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2007年6月29日 (金)

siのひとこと

 「とうちゃん、サッカーやってるおかげで、お金がいっぱいいってごめんね」

唐突にsiがそういいました。

 siは明日から菅平に県リーグに出場するため行ってきます。費用が、往復旅費も含め1万円程度します。再来週には静岡遠征。2万円の経費です。来月は白馬へ。こちらは2万5千円。

 siは、それらの案内の書類を見るたび、お金の欄を確認していたのでしょう。そして、週末ごとに塩尻だ、宮田だのと試合やトレーニングに出かける際の費用も、気にしていたのでしょう。

 そんなことを心配させてしまう親であることを恥ずかしく思い、そんなことを心配してくれる息子のことをうれしく思い。思わず顔をそむけ、刹那に涙腺を弛めた私ですが、

「ばか。上手だから呼んでもらえるんだろ。そのためにお金を使えるなんて、親としてはうれしいもんなんだよ。心配するな」

なんて言ったものです。

 それを聞いたsi。

「ありがとう」

って。6年生男子だけど、この会話の質は出色だったな。

お金のことで心配させてごめん。親失格だな。

でも、お前もお前の兄ちゃんも妹もいいやつで、オレはうれしいんだよ。

オレは、それで生まれてきた甲斐があったってもんかもしれない。

あんまりオレを泣かすなよ。。

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2007年6月28日 (木)

すいませんでした。ご寄付振込口座の変更について

当ブログで花火の寄付をお願いしておきながら、振込口座が存在しないものを提示してしまいました。すいません。

いえ、昨年まではその口座でOKだったので、今年も経理に「あの口座でいいよね」と確認し、「大丈夫です」と返答をもらったのですが、ジツは大丈夫ではなかったのです。

といいますのも、NPO法人になって口座名義が変わる際、関連の今まであった口座もすべて閉鎖されたそうなんです。これは取引先金融機関に問い合わせて初めてわかりました。

ご迷惑をおかけしました。

ご寄付専用口座は、

八十二銀行 伊賀良支店 普通口座 102470

口座名 吉田 哲也

住所 長野県下伊那郡阿智村浪合568-200

電話番号 0265-47-2303

ですからよろしくお願いします。

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2007年6月27日 (水)

ナミレンジャー今年もやるの?と聞かれて

「・・・こども次第」

と答えた私。劇ってエネルギーいるんだよ。私が関わるとなおさら(笑)

アイデアはあるよ。いっぱいね。

テーマはいつも、「前のめりの精神」(笑)

これはね。司馬遼太郎に教わったね。それも「竜馬がゆく」でね。

「前のめりに倒れる姿勢で、私は死にたい」

ってな趣旨のことを竜馬がいうんだよ。もしかしたら姉乙女に送った手紙に書いた言葉かもしれない。それがね。

私を突き動かす。

命はね。己の使命をはたすために与えられたものなんだってさ。

オレの使命はなんだろう。

オレはどこへ、何をしにいくんだろう。

それはオレがのぞむことなのだろうか。

のぞむことと使命が違ったら、それは悲劇なのか、喜劇なのか。

人は知らないよね。

そんな時に思い出すのは、吉川英治の「宮本武蔵」。(おっさんくさいですか?私。10年くらい前からこんなもんですけど)

「誰が知ろう、大海の深さを、その心を」

ってくだりがラスト10行以内にあるはず。(ちゃんと調べて書けとか思ってるでしょう?)

武蔵はね。佐々木小次郎に勝利したあと、ちゃっちゃと船に乗って帰るんだけど、その時彼は、おつうに会いたかったんだよ。きっとずっとね。

武蔵は、何がしたかったんだろう。五輪の書を書きたかったわけじゃあるまいに。

ナーバスですか?オレ。

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2007年6月26日 (火)

学校の創造性とチームティーチング

従来の学校は、教育工場であった。産業的大人という製品を作り出すための装置だった。この装置がわが国の驚異的な経済成長を築き上げた。そしてそれは、経済成長という観点から見れば、一時期大成功を収めた。明治9年の学制発布以来さまざまな紆余曲折さらには太平洋戦争の敗北という大きな挫折を乗り越えて、世界最大の経済大国にまでのし上がったのだ。

 しかし、代償も大きかった。わが国は、その教育機能の多くを学校に委ねすぎた。家庭や地域の教育力が脆弱化した。学習塾や予備校といった民間の教育機関もあったろう、その功績も大きいはずだ、という指摘もあろう。しかしそれは違う。

 それらは学校の補完機能であり、学校、家庭、地域という3つの教育のカテゴリーに新機軸として加わるものではなかった。そればかりか、学校の補完機能たる塾・予備校は、装置としての学校教育を量・質とも更に肥大させた。

 教育は学校で。家庭も地域もそれを望んだ。学校はそれを受けた。雪だるま式に学校で教えることが増えた。

 一方で、団塊の世代以降、こどもの数は多かった。多くのこどもに多くの教育内容を、という構図が学校に根付いた。学校は、歪み始めた。学校の歪みは、校内暴力、いじめ、不登校という現象を生み出してゆく。もちろんここには、家庭教育および地域教育の弱体化も見逃してはならない重要な問題としてある。しかしその背景には、装置としての学校の張り切りすぎがあった。このことの重要性はことのほか大きい。

 一方、経済成長神話の崩壊を、日本は経験した。もちろん、1990年代のバブルの崩壊である。いじめ、体罰といった問題は1980年代から噴出していたが、不登校の数はここから急上昇を見せる。産業的大人を輩出する機能としての学校は、もはや限界を来たしていたのだ。しかし、地域も、家庭も、その教育力は失われたまま。またしても、学校は驚異的な力を発揮しなければならない場面になってしまった。

 そこで、「学校の創造性」である。このキーワードは、「新しい学力」と、「包括性・柔軟性」である。教育のイノベーションは、部分を更に細かく精密に、という方向ではなく、全体的に包括的に、という方向に進んだ。そして知識偏重から、「生きる力の獲得」といった、自立性・自律性・協調性重視に向かった。世の中は、京都議定書に見られるように、経済発展よりも環境保護を、持続可能な社会の創生を、というふうに変わってきている。日本の事情だけでなく世界潮流の中の日本という位置づけから見ても、こうした教育の大転換は必要にして不可欠なのである。OECDのSERIの存在は、このことが世界的関心事であることを示している。

 「学校の創造性」では、たとえばカリキュラムに関しては、今までの並列的カリキュラムとはまったく違った、統合型カリキュラムという考え方が重要になってくる。そしてこのカリキュラム下では、教師同士のコラボレーション・役割分担が不可欠である。

 ティーム・ティーチングは、わが国においても、昭和40年代にはすでに存在していた。しかし充分に世の中に認知され、定着する前に、財政上の理由などから下火になってしまった。このティーム・ティーチングは、総合型カリキュラムを遂行する上で、また児童・生徒の「生きる力」を育む上で、そしてその結果として「学校の創造性」が発揮されたという評価につながるひとつの有力な手法として、大きな可能性を含んでいる。

 ティーム・ティーチングの意義は、「こどもの個を生かす」という点にある。したがって、グループ分けからグループの所属の意思決定、さらには学習活動の展開にいたるまで、なるべくこどもの意志が入るように配慮する必要がある。そして重要な評価に関しては、唯一の教師の情報によって判断されるのではなく、複数の教師の複数の視点によっての評価を編み出す必要がある。このことによって、包括的なこどもの見方が確立でき、こどもが生きる可能性が飛躍的に高まる。

 さらにはこの方法はコラボレーションを要求するため、「個々の教師の力量を高める」ことにもつながる。さらに重要なことに、こどもに対して、「教師集団の教育力」を発揮することができる。たとえば「協力する」ということを教えたい場合でも、徳目として延べ具体的に考えさせるといった従来型の指導より、実際に教師集団が協力して事態に対処している姿を見せた方が効果が上がることが期待できる。

 ティーム・ティーチングは、上の理由により、より現代的で社会的な教育スタイルということができる。唯一絶対の担任以下の生徒という構図は、民主主義の時代、また情報社会の現在では、もはやフィクションのような気がしないでもない。学校は、いまだに社会の縮図であり、そのことを誠実に意識することで、実は、学校の創造性が高まるのではないかと私は思う。

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2007年6月25日 (月)

「浪合夏祭り煙火大会ご寄付のお願い」について

 浪合夏祭り「煙花大会」が今年も開催されます。合併前は村の一大イベントとして盛大に実施できたものですが、合併後は地区の(それも山間過疎地の)一行事となり、今まで通りの開催ができるか不安が募るところです。

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 昨年は皆様の多大なご協力により、合併後第1回の煙花大会はにぎやかに開催することができました。

 今年も多くの皆様にご協力(寄付)のお願いを申し上げます。

1.個人名で花火を打ち上げをご希望の場合。(打ち上げ花火の名前はご自身でつけることができます。打ち上げられた花火はその様子をセンター日記にアップします。※天候などにより必ずしもキレイに撮影できるとは限りませんのでご了承ください。

4号玉(4寸) 6,500円

5号玉(5寸) 10,500円

6号玉(6寸) 17,000円

7号玉(7寸) 21,000円

8号玉(8寸)  31,500円

10号玉(1尺)52,500円

スターマイン 150,000円程度(要ご相談)

2.協賛金として寄付いただく場合。(浪合通年センターの花火として打ち上げる花火代とします。)

一口1,000円(一口以上)

3.振込み先

<花火専用です!お間違えのないように!!>

①八十二銀行 伊賀良支店 普通口座 102470

口座名 吉田 哲也

住所 長野県下伊那郡阿智村浪合568-200

電話番号 0265-47-2303

②センター園生で、一口1000円の協賛金希望の場合、5口以内ならば個人費決済ができますので、ご連絡ください。

4.お願い

振込み時には、必ずご本人の名義でお振込みください。

・個人名で花火を打ち上げ希望の場合で、花火名を自分で決めたい方は、メールなどにてお知らせください。「例・・・躍進する武田信玄の華 とか 未来へ進め!藤原道長の華 など<<武田信玄とか藤原道長のところにご自身の名前や園生の名前を入れることができます。ただし、浪合通年合宿センターでも花火を上げますので、センター名は不要に願います

締め切りは7月5日とさせていただきます。

たくさんのみなさんのご協力を平にお願い申し上げます。

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2007年6月24日 (日)

1日サッカーしまくったらそりゃ疲れるよな。

雨の中、塩尻まで行ってきました。 次男が所属するアザリー飯田6年チームの大会(塩尻少年少女サッカー大会)です。長野県下のチームが6(アザリー飯田、大町、坂城、塩尻西、塩尻東、堀金)、それから直江津のチームと浜松のチームがひとつずつ、計8チームが参加です。

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一回戦は大町とのゲーム。息子Sはトップ下でスタメン。前半6対0、後半1対0の7対0で勝利。Sは2得点2アシスト。

2回戦は準決勝で坂城と対戦。互いに決め手に欠き、スコアレス。PK戦となるも2対4で敗れます。坂城は決勝で浜松のチームをこれまたPKの末下し優勝したので、ううん惜しい。
3位決定戦はドロドロのグランドで展開。終了間際、一瞬の隙をつかれて高くキープしていたDFラインを破られ、キーパーの判断ミスも重なり失点。負けてしまいました。

結局優勝は坂城、2位が浜松、3位が直江津、4位が飯田、ってことです。5位以下はすいません、知りません。

それと各チームからひとり優秀選手が選ばれるのですが、アザリー飯田からは通称ハタチが選出されました。チームキャプテンでもあるハタチくん、おめでとう!!

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その後宮田村に移動し、今度は南信代表のトレーニングに参加するS。フットサル形式のミニゲームで左サイドもしくはFWの位置で3、4点とっていました。
でもうまい子が多くてわくわくします。
写真はその模様です。 全日本少年サッカー長野県大会で優勝したトップストーンの選手もいました。

そのチームだったと思いますが、左サイドのKくんは、なんと北信越トレセンにまで選出されたとか。むちゃくちゃ脚が早い子です。一度見たことがあります。もう、左の加藤大志(笑) すんげー武器だと思いましたね。でも、そんなトップストーンも圧倒的な成績ばかりで長野県を勝ち抜いたわけではありません。凌いで勝ったようなゲームもあるし、決勝も延長まで戦って0-0、決着はPKでした。でもでも。それでも勝ちきるところが凄いんですよね。カール・ハインツ・シュナイダーがいうとおり、「強いものが勝つんじゃない、勝ったものが強いんだ」。 このブログの右上にある名言集に出てきそうな言葉ですねw

南信代表のトレーニングが終わったのは18時20分ころ。車に乗って153でかえってきたのですが、途中でラーメン屋により、その後はsiはぐったり、というかぐっすり。

朝6時おきで塩尻に行き雨の中3試合、室内とはいえその後も2時間ミニゲーム。

・・・そりゃ疲れるよな。

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2007年6月23日 (土)

木登り

森のつどい(子ども夢基金助成事業)にて、今月は木登りを行いました。

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18人ほどの参加者を得て、梅雨の合間の(空梅雨?)見事な青空の下、ハーネスやカラビナを使用した木登りにチャレンジです。

ハーネスやカラビナ?ん?って方もいらっしゃるでしょうが、相当高く登らせますので、安全対策に必要なんです。それにそうした用具に親しんでもらうことも狙いのひとつです。

午前中にハーネス、カラビナの装着および使い方講座(私担当)、木登りの基礎講座(茶担当)をし、午後にチャレンジします。

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登る直前のアドバイスは「無理をしない」「でもチャレンジはしろ」。一見矛盾するふたつのアドバイスですが、しかしこのせめぎあいを自分の中で折り合いつけることが大切。

ほとんどの子が目標まで登りきることができましたが、途中であきらめた子もいます。

センター生で参加した子でも登りきれなかった子はいます。それに、学年が低いとダメかというとそうでもないんですよね。体のサイズが違うので、たとえば届く枝が限られたりするのですが、うまく登っていっちゃう。感心します。登れなかった子は、だいたいみな同じところで限界になりました。地上2.5メートルくらいのところに、右にだけ枝が張り出していて、そこに大きく開いた脚をかけてぐいと体を乗せるようにすると乗越えられるところがあるのですが、そこでにっちもさっちもいかなくなるんです。もっと平たく言うと、脚を大きく動かすことができない。ハーネスで確保しているので落下することは絶対ないのですが、それでも恐怖心から体が動かなくなるんですね。

今回できなかった子は、自分ができなかったということを持ち帰ってもらいました。次、ぜひクリアしてほしいものです。クリアしようという気持ちを持ってもらいたいものです。そこが肝心ですよね、私たち指導者もにとっても。

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2007年6月22日 (金)

なぜ日本人は劣化したかBY香山リカ

 香山リカというと、すいません、私は細野不二彦さんが描いたマンガ「愛しのバットマン」の主人公の奥さんの方を思い出してしまうのですが、精神科医で精神病理学者で旺盛に執筆される香山リカさんのこともよく存じ上げています(笑)いえ、面識はありませぬ。

 で、今「なぜ日本人は劣化したか」を読んでいます。彼女の語り口はいつも読者に対し「わかりやすさ」「おもしろさ」を意識されているようで、私は好感を持っています。学者が学者然とした文章を一般新書に書いたってつまんないしわかんねーよ、と思っていた私にとって、彼女の文体はとても親しみやすくてよかった。で、今回もそうなんです。一部、内容が薄っぺらいという批評もあるようですが、一読する価値はあるかと私は思っています。

この本の冒頭にあるのですが、今の雑誌記事て、一読み200文字なんだそうです。それ以上は読まれないって。かっては一読み800文字だったんですが、激減ですね。新聞も文字を大きくして大きくして、でも紙面は大きくなっていないから、結局文字数は減る。にもかかわらず「新聞て字が多いしわかりにくい」って言われるそうです。ここらへんからいろんな現象にわたって日本人の「劣化」が語られている。うんうんとうなずいてみたり、そうかなあと首をひねってみたり。文章が軽妙なので、肩がこらないのもいいですね。

 ところで、先述の彼女の文章のよさに関し「わかりやすい」「よみやすい」「おもしろい」なんてことを書きましたが、これももしかして、「日本人の劣化」に一役かっていたのかしらん。「わかりやすくてよみやすくておもしろい」んだから。

 え?待てよそうすると。椎名誠や赤川次郎、新井素子なんかも「わかりやすくてよみやすくておもしろかった」ぞ。え?え?二葉亭四迷らの言文一致の運動も「劣化」に組したってことになる?・・・ってところまでは面白がりすぎなんでしょうけど、でも。

 実際漢字を書けない子って多いし、漢字を読めない子も相当なもんです。取り扱い説明書とか、次に槍玉にあげられることでしょうね。「読めない」「わからない」って。

取り扱い説明書を「読めない」「わからない」を、そうだなあ、お年寄りと中学生未満以外が堂々というようになったら笑っちゃいますよね。でもいいそう(笑)

恥ずかしくないんですかね。ていうか、「劣化」のキーワードは「恥の喪失」だと思いますよ。「恥の喪失」はパブリック精神の消滅に起因していると思われます。公共心ってやつですね。「世間様が見てる」とかのアレ。

で、なんでその消滅が起こったかというと。まあいろいろありそうですが。世間そのものの崩壊ってのははずせない理由のひとつでしょうねえ。

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2007年6月21日 (木)

務台俊介氏の講演会と懇親会

 今日、阿智村のコミュニティホールで、総務省参事官の務台氏の講演会がありました。「これからの日本のコミュニティ施策について」という内容です。

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 およそ1時間の講演でしたが、要旨はともかく印象に残った言葉は

「都市と山村のシンパシーが失われている」

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という言葉。かつて山村から都会へ働きに出た人たちは、稼いだお金が地方交付税となってふるさとに戻っていくことについてなんら疑問を持たなかったけど、その2世3世となると、「なんで俺たちが稼いだお金が地方にいっちゃうんだよ」という印象を持つようになる。わが国の中で、都市と山村の断絶は深くなっている。それを埋めなければいけない。そのために何ができるか考え、実現していかなければならない、とまあそんな感じ。

合併は今後も進み、自民党が目標とする1000自治体に近くなるだろうが、自治体が大きくなってコミュニティが空洞化、もしくは限界集落と化して滅んでいくようではいけない、今後はますます、コミュニティ活動が重要になる。コミュニティ活動が活発になるための仕組みをつくる必要がある、なんて話もありました。その通りだなあと思います。

また山村にお金がまわり、誇りを生み、そして交流が活発化し、都市のこどもの成長にも繋がる「第2のふるさと体験教育事業」(セカンドスクール)の構想も披露され、多くの村民の関心を喚起していました。

あっというまの60分だったと思います。

その後、阿智の駒場の「春駒」というすし屋で懇親会。

岡庭村長が「おい、話がある、ここにこい」なんていうので隣に行くと、正面は平谷村長、務台参事官、根羽村長。岡庭村長の隣は清内路村長。・・・なんて濃い席に座らせるんだ、と思ったとか思わなかったとか(笑)

こうなりゃ飲むよりないってことで、飲みましたよ、ええ。あかね大根の焼酎「あかねちゃん」をごぶごぶと。こういう席では若手ですからね、私。どんどんつがれますよ、はい。もうごぼごぼと。

ところで「あかねちゃん」これ、清内路名物なんだよね。岡庭村長が家から数本持ってきて振舞われていました。

初めて飲んだときは「・・・」でしたが、昨日はおいしく飲めたなあ。うれしいうれしい。

写真もとったのですが、後日こっそりアップしておきまする。

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2007年6月20日 (水)

いつまでも忘れない。忘れられない。

 私たちは老いてゆく。死に向かって進む。それだけは確実だ。その中で仕事をし、家族をつくり、それをよかれと信じ、暮らしを積み重ねてゆく。

 百人一首など、何を恋の歌ばかりでと歯牙にかけなかった私だが、たとえば恋は、そんな人生にファンタジーを与えるがゆえに、人の命を燃やし、力の元になるのかもしれない。

 そして恋は、なにも異性にばかりするものではない。かといって私が同性愛者だというのは早計というものである。

 昨日、ある男の訃報を思いがけず耳にした。

 その男は私のギターの師匠のひとりで(そのわりに私のギターは情けないほどへたくそなのだが)、その男のギターは、その歌声は、今でも私の脳裏にあって輝いている。その男とギターで歌ったのは、もう10年も昔になるのに。

 その男の娘はセンターに長いこと園生として在籍していた。その娘が修園する年の修園式の夜、男はいい加減酔っ払っていたのだが居ずまいを正し、「くずてつ、本当に娘がお世話になりました。ありがとうございました。」と呂律のまわらない口で、でも誠心誠意の言葉で話してくれた。食堂の片隅で床に座り込んで互いに酒をつぎあっていた私たちは、歌仲間であり、保護者と指導者であり、ギターの師匠と弟子だった。だけどそんなことよりも、なにか魂が呼び合うようなそんな懐かしさがいつもあった。時々私のまわりに出現する、もしかするとお互いの心のかけらをそれぞれに持ち合っているんじゃないか、と思える人のひとりだった。

 いつか、また彼と歌いたい-私は片思いかもしれないが、ずっとずっと思っていたのだ。でもそれは叶わない。叶わない恋は、なんとむなしくさみしく悲しいことか。

 O氏。娘の誕生日に逝ってしまったO氏。まだ47歳だったんだ。無念だったろうな。悔しかったろうな。

 

 ああ、それにしてもだ。

 私の思いは置き去りで、だからこそだろう、いつまでも忘れない。忘れられない。きっとそうだろう。

 心より、ご冥福を祈る。私もいつか、そこにゆく。歌を歌おう。恋の歌を。命の歌を。

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2007年6月19日 (火)

うすっぺらいカメラが欲しいな

と最近思っています。もちろんデジカメですよ。

ケータイのカメラで結構撮影もしてるんですが、やっぱ、レンズが良くない。

ケータイのカメラでレンズのいいやつを購入するのがいいかな。

それとも、やっぱ単体カメラかな。

ちゃんと撮影したいときは一眼デジカメを使うのですが、出張とかさんぽとかのときに邪魔にならなくてちょいと撮影できるスタイルのものが欲しいいんだよな。

でも荷物が多くなるのはいやだし。ただでさえ多いし。じゃやっぱレンズのいいカメラ付ケータイってことかな。ケータイ付カメラって感じでいいんだけど。

あ!でもオレってケータイの取り扱い雑だし、水辺によく持っていくぞ。やっぱ別にしておいた方が安全かな。

今日はろくでもない話題ですいません。

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2007年6月18日 (月)

東京出張

朝5時に羽場さん(野外教育財団理事長にして私の恩人で師匠で商売敵になることもある人)と合流し、東京へ。セカンドスクール事業の研究やら推進をしていくにあたってお世話になりたい方々へご挨拶に伺うというのが今回の出張の主旨です。

まずは東京学芸大学の平野朝久先生のところへ行きました。平野先生とはもう20年近いお付き合いになるでしょうか。あのオープンスクールの浪合学校のコンセプトをつくられた先生でもあります。1時間程度、懇談させていただきました。

中でも「セカンドスクールは学校単位でスタートさせるより、個人単位でスタートさせたほうが滑り出しやすいのではないか。」というご意見には、「地区内、村内、飯田下伊那で募集」してパイロット版をやってみるという私の考えを後押ししてくれた気がします。長野県のふるさと支援金でセンターのお風呂も増改築できる見込みが立ちましたし、こりゃ2学期からでも取り組みたいものです。

それから大学内の学食でお昼を食べ(学生食堂ということの理解が浅かったため、「ごはんの量は?」と聞かれてつい「ふつう」と答えたのですが、それは私の感覚では大盛りでした(笑))、江東区の教科書図書館に向かいます。

そこで早稲田大学の名誉教授、中島博先生とお会いしました。83歳になられますが、矍鑠とされたものです。2時間程度懇談させていただいたのですが、陸軍中野学校に入校した時のお話やら、終戦直前に中国大陸で60万人の日本軍を撤退させるため、わずか1000人で陽動兼殿(しんがり)作戦を展開した部隊に所属されていたときのお話、吉田茂首相のSP時代のお話、民放初のディレクターになろうとされていたけど先輩研究者から熱心に口説かれ教育研究者の道にもどった時のお話、フィンランドに初めて留学されたときの地元の方々との軋轢と昇華のお話など、興味深くて貴重なお話をたくさん聞くことができました。

往復の車内では羽場さんとたとえば、

・センターの山村留学生の様子とか

・キャンプカウンセラーが集まらないが、それは大学生の夏休みとこどもの夏休みが半月程度ずれているためで、これは体験学習推進とか異年齢交流の面で好ましくないのでは、という話とか

・浪合通年合宿記念館(子ども村に設置予定)は日本通年合宿記念館って名前にかえたらどうかという話とか

とかとかとかとか。

いろんな話をたくさんできました。

帰り、石川PAで月餅を買い、車内で羽場さんと食べたのですが、月餅、イマイチ。まあまずいってことはぜんぜんなく、おいしいと言っていいのですが、月餅の中の餡はあれじゃ並でしょ。

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2007年6月17日 (日)

パンづくり と ナス嫌い

今日は日曜日。小学生は松川町生田へ梅採りに出かけています。中学生は部活があったので同行していません。なので、午後は暇そうにしてるのもいます。

そんなひとり、ジョニー君をつかまえて、「おやつにパン作りをしないか」と誘いました。

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ジョニー君、「いいよ」とふたつ返事。早速取り掛かります。

今日はチーズスコーンに挑戦です。スコーン好きですいません。

機嫌よくやってたのですが、ミルクを入れる段で私が大失敗。規定量の倍入れてしまったのです。計量カップは200CCなのに、なんだか100CCのような気がしてがぶがぶがぶと8杯投入。それを疑惑のまなざしで見ていたジョニー。やたらべちゃべちゃになってしまった生地を見て

「あれ、オレ量間違えたかな」

「うん、8杯入れてた」・・・・とほほ。だよなあ、あれだけフツウに入れてたら、ちょっと声かけにくいかもな(笑)

で、小麦粉もなにも倍の量にし、40人分のスコーンの生地ができましたとさ。

一個一個スコーンの形にしたらとても焼けないので、生地をまとめて太い棒状にし、そのまま焼きました。40分くらいかかったかなあ、焼けあがるのに(笑) それをパン切り包丁でスライスして食べました。出来上がったころ、小学生が帰ってきたのでグッドタイミングでした。

調子に乗った私は、夕食の際もパンを焼きました。今度はドライイーストで発酵させるふつうのパンです。強力粉をばんばんたたきつける私を奇異な目でみている子ども達。その視線がちょっと快感でした(笑)

夕食のメインはカレーだったのでナンの方が良かったのかもしれませんが、それでも「おいしい」と喜んでくれました。焼き上がりがちょっと遅くなったので先にカレーライスにして食べてた子もいたのですが、ほとんどの子がペロリと食べてくれたので、ほんとにうれしかったです。

そうそう、センターのこどもたちは野菜を細かくすりおろしたカレーが好きです。でも肉は一口大であってほしいようです(笑) なので私は玉ねぎ、にんじんはもちろん、ピーマン、ナス、トマトも入れちゃいました。

ナス嫌いがいるのですが、その子が完食してから「ジツはナスが入っていたのだよ」と言うと、「げええ、マジかよ、食べちゃったよ」って。食べられたんならいいじゃん(笑)

その日のスープはナスと玉ねぎとワカメのスープ。こちらは「よし、食べる」と気合入れてフツウの量のナスをきっちり食べ、なにやら誇らしげだったのですが、カレーにまで入っていたとは!って感じだったのでしょうかね。

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2007年6月16日 (土)

父の日のプレゼント 2

 朝起きて、親父がつくった朝ごはんを食べ(焼き鮭、豆腐とわかめの味噌汁、五分づきのごはん、サニーレタスたっぷり)、車に乗って出発。

まず嵐山にあるうちのお墓にお参りに行きます。親子3代で線香をあげ、手をあわせます。

それから京都東インターに向かい、一路福井へ。車は順調に進み、福井県の杉津で休憩。

Photo_46 携帯での写真ですからイマイチですが、これ、そこから見た敦賀湾です。やーきれいでした。近くにいた大学生が、「この海って何海?」とか聞いてましたが冗談ですよね???

で、さらに車を進め、福井市の丸岡インターでおり、海に向かいます。目指すはテクノポート福井スタジアム。そこで「京都サンガF.C.対ベガルタ仙台」があるんです。J2第22節です。目下仙台が2位、サンガは3位。

テクノポート福井は球技専用スタジアムですが、サッカーピッチより芝生の面がかなり大きく、観客席までやや遠い印象でした。でも気持ちのいい風がわたる、いいスタジアムでしたよ。

Photo_47 これも携帯からですいません。試合については こちら をごらんください。まあここの読者に「むらさき観戦記」の読者は少ないと思いますがね(笑)

5-1で勝った試合に機嫌を良くし、福井駅に向かいます。私の母と合流するためです。母もサッカー一緒に行こうよと誘ったのですが、「わたしはいかへん」(B型母談)。母は昨夜は滋賀で研修・親睦会、今日はお寺さん対応で、午後1番で福井に向かってきたわけです。テクノポートから福井駅までカーナビ頼りに進んだのですが、躍進しているらしい福井に私の時代遅れのナビは対応しきれず、(だって新しい道がそこかしこ・・・) 結局地図を頼りに行きました。

母と合流してから越前海岸に向かいました。もちろんナビは役に立ちませんが、役に立たないことがわかればどうってことありません(笑)

越前海岸にある某温泉で汗を流し、そこで夕食。もちろん海の幸を満喫。

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それから呼鳥岩で沈む夕日を鑑賞。

Photo_49 これはちゃんとしたカメラで撮影しましたよ、さすがに。

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それから越前海岸をぐんぐん走り(いいところですね。またゆっくり宿泊して楽しみたいところです)、敦賀に入りました。

敦賀で両親とお別れです。両親は敦賀駅からサンダーバードに乗って京都に帰ります。私たちは敦賀インターから浪合へ。

 「父の日のプレゼントなんかいらない、いっしょに飲もうや」と言った父への、私からのプレゼント。親父は何もいわなかったけど、後で母からメールが入りました。「お父さん、大満足だったみたいだよ」って。じゃ、よかったよかった。

 最後に敦賀市の駅前のメインストリートでみつけたオブジェ。なんかね、松本零士さんの作品のオブジェがたくさんあったんですよ。何か関連あるのかしらん。地元商工会のHPを見つけたのでリンクしときます。

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続きを読む "父の日のプレゼント 2"

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2007年6月15日 (金)

父の日のプレゼント 1

 17日は仕事がはずせないので、16日に振り替え休みをいただいて、今日夕方から京都の実家へ行ってきました。行ったのは私とsi。他3名はいろいろと都合がつかず、ふたりだけの京都行きとなりました。

 実家には今日は親父しかおらず、親子3代(3人とも3月生まれ)で焼肉に舌鼓。ビール(と呼んじゃう発泡酒)がうまかったなあ。siは牛乳でやってました(w)

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 それから風呂に入り、siと夜の嵯峨野の入り口を散歩してきました。気持ちよかったなあ。嵐電鳴滝駅から私の母校、嵯峨野高校へ。新丸太町通りをしばらく西に向かい、それからまた鳴滝駅に向かって家に戻りました。暑くもなく寒くもなく、気持ちのいい夜でした。常盤小学校の裏の道を歩いたのですが、そこは植木屋さんの庭木場があって、ちょっとした森のような感じになっているのですが、やはり木々があるところはいいですね。風も光もちょっと違う。人に優しい感じがします。木々ばかりだと時に夜なんか脅威なんですがね(笑)

 明日はこの3人で福井へ行ってきます。

 

 

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2007年6月14日 (木)

食べ物の好き嫌い

 って、あります?私は幸いないんですが、小さい頃はありました。キャベツがきらいだったです。あのにおいがいやで。でも今はにおいなんてしません。たぶん味覚や臭覚が発達途上でアンバランスだったから感じたのかもしれません。

Photo_45 あ、写真と本分は関係ありません。写真はある日のセンターの夕食です。

 もとい。こどもは、好き嫌いが結構あります。たぶん、味覚臭覚の発達途上が関係していると思うのですが、好き嫌いに寛大すぎると、それはなかなか修正されないまま大人になり、大人の好き嫌いはみっともない(と私は思う)ので、困った事になります。これはこどもの成長に関するどんなことにもいえるのですが、どんな大人になってほしいかのゴールイメージをきちんと持って子育てしないと、こどもは絶対大人になるので、みょうちくりんなことになってしまうんです。子どもは子どものままじゃないんですよね。

 できれば、小学生のうちに「好き嫌いはみっともない」「好き嫌いは修正の対象」と思えるようにしたいもの。あるいはせめて「嫌いでも食べる」ってことはできるようにさせたいですよね。食べるという行為は毎日3回はあるわけで、そこでたびたびドラスティックな好き嫌いをしているようじゃ、そのメンタリティは当然本人のアイデンティティにも影響をあたえるに違いないように思います。針小棒大かもしれませんが、一事が万事ってこともあるんです。食事を大事にすることは、人生を大事にすること。

私は好き嫌いはありませんが、食事を大事にしない傾向があったので(栄養とかカロリーとかあんまり気にしないで食べる)ここは修正が必要と感覚を練り直しているところです。

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2007年6月13日 (水)

ようやく種まき

うちの畑、今日ようやく畑にじかに種まき(一部)しました。未曾有の遅さです(笑)

1ヶ月遅れくらいかな。でもね、いいんだよ、それで。たぶん。

育苗箱にはズッキーニときゅうりの芽が出てきてますし、mがこしらえたミニ菜園では小松菜が順調に育っています。

いかにも遅いカンジがしますが・・・うちはこれでいいんです。だって夏休みに畑をいじる余裕なんてないもの。キャンプキャンプキャンプキャンプ。家にいる時間なんてほんとにない。

うちにいないんだから、畑もいじれない。家内も同じ仕事してるわけですから同様です。じっくり夏近くまで放置して、それからやおら作付けしていく、ってのがよさそうなんです。8月末から9月にかけて収穫開始、ってなカンジがいいと思うのだよ。

だから、ようやく種まきなのです。苗も時期はずれで購入できないことも多いので、種から自分たちで育苗し、おいしい野菜を食べてもらうようにしましょう!

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2007年6月12日 (火)

学校の夏休みの工作キット集に・・・

 ピンホールカメラがあったんですよ。お値段1890円。

 ピンホールカメラは魅力あるよな~。私もひとつペーパークラフトでつくったやつを持っているのですが、たとえばそれはこんなふうに写ります。

Photo_43 これは京都市右京区の嵐電鳴滝駅です。まあどこの駅でもいいのですが、なんだかぼんわり写ってるでしょ?でもピンボケとかじゃない。もう究極にやわらかい描写っていうのでしょうか。いいですねえ。

でもピンホールカメラはフィルムを使うので、DEPしてスキャンという作業が必要になります。ちょっと面倒。露光時間とかも結局カンだし(私の場合はね)。

しかも今はすっかりデジタル派だもんな。こってりした色になりにくいのが不満なんだけどさ、デジタルは。元ベルビア派ですから・・・私。

で、レンズベビーなんてのにはまった時期がありました。まあ、デジタル一眼向けのピンホールとでもいいましょうか。ボディが蛇腹になっているのでそれを片側だけ圧縮するとかして画面に流れのような印象を与えたりすることも可能なレンズ。作例は以下。

Moemoe

Sakura

これはこれでかなりおもしろいのです。でも、フィルムカメラに未練があるのも事実でして。

eos-3なんて数ヶ月手にしてないくせにね。リバーサルの現像はまた面倒だし金額も高いし。もっぱらeos20Dばっかり。で、デジタル一眼でがしがし撮影するくせに、曲者レンズでアナログなカンジをべたべた付与してるわけなんで、ほんとへそ曲がりな私です。

へそ曲がりだから、やっぱフィルムへの未練ってのがあって。あのスローなところがいいんだよな。ってことはベルビアみたいな色気ムンムンのフィルムでピントびったしで撮影するより、アバウトな感度800とかのネガフィルムでまったりピンホールカメラを楽しむのが、もしかすると今私が求めている撮影スタイルなのかもしれません。

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2007年6月11日 (月)

「不都合な真実」が来るぞ。

飯田に「不都合な真実」が来るぞ。

南信州では、地球温暖化防止活動推進員方々が発起人となり、ヒューマンドキュメンタリー映画「不都合な真実」を観る会が設立されました。

私も長野県環境ウォッチャーというお役をいただいているので、そのご案内をいただき、センター職員もまとめて会に入会しようと思っています。

ご承知の通り、この映画はアメリカ元副大統領のゴア氏が手がけたもので、図書もあるのですが(これも良い出来です)、2007年のアカデミー賞(ドキュメンタリー部門)を受賞している傑作です。映像や科学的なデータに基づき視聴者の視覚や意識に訴えることで大人だけでなく、こどもにも分かりやすく製作されています。(ここの文章は 映画「不都合な真実」を観る会の設立について BY設立発起人  の文をずいぶん流用させてもらっています。スイマセン)

飯田下伊那の方でこれを読まれた方、ぜひご覧になってください。観る会の会員になると、1800円のところ1000円で鑑賞できますよ!

会の目標としては、チケット総数1440枚のうち、約3割にあたる500人の会員確保をめざしておられるようです。ご協力お願いします。

お問い合わせ、入会申し込み先は

下伊那地方事務所 電話0265-23-1111(内線:2155 松島、2156 宮島)

です。

なお、上映期間および映画館は

・6月16日~29日(木曜日休館)

・午後3時半から と 午後6時半からの2回です。

・千劇シネマズ

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2007年6月10日 (日)

ダッチオーブンでパンを焼く時の注意点

あのですね。

ダッチオーブンでパンを焼く時にですね。焼きあがったら、すぐにオーブンから取り出しましょう。普通そうすると思うのですが、複数のダッチオーブンで焼く時、ついつい、先に焼きあがった方を入れっぱなしにしてしまうことがあるんです。

そうすると、当然のことながら、パンの焼きは進みます。せっかくおいしく焼けたパンが、ぱさぱさになり、こげこげになってしまいます。これは悲しい。

みなさん、ご注意下さい。

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2007年6月 9日 (土)

キャンプを楽しもう!

長野県立松川青年の家の主催事業「キャンプを楽しもう」の講師を茶とふたりでしてきました。今日と明日です。

例年もう1,2週後に行われてきた事業ですが、入梅前にしようということで今日明日の開催となったわけです。でも、雨(笑)

参加者は60名とたくさんでした。この手の事業としてはなかなかの入りではないでしょうか。うち15名ほどが信州大学教育学部からの教育参加の学生さんです。他は一般の方、親子参加の方も相当いらっしゃいました。なのでとても年齢層が広く誰向けに喋ればいいのか場面場面で適切にチョイスしなければいけないという難しさは確かにありました。けど根がいい加減な私はそんなに悩んでいません(断)

内容は、

1.自己紹介ゲーム体験

2.テント設営トレーニング

3.ダッチオーブン料理(たこめし、スコーン)

4.キャンプファイヤー体験

5.野外ゲーム体験、ロープワークなど

6.安全管理についての座学

です。

雨のため一部プログラムを入れ替えたり内容を変えたりしましたが、参加者のみなさんの協力のおかげで順調に進んでいます。

いくつか写真をアップしておきます。

Matukawatya Photo_39 Photo_40 Photo_41 Photo_42

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2007年6月 8日 (金)

ダッチオーブンでつくる「スコーン」

ダッチオーブンは万能鍋。パンだって焼けちゃう。今朝はおいしいスコーンを手軽に大胆につくってみましょう。今回は鍋の蓋に火をのせます。オキ(炭火のような状態になっている火)が必要ですから、まず、何はともあれ焚き火をたくところからはじめましょう。

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     材料(8人分)

     薄力粉 400グラム

     ベイキングパウダー 8グラム

     バター 50グラム

     塩 4グラム

     砂糖 60グラム

     卵黄 2個分    ・牛乳 200CC  ・マーガリンやジャムなど

     手順

     焚き火をつくります。

     薄力粉とベイキングパウダーをボールなどで混ぜます。

     そこへ小さく切ったバターを入れ、手でよくこねて②の粉になじませます。バターはボールなどの底に押し付けるようにするとよく混ざります。

     ③の中に卵黄と塩と砂糖を入れよくまぜます。

     ④に牛乳を半分入れてざっくりと混ぜます。まざったら、残りの半分をいれて混ぜます。ひとかたまりになればOK。ちょっとねばねがするくらいが丁度です。

     生地がくっつかないように手と台(まな板など)に小麦粉をふるい、生地を人数分にわけ、厚さ3~4センチの缶詰型に成形します。そして15分くらい休ませましょう。

     ダッチオーブンにクッキングシートをしき、その上に成形した生地を乗せます。

     そして焚き火へ。ダッチオーブンの下の火力が1に対し、蓋に乗せる火力は2の割合で。要するに、上からの火力が強くなるようにすればうまくいきます。蓋の上に火を乗せるときは、スコップを使うと良いです。

     15~20分くらいで焼き上がり。マーガリンやジャムをつけて、さあどうぞ。

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2007年6月 7日 (木)

ダッチオーブンでつくる「タコ飯」

ダッチオーブンは万能鍋。ごはんだって炊けちゃいます。今日は大人からこどもまで大人気のタコめしをつくってみましょう。焚き火にボン!でOKなダッチオーブンの魅力をお楽しみください。

     材料(2人分)

・タコあし(生が一番よいが、煮たこ、蒸したこでもよい)1~2本

     米 2合。おおめです。あまったらおにぎりなどにしましょう。

     万能ねぎ 2分の1束 ※写真のは万能ねぎがなかったのでエンドウを一緒にたいてみたときのものです。エンドウには薬味効果は期待できませんが、緑が鮮やかでうれしくなりますね。

     しょうが 一片

     水 2カップ強。お米をたくために必要な分です。

     酒 大匙1

     塩 大匙2分の1

Kc320032■手順

     お米はといで必要な水に浸します。ダッチオーブンの中でといでもOKだし、重いようならボールでといでからダッチオーブンの中に入れてもいいです。同時に焚き火を起こしておきましょう。

     生タコなら塩でぬめりをよく落として。タコはぶつ切り。細かくしすぎると食感が寂しくなるので1.5センチくらいはほしいかな。

     しょうがはスライスします。これはなるべく薄くスライスしましょう。

     ダッチオーブンの中に(すでに米と水が入っているとして)、②と③を入れ、酒と塩を必要分入れ、さっくりかき混ぜ、ふたをします。

     焚き火にダッチオーブンを乗せます。水平においてくださいね。なお、今回の料理では、ダッチオーブンのふたの上に火を乗せる必要はありません。それは明日のお楽しみ。

     沸騰したら、火を弱めてください。(水をかけたりせず、火のついた木をいくらか取り除き、別のところへ移せばOKです)弱すぎるとなかなか炊き上がりません。焼肉や焼きそばがじゅうじゅうとストレスなく焼けるくらいの火力が適切でしょう。

     そのままぐつぐつと。15分くらいでしょう。

※多少のおこげはおいしいですが、焦げすぎると食べるところが少なくなるので、時々近くに行って焦げていないかにおいで確かめましょう。焦げてたようなにおいがしたら、思い切ってふたをあけて中を確認し、水気が残っていないようなら火からおろして蒸らしちゃいましょう。

     できあがったら火からおろし、焚き火の熱が伝わらないところにどんと置き、10分くらい蒸らしてください。なお、人の通り道の邪魔にならないよう、注意注意。またダッチオーブンはたいへん熱くなっていますから、取り扱いに注意!

     蒸らしたら万能ねぎをバババとふりかけ、さっくりかきまぜて、さあどうぞ!

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2007年6月 6日 (水)

ああ、親父。

私は今お父さんですが、私にもお父さんがいました。お父さんは今、何をしているのでしょうか。

 私は京都生まれですが、お父さん、私の父は京都で生まれ育った人ではありません。栃木県の小山市のはずれ、日光の山並みと筑波の山々が見える関東平野のはしの方で大きくなった人です。

 私は親父にいろんなことを学びました。だけど、せつないことですが、まったく学ぼうとしなかった時期もありましたね。思春期といわれる気難しいころ。親父は仕事が忙しくて、平日は殆ど家にいませんでした。ええ、私が寝るまでに帰ってきたことはないし、私が起きるころにはもういませんでした。本当に帰ってきていたのかい、と思うくらいです。

 だから親父との会話なんて楽しんだことがなかった、なんて思い込んでしまった。だから親父には何も教えてもらっていない、なんて思い込んでしまった。

 高校1年生のある夜、めずらしく説教を垂れてきた親父に、私はひとこと「あなたに教えてもらったことは、あなたのような父親にならないようにしようってことだけだ」とにべなく言い放ち、得意になったことがあります。その時の親父の無念さは、いくばくだったのでしょうかねえ。けど親父は何一つ言い訳めいたことはいわなかった。

 得意げになった私ですが、だけどやっぱり心の中では忸怩たるものがあって、さてどうやって謝ったら良いものかぐじぐじ考えるんだけど、どうにもいいアイデアは浮かばない。どうにも謝りようがなく、結局一言の和解の言葉もいえないまま、私は長野県に進学してしまったのです。

 それから4年後。私はですね。将来を約束していた人がいました。その女性は遠い所に住んでいて、仲良くやっていたつもりだったのですが、ある日突然ふられました。別の人と結婚するというのです。私はおかしくなりましたね(笑) いえ、笑ったわけじゃありませんよ。昼夜は逆転し、酒以外のものは喉を通らず、外に出ることができず、出ても猛烈な吐き気に襲われたり急に叫びたくなってしまったり。

 そんなとき、私はここに居続けてはいけないと思い、電車に飛び乗って親父の生まれ故郷の親戚の家に向かいました。親父はそのころ筑波の研究所勤めだったので、親戚の家、つまりは親父の生家で起居していました。・・・なんで私は親父のいるところを目指したのか、今となってはわかりません。多分当時の私にもわからなかったのではないでしょうか。

 親父の生まれた家は、古い農家です。その客間で私はいとこのおじさん相手に、ついぐずぐずと愚痴を話していました。女なんて・・・って話です。いとこのおじさんはうんうんと話を聞いてくれました。そこに親父が帰ってきました。すっかりいい気になっていた私は、またぞろ、女なんて・・・って話を親父にし始めようとしました。

 そのとき、親父はぴしゃりと

「ふられたかれって、つきあってくれた女のことを悪くいうやつがあるか」

と低くでも断固とした声で私に向かって言いました。

 私ははっとしました。そして、自分の意気地のなさとか、なさけなさとか、人としての正しい有り様みたいなものを、私は親父のその短い一言ですべて悟りました。

 親父は何も教えてくれなかったなんてウソだ。そう思いました。

 私を自然の中に連れ出してくれたのは親父です。木登りも焚き火も蛇のつかみ取りも、マムシがどんな奴でどんなところにいるかとか、蕨はどんなのが採り時なのかとか、川での魚の捕まえ方とか・・・。水泳を仕込み、野球を仕込んでくれたのも親父です。汗を流す気持ちよさ、作業するときのケリのつけ方、そして世の中の人に役に立つ仕事を一生懸命やることの尊さを身をもって教えてくれていたのも親父でした。学ばなかったのは、学ぼうとしなかったのは、ただ私の未熟がなしたこと。

 今私の親父を70を少し越え、いまだに健在で中小企業を応援する活動をしたり産学合同の事業の仕掛けをしたり、実に楽しそうに仕事をしています。

 私は親父と酒を酌み交わすことといっしょにスポーツ観戦することが無上の喜びとっているのですが、しかし最近はちょっと足が遠くなっています。

 私は、あなたの息子の私は、あなたの大きさに少しおののいていて、恥ずかしくない自分でいないと、ちょっと酒の相手もしずらいな、と。

 そんな時、親父からメールが入りました。

「もうすぐ父の日だけど、プレゼントはいらない。いっしょに飲もうや」

と。

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2007年6月 5日 (火)

自賠責に入っていないバイクの事故で困ってます。

おっと、私やスタッフ、関係者が自賠責の入っていないバイクで事故したわけじゃないですよ。

自賠責ってのは交通被害者救済が目的で、たとえば自賠責をかけてある車が事故においてそれほど悪くなくても、被害者が怪我したり死亡したりした場合は保険金が支払われる仕組みになっています。重大な過失が怪我した側にあったとしても(たとえば過失割合が1-9でも)支払われる保険金は2割減額されるだけです。

で、自賠責てのはそれだけ交通被害者を救済する目的で必ず加入させるものだから「強制保険」なんていわれるわけですよね。車を運転するときに自賠責加入証明書を携帯していないと30万円以下の罰金だったけかな。未加入で車運転したら6点減点で50万円以下の罰金か1年以下の懲役だそうです。かなりきつい罰ですよね。てことは、「ちゃんとはいっておけ」ってことだと思うんです。

ところが、私の周囲で今回経験した事故は、バイクの運転手が自賠責に入っていない。これ、いろんな面で困るんです。もちろん任意保険にも入っていない。だから事故の過失割合は保険屋同士の話でってわけにいかず、当人同士の話し合いになる。けどそんなきわどい話、素人がなかなかできませんよ。

過失割合が、結局、補償やお金の問題に直結します。素人が損得勘定むき出しでやるわけにはいかない。うまくいきっこない。

それだけじゃありません。入院治療費についても、自賠責(と任意保険)に入っていればそこから支払われるべきものですが、入っていないとなると、当然未加入だったのは相手のミスだからそこに請求すべきところだけど、それだって右から左に進む話じゃないとなると、どこでとりあえず立て替える?ってな話になる。誰かがどこかで相当な迷惑をこうむることになりますよね。

だからみなさん、とりわけ車検のない250CC以下のバイクを運転されている方。自賠責に自分がちゃんと入っているか、どうかご確認ください。もらったような事故でも、相手が交通弱者だった場合、賠償の責任は必ず発生するのですから。

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2007年6月 4日 (月)

モンテネグロ対コロンビア

うちのmくんが昨日、ひとりで松本アルウィンまで行き、キリンチャレンジカップのモンテネグロ対コロンビアを観戦してきました。前座ゲームのU-16の日本代表対長野県国体選抜も楽しめたそうです。以下mが撮影した写真をいくつか。

U16 Photo_36

Photo_37 Photo_38

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2007年6月 3日 (日)

全日本少年サッカー大会 長野県大会初日

 今日は全日本少年サッカー大会長野県大会の初日でした。私は仕事で応援にいけませんでしたが、家内が行ってきました。

 siとあっくんがアザリー飯田で出場。今日の背番号はsiが12、あっくんが14でした。Jくんは3です。なんでもこの大会への登録順に背番号をつけたとかで、いつもならJくんが10、siが11なので、ちょっとヘンな感じがします。今日の10番はキャプテンでCBのハタチくん。

 大会は全部で108のチームが参加です。いくつかの会場にわかれ、今日1回戦と2回戦が行われます。

 さて、アザリー飯田U-12の試合。初戦は掘金との対戦。Jくんはボランチ、siはトップ下、あっくんはセンターフォワードで出場。なおシステムはいつもの3-4-3です。

 先制はアザリー。ロングスローのボールをsiが受けてするどくシュート。そして追加点は右から3人を交わしてsiが入れたクロスをリキが蹴りこんでゲット。後半1点奪われるものの、さらにsiが駄目押しとなる得点をあげ、3-1で勝利。いつもその日の最初のゲームの勝率が悪いアザリーですが、今日は負けたら終わりのトーナメント、選手の気合も違っていたのかもしれません。

 2回戦は木曽のチームとの対戦。前半最初から押し気味のアザリーですが、なかなか得点が奪えません。このまま前半終了か、という時、右からJがあげたクロスをよしきが折り返し、あっくんがシュート!これが決まって先取点を奪います。後半1点を返され同点になりますが、スリートップの左のヨシキ、右のリキが次々ゴールを陥れ、このゲームも3-1で快勝。3回戦にコマを進めることができました。

 3回戦は6月10日。私も家内も仕事や用事で観戦できないのが残念です。

 

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2007年6月 2日 (土)

mのテニス個人戦。

 無念の初戦敗退。残念だったなあ。今夜私は宿直なので、mの話をきいてやることはできない。まあたとえ側にいても、ぐだぐだと話をするような男ではないが。

 来週は団体戦。上の世界を見るためにも、勝ち上がってほしいと願うのだよ。

 それにしても。勝ちたかっただろうなあ。

 そんなmは明日、ひとりでキリンチャレンジカップのモンテネグロ対コロンビア戦を松本まで見に行く予定です。国を代表するチーム同士の戦いそれもA代表の戦いが見られるなんてうらやましいですね。私?私はもちろん仕事です。

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2007年6月 1日 (金)

もう一度。

 今日は遅番でした。なのでふたりの食事当番の子と晩御飯を作りました。今日はカレーにしました。しかしただのカレーではありません。たっぷりカレーです(笑)

 明日は中学生の部活でテニスの大会があります。朝は早いです。お弁当が必要です。で、カレーをつくっておくと、朝ごはんはカレーですむので、お弁当づくりが進む。カレーは目を覚ましてくれるので朝の動きもよくなる。もういいことづくめ(笑)

 明日の分までつくるとなると、ざっと40人前になります。爽快ですね、40人分のカレーの材料を並べると。私がつくるカレーのうち、結構人気があるのはキーマカレーなんですが、今日は具の大きいカレーにしました。朝になると、味がよくなるのは具が大きいカレーですからね。

 おいしいおいしいと食べてくれた子どもたち。明日の朝ももう一度「おいしいおいしい」を聞かせて下さい。

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