時に全部の出し物が終了、センターでカレーパーティをしましたが、やっぱ、打ち上げってのは気分がいいですね。私、センターで酔いつぶれて寝てしまったそうです。ちなみに酔っ払ったのは私だけです(スイマセン)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月22日 (月)

元祖むらさき観戦記-7

6.エース 大分トリニータ(0対1 勝ち点0)

 まさかの敗戦だった。
 0対1というスコアをインターネットで見たとき、胸に中に大きな穴があいたようだった。
 大分トリニータは今シーズンJ1にあがったばかりのチームである。良い選手もいる。とりわけ守備が堅く、下位に低迷するチームではあるが失点はJ1でも少ない部類に入る。とはいえサンガが負けるという予想はまるでしていなかった。
 ところが試合前、
「サンガは負けるよ」
と予言した知人がいた。熊本は遠い、というのがその人の根拠だった。
 「遠いと負けるのか?」と私はいぶかしんだ。ただの一戦じゃない、残留争いの今後を大きく左右する一戦だ。選手にとって移動距離が長いとか、遠いからサポーターがあまり応援に行けないとか、そんなことが理由になるか、と思った。
 しかし考えが浅かった。相手も、負けたくなかったのだ。

 妻といっしょに、ビデオで試合の様子を見た。大分トリニータの1点は試合前半、カウンターからの得点だった。角度のないところから、FW吉田が決めた。サンガのディフェンダーを背負ったままの強引なシュートだが、キーパーを抜けネットを揺らした。
 今年のサンガは、先制点を奪われるとまず勝てない。データ通りなら万事休すだ。ゲームは攻めるサンガ、守るトリニータという様相を明確に呈し、時間が過ぎてゆく。
 後半。サンガのピム監督がめずらしく攻撃的な選手交代をした。3人の交代枠をすべて使って、攻撃的なMFを2枚、FWを3枚にし、得点をとれという意思をとばした。
 これが効を奏した。後半33分、トリニータのペナルティエリア内で鈴木慎吾がファウルをもらう。PKだ。
 私は結果を知っているというのに、これでいける、と心が躍った。
 キッカーはエース黒部光昭。
 FC東京戦では、黒部がPKを決めたシーンをこの目で見ている。PKで得点できないことなどそうあるものではない。同点に追いつければ、時間帯からいって勝ち点1は間違いないだろう。波にのって波状攻撃をかければ、あるいは逆転も・・・。繰り返すが、私は結果を知っている。にも関わらず、画面に食い入ってしまう私。
 黒部のシュートは、キーパー岡中にはじかれた。
 私はそのシーンを何度もビデオを巻き戻して見た。PKをとめたのはキーパーだから、キーパーをほめるべきた。テレビの解説者は、そのキーパーはPKが得意だと言っていた。後でデータを見てみると、確かに今シーズン、サンガ戦を含めて彼には2度PKの機会があり、2度ともとめている。
 しかし、黒部のシュートも中途半端ではなかったか。

Photo_8
「もっと端っこに蹴らなきゃ」
妻が言った。私はサッカーの機微などわからないので、黒部のキックにどういう意図があったのか、またミスショットだったかもどうかも判断できなかった。しかし、妻の言葉にはうなだれたままさらに頭をたれた。
 サンガはその後も攻めた。決定機もあった。しかしチャンスは成果を結ばす、そのままタイムアップ。審判の笛が無情に響く。1点が遠かった。
 残留争いをしている大分トリニータに、勝ち点3をプレゼントしてしまった。大分にとって、セカンドステージ初勝利である。ここに来てなぜ苦しんでいる相手に初勝利をプレゼントしてしまうんだ、私は勝利の女神の意地悪さを嘆いた。
 仙台は東京ヴェルディと引き分け勝ち点1を得た。神戸は強豪鹿島アントラーズに勝ち、勝ち点3。この試合では、神戸のベテラン・カズが値千金の1点を奪った。「さすがキングと呼ばれる男」と、メディアはカズの活躍を大いに取り上げた。
 大分のエース吉田も、直接対決の大一番で先取点をもぎ取った。
 エースがPKをとめられたサンガは、最下位に沈んだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月21日 (日)

治部坂高原小さな秋祭り

 20,21日と治部坂高原小さな秋祭りがありました。

20日は寒かったですが、21日はあったかくていい陽気の日になりました。

浪合通年合宿センターでは、キックターゲットとナミレンジャーショー、お菓子販売、ナミレンジャーグッズ販売などをしました。楽しくできてよかったです。

21日の夜には打ち上げでみんなで鍋を楽しみました。おしかったです。

何かをやり遂げたあとの打ち上げは、シアワセを感じますね。

で、よっぱらった私はセンターでそのまま寝ちゃいましたとさ(笑)

お祭りの様子はセンターブログのほか、ここでも ここでも 見ることができますよ~

続きを読む "治部坂高原小さな秋祭り"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月20日 (土)

しんどかったんです、とありがたいお話しと、女子快挙!

私、今日、明日本番の大事な練習の最中に、練習につきあえず、途中で退席し、別室で休みました。寝不足と疲労が大きな原因でしょう。ふらつき、動悸がひどくなってね。一時的に血圧もかなり上昇していたようですわ。

だいぶしんどかったんです。1時間も横になれば元に戻りました。でその後ぬるめの風呂でまったりして、それから熱燗を二合ほど飲めば、もう回復。

明日もがんばりますよ。

それと!

治部坂高原小さな秋祭りが今日明日とやっているのですが、センターの保護者の方がお手伝いにきてくださいました。感謝です。

今日はおちょうのお父さん、ミホ、ヒロミのお母さん。ジョニーのお母さんも明日来て下さいます。ありたがいことです。

それと!

今日、飯伊小学生ドッチボール大会がありました。浪合も出場しました。ただ、小さい学校なので低学年もチームに入らないと数が足りず、どうしても力不足になってしまうんです。ですから予選突破はまずできません。ところが今日、その壁を女子が突破したのです。すごいすごい!敗者復活戦でも健闘し、見事南信大会出場権獲得!おめでとう!!

これは、快挙です。

みんながんばったようですが、、センター生のミホ、おちょうの活躍は中でもとりわけ見事だったそうですよ!!

うちのsoちゃんも3年生ながら出場しました。がんばれたようです。

ちなみに男子は・・・残念ながら予選敗退。おつかれさまでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月19日 (金)

快傑ライオン丸

今、私はまってるものがあります。快傑ライオン丸です。

スカパーで夜中に快傑ライオン丸をやってるんですが(時代劇専門チャンネル(笑))、夜な夜な録画して、それを楽しんでいます。全54話で、今50話近く。そろそろクライマックスです。

ご存知の方いらっしゃいますか?快傑ライオン丸。1972年の作品です。

よくやったな~ライオン丸ごっこ。「風よ~光よ~かあっ!!忍法獅子変化!!」ってポーズ、今でもできますよ(笑) 金砂地の太刀(ライオン丸変身アイテム)もつくりましたとも。タイガージョーってライバルがかっこよくてね。「パーパッパッパパラパラパー、パッパッパー、パラッパパラパラパー・・・」(←わかるわけないって)ってタイガージョーのテーマ、今でも口ずさむことありますし。

ご存知ない方のために・・・こんな 感じ です。ウィキペディアではこのように扱われています。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年10月18日 (木)

元祖むらさき観戦記-6

5.秋の夜の   横浜マリノス戦(0対0 勝ち点1)

 義理の妹が長野県に来ていたので飯田駅で合流し、私のクルマで京都に向かった。
 四条大宮の100円パークにクルマを止め、阪急に乗って西京極で母と合流した。父は仕事の都合で来ることができなかった。こどもたちはトレーナーの上にサンガのTシャツを着込んでいる。サンガ応援用のメガホンも持ち、気合い十分だ。
 この節、仙台はジェフ市原と、大分はジュビロ磐田と、神戸は名古屋グランパスと対戦する。残留争い組は、そろって優勝争い組とゲームをするわけだ。どこも勝ち星を挙げることは難しい相手だが、ここで勝ち点を得られれば有利になる。

 初めてのホームゴール裏は予想通りの盛り上がりだった。私の携帯が何度かなったが、その音すら聞き逃してしまうほどの喧噪だ。紫一色に染め抜かれたスタンドは、サンガの勝利を信じてやまない。ゲーム開始前からすごいエネルギーがグランドに注がれていた。これがサポーターの力かと、納得させられた。

Photo_6
 私達はゴール裏左に陣取り、用意してきたパンなどで腹ごしらえをした。涼しい夜は熱燗が似合う。私は売店で熱燗を買い、息子たちにはヤキソバを買ってやった。しばらくスタジアムの喧噪に身を任せながら熱燗をすする。これは癖になりそうだ。
 ややあって、私はサポーターの姿を撮影しようとスタンドをうろつき始めた。
 サポーターは若者ばかりかと思ったが、意外に中年の方も多かった。こどももいた。みんなサンガのユニフォームを着込み、声をあげ、旗を振り、力よ選手に届けとがんばっていた。
 ファインダー越しに見るサポーターたちは、素直にサンガへの愛を表現していた。少し前までサポーターたちの熱狂ぶりには辟易していたのだが、今ではなんだか羨ましいなという気持ちになっていた。

 キックオフ。
 予想していたことだが、防戦一方のサンガ。しかしサンガが立ち上がりの悪いチームであることくらい、このころの私は知っていた。無論、点をとられやしないかとハラハラしていたが。
 今夜のゲームでは、前半はこちら側にマリノスが攻めてくる。ゴールマウスが広く見えた。そこをひとりで守るゴールキーパー平井直人はすごいと思った。またディフェンスラインを突破してくるマリノスのFW・久保も、敵ながらあっぱれと思った。
 その久保が決定的なチャンスを決められない。そうしているうち、少しずつサンガに試合のペースがやってきた。
 しかし前半は互いに決め手に欠き、スコアレスで終わる。
 妻の贔屓の選手、鈴木慎吾に精彩がなかったことが気になった。近くの席からも、「今日のシンゴは不調やなあ」という声が聞こえてきた。
 しかし、ビジュは良かった。中盤の底を起点にするビジュだが、非常に攻撃的な選手で、運動量も豊富。サンガの攻撃はいつもビジュが絡んでいたような気がする。そればかりか、守りでも貢献していた。なんだか何人もビジュがいるみたいだった。
 後半は攻めるゴールが逆になる。つまりこちら側にサンガの選手が攻めてくるわけだ。これでゴールシーンが見られたらすごいぞ、と私はずっと愛機EOS3を手放せないでいた。
 ゲームは膠着状態。しかし、決定機の数はやはりマリノスの方が多かった。サンガゴールが反対側になったので、サンガの守りは遠目でしか見られない。ボールが高くあがっても、それがゴールに向かっているのかセンターラインに向かっているのか判断しずらいので、不安をあおられた。
 2度ほど、肝を冷やした場面があった。両方とも、マリノスのFW・久保のシュートである。
 一度はキーパー平井が右に横っ飛びして空中キャッチ。スーパーセーブだ。もう一度は平井はほとんど反応できなかったものの、バーにはじき返されて助かった場面である。
 上の息子は先の平井のスーパープレイにすっかり魅せられてしまった。この時から「おれは将来、ゴールキーパーになる」と言い出した。
 ゲームは後半43分頃、サンガの選手交代でドロー狙いが明確になった。それでも攻めの意図を見せてくれたサンガだが、結果はやはりドロー。しかしマリノスから勝ち点1を奪えたことは大きい。

 このゲームのハーフタイム時、娘はサンガのキャラクター・コトノちゃんに握手をしてもらったらしい。
 今まで「サッカー、つまらん」といっていた娘だが、コトノちゃんに握手をしてもらったことがよほどうれしかったと見えて、今日はご機嫌だ。どうやら次の目当てはもうひとりのキャラクター・パーサくんに握手をしてもらうことらしく、ゲームが終わると一目散にスタンド下のフェンスまでかけよったが、それは叶わなかった。でも、娘にくじけた様子はなく、「次はパーサくんとぜったい握手する」と鼻の穴をふくらませてそう言った。

Photo_7

 西京極を後にした私達は、涼しい秋の空気を楽しみながら帰路についた。勝てなかったが、あのマリノスに負けなかった。それが心地よさを一層膨らませた。
 翌日の京都新聞では、サンガがマリノスから貴重な勝ち点1を得たことを大きく取り上げていた。私は、わが村でも京都新聞を購読することができないかと本気で考えた。母には「無理に決まってるやろ」と一蹴された。義理の妹はマリノスの選手と合コンしたことがあると言った。妻に「うらやましい?」と聞いたら、「サンガの選手とだったらね」と答えた。妻はいつの間にか紫魂女になってしまっていたようだ。
 残留争いのライバルたちの動向は、大分トリニータとベガルタ仙台が予想通り破れたが、ヴィッセル神戸は優勝争いをしている名古屋グランパスエイトに勝った。ヴィッセル神戸、なんとセカンドステージ初勝利である。
 前節の仙台といい、2003年シーズンは終盤に向け確実にうねりはじめていた。サンガは今節を終えて年間順位15位。次節は14位の大分トリニータとの直接対決だ。勝てば勝ち点で大分を上回り、降格圏を脱出するばかりか更なる勢いも出る。若いチームのサンガにとって、今欲しいのは終盤に向けての勢いだ。
 ゲームは熊本で行われる。まさに運命の一戦といってよい。
 応援に行こうかと一瞬考えたが、さすがにそれは無理。インターネットで情報を得、スカイパーフェクトTVで結果の分かっているゲームを観戦するといういつものスタイルで我慢するよりない。
 つまらん、つまらん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月17日 (水)

元祖むらさき観戦記-5

4.布団の中で  清水エスパルス戦 (0対1 勝ち点0)

Photo_5  南信州の高原では、すっかり紅葉の気配が濃くなってきた。
 このころ、私はこども3人にサンガのTシャツを買い与えた。長男にはMF・松井大輔、二男にはFW・黒部光照、末の娘にはDF・角田誠のTシャツだ。
 息子ふたりはそのTシャツを着て、休日の学校のグランドでサッカーボールを蹴って遊んだ。サイドの松井が黒部にパスし、黒部がシュート!というシチュエーションを飽きもせず繰り返していた。
 また私は妻と相談してサンガのファンクラブに入ることにした。シーズン終盤にファンクラブに入るのもどうかと思ったが、自分と家族ののめり込み様をカタチにしたいという思いが強かった。ファンクラブ、というものに入ることは、私の人生で最初のことだった。
 清水エスパルスとの試合は、インターネットで確認した。我が家で契約しているスカイパーフェクトTVでサンガ戦を見ることができるのだが、録画放送なので同時間に見ることはできない。しかしインターネットならゲームの推移をタイムリーに、しかもかなり詳細に知ることができる。
 エスパルスのホームページの試合速報は出色である。何分か刻みで、プレーの様子をかなり克明にアップしている。
 それによると、0対0の緊迫したゲームだったが、サンガが押し気味であることはわかった。点数が入ることを期待させる展開だった。しかし終了間際、ドロー寸前にエスパルスが1点を奪い、ゲームは幕引きとなった。
 この敗戦で、サンガは再び年間順位最下位となってしまった。不調エスパルスが相手で、しかも好ゲームだっただけに、少なくとも勝ち点1は得られるかなと思っていた。残念だった。
 私はそのページをプリントアウトし、既にこどもと妻がいる寝室に行って布団にもぐりこんだ。私は息子たちにプリントアウトしたページを臨場感を漂わせて読み上げた。思った以上に息子たちは興奮しながら聞き入った。黒部や松井の名前が出るたびに、身をよじる。試合は残念な結果に終わったが、我が家にとっては幸せな夜となった。

 神戸と大分はこの節も敗れたが、仙台は本当に久しぶりの、セカンドステージでは初めてとなる勝利を得た。対戦相手はガンバ大阪だった。できれば仙台にはずっと眠っていて欲しかったが、仙台は仙台で必死だったのだろう。
 サンガは最下位に沈んだものの、この日の試合は結果が伴わなかっただけで善戦していたし、この後、大分、仙台、神戸と直接対決を残している。分はサンガにあると評論家も言っていたし、私もそのように考えていた。

 次節のサンガは、ファーストステージの覇者横浜F・マリノスと対戦する。私はスケジュールをやりくりして、その試合の観戦に行くことを決めていた。不定期で実家に帰っていた私だが、この頃にはサッカーの日程に合わせて帰省日を決めていた。今度のサッカー観戦には実家の父母と、加えて義理の妹も誘った。
 今度の試合はホームゴール裏で観戦することにしていた。熱狂的な応援を共有したい、という思いと、そんなサポーターたちの姿やゴール前の攻防をフィルムに焼き付けたいという思いからだ。
 コンビニの機械で購入したチケットを大事に引き出しにしまい込み、その日を指折り数えて待った。
 携帯の待ち受け画面はサンガのエンブレムに、着信音はサンガのチームソングに変更した。妻の携帯にはサンガのユニフォーム・ストラップをつけた。
 まったく、深入りしてゆく自分が滑稽であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月16日 (火)

段取りの様子(笑)

ちょっと実験なんですが。今夜の段取り(夕食後の小ミーティング)の様子をボイスレコーダーで録音し、MP3ファイルにしてアップしてみました。

段取りの内容は、別にたいしたことないです。ウィンドウズメディアプレイヤーなどで再生してみてください。ファイル変換を繰り返してMP3にしているので、音は悪いです。まあ、こんなこともできるのかな、ってことで、お試しください。ていうか、私が試しています。

ちなみに私のパソコンだと下の ダウンロード をクリックしたら、クイックタイムが起動して聞く事ができました。そのへんはきっとみなさんのパソコン環境によるものだと思います。

「07101610.mp3」をダウンロード

ちなみにこの日の司会はホリくんです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月15日 (月)

きんぎょブログ再開

 久しくお休み中だったきんぎょのブログが復活。

右のリンクのコーナーからいけますので、お楽しみください。きんぎょワールドはヘンですが本人は大真面目ですからそっとしておいてあげてください(嘘)

 夜中に栗を6個も食べるエピソードがあるんですが、ははは、そのことについての反省とかはなしで、メタボな私はくそったれと思っています(嘘)

 劇の練習、楽しいですよ。きんぎょはオレイチバンって悪者の衣装を考えてくれたのですが、爆笑ものですから関係者一同楽しみにしておくように。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年10月14日 (日)

阿智子どもスポーツ祭り

 今日は阿智子どもスポーツ祭りが阿智第2小学校でありました。第2小学校はすてきな学校です。ノスタルジックな感じがして、ちょうど金木犀の香りがただよう季節でもあったので、なんだかなごんでしまいました。

 阿智と清内路から、全部で90名くらいのこどもたちが参加しました。盛況です。昨年より10人くらい多いという話でした。Photo

 私は競技総括責任者ということでしたが、初めて参加したということもあり、あまり要領を得ず、ご迷惑をおかけしていたような・・・。

競技はぜんぶで5つあり、こどもたちは40分づつ、3つの競技を選択して楽しむというふうになっていました。キンボール、ビーチボールバレー(ビーチバレーじゃないですから(笑))、レクリエーションバスケ、レクリエーションサッカー、キックベースの5つです。

ルールはどれもスポーツ初心者にも楽しくできるものになっていたし、参加者も1年生から6年生までと多彩なので、そうした意味でもやさしめのルールでよかったのではないでしょうか。ただ、高学年のわんぱくなこどもたち向けに、ちょっと歯ごたえのある活動がひとつあってもよかったかもしれませね。

ま、なんにしろ、体を動かしながら笑顔がこぼれる場面がたくさんあったこのスポーツ祭り、いい催しだったと思います。

Photo_2

来年は浪合地区が当番だとか。

そうそう、大阪体育大学の学生のみなさん、それから松下敬子先生にはたいへんお世話になりました。ありがとうございました。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月13日 (土)

人間サイズの深山祭音楽会

 今日は深山祭(浪合学校の文化祭)二日目。クライマックスは音楽会です。

Photo 誰もが主役の音楽会はとてもあたたかく、そして質が高い(と私は思っています)

小学生も中学生も一緒に音楽を披露しあうのです。Photo_2 いい姿です。縦の人間関係って大事です。横ももちろん大事ですがね。

人と人が入り乱れて、それでいて収拾がつくサイズの学校って、地域っていいと思います。それって人間サイズっていうんでしょうかね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月12日 (金)

ほだびさんのブログだよ~

紹介します。

ほだびさんのブログは こちら から。

しっかりおいしい、ずっとおいしいほだびのパンは、魔法のパン。

ご贔屓に~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

浴室拡充工事。

 浪合通年合宿センターの念願のひとつ、浴室拡充工事が始まっております。

 もともと8人分の施設だったセンター、お風呂はひとつでした。ところが増築を2回し、いまや14人分の施設。それに職員が常時2名、ボランティアが1名程度いることが当たり前の現状。さらに体験合宿生(これがまた今年は結構いる)が加わったりすると、20人近い人が使用している施設になってます。

 だから、もちろん風呂は小さいと感じてしまいます。それでもうまく時間配分などをして入浴してきたのですが、しかしどうもムリがないとはいえない。お風呂がふたつになればいいなあーというのは、最後の増築時からの念願でした。(ちなみにトイレはその増築により倍の数になりました)

 それがこのたび、県の補助金を得たれたり、また阿智村教育委員会の協力を得たれたりで、浴室をふたつにする拡充工事ができることになったのです。

 うれしいです。ただ、少し竣工が12月中旬予定と、寒い時期になってしまうことが不安です。どうしても、お風呂が使えず、遊楽館のお風呂に通う時期がでてしまいますからね。そのあたりのことは施工業者さんにもよくお願いしてあり、いろいろと便宜をはかっていただくことになっています。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月11日 (木)

元祖むらさき観戦記-4

3.紫の深みへ FC東京戦(1対1勝ち点1)

 FC東京戦は前の日に実家で泊まることができた。私は父と母もサッカー観戦に誘うことにした。
 この試合までに私はサンガについて猛勉強した。レギュラーイレブンの名前はそらんじて言えるようになったし、背番号とも一致するようになった。黒部や松井がどれほどサンガにとってありがたい選手であるかもわかった。そしてその勉強の成果をおしみなく妻やこども、父母に分け与えた。
 母には煙たがられたが、父は意外に知っていた。きっと私に内緒で勉強したに違いない。高度経済成長を支えてきた年代の人だもん。
 FC東京との試合当日。私達家族は、この日もバックスタンドに陣取った。今回のメンバーは私の父母を加えて総勢7名。
 陣取った場所は、前回よりかなりホームゴール寄りである。ホームゴール寄りの方が、サポーター色が強く安心できるというのがこの時の私の判断である。
 前回、私の席の前の人はジュビロファンだった。カッパで隠してはいたが、ジュビロのユニフォームを着込んでいた。お互い不用意な一言をいわないよう幾分緊張していたことを思い出す。だが、センターラインを越えると敵チームのファンはさすがにいない。

 ゲームは初秋の強い日差しの中行われた。開始直後からサンガの鈴木慎吾という選手がとても目についた。背番号7。左サイドなので前半はいつも目の前でプレイしていた。イキイキと左サイドを駆け上がる姿は、サッカーをしている喜びを表しているかのようだった。
 前半は両チームとも無得点。後半には相手ゴール前でサンガのFW・レジが倒され、PKを得た。主審の笛が秋の空に響いた直後、スタンドが歓声に包まれた。黒部が決めた。みんな万歳した。

Photo_3
 2003年セカンドステージのサンガは、一進一退しながら稼いだ勝ち点が8。残留争いをしている神戸、大分、仙台はどこも苦戦し、勝ち点は伸びていない。サンガがこの試合に勝てば残留争いを大きくリードできる筈。そんな状況の下、試合後半PKで得た1点。勝ちが見えた。
 と、誰もがそう思った4分後。相手フリーキックからFC東京の曲者・ジャーンに頭で決められて同点。私は勝利を確信して席を離れ、売店に向かう途中だった。ゴールを知らせる主審の笛を聞いた時、私は思わず「ええ?」と叫んでいた。
 これはいただけない。得点直後の失点は野球でもそうだが禁物だ。概ね、直後に得点した側にゲームの流れがいくものだ。
 売店で用を足し、席に戻ると妻が
「ねえ、見てた?」
ときく。
「うん、もったいないよなあ」
と私。ふたりの息子は目を見開いて試合の行方を見ている。西京極に歓声とため息が交互に訪れ、私達を飲み込む。

 試合は結局、ドローで終わる。

 しかしアントラーズ戦もそうだったが、先制したのに守りきれなかった。リスクを侵して2点目を取りに行ってカウンターをくらったのではない。守って、守りきれなかったのだ。
 ドローの勝ち点1が終盤にモノをいうというが、勝ち点3の方が大きいに決まっている。アントラーズ戦にしろ、FC東京戦にしろ、勝ち点3が欲しかった。そうすれば、この時点でセカンドステージの勝ち点は13。年間勝ち点は大きく伸びる。残留争いで苦しんでいる相手に、これは大きな驚異になった筈だ。サンガの選手もいい意味で調子に乗れただろうに・・・。ついそんな、愚にもつかないことを思ってしまう私がいた。

 残留争いをしている他の3チームは、この節も勝ち星を得ることができなかった。注目の大分対神戸の残留ライバル直接対決もドローに終わっている。

 それにしても、京都パープルサンガに熱烈な思い入れをしている自分が新鮮である。かつて、こんなにひとつのチームを贔屓にしたことはなかった。自分で自分が意外である。それに負けず劣らず、妻も息子もはまっている。同じ思いを共有することはいいことである。私は京都パープルサンガを通して家族の絆が強まってると感じていた。
 こういうのもまんざらではない。

Photo_4

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月10日 (水)

元祖むらさき観戦記-3

2.サンガファン   東京ヴェルディ1969戦(1対4 勝ち点0)、
                 セレッソ大阪戦(3対2 勝ち点3)、
                 名古屋グランパスエイト戦(1対2 勝ち点0)、
                 鹿島アントラーズ戦(1対1 勝ち点1)

 FC東京戦まで4試合あった。残留争いしているサンガの動向はどうしても気になった。なので、スカイパーフェクトTVの契約を変更してJリーグの試合は全て見ることができるようにした。しかし番組編成の都合上、生中継を見られることは殆どない。稀にあっても、仕事や家事があるのでタイムリーに見ることは不可能。そうなると、頼りになるのはインターネットだ。

 ヴェルディ戦の完敗はサンガの公式ホームページで見た。
 セレッソ戦の結果は、職場の帰り、クルマで家についてから携帯のサイトで見た。「黒部ハットトリック、大久保の2得点を押さえる」という見出しが目に飛び込んだ。前節負けていただけに、鳥肌が立つほどうれしかった。その前に行われた日本代表の試合で、途中出場の黒部は結果を出せなかった。決定的と思えたチャンスにシュートを打てなかったのだ。今回はその鬱憤をはらした格好だ。下の息子はこの時から黒部ファンを名乗るようになった。Photo_2

 グランパス戦の敗戦も公式ホームページで知った。西京極のサポーターがすごく盛り上がったらしく、うらやましいと思った。ピム監督の敗戦の弁がわかりやすく、私は好感を持った。
 アントラーズ戦の日は、私に登山指導の仕事があった。無事下山し、バスに乗り込む時に携帯のサイトで試合の様子を確認してみた。アウェイでの、しかも強豪との試合。あまり期待はしていなかったが、前半を1点リードで終えたという情報を得た。思わずガッツポーズが出てしまった。
 喜々としてその日の仕事の後始末を終え、再び携帯を見てみると、1対1のドローという結果になっていた。がっかりした。
 がっかりしたが、アントラーズから勝ち点1を奪えたことは良かったと、素直に思えた。
 でも、と欲が出る。私もファンになったものだ。なんとか守りきって欲しかったなあ・・・家にもどり、勝敗表を眺めながら家族とそんな話しをした。
 ジュビロ戦以降、1勝1分け2敗である。勝ち点4が加わり、セカンドステージ前半だけで既に8。その数字もさることながら、浦和レッズやジュビロ磐田、鹿島アントラーズといった強豪から勝ち点を挙げている点が心強い。
 セカンドステージ同時点で、残留ライバルのベガルタ仙台と大分トリニータは勝ち点4、ヴィッセル神戸は勝ち点3と苦戦している。それらの勝ち点は全てドロー(引き分け)のよるもので、つまり3チームともセカンドステージは勝ち星なしだ。
 後半すでに2勝をあげているサンガの逆転残留は十分ありえる、私はそう思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 9日 (火)

13期通年合宿写真集、(ようやく)完成!

Kc320057 Kc320058

お待たせしました。ようやく、13期通年合宿写真集ができました。ほんっとにお待たせしてすいません。

「EXSULTATE,JUBILATE(エクスルターテ・ユビラーテ)」がそのタイトルです。モーツアルトの、アレです。訳すると「踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ」です。能天気ですか?(笑)

モーツアルトはいいですね。いいですよ。天国で流れているような音楽なんですけど、孤高なんですよね。「満面の笑みを浮かべながら、頬に一筋の涙が流れている、そんな音楽だ」と評したのは、確か宇野功芳さんだったと思いますが、けだし名言だと思いましたね。

 ええと、話がそれました(笑)

 完全受注販売ですが、お分けします。

フルカラー、20ページ、写真88枚使用。

希望者は浪合通年合宿センターまで電話、メールなどでお申し込みください。注文から1ヶ月程度でご自宅に届きます。

 費用は、高いですよ。1冊6000円です。(送料込み)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年10月 8日 (月)

浪合中学男子ソフトテニス部、南信大会出場権獲得

 昨日、mはソフトテニスの新人団体戦に参加してきました。

朝、腹痛で集合時間にいけず、こりゃどうよ、と思っていたのですが、大会では白星を重ね、結果上の大会(南信大会)の出場権を獲得できました。よかったよかった。

Photo

 mは前衛で、センターのホリくんとペアです。団体戦ですから各学校3ペアで戦います。mたちのペアのほかは1年生ペア(このぺアにはセンターのジョニーくんがいます)と、2年生と1年生のペアです。新人戦は2年生が出るものですが、しかし浪合は人数が少なく、1年生から選手に出てもらわないといけない。これはハンデとですよねええ。でもがんばりました。

1試合目(予選リーグ) 対売木 2-1 ○(1○ 2× 3○)※m&Hは1、Jは2

2試合目 対平谷 1-2 ●(1× 2○ 3×)※m&Hは2、Jは1

3試合目(決勝トーナメント) 対高森 2-0 ○(1○ 2○ )※m&Hは1、Jは2

4試合目 対竜峡 0-2 ●(1× 2×)※m&Hは2、Jは1

5試合目(5,6位決定戦) 対松川 0-2 ●(1× 2×)※m&Hは3番手で出番なし。Jは1

南信大会は8位以上が出場できるので、決勝トーナメント1回戦を勝てた時点で出場権獲得が決まりました。

お疲れ様でした。南信大会は10月21日に行われます。ここでも8位以内に入れば、県大会に出場できます。やっぱ県には行ってほしいですね。はい。

中間試験と練習期間が重なり、ハードなスケジュールとなりましたが、ソフトテニス部の方ではまずまずの結果が出せてうれしいです。竜峡戦、松川戦で勝ち星欲しかったですね。特に竜峡戦。上へ行こうよ、上へ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 7日 (日)

オセロ小僧

 いま、センターにすごいオセロ小僧がいる。

彼は保育園の年長さんだというのに、次々とオセロで園生を撃破している。

小学生で彼にかなう子はいない。中学生も、すでにふたりが負けている。いっちゃなんだが完敗だ。「くやしいからまたやろ!」とまで言わしめた。が、寝る時間だから、と彼は冷静に布団にむかった(笑 うそ、母親が連れてった)。

今、センターで彼に勝利したのは私だけだ。確か4個差できわどく勝った。終盤の攻防が苦手な私だが、しかし相手は保育園児だ。冷や汗ものだった。

まだ対戦していない子もいるが、だいたいからして対戦していない子はオセロが苦手な子だ。

オセロ小僧は、盤面をにこやかに眺めながら打つ。

「ねえ。何考えてるか言ってみ?」

と昨夜敗れた子がゲーム中に聞いていたが、しかし彼は一層の微笑みを浮かべるだけで、当然のこと何もいわない。彼の打つ手は合理的だ。好守において理論的なのだ。彼の打つ手が、彼の思考を雄弁に物語っている。それを読み取れないところで、雌雄は決していると言っていい。そもそも、何考えてるか言ってみ、なんていう方がオカシイのだが(笑)

彼の母親がまた強い。私は彼女との対戦で勝ったことがない。通算50連敗くらいだ。マジで。ここ数年はしていない。だって負けるもん。

私も彼女に聞いて見たことがある。

「何考えてるの?」

って(笑)

彼女は答えてくれた。

「あんまり考えてない」

・・・それはそれで、結構腹立つ(笑)

しかしそんな彼女も、「ウェブで対戦したら惨敗した」なんて言ってた。相手は日本ランキング1000位くらいだそうだ。上には上がいるんだなあ。

もとい。そんな彼女の息子、よし君の快進撃を私はおもしろがりながら見ていたい。そして、私はもう彼とはしない。

負けるのやだもん(笑)

うそぴょーん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 6日 (土)

中間試験所感。

 中間試験が終わった。

 悲喜こもごもの数日もすぎた。

 点数が伸びた者、点数が落ちた者、さまざまである。

 ひとりの子に目をむけてみても、点数が伸びた教科、点数が落ちた教科、さまざまである。

 ただ、プロセスは裏切らないという事実はきっちり、またしても浮かび上がった。それと、攻めの気持ちで勉強している者が伸びるということもまたしても明確になった。あとひとつ、具体的な目標を掲げ、チャレンジした者には次の目標がおのずと浮かんでくるということも、くどいようだが、またしても!はっきりした。

 400点を目指して390点で終わった者は、10点差の重みを味わったことだろう。そしてその足らなかった10点が、どこで取れたかも考えたろう。5教科振り返ってみると、各教科で5,6点くらいはケアレスミスで失っていることが多いものだ。そのことに気づくと、たとえば「400点どころかもう10点くらい上取れたんじゃないか」という欲と、それから「きちんと問題をとかないと目標にとどかなることがある」という慎重さを得る。

 だからといって次ですぐ挽回できるってなもんじゃないが、しかし、漫然と結果を眺めているものとは雲泥の差がある。

 まず、誠実に自分を見直すことだ。具体的に見直すことだ。そこからしか、方針は生まれず、方針のない活動は果実を得ない。それは勉強についてだけじゃない、何事もおいても、同じことなのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 5日 (金)

ナミレンジャー3、練習してます。

 脚本ができて、全員で読み合わせして、それから配役決めて。

昨日から役による読み合わせしています。今日は立ち位置と入場退場を確認しながらやりました。だいぶのってきましたよ、みんな。

 私も劇には登場します。幾人も相談員は出てきます。園生はもちろん全員登場。

 テーマソング「ALL FOR ONE」の合唱練習も同時進行です。

 そしたらサプライズ!愚息のmも脚本書いてて、演芸会で発表するとか。やるな、m(笑)。息子に負けないようにがんばります。息子の劇も応援してやります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

治部坂高原小さな秋祭り2007

 こういう催しが浪合の治部坂高原で行われます。

ぜひおいでください。キレイな空気と、見事な紅葉がお出迎えいたします。

それと。時間のある方、すばらしい星空も眺めていってください。

07namiaia_2 07namiaib

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 4日 (木)

元祖むらさき観戦記-2

Img_rinen_logo  西京極総合運動場は京都の天神川のほとりにある総合スポーツ施設である。ここにはプロ野球が開催されることもある野球場がひとつ、陸上競技場が2つ、室内プールもある。陸上競技場のうちのひとつが、サンガのホームグランドだ。私の実家からクルマで10分くらいか。十分自転車圏内である。
 西京極は、野球少年の僕にとっては憧れの地であった。京都市在住でかつ少年野球のチームに所属する子なら誰でも、西京極球場で試合をすることを目指す。少年野球大会の決勝トーナメントは西京極球場が舞台だったのだ。
 西京極へ、野球ではなくサッカーを見に行く、なんてことになるとは、少し前まではまるで考えられなかった。しかも、南信州から毎月通うことになるなんて・・・。

1.初めてのサッカー観戦 ジュビロ磐田戦(1対0 勝ち点3)

 初めてのサッカー観戦は、ジュビロ磐田戦だった。
 家族を説得するのは割と簡単だった。夏休み中、私は仕事の関係で家族に無理をさせている。一緒にすごす時間すら、ほとんどとれていない。なので、ちょっとした家族イベントを求めている状態だった。また息子たちもスポーツは大好きだし、京都の私の実家には年に何度か家族連れで帰省していたので、京都のJリーグのチームを応援にいこう、という企画はすんなり通った。ジュビロ磐田という名門・常勝チームとの対戦ということも、「行こう」という盛り上がりを後押ししてくれた。
 車の燃料代などの交通費は妻が家計でなんとかしてくれた。観戦チケット代は私持ちだ。しかし、私は息子ふたりからも500円づつもらうことにした。これが我が家のやり方だ。お金の価値を知る大切な機会だ。別に私のタバコ代になるわけではない。・・・こともないか?

 キックオフは19時の予定だ。それに間に合うように、南信州から家族を乗せた車をとばし、京都駅の駐車場に車をおいて、バスで西京極に向かった。駐車場代が高くつくが、他に方法を知らなかった。
 京都駅のバスターミナルの乗り場は、若者が列をつくっていた。私の後ろに並んだ品の良いお年寄りの女性が、
「なんで今日はこんな人が並んだはるんどすか」
と聞いてきたので、
「西京極でサッカーの試合があるんですよ」
と答えた。お年寄りは、
「ほうですか、サッカーどすか、へええ、ぎょうさんいかはるんですなあ」
と驚いていた。

 私は写真撮影が好きで、外出にはいつもカメラバックを持ち歩く。当然その日もカメラを持ってスタジアムに入りたかった。しかしJリーグのサッカー観戦で、一般の人間が撮影していいのかわからなかったので、カメラは車に置いてきた。球技場にある注意書きを見て、カメラ持ち込み可であることを知ると、「へえ、寛大だなあ」と思った。そしてカメラバックを持ってこなかったことを少し悔いた。

 試合開始2時間くらい前に、バックスタンドのほぼ中央に席をかまえた。ホームゴール裏では、サポーターと呼ばれる人たちが紫の群をなしていた。テレビで見るのと同じ光景なのだが、なんだか圧倒された。
 サッカーの応援は熱烈だと聞く。熱烈はいいが、小さい子を連れている以上、乱暴沙汰は困る。サポーターが多いホームゴール裏を選択しなかったのはそのためだ。
 しかしセンターライン付近の私の席の近くには、サンガのレプリカユニフォームを着ている人に混じってジュビロのユニフォームを着ている人もいた。サンガファンの方が多いことは間違いないのだが、双方のファンが雑居しているのだ。そんな中でどんな態度をとったらいいのか、私は見当がつかなかった。
 でも、自分はただ故郷で開催される残り少ないだろうJ1の試合を見たくて来ただけなのだから、と思い直し、じっくりゲームそのものを楽しめばいいや、周りは周り、と覚悟を決めた。今から思うと噴飯ものだが、サッカー観戦初心者はいらぬ心配をしたものだ。
 グランドでは試合前の練習が行われている。目の前でジュビロの7番がボールを捌いている。「名波だよ。本物だ」
私は感動した。本物のプロサッカー選手を初めて見た感動だ。それも日の丸を背負って戦ったことのある男だ。
 福西もいた。グラウもいた。中山こそ戦列を離れていなかったが、前田がいた。服部がいた。
 申し訳ないがこの時の私は、サンガの選手よりジュビロの選手の名前の方になじみがあった。メディアを通してよくその名を耳にするからだろう。
 妻も子どもも、もちろん初めてのサッカー観戦だ。あたりを見渡し、「あ、コウモリが飛んでる」「大きい照明!」などといいながら、試合開始前のなんともいえない高揚感を楽しんでいるようだった。
 残暑は思ったほどではなかったが、西京極上空は雲行きがあやしく、天気が崩れないかとそれが心配だった。
 試合前、場内アナウンスが独特の調子でサンガの選手を紹介をしてゆく。選手ひとりひとりの紹介が行われるたび、ホームゴール裏は大いに盛り上がり、スタンドから拍手が送られる。我が息子も、それにつられて拍手をしている。こどもはこどもなりに、スタジアムの作法を学ぼうとしているようだ。
 選手紹介が進み、この日のスタメンが明らかになってゆく。今日はどうやら1トップ(FWが1人ということ)で行くことがわかった。1トップは、もちろん黒部光昭だ。
 スタメン紹介の終盤、まわりが大いにざわついた。
「松井出えへんのけ」
「監督に嫌われてるみたいやで」
「アホか、松井いいひんでどうすんのんじゃあ」
そんな声が周囲から聞こえた。
 「松井(松井大輔・現フランス一部リーグ ルマン所属)」という選手がいかほどのものなのか、私はこの時まだ知らなかった。彼が我が京都パープルサンガの誇るファンタジスタであり、オリンピック代表チームの司令塔候補であることを知ったのは、もう少し後のことである。

 ナイター照明の灯りが緑の芝生を浮き上がらせる。きれいだと思った。
 笛がなり、キックオフだ。カクテル光線を浴びたサンガの紫色のユニフォームが躍動し始める。胸が高鳴った。息子たちは息をとめて見ている。身を乗り出し、目を見開き、すべて見逃すまい、という気持ちだろう。
 対戦相手は強豪ジュビロ。サンガはジュビロに対し、リーグ公式戦13戦13敗だ。一度も勝たせてもらっていない。
 もちろんジュビロ戦で勝ち試合が見られるなんて期待はしていなかったが、この日ジュビロは2人の退場者を出してしまった。生のイエローカードを見ることも初めてだし、退場シーンを見るのも初めてだ。息子たちは顔を見合わせ目を丸くしていた。
 それから、サンガの動きは素人目に見ても良くなった。私達は時折激しくなる雨に悩まされながら、観戦を続けた。雨対策をしてきていない私達家族はずぶ濡れになってしまった。4歳の娘が「もう帰ろう」とぐずる。なんとかあやし続ける。
 そのうち、ジュビロのゴール前で混戦があり、直後に大きな歓声があがった。サンガのゴールらしい。誰かがヘッドであわせたようだが、それが誰かわからない。スタジアムのアナウンスで、その選手がビジュであり、来日初ゴールであることを知った。息子に
「ゴールシーン見えた?」
と聞いた。兄は
「うーん」、
弟は
「早すぎて見えれんかった」
と呆然としたまま答えた。

Photo
 サンガがJリーグに参加して以来、一度も勝ち星をあげていないジュビロに勝てるのか?13連敗している相手だぞ。初めての観戦でそんなすごい場面に立ち会えるのか? 試合は数的優位があることを忘れるほどスリリングだった。ジュビロの強さがそうさせるのだろう。しびれるようなロスタイム。やっと鳴り響いたホイッスル。その時スタジアムは確かに揺れた。

 私たち家族は、ゲーム終了直後に手をつないでスタジアムを出た。
 阪急「西京極」駅までは徒歩五分程度だ。しかし今夜の観戦者はおよそ一万二千人。ものすごい人の波である。
 私は一応京都市出身なので、こうした人出の場面に慣れているが、妻とこどもはまったく不慣れだ。人の流れというものがわからず、動きが鈍い。なんとか駅に到着し、臨時電車に乗り込んだ。途中で地下鉄に乗り換え、京都駅に向かう。
 「勝ったねえ」
疲れた娘を背負いながら私がいう。
「勝ったねえ」
息子たちが口々に答える。この時、私はすでに9月の自分のスケジュールを思い起こしていた。そしてFC東京戦に行けることを確信していた。妻に、
「FC東京戦もいくぞ」
といった。
「そうね」
妻は答えた。どうやら、同じことを考えていたらしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 3日 (水)

元祖むらさき観戦記-1

ええと。私は別のブログで京都サンガF.C.の観戦記を書いています。そのタイトルは「むらさき観戦記」といいます。

むらさき観戦記には他に写真集があって、もちろんプライベート写真集ですが、それは浪合通年合宿センターにおいてあります。4年前から1年に1冊、毎年出しています。だいたい、私が撮影したものです。あと、息子たちの写真もまじっています。

で、それらにさきがけ、「むらさき観戦記」の名まえで一冊の本を書きました。もちろん、プライベートな本ですよ。本屋に売ってるはずありません(笑)

それは、私が京都サンガF.C.に家族とともに傾倒していった経緯を書いたものです。で、パソコンのデータを整理していたらそのデータが出てきたので(笑)、これからときどき、連載していきます。長いので、まあお気楽に。もちろん、読み飛ばしてもらってOKです。

「またむらさき観戦記か、ちぇっ」ってなもんで大丈夫。週2回、水、木あたりにアップしていきます。

では。・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

プロローグ

Img_rinen_emb

 京都パープルサンガを本当に気にかけるようになったのは、2003年8月中頃あたりからか。
 その年の元旦、天皇杯決勝で鹿島アントラーズを2対1で下したサンガの試合を、私は京都の実家のテレビで見ていた。地元チームの躍進はうれしいものだ。黒部光昭というプレーヤーの顔と名前が初めて一致したのは、恥ずかしながらこの試合だ。
 その後、新聞紙上等でサッカーの日本代表のメンバーを見て、黒部や他のサンガの選手の名前を見つけるたび、うれしくなっている自分がいた。故郷のチームは良いチームをつくってきたんだなと思った。

 京都パープルサンガは、しかし2003年ファーストステージは苦境にあえいでいた。
 新聞のスポーツ欄やスポーツニュースを見るたび、サンガは負けていた。でも私は「天皇杯優勝チームがいつまでも負け続けはしないだろう、去年のリーグ戦も出足は悪かったが結局年間順位はよかった(5位)し」とタカをくくっていた。
 ところが、ファーストステージは全16チーム中最下位で終了。勝ち点が15試合やってわずか10(勝ち点とは、ゲームの成績によって付与される点数。勝ちチームには3点が与えられる。引き分けの場合は相互に1点づつ。負けチームは0点。Jリーグの順位はこの勝ち点で争われる)。得失点差もマイナス20(得失点差とは、チームの総得点と総失点の差。勝ち点が同じチーム同士の場合、得失点差の高い方が上位にランクされる)。
 ぎりぎり降格圏外(14位)の大分トリニータが勝ち点15、得失点差がマイナス1だから、サンガとの差は大きい。

 このままだと我が故郷のチームは、J2(2部リーグ)降格である。

 私は野球少年だった。ポジションではセンターを長くやり、打順は2番とか6番が多かった。サッカーはどちらかというと苦手だった。
 中学以降、登山やキャンプなど野外活動にはまってしまった私にとって、サッカーは四角いラインに囲まれたちっぽけな箱庭競技のひとつにすぎなかった。私の中での球技は、珍しく箱庭競技でない野球だけ。ホームベースから翼をひろげたようにどこまでも広がるグランドを見ると、わくわくしたものだ。
 そんな私だが、Jリーグが発足した当初は注目した。それはプロ野球の斜陽化に拍車をかけやしないかとの不安からだった。したがってドーハの悲劇もフランス大会の屈辱もどこか人ごとだった。
 だから、故郷に生まれたプロサッカーチームの京都パープルサンガへの思い入れなど、当時はどこにもなかった。どういう経緯でサンガが誕生したのかも知らない。後に、当時チーム設立と市への応援要請のために25万人もの署名が集まったと聞き、京都にもそんな熱い思いが結集したんだと妙に感心したものである。
 私がサッカーへの関心をぐんと深めたのは、2002年のワールドカップ日韓大会からである。メディアの盛り上がりに乗せられたわけだ。

 それでも、W杯以前のサンガ絡みで印象に残っているシーンがふたつある。もちろん、テレビで見たシーンだ。
 ひとつは2000年のシーズン終盤、たしかヴェルディ戦のことだったと思う。この年も残留争いをしていたサンガだが、そのゲームでカズ(三浦和良 現横浜FC)がハットトリックを達成した。試合は勝ったが、しかし依然降格圏内。その時カズは「プロである以上、最大限の努力をしなければいけない」とインタビューで答えていた。カズといえば過剰に腰をふって股間に手をあてる奇妙なカズダンスのイメージが強すぎてちょっと敬遠気味だったのだが、この瞬間、彼のプロフェッショナルな魂に触れた気がして感心した。
 ふたつ目もその年の出来事で、やはりカズに関してである。降格が決まった時、カズが移籍を口にした。
「自分をアピールするためには、J1にいなければならない」
と。もちろん、日本代表入りへのアピールである。もうチャンスは多くない、とも語っていた。おそらく、自分の年齢を考えての発言だろう。サッカー選手の旬は短い。
 確かカズは、きちんとしたスーツ姿で、広いネクタイをしていた。カズはW杯フランス大会で、現地で代表チームから除外されるという屈辱を味わっている。それでも上を向いて進もうとするその姿勢に、胸を打たれた。スゴイ奴だと思った。
 カズがサンガを去ることに、特別深い感慨を持ったわけではないが、故郷京都からカズがいなくなることに関しては、なんとなく寂しく思ったものだ。
 サンガは翌年J2を制覇し、1年でJ1復帰を決めた。当時の記録を見ると、黒部光昭(現ジェフ千葉)がストライカーとして台頭し、朴智星(現イングランドプレミアリーグ、マンチェスターU、韓国代表MF)や松井大輔(現フランス一部リーグ、ルマン所属)がその類希な才能を開花させての復帰であったことを物語っている。
 翌年のシーズンはJ1年間5位というサンガ最高の成績でフィニッシュし、そして天皇杯を制した。関西のJチームでこのタイトルを持って帰ったのは、サンガが初めてという快挙である。
 勢いづいた京都市では、サンガのために新しいスタジアムをつくろうという話が本格化した。即座に10万人の署名が集まったという。

 サッカーの事に関して不案内な私だが、サンガ2度目の降格はただごとではないと思った。もしかすると2度とあがってこれないかもしれない、という不安が頭をよぎった。私はW杯日韓大会以降、サッカーに心を奪われつつあったし、天皇杯優勝以降のサンガにかなり注目するようになってもいた。故郷からJ1のチームがなくなることを考えると、カズがいなくなること以上に寂しく思うようになってしまっていた。

 それが現実になる前に、西京極に行こうと決めた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 2日 (火)

書き上げました。それと、おもちゃの話

ナミレンジャーの脚本、今日ようやくあがりました。ふい~。午後半日、「緊急な電話以外は取り次がないでください」なんていって学習室にこもり、今日の練習開始時間(8時)にぎりぎり完成しました。

まあ、楽しみにしていてください。脚本は生き物で、まだしばらくいろいろかわることでしょうし、本番のお楽しみってこともあるから、アップするのは発表が終わってからにしますね。

今回は相談員も台詞ありの人が登場しますよ~。

Photo

ところで!

近所の方にLOMOのLUBITEL166をいただいきました。ブローニーフィルムを使用するトイカメラです。
持った感じはもうとにかく軽い。
だってほとんどプラだもん。
絞りもシャッタースピードも全部機械式。
デジタルな要素はなにひとつなし。
でもメカなところがかっこいい。(ボディはプラだからかなりやすっぽいけどね。レンズの部分はレバーやメモリががんがんあってかっこいいよ)
上のレンズと下のレンズの歯車が連動してるところなんか痺れます(笑)
6×6でも、6×4.5でも撮影できます。
今日ようやく使い方を解読したところです。
これからおおいに遊んでみたいと思います。
ふふふふふ。
お金はありません(断)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 1日 (月)

相談員の出し物でやった「白雪姫」

パソコンのデータの整理をしてたら、夏休みのキャンプで相談員の出し物でやった劇の台本が出てきました。なので今日はそれをアップしてお茶を濁しますから(笑)

なお、台本中の名まえはその人(役者=相談員)のことを示します。劇の役ではないのでご注意ください。あと、「かがみ」と「白雪姫」と「王子」が役名で出てて相談員名が出ていません。「かがみ」はさくらんぼでした。「白雪姫」は・・・元園生のサンです(笑)。「王子」はこどもたちを引率してきてくださった方に演じていただきました。

たぶん、浪合通年合宿センターの保護者やこども、職員とか元園生、元保護者、元職員など、関係者くらいしか楽しめないかもしれませんが、ま、あしからず。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

むかしむかしあるところに、それはそれは意地のわるい、お妃さまがいました。お妃の名前をきんぎょといいます。どこかで聞いた事がありますねえ。

きんぎょは自分がその国一美しい女だと思い込んでいました。実際、きんぎょの美貌は有名で、その国で知らない人はいないくらいだったのです。

(きんぎょとかがみ登場) かがみは枠(枠はつくる)をもって登場のこと。

きんぎょ

「かがみよかがみよかがみさん。この国で一番美しい女性は、だあれ?」

かがみ

「それはもちろん!きんぎょさまです。きんぎょさまの美しさに適う子は、この国にはおりませんわ」

きんぎょ

「おーほほほほほほほほほ。そうでしょうとも。さすがはかがみ、よくわかっているわねえ。ほめてつかわす」

ところがその国も時代の流れには勝てず、隣の国と合併することになってしまった。

合併した国には、それはまたびっくりの美女がいたのだ。きんぎょはそのうわさを聞き、不安で仕方なくなった。オンナってこまったものである。

きんぎょ

「かがみよかがみよかがみさん。この国で一番美しい女性は、だあれ?」

かがみ

「それはもちろん!白雪姫です」

きんぎょ

「白雪姫?今うわさの森の美女かい。うっとおしい、どこの馬の骨だいその女は!」

かがみ

「それは浪合の森に住んでいる、それはそれは健康的で、つぶらな瞳の美女でございます」

きんぎょ

「きー!何いってるのよこのおたんこなす!健康的ってことはでぶっちょってことでしょ?つぶらな瞳って、何よ何よそれ。餓鬼じゃないただの・・・!くやしい!この鏡、曇ってるんじゃないの!!“」

かがみ

「そんなことはありません、鏡はいつも、事実だけを伝えます」

きんぎょ

「ますます腹たつ~」かがみを蹴っ飛ばす。ふっとぶ鏡。

きんぎょ

「ああ、くやしい。この国一の美女は私のはずだったのに。だから市町村合併なんていやだったのよ。こうなったら、やるわよ~この国一の美女の地位を奪い返すため・・・」

さあ、何をするのだろうか?エステにかよう?化粧をかえる?

きんぎょ

「白雪姫を殺してやる。いっひっひっひっひ」

かなりの悪だ、このオンナ・・・。

(きんぎょ、退席)

(白雪姫が登場)

白雪姫「うふふ。私が白雪姫よ」

白雪姫は、確かに健康的で、つぶらな瞳の美女だった。

白雪姫「ああ、私ったらまた太っちゃったわ。でもいいの。みんな健康的で素敵だよ、っていってくれるから。うふふ。」

健康的も、行き過ぎると不健康なのだが。

きんぎょ「あ~れ~が~白雪姫~?? ふざけんじゃないわよ。どこが美女よ!」

そう、きみの意見は非常に正しい。

きんぎょ「あの手のオンナは食べ物に目がないはずだわ。よし、食べ物に毒を仕込んで、あの世に行ってもらうわよ~」

白雪姫「ああ、ちょっとおなかがへったわね・・・」

きんぎょ「もしもし、お嬢さん。そこの可愛いお嬢さん。」

白雪姫「あら、私のことかしら。」

きんぎょ「そうよ、そこのお嬢さん。このトウモロコシをいかが?」

白雪姫「あら~おいしそうなトウモロコシ。いただくわ。(食べる) あーおいしい。あれ、何かクラクラする・・・・(バタン)」

きんぎょ「おーほっほっほっほっほ。これで私がふたたび美女ナンバー1よ。おーっほっほっほっほ」(笑いながら立ち去るきんぎょ)

なんとも単純なワナにひっかかった白雪姫である。

小人たち。「はいほーはいほー仕事が好き。今日も元気にはいほーはいほー」歌を繰り返しながら登場。

はるか「あれ、こんなところに健康的な白雪姫がいる」

くずてつ「ほんとうだ。倒れているようだぞ。でも、死んでるのではなさそうだ」

たっつん「よし、看病してあげよう。」

小人たちは、それはそれは大切に白雪姫を看病した。しかし、白雪姫は一向に目をさまさない。

ぺつ「こまったな。目をさまさないぞ」

みっきー「私が調べたところによると、どうやらこの病気は、素敵な王子様のキスでなおるみたいよ」

そんなとき、素敵な王子様が偶然小人たちのそばを通りがかったのだからおどろきである。

王子「やあ、きれいな森だなあ。こんなすばらしい森があるこのナミアイ地方は、ほんとうにいい国だなあ。」

たっつん「王子様、どうかこの白雪姫にキスをしてください。王子様のキスで、白雪姫は目を覚ますはずです」

王子「そうか、ではよろこんでキスをしてさしあげよう。」

この王子も、なかなかなものである。

ぶちゅり。(あくまでしたふり。)

白雪姫「あら、私ったら何していたのかしら・・・・」

白雪姫は目をさました。すると目の前に素敵な王子がいるではないか。

白雪姫「まあ・・・・。タイプ」

ものすごい一目ぼれである。

王子様「なんて健康的な方なんだ。幾人もこどもを生んでくれそうだぞ。それになんてつぶらな瞳・・・。結婚したい!」

こちらもどうかと思うのだが。

王子「結婚してください」

白雪姫「まあ、私なんかと・・?(もじもじ)」

王子「いやですか?」

白雪姫「しますします(すぐにいう)」

こうしてふたりは結婚し、末永くナミアイ地方でシアワセにくらしました。

一方、アチ国のお妃は・・・・相変わらず鏡とケンカしてすごし、あんまりシアワセとはいえない人生を送ったとのこと。

やはり仲良く、楽しく、人をうらやまずに暮らす事が、いいようである。

おしまい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »