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2006年2月25日 (土)

僕が通年合宿の仕事をしているわけ⑥

その⑤の続きです。




 6月に結婚式をあげた。
 新婚旅行をかねて四国へ行き、香川県高松市の結婚式場に併設されている小さな教会で式をおこなった。ふたりだけの結婚式、と洒落てみたのだ。四国にはそれまで行ったことがなかったが、なんとなく気になるところだった。祖母が幾度か四国に旅行に行っていて、その土産話をうらやましく聞いていた覚えがあるが、もしかすると四国が気になる理由はそんなところにあるのかもしれない。ふたりだけの結婚式というのは、別に積極的な理由じゃなかった。仰々しいことが好きじゃなかっただけだ。
 四国でふたりだけの結婚式・・・。なんだかヘンな組み合わせである。
 ヘンな組み合わせは意外な展開を呼んだ。
 神父さんは外人さんだった。雰囲気のあるひげを顎にたくわえ、いかにもそれらしい。こりゃいいぞ、なんて思ったものだ。おごそかな式場で、青い目の神父さん。入場してきた私たちを愛情深い瞳でひと時見つめ、一言。
「ほなはじめまひょか」
思わず吹いてしまった。あまりに見事な関西弁だ。クレームのつけようがないアクセントと抑揚だった。妻は式の間中、ずっと鼻水が出たままだった。もちろん神父の関西弁に吹き出してしまった痕跡である。
 また「ふたりだけの結婚式」はこのあたりではめずらしかったらしく、式場の掃除係のおじさん、おばさんから営業や裏方のスタッフの方まで列席してくださり、
「大丈夫、幸せになれるって」
などと涙を浮かべながら声をかけてくれた。どうやら私達はあまり幸せそうには見えなかったらしい。営業の方は式の様子の一切を使い捨てカメラで撮影してくださり、
「これ、どうぞ」
とプレゼントしてくださった。貸衣装代なんて、なんと規定料金の一割だ。一割引ではない、一割である。びっくり価格だ。それなりの現金を握っていた私たちだが、当然のこと
「恐れ入ります。助かります」
なんていってそのチャンスを素早くゲットしたことは言うまでもない。

 高松から高知へ移動し、桂浜まで足を伸ばした。学生時代、司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」を読んで、またこの頃連載していた小山ゆう氏の漫画作品「お~い竜馬」を読んで、どうしてもこの桂浜に来たかったのだ。
 桂浜に坂本竜馬記念館という施設があり、そこには竜馬の足跡を日本地図にあらわす装置があった。竜馬の生涯を数分程度に短縮し、竜馬が活躍した場所をその期間に相当する時間だけ発光させるという仕組みである。竜馬は若くして暗殺されるわけだが、その死を迎える直前の数年は、まさに東奔西走、縦横無尽に動いている。そのことがこの装置で視覚的に、直感的に伝わってきた。
 人が動くと書いて、働く、である。まさにそうだと納得した。
 竜馬に触れた多くの若者がそうでなるように、僕も竜馬のように生きたいと思った。郷士の身分でありながら、果ては浪人になっても大きな夢を描き続け、否、夢を見るために浪人となり、大きな仕事をした竜馬。そんな生き方に、あこがれた。
 桂浜では、用意してきたコップ酒をあおって海を眺めた。
「海はでかいのう」
文字でし知らない土佐弁が口をついた。
 その夜、皿鉢料理を食べた。びっくりだ。二人前だなんて思えない。その上それに八寸はもちろん茶碗蒸しだの天ぷらだのがつく。豪快なものだ。二人で遮二無二舌鼓を打った。まさに料理と格闘したのである。断言してもいいが、あれは4人前だ。

 新婚旅行から帰ったら、すぐに7月だ。短期キャンプのシーズン開幕は、もうすぐそこである。つかの間の結婚式付新婚旅行が終わると、正真正銘の戦場が私を待っていた。
(つづく)

あと一回で今までの掲載分はおわります。ごめんね。

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