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2006年1月31日 (火)

手ぶれ補正カメラ

 最初に。この記事は「下書き機能」ってやつを始めて使ったものです。前日までに書いておいて、別の日にアップできるんですねブログの威力のひとつを思い知りました。
 
 さて。 

 私にとってはあんまり関係ないことのですが、手ぶれ補正カメラがずいぶん世に出てきていますね。もともとはキヤノンがレンズに搭載した手ぶれ補正機能、昨年あたりはコニカミノルタがボディに内蔵して全ての交換レンズで手ぶれ補正ができるようにしたし、今日のニュースではオリンパスが撮影後の画像を処理して手ぶれをなくすデジカメを発売する、と報道していました。
 そもそも、この手ぶれ補正というのはなんと第二次世界大戦のころに開発された技術だとか。遠くにいる敵を早く正確に知る事は局地戦ではことのほか重要。そういう観点から生み出された技術だったと記憶しています。双眼鏡に使ったのか、照準機につかったのか、そのへんの記憶はあいまいになってしまいましたが。
 ところで私、デジカメが主流になってから手ぶれに悩む人が増えたのではないかと思っています。メーカーが次々手ぶれ対策をしているのは、そうした声に対応するためではないかと。
 どうして手ぶれ写真が多くなったかというと、ひとつはカメラの形状だと思います。小さく、軽い。これ、手ぶれしやすいカメラだって言ってるのと同じです。シャッターを押すアクションさえ、ボディに影響を与えそうです。
 もひとつ。メーカーのCMやポスターで、片手で顔から離して写真を撮っているモデル、よく見ませんか?軽快さをあらわしているのだと思いますが、これ、手ぶれするに決まってる撮影ポーズです。かっこよく見えますが、どの写真教本を見たって、片手で撮りましょうなんて書いてありません。だって手ぶれしちゃうもの。でも、その撮影スタイルがかっこよく見えるものだから、みんな真似しちゃう。
 そしてもうひとつが、液晶画面の存在。ボディ背面の液晶画面を見ながら撮影すると、確かに被写体を見やすいですよね。液晶画面はファインダーより大きいのですから当然といえば当然ですが、しかし液晶画面を見るということは、顔から離してみるということ。ところがカメラとは、両手で構え、ボディ背面の一部を眼窩の上や鼻を当て、3点で支持して撮影するものです。しかし、ことコンパクトカメラは小型だし、ましてデジカメになると液晶画面を見ながら撮影すると便利だしサマになる。そんなわけで、顔の一部で支持して撮影する姿はホント見なくなりました。
 ピントにシビアな世界にいるプロやハイアマチュアな人たちは、今は画素が大きいのでパソコンのモニターで拡大して見るとボケが目立つからホント厳しいんだよなとおっしゃいます。確かにそうです。でもそれと上のレベルでの手ぶれ・カメラぶれの話とはまったく別。次元が違います。
 メーカーは、そうした次元の方々へのアピールとして、次々手ぶれ補正機能を搭載したカメラを市場に投入していくのでしょう。
 でも。カメラの構え方ひとつでだいぶ手ぶれは軽減できる筈。またカメラを購入する際のチョイスも重要です。小さく軽い、がすぎると手ぶれ専用機になってしまいますから。
 またカメラの感度設定をいじるだけ(いじれる機械なら、ですが)でもだいぶ手ぶれに強くなるはず。シャッタースピードの確認も忘れずにね。
 機械に頼らず、デジタルに頼らず、手ぶれを防ぐ工夫はまだまだできますよ~と思うんですよね。

 
 

 ところで私が手ぶれとはあんまり関係、なんて言った理由ですが・・・。
①マクロ撮影では三脚必須
②人物撮影では絞り開放を好む
③スポーツ写真では感度3200とか選択しちゃってる
④スナップは・・・手ぶれも作品のうちだ、とか思っちゃってる
ってところが原因です。
風景写真は・・・撮ってます。感度の調節か三脚の使用で絞り込むことを可能にしてます。けど、あんまり私の守備範囲じゃないんですよね、風景写真は。今のところはね。私の写真の一部はここでご笑覧ください。

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2006年1月30日 (月)

村の書道教室

 旧村の公民館には書道教室と珠算教室、陶芸教室がありました。
正月に合併して以降、書道教室などは今まで通り行われていますが、4月からどうなるかは不透明なようです。
 というのも、合併先の村は書道教室などは民間がやっています。一部社会教育活動の一環として行われているものもありますが、季節限定だったりして、技術の向上に適切だと言い切れるものではありません。とりわけ、こどもの手習いに季節限定の習字はどうかと思います。
 それはともかく。
 浪合地区には民間の書道教室はありません。珠算教室もありません。公民館の教室がなくなると、それらはクルマで片道15分から20分くらい離れた新村の中心街にまで行かないと受講できなくなります。もちろん自転車でいける距離ではありません。
 旧村の取り組みは、残して欲しいものばかりなのですが、この公民館の教室もそうです。しかし、実際のところ、受講生は少ないのです。市場原理からいえば、淘汰されるべきかもしれません。でもそんなことを言い出すと、この旧村に住んでいることが市場経済に反するようなものだから、この地区にいることが悪いみたいな話になると思うのです。しかしそうでしょうか。人間らしいくらしは、実は小さな政府が機能するところだと私は思いますし(「行政は半鐘の聞こえる範囲」とまでは言いませんが・・・」)、それからすると今の町村合併は人間らしさという視点からは逆行しているようにも見えます。
 合併は「サービスは高い方に、料金は低い方になっていきますよ」なんてことを、国の合併推進論者はさかんに言っておりました。しかし実際、そんなにうまい話はなかなかありません。対等合併でもそうなのですから、編入合併でしかも編入された方はなおさら厳しい立場に立たされるでしょう。合併前に思い描いた地域の姿と実際の姿がかけ離れていて、該当地域の合併推進論者をして「こんなはずではなかった」という言葉が出てきているのが実際です。(うちの村のことではないですよ。これは隣の県の某市と越県合併した村の人の言葉として聞いています)
 そりゃそうですよ。だってリストラのための市町村合併なんだもの。このリストラは経済効果はあるでしょう。しかし、山間や島部で、平成の今まで合併しようにもできなかったところは、自治権を衰退させるおそれのある合併しか生き残る道が示されておらず、それら地域の瓦解につながらなければいいと本気で思います。合併しない宣言をしている村は相当な覚悟の上で村政を見直していますが、それとてどのくらい持ちこたえることができるのか。
 私は山村留学をくらしの生業にしています。山村でのこどもの育ちが、人の育ちに大切だと信じる者です。山村にはコミュニティが生き、日本らしい文化が生のままであります。それは博物館にある展示物ではなく、生きて、現代の風にさらされながら、しなやかに(←この言葉はまやかしみたいであんまり好きになれなかったのですが)そこにあるのです。
 山村を大切にすることは、日本を大切にすることに他ならないように思います。市場原理の荒波、またグローバリズムという荒波にもまれる山村は、これからどうなっていくのか。
 山村が輝くために、何ができるか。書道教室の行方を考えるとき、私はいつもそのことを逡巡として考えてしまうのです。
 私たちの村の合併が、いい未来をつくれるように。旧村がみじめな思いをしないですむように。力になれることを、したいです。

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2006年1月29日 (日)

ネイチャー雪合戦なるもの

 私たちがはまっているネイチャー雪合戦について、そのやり方を紹介しましょう。

■コートの場所 雪がある森。草原でもよいが障害物(ちょっとした藪とか)があるとオモシロイ。くぼみとか倒木とかあるとイイですねえ。高低差がある程度あっても戦略的に面白くなる。
→ここがネイチャー雪合戦のネイチャー雪合戦たる所以。自然の地形を利用することであれこれ考えることが増えます。ここがいいんですね。
■コートの広さ 250~400平方メートルくらい。コーンなどでコーナーに印をしておくとよい。必ずしも四角のフィールドでなくてもいいがプレイヤーがわかりやすいように。
■プレイヤー 1チーム5~10人くらい。
■プレイヤーの役割 大将1名。他はチーム戦術によってFW、MF、DFなどに適宜分けるとよい。分けなくてもよい。
■審判 主審、副審がいるとよい。主審がゲームの開始、終了を告げ、主審と副審がアウト、セーフのジャッジをする。ただし、プレイヤーの自己申告(とりわけ被弾者)によるアウト判断を尊重する。
■時間
・作戦タイム90秒・・・戦略の確認、役割分担、雪玉つくりあり。 
・ゲーム 5分・・・ロスタイムなし。
■ルール
・雪玉があたるとアウト。味方からの玉でもアウト。
・雪玉が着弾前に半分以上が砕けた場合はアウトとしない。
・コートの外に著しく出た場合や、繰り返して出た場合、審判にアウトをコールされることがある。
・地面に当たった玉が体に当たった場合はセーフ。
・しかし木に当たった玉が体にあたった場合はアウト。ただし玉が半分以上砕けていない場合のみ。
・アウトになったものはすみやかにコートを出る。
・アウトになったものが戦略をあたえたりコーチングをしたりすることはよい。
・アウトになったものが雪玉を提供してはいけない。
・マナーが悪い場合は審判にアウトをコールされる場合がある。アウトになったもののマナーが悪い場合は勝利ポイントを剥奪される場合がある。
■勝敗
○時間内にゲームが終わるケース
・時間内に相手チームを全滅させた場合。
○5分経過時の勝敗
・残ったプレイヤーの数の多い方が勝ち。
・同数の場合は大将が生き残っているほうが勝ち。
・大将が両方とも生き残っている、またアウトになっている場合は引き分け。
■勝利ポイントについて
・勝ちチームには50点、大将をアウトにした場合はさらに50点、相手を全滅させた場合はさらに50点が加えられる。(最大150点の勝利ポイントが得られる)
・引き分けの場合は両チームに20点ずつが加えられる。
■進行
・まず各チームで大将を決める。大将は1ゲームごとにかえる。
・大将同士がジャンケンし、勝った方が陣地を選択する。
・作戦会議→ゲーム。
・勝敗。勝利ポイント確定。
・陣地をかえてもう一戦。
・作戦会議→ゲーム。
・勝敗。勝利ポイント確定。
・勝利ポイントの多い方が勝利チーム。
※リーグ戦の場合はこの勝利チームで順位をつける。

■サドンデス方式
・上勝敗のほかに、大将がアウトになった時点でゲームが終了する。
・勝利ポイントについては上に同じ。

■三つ巴戦
・フィールドを三角形にし、3チームで対戦する方式。
・先に全滅したチームが3位、次に全滅したチームが2位、最後まで生き残ったチームが1位。
・ゲーム時間が終了した場合は生き残ったプレイヤーの数で順位をつける。同数の場合は大将が生き残っていた方が順位が上になる。
・勝利ポイントは1位100点、2位は50点。

こんなふうに楽しみます。いろいろ工夫してやってみてください。
おもしろいですよ~

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2006年1月28日 (土)

雪合戦

 今日は「こども夢基金助成事業」で「森のつどい」を行いました。
参加者は全部で18名です。隣村からも参加者があって、うれしいです。
 今回の企画は雪遊び。
 午前中は雪玉的あて、雪上ミニトライアスロン、スノーフラッグを楽しみました。
 応援しながらアイスクリームをつくります。
 野外的手作りアイスのつくり方はまた別の機会に掲載しますね。
 お昼ごはんはチーズフォンデュです。この料理は初体験のこどもたちが殆どでしたが大好評。チーズはすっからかんになってしまいました。
 で、ですね。午後はネイチャー雪合戦なのです。
 雪合戦は楽しいですね。それを森の中でやるから、ネイチャー雪合戦。
 立ち木や地形を利用して戦略的に戦えるわけです。こたえられません!!
 私、途中で用事があって帰ってしまった子のかわりにあるチームに入れてもらい、選手としてプレーさせてもらいました。
 1チーム7人でプレー、作戦会議が2分、プレー時間は5分です。
 3チームでリーグ戦。それぞれと2回戦うので、1チームあたり4試合となります。
 うちのチームの結果は、3勝1敗。みごとなものでしょ?
 大人が入ってるチームが勝つに決まってんじゃん!!と思われるかもしれません。
でも、私、あまり役に立っていませんでした。だいたい開始1分くらいでアウトです。やっぱ大人って的として狙われやすい。それまでに私は敵をひとりアウトにできているかどうかってところ。3年生の女の子を狙って逆にやられたこともあります(とほほ)
 ただ・・・。アウトになっても指示は出せるので、その部分では大きな貢献ができたかもしれません。大人げなく勝ちを狙いにいきますから(笑)
 でも、うちのチームのこどもたちはよく戦った。数的不利な状況(たしか2-4)から逆転して勝ったゲームもありました。
 これはほんとうにおもしろい!
 もっと広く呼びかけて、大勢でやってみたいです、ネイチャー雪合戦!
 この雪合戦のルールとか、その他の雪遊びのやり方も後日アップしていきますね。

 そうそう、私の友人が田舎暮らし関連のブログを開設しました。当ブログにもリンクを張るのでよろしくお願いします。
 そうそうそうそう、今日、ヤフー検定のデジカメエキスパート1級の証明カードが届きました。ちょっとだけ、にんまりしました。

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2006年1月27日 (金)

若木骨折

 学校の帰りに氷の上で転び、手をついてしまって痛めた子がいました。
 手首の上です。見たところもやや腫れています。これは折れてるかな。
 6年生の女の子でその子自身も骨折経験があるものですから、
「これは折れてるかもしれない」
と思っています。
 早速病院に行きました。
 しかし夕方の病院行きは時間との戦いです。
 6時受付終了の病院が殆ど。最寄のA整形外科もそうです。
 彼女を乗せて車を走らせます。国道を市内にむけて進みます。
でも、時間は容赦がない。出発前に電話で問い合わせても
「受付時間は延長できない」
とつれない話。
 市内に入ると信号があります。(村にはあんまりないので、信号が激増した
気分になります。焦ってもいるしね)その信号によくひっかかるんです。
 「こりゃ間に合わないな・・」
 そう思った私は、途中で方向転換、やや遠いのですが別のB病院に行くことに
しました。そこは受付は6時半までやってくれています。(土日もやってます)
 B病院に到着したのは6時12分ころ。こちらは余裕で間に合いました。
 早速診察していただきます。レントゲンをとってそれをお医者さんが見ます。
「こりゃ折れてる」
と一言。
「見てごらん」
私、見せてもらったのですがはっきりした亀裂は写っていません。
「ここがふくらんでるだろう。こういうのを若木骨折というんだ」
なんでも若い木(生木)を折るとボキンと折れずに該当箇所が膨らんだように
なりますよね。若い骨もそれと同じ現象が起こるそうなんです。大人の骨だと
ボキンといっちゃうんですが、こどもの骨は柔らかいのでこういう折れ方をするんだと。
「これは今日来てくれてよかったよ」
お医者さんはそうおっしゃってくださいました。ギプスで固定する処置をしてくださり、帰ります。
 帰りは近道を選択して走ったのですが、それが山道、彼女ちょっと酔ってしまったらしく、気の毒でした。
 センターに到着したのは7時10分くらいかなあ。
 みんなは夕飯を食べていました。天然酵母も手作りパンとビーフシチュー、それからサラダが夕飯でした。おいしそうなニオイが漂っています。中学生の中にはパンだけではたりず、ご飯にシチューをかけて食べている子もいました。
 骨を折った彼女、
「遅くまでごめんね」
と言ってくれました。
「右手がギプスじゃたいへんだなあ」
と私。
「なんとかなるよ」
と彼女。
 長引かないといいのですが。とりあえず1週間後に通院することになっています。
 私はお金の精算と通院記録をつけ、宿直担当スタッフに病院でお医者さんに言われたことを伝えてから帰りました。
 外には雪が舞っていました。
 またふわふわの雪がつもるといいなあ、そんなことを考えながら、家に向かった私です。

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2006年1月26日 (木)

こんな話を聞きました

 うちのスタッフからだと思うのですが、
夜回り先生の講演会を聞きにいったか聞きにいった人から聞いただか。
たぶんその日はほんやりさまがあったので聞きにいけなかったと思うのですが。
「ドラッグをすすめられたときに『お母さんに怒られるから』とこたえると、
相手はそれ以上言ってこないという割合が高い」そうです。
 へえと思いました。父親としてはおもしろくない気分もあります。
 でも、本当だとすると(たぶん本当ですよね)、いい話です。
 養育放棄、児童虐待、我が子を殺す・・・そんな母親のニュースが
後を絶たない現代日本でも、「お母さん」に母性原理が含まれていて、
ただ単純にこどもを生んだ人というにとどまらない意味があるんだ、ということは
うれしいじゃないですか。
 ここのところ、どの会議に行っても「親の教育をしなければいけない」
「大人がなってない」という話が必ず出てきます。一方で、「親は昔と違って孤独だ」という話も。こんな話題は私がこどものころからあります。いまだ解決されていない、それどころかその糸口もない様子。社会教育の現場ではいろいろな取り組みがされていますが、しかし参加率はよろしくない。来てほしい人がこない、とお嘆きの主事さんは全国津々浦々山のようにいることでしょう。

 もとい。

 私も、こどもたちの指導や支援をするとき、「お母さん」という言葉は特別の力を持っているなと痛感しています。また私の経験では、「お母さん力」が適切な子ほど、倫理力が強いと思います。かえって「お母さん力」が強すぎたり、こどもの依存が強かったりすると弱い傾向があるようです。判断力、行動力においてもそのように感じます。
 こんなざっくりとした切り方だと「じゃあ私はどうなのかしら」なんて不安に思われるお母さんもいらっしゃるかもしれませんし、父子家庭など事情のあるご家庭ではこどもの健全な発育はそもそも無理なのか、なんて思われるかもしれませんが、私はそこまで言っているつもりはありません。悩みながら、苦労しながらも、立派にこどもを育ててこられた方を私は幾人も知っています。

 もとい。

 一方、「お母さん」はそのこと・・・つまり、こどもが「お母さん」に特別な思いを持っていること・・・をどのくらい自覚しているのか。新聞紙上をにぎわす痛ましく情けない事件を見るたび、そんなことを思います。
 これは核家族化、都市への人口集中によるコミュニティの崩壊、女性の社会的地位の進出、グローバル化による市場経済主義の蔓延とそれによる文化の幼児化、そんなものが絡み合っているようです。便利になって豊かになって、人は孤独になっちゃった。孤独になっちゃうと、お母さん業は再生産されにくくなる。人間、ムレの動物ですしね。
 
 

お父さんも一緒ですよね。
きっと。

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2006年1月25日 (水)

宿直業務

 今日は日中、中川村のキャンパースビレッジで、南信州でconeに所属しており、トレーナーの資格を持っている人のミーティングに参加してきました。
 で、夕方から宿直業務。
 宿直業務は前任者からの引継ぎから始まります。
 こどもの様子、出来事、健康状態、事務連絡、山羊アイガモ、季節により畑の作物の様子などなど、内容は6分野24項目にわたります。冬場は16時30分頃にはこどもたちが帰ってきますので、それまでに引継ぎを終わらせます。
 そうそう、それまでにはお風呂とおやつ、それとうがいの準備をしておきます。
 こどもたちが帰ってくると、うがいして、おやつ食べて、宿題をします。
 それから外遊びに行ったり、お風呂に入ったり。
 冬は17時30分ころから夕飯づくりです。夕飯当番じゃないこどもたちはプリント学習をします。漢字、もしくは計算のドリルを30分間やります。スタッフは食事当番担当とプリント学習担当にわかれます。
 夕飯が出来上がるのは19時ころ。夕飯を食べる前に施設内の片付けをします。自分の洗濯物をたたむのはこの時間です。
 夕飯は全員でひとつのテーブルを囲んで食べます。これがおいしい。
 夕食の後はミーティング。「だんどり」と称してますが、全員参加の打ち合わせの場です。意見交換、役割分担の確認、週末の予定の策定などが話されます。
 それからはお風呂、宿題、団欒の時間。最も個人対応が困難な時間ですが、最もいろんな出来事が起こりやすい時間です。いい意味も悪い意味もね。ま、いやな出来事も、長い目でよい体験に変えることができるかどうかが、われわれの技術といっていいと思いますが。
 小学3,4年生は9時に就寝、5,6年生は9時半に就寝です。おおよその見込み時間です。電気が消えたりはしません。しかし、「はよねろよ」という見回りはあります。機会をつかうより体をつかえ、電波より足、です。
 9時半からは中学生だけになります。希望者、および指定者にはこの時間に補修学習をします。もういろいろが済んでいるこどもはまったりタイムになってます。
 10時半には中学生もおやすみなさいです。
 ここから1時間ほどで、1日の記録のまとめ、引継ぎ準備、公式ブログ日記の更新なんかを行います。スタッフ同士のミニカンファレンスもこの時間に。
 冬場は全ての蛇口について、水止めをします。もちろん凍結防止です。寒いんです、ここは。今日も朝はマイナス12度はありましたよ。
 翌日は5時45分起床です。(こどもたちは6時。)
 朝の業務についてはまた後日。

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2006年1月24日 (火)

宿直明けは

 眠いです。
 予定では宿直ではなかったのですが、予定宿直者のお子さんがインフルエンザに
かかったとのことで、急遽宿直ピンチヒッターに立ちました。
 それは別にお互い様だしいいんですけど、やっぱ宿直あけは眠い(笑)
 しかも昨夜はパソコントラブルがあって、その診断やらバックアップ作業やら復旧作業やらでなんだか忙しかったし。(一般宿直業務に加えてそれをするってわけですから)
 で、パソコンですが、キーボードがまったくばかになりました。キーボード一体型デスクトップパソコンというやっかいな代物(今となっては(笑))なので、買い換えることにしました。近頃やたら動作も不安定でしたし。起動するのに30分くらいかかったり、lan回線を切ると電源が落ちたり。
 中古パソで5万円くらでいいやと思っていたら、店頭展示品で7万切って新品が売っていたので即決させてもらいました。OSはXP,CPUは1.3GHZ、メモリは256MB,HDは30GBです。ちなみに東芝のパソコンです。
 
 そうそう、おめでたいことがあり、今日山村留学の中学3年生の高校受験、合格が決まりました。よかったよかったです。

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2006年1月23日 (月)

ニコンもコニカミノルタも

 ニコンもコニカミノルタも規模はそれぞれ違いますが撤退するんですね。
 私はニコンのカメラはひとつも持っていませんが、コニカミノルタのカメラはミノルタ時代も含めると二つ持っていました。職場にもひとつデジタルカメラがあります。
 基本的にキヤノンユーザーですが、しかし寂しい気がしますね。ニコンもコニカミノルタも日本の伝統的なカメラメーカーですよ・・・。
 やはりデジタルカメラの波にあらわれてる感じがしますね。ペンタックスやオリンパスの動きも気になります。どうなるんだろ。
 オリンパスのダストリダクションシステムとか、魅力なんですけど。

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2006年1月22日 (日)

いろいろあるのよ。

 今日は早朝スキー引率の日。ただし担当職員は私ではありません。うちのmとsiもご一緒させていただきました。私はゴミ出し当番なので、ウチのゴミとセンターのゴミを指定の場所に持って行きました。8時までに出さなきゃいけないので2箇所面倒みるのは忙しかったです。家内が手伝ってくれたのでたすかりました。
 それから参観日にこられていた保護者の方を昼神温泉にある新宿行き高速バスのバス停まで車で送っていきました。そのバス、そこが始発駅なのにバスが2,3分遅れて来たので驚くやら憤慨するやら(笑) でもその分保護者の方といろいろお話できたのでよかったです。
 それから野菜の買出し。野菜、今高いですねえ。キャベツひと玉299円でしたよ。レタスもそうだった。地場ものの白菜はひと玉100円で、もちろんのこと購入。寒波と大雪のせいでとりわけ葉野菜が高いんですね。私が買出ししている間にこどもたちは他職員の指導のもと、薪置き場の整理や山羊小屋の掃除をしてました。
 センターに帰ってきたら今度はお昼ご飯のヤキソバづくり。といっても私はお手伝い程度でしたが。
 でもってスキー場への送迎が一回。帰ってきてお昼を食べようかと思ったら、今度は宿泊施設を冬休みに利用してくださっていた団体の方がクリーニングに出していた布団を届けに来てくださっててその対応。布団の数が規定枚数ない状態だったのでその確認なんかもしているのですが、まだ解決にはいたっていません。
 でようやく昼食。
 昼食食べたらエンジンがかからなくなった車いじりに。バッテリーはあるんだけどセルがまわらない状態。エンジンルームとかバッテリールームとかいろいろ見てみたのですが私ではどうにもならないと判断、明日クルマ屋行きにします。でそのついでに倉庫のシャッターを修理。その間こどもたちはまたスキー場へ。一部残っていた子もいましたが。
 で3時のお茶。お茶しながら残ったこどもたち相手に百人一首を覚えるトレーニングのお手伝いしたり。お茶をしたらお風呂を入れはじめます。スキーから帰ってきた子がすぐ入れるようにね。でお風呂がたまるのを待ちながら2月の勤務表のチェック。ボランティアの方もたくさん来てくださる月だし、職員が研修出張に出ることも多い月ですので、入念にチェックしました。一応(笑)。
 そうこうしてるとスキー場からこどもたちが帰ってきます。パアっとにぎやかになる館内。
 ひとしきり落ちつくのを待ち、メッセージを伝えたい子に個別に伝え、今日は日勤業務終了です。ホントは子どもの居場所づくりの告知書類をつくりたかったのですが、それはま、明日がんばりますわ。
 そうそう、フランス一部リーグの松井大輔くん(京都市出身、元サンガ10番)が公式リーグ戦で2得点をあげました。がんばって夜更かしして「やべっちFC」を見たらそのゴールシーンを放送してくれました。1点目はゴール前密集の中からヒールシュート(鳥肌!)、2点目は後ろからのボールをオフサイドぎりぎりのところでダイレクトボレー(ため息)! すごいすごいよ松井!!

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2006年1月21日 (土)

新村計画審議会

 今日は新村の新年度計画審議会がありました。私、委員を委嘱され、
初の出席です。委員は全32人、村長以下各課長が前にならび、
基本方針、各課の事業計画の説明を聞き、質疑応答をします。
 細かい話は割愛します。
 私がもっとも高い関心があるのは教育委員会の事業につき、以下に列挙します。
■社会教育・・・「子育て」を地域課題の中心におくこと。地域社会への帰属意識を醸成する活動を進める。
■子育て支援室・・・ADHD等のこどもが増加傾向にある。早期発見が大切。親の社会力を身につける学習、機会を設けなければならない。こどもの痛ましい事件が起きないようにするため、行政、保護者、学校が地域の協力を得ながら安心して暮らせる地域づくりへの取り組みは緊急課題。
■学校教育・・・都市と地方の格差、家庭の格差が学力の格差になっているといわれている。都市では公立学校離れが進み、学区の廃止など競争の時代になった。このことにより、教育の場に日本社会の階層問題の顕在化がはじまっています。地方においては教師の資質の向上はもとより、家庭、地域の学校への関心・参画・協力なくして学力の向上はない。こうした認識の上で教育現場の環境を整備してゆく。(以下各校の具体的目標が列記。阿智には4つの小学校、1つの中学校がある。浪合小については「小中併設校の特性を生かして小中一貫した教育活動の研究と積極的取り組み」とされている)
■学校給食調理・・・食生活の乱れが顕著。食育とどのようなかかわりを持っていくかが大きな課題。
■保育所・・・「地域の子育て施設」として子育て支援室(教育委員会内に設置)と一体になって新しい方向を探らねばならない。
■山村留学・・・複式解消はもとより、地域の体験活動の場として活用していきたい。(口頭説明)
 山村留学に関する予算額はまったく合併前と変化なしでした。このご時勢ではありがたいことといっていいでしょう。その期待にはこたえなければなりません。
 まあそんなわけですが、会の後、村長が私のところに来てくれて、
「何人集まった?」と聞いてくれました。もちろん来期の山村留学生のことです。
「おかげさまで今年と同じ14人になりそうです。定員は12人ですからちょっと施設的にきびしいですが」とこたえると、「そうか、そりゃよかった」とおっしゃってくださいました。その後、NPO法人の理事長のことで、浪合支所の支所長さんも交えていくらか話をしました。

それにしても。村長冒頭挨拶で、「日本は福祉型国家から市場原理型国家にますます移行してゆくだろう」という文言がありました。別にめずらしい発言ではありません。でも、「地域づくり」という視点で考えたとき、市場原理は果たしてどこまでも有効な考え方でしょうか。
 たとえば。
 こどもを生み育てることは市場原理ではどうにも効率が悪くリスクも多いです。お年寄りの面倒を見ることもそうでしょう。
 今、日本は、そしてわが村も「少子高齢化」の問題を抱えています。このとかくヒトくさい問題を、市場原理はどのように解決してくれるのでしょうか。市場原理は強気をたすけ弱気をくじく結果に導きがちです。
 格差社会の到来なんて短期的な未来でしかないかもしれません。飛躍しすぎかもしれませんが、市場原理のいくつく先に、日本はないなんてこともありえます。少子高齢化対策を市場原理で考え出したら、そうならないとも限らない。
 合併で村がなくなるだけで、相当寂しいものです。国がなくなるなんて。

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2006年1月20日 (金)

参観日

 今日は参観日。寒い中、平日であるにもかかわらず、たくさんの方が
参観日に来てくださいました。うれしいことです。
 私はその後6年生の懇談会に参加したのですが、
それぞれが今のこどもの様子、とりわけ思春期の入り口に立つこどもの
あり方や現状、親の願いや心配などが話され、有意義で楽しい時間に
なったと思います。
 その後幾人かの保護者の方と今後の「こどもの居場所づくり」のあり方について、
特にスキー場の活用ということに関して意見交換しました。
 また6年生以外の担任の先生ともいくらか話しができました。
 夕飯はタマゴ丼にしました。今夜は非番なので、久しぶりにうちの台所に
立って料理してみました。家内もなんとなくうれしそうでした(思い込みかも)。
 夜はナイタースキーにでかけようかと思います。
 ずいぶん寒そうな夜ですが、あったかい支度をして張り切っていってこようと
思います。

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2006年1月19日 (木)

今日はお弁当づくり

 昨日から今日にかけて宿直。だいたいブログの更新がない時は宿直か出張ですのでよろしくです。
 で、いろいろ忙しい宿直でした。
 夜は来年度継続する子を対象とした面接。受験に旅立つ中3生がいたのでその激励会、そのほか学校との連絡帳書きとか記録書き、公式ブログ更新、そうそう、中学生の勉強指導・・・。

 でもって、お弁当の準備!

 今日はスキー教室の予備日だったものですから、学校給食がないんです。
 だから全員分のお弁当をつくらなくちゃいけない。
 でも。中3は受験だし、中2と小6は学校でお昼ごはんをつくる活動をするそうなので、その分を差し引くとお弁当は9人前ということになります。
 私たちにとって9人前のお弁当など楽勝です(なんちゃって)。
 しかし朝食をつくって食べさえて、でもってお弁当も詰められるようにして・・・
となると結構難しくなる。コンロの数が増えるわけではないし、調理台の面積も決まってる。そこで!前日の準備が重要になってくるのです。
 
 今回はこんなふうにしました。
  

 朝食は、朝温めたらすぐ食べられるものがいいので、夜のうちにシチューをつくっておくことにしました。
 シチューならこどもも好きだし、食べやすい。食べる時間が長くなると、お弁当詰める時間がなくなちゃいますからね。そう、私たちのところではお弁当におかずやご飯を詰めるのは各自。のんびりしてちゃダメダメなんですよ。
 それと、朝食はシチューの他にごはんと果物とヨーグルトをつけることにしました。どれも手間がかかりません。サッと出せます。
 食事当番の子には夜の下準備を手伝ってもらいました。ジャガイモやニンジン、タマネギを切ってもらうのです。これだけで、シチュー作成進捗率は跳ね上がりますよね(笑)

 一方のお弁当ですが、こちらは炊き込みご飯をメインに据えました。鶏肉、ニンジン、ごぼう、こんにゃく、あげ、マイタケを3ミリ角くらいに刻み、醤油とみりんで味付けます。だし汁をとり、お米をとぎます。
 具材に味がしみこむまで、その日のこどもたちの記録をまとめたり、シチューを仕上げていったりしておきます。
 頃合を見計らってといだ米にだし汁を入れ、具材もつけ汁ごと入れます。表面を木べらで均してから、炊飯器のスイッチオン!
 しばし待つと、ふっくらおいしい炊き込みご飯のできあがり~。炊き上げる際に出る蒸気のニオイはたまらなく食欲をそそりました。
 
 あとは春巻きとウィンナーのケチャップいため、ミニトマト、チーズ、肉巻きポテト、みかん、がお弁当に入ります。各自自分のお腹に入る量を考えながら、お弁当を詰めていきます。見た目にこだわる子、量にこだわる子、いろいろです。
 好き嫌いは認めませんが、量を按配することまでうるさく言及はしません。思い思いの詰め方で、それぞれオリジナルなお弁当ができあがっていきます。
 
 おいしかった~と帰ってきてくれるとうれしいのですが。

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2006年1月18日 (水)

マンガ今昔

 私は本を読む少年でしたがマンガもよく読みました。だからというべきかどうか、マンガと小説を差別しないタチです。
 私がこどもの頃によく読んだマンガを思いつくまま挙げてみると、
ブラックジャック、ドカベン、マカロニほうれんそう、すくらっぷブック、がんばれ元気、あしたのジョー、タイガーマスク、あたりかな。うしろの2作は兄の影響だと思う。あ、ドラえもんは別格っすよ。名探偵カゲまんってのもあったな。
 高校生くらいになると、パタリロとかガラスの仮面とかピグマリオ、日出る処の天子、赤い牙シリーズなんかもよく読んだ。「花とゆめ」ですね。銀曜日のおとぎばなしにもはまりましたね。後、エイリアンストリート、前略ミルクハウス、そうそう、エロイカより愛をこめて!少女マンガの世界に行けたのは・・・なぜでしょう?たぶんきっかけは兄だったと思います。もちろん少女マンガだけじゃなくて、六三四の剣やスプリンターなんてのも面白く読んでた。
 少年ジャンプも元気が良くて、北斗の拳とか、もう少し後になるとスラムダンクや幽々白書なんてのもあったな。

 エッチなマンガってのは、あるにはあったけど、だいぶ特殊だったように思います。上の中では「マカロニほうれんそう」がそうかな。あれは親の前ではなかなか読めなかったな。けど、今のマンガ、とりわけ少女マンガって、エッチですよねえ。

 

 
 
 

 エッチなマンガっていえば、あからさまな成人マンガや永井豪のそれ系(はれんち学園とかどろろん閻魔くんとか)の作品群をのぞけば、「俺の空」とかそうでしたよね。でもそれにしても対象はヤング(←死語)。
 マンガの年齢階層は今よりはっきりしてたし、その分「身分相応」のマンガにふりわけられてた気もする。小学1年生とか中1コースとかみたいに。
 今はそんなことないよね。30代のおじさんだって「少年サンデー」を読むし、中校生だって「ヤングアニマル」を読む。ボーダレス。「少年」とか「ヤング」とか、もう意味をなしてない気がする。「かってに改蔵」が「コレは少年マンガ」と自制に走るのもギャグ以外の何ものでもないし。
 けど、少女マンガのカテゴリーはもっとわかりずらい。「りぼん」「ちゃお」「なかよし」「花ゆめ」「デザート」・・・これらを対象とする年齢層順に私はならべかえられない。(誰か教えて)
 でも内容は「恋」。ほとんどコレ。告白するとかチューとかだっことかぎゅっとしてとか発情中のキャラクターのなんと多いことか。もちろん恋が物語のすべてじゃないけど、タテ軸にしてもヨコ軸にしても、恋のしめる割合は男子向きのそれより大きい気がする。もっとも男子向きのそれは「恋」というより「セックス」で、それはそれでどうかと思うような作品も散見するのだが。
 もとい。
 最近の少女マンガを読むと、びっくりするほど露わな性描写を見ることが少なくない。「もう私がまんできない」とか「入れるけどいい?」とか。これを小学生が読んでるの?なんて思うと、愕然とする。
 あきらかに10年以上前にブームになったレディースコミックの水脈がここにつながっている。エッチは描写、物語は売れるのだ。それが女性向けだったとしても。いや、女性向けだからこそか。
 そして売れ線は確実に低年齢化する。何事もそうだ。音楽も、ファッションも、ケータイも、性も。
 売れるものを業界は作る。市場を拡大するためにさらに努力もしちゃう。市場経済原理を後生大事にするなら、この流れは断ち切れっこない。そしてどうやらグローバルスタンダードなるものは、この流れを断ち切ろうとするものではまるでない。

 私とて親や先生が推薦するような話ばかり読んできたわけではない。マンガは教育に悪い、なんてことをまだ言われていた時代の子だ。「アストロ球団」を授業中こっそり読んでて「これは心を育てるマンガやないな」と言われ、隠れ読みした事実とこのマンガを読んでいた事実に対し反省の言葉を述べたこともある(心育てないか?アストロ球団)。ああ。
 
 もとい。
 それにしてもエッチじゃないか?エッチな本はエッチな本で本屋の片隅でこっそり怪しい光と匂いを放っていればいいのだ。エッチが市民権を持とうというのは勘違いじゃないのかなあ。エッチはハレ(しかも裏の)のことで、ケに持ち込むものではないと思うのですが。
 それに、女の子のエッチな本は布団の下に隠さなくてもよさそうなナリをしている。絵柄もそうだ。そこが萌え・・・なのかもしれないが。あ、この時の「萌え」の使い方、間違ってます?
 もとい。
 エッチな本は布団の下に隠したくなるようなものじゃないとダメだろ。本屋で堂々と立ち読みできるようなものじゃダメだろ。それはまるでパンツ丸見えで生活させてるようなもんだ。
 でも、そんなふうに扱えちゃうマンガが増えているような気がしてならない。
 そんなマンガは、こどもには読ませたくないですよねえ。下半身にばかり敏感な人にしたくないじゃないですか。 

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2006年1月17日 (火)

合併したなあと思うこと

 村内放送のパーソナリティがかわったこと。村内放送が流れる時間がかわったこと。これはデカイですね。
 最初に聞いたとき、どきっとしましたよ。そして実感しました。合併したんだなあって。
 閉村式も悲しかったし、開村式は・・・うれしいってのとは違うけど、これから始まるんだなあという感慨を持ちました。でも、村内放送が変わったことが一番ショックでした。まだ慣れません。山村留学のこどもたちもそのことを言います。
 スタッフはゴミの分別の仕方が変わったので猛勉強してます。
 いずれにせよ、そういう身近なところでの変化が、合併したなあとしみじみ思わせるのです。 

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2006年1月16日 (月)

百人一首

 私は百人一首が苦手だ。高校の時、国語の授業で暗記を求められたがシカトした。だが家内は百人一首はよく覚えている。くやしい。
 次節がら、山村留学の施設でも百人一首がはやってて、施設にいるとあちこちで歌が聞こえる。こりゃいいことだ、我家でもやってみようということで、家内と私で歌を出し合っている。どちらかが上の句をいい、相手が下の句をいう。札は使わず、鑑賞本を手近において、迷ったりわからなかったりすると開けてみる。夫婦楽しく(ジツは私はかなり悔しい思いをしているのだが)やっていると、子供たちも関心を持ってくる。とりわけ次男のsiはすぐ釣れる(笑)
 今夜「秋の田の~」「春すぎて~」の2句を覚えようとsiがチャレンジしたのだが、「衣」をちゃんといえず、つまり「こもろ」とか「ころろ」になったりして、そこに気をとられて覚えきれず、まじめにやってるんだけどどこかとぼけてて、こちらもついつい笑ってしまう。なんとも愉快な時間になりました。

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2006年1月15日 (日)

ほんやり様

106d21a7.JPG 雨で一日遅れのほんやり様となりました。ほんやり様は地区の行事です。お正月最後の行事でもあります。うちの地区ではほんやり様の日にあわせ、新年会も行います。
 この日の前に、こんぶくろ、と呼ばれる傘をこどもたちがつくります。傘はには色紙を貼り付け、あみかざりをつるします。
 大人は大人で、檜、杉、松(主に檜)の葉のついた枝や杉の枯葉を集めておきます。枝は軽トラで6,7杯くらい集めます。事前に集めておくのはうちの区だけのようです。かつては他の地区同様、当日集めていたのですが、雪の森の中に入って枝を引きずり出す作業はなかなかたいへんで、雪のないうちに集めておこうという話になったのです。これは非常に効率がよく好評です。
 当日は朝から集まり、大人もこどもも入り混じっての作業となります。
 まず、檜の丸太を三本組み合わせ、三脚のように立たせます。組み合わせるといっても上部を縄で縛るだけ。丸太の長さはざっと4メートル。ですから3メートルほどの高さの構造物になります。ここに用意しておいた杉や檜の枝を詰めていきます。最初は杉の枯葉を盛ります。その上に松や杉の枝をどんどん積み重ねていきます。三脚の中に枝がつみあがれば、今度は周りから檜の枝を下から上へ突き刺していきます。そうすると、ちょうど愛・地球博のキャラ・もりぞうのような外見になっていきます。そしたら幾本か竹をくくりつけます。爆竹効果を狙ってのことです。そこに各家から持ち寄った門松や玄関飾り、ダルマなどのお正月飾りをつけます。だいたいここまでが午前中の作業です。ひと段落したら、豚汁をのんだり、おにぎいりをほおばったり。これらは地区で用意します。
 こんぶくろの方はというと、午後イチでこどもたちがそれを持って地区の各家をまわります。このことを傘まわり、といいます。傘まわりが来ると、地区の人たちはお年玉を差し出し、こんぶくろの中に入れてもらいます。これは1年間無病息災でいられるおまじないです。この時に何か歌でも歌うと調子があっていいのですが、残念ながら歌も特徴的なパフォーマンスもありません。何かするといいなあと思っています。地区をまわり終えると、こんぶくろは大きな幣束といっしょにほんやり様のてっぺんにくくりつけます。
 貰ったお年玉は子ども会で使います。その日のうちにお店に行きます。何に使うかというと、まずこんぶくろの材料費(誰かが立て替えているのでその返済です)、新年会のこども用のおやつ、ジュース。お世話になっている地区会へお酒とおつまみの差し入れ。それらを買った残りで図書券を買って、子ども会のみなで分けます。
 16時ころから新年会が始まり、にぎにぎしく愉快に談笑しながらお酒を飲み、食事をします。点火は17時半ころです。
 点火は年男、年女が行います。ほんやり様は恵方に倒したいので、倒したい方角から点火します。(組み立ての際も、倒したい方角のことは念頭においてつくります)
 杉の枯葉に火が届くと、めらめら燃え出します。ばちばち大きな音がし始めると、物凄い量の煙が立ち上ります。パーン、パーンと竹が破裂します。燃え上がった炎はこんぶくろと幣束を一瞬で焼き尽くします。この時の閃光がほんやり様の見所のひとつです。
 竹の竿の先に書初めの半紙をつきさし、この炎で燃やして天高く舞い上がると字が上手になる、という話もあり、こどもたちは炎の熱さと戦いながら、半紙が高く舞うように竹ざおを操ります。
 ほんやり様が恵方に倒れ(倒す、という表現が適切な年もあります)、炎が落ち着くと、今度は竹さおの先にお餅をはさんで焼きます。このお餅を食べることも無病息災のおまじないだとか。
 大人は火を囲み、子ども会が差し入れたお酒を楽しみます。お酒はこどもたちがついでまわります。
 炎を囲んで地区の人々が語り合い、笑いあう。大事な、ほんとうに大事な時間がここにあります。
 ほんやり様。大切にしたい地区の行事です。

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2006年1月14日 (土)

長野県キャンプ協会理事会

 今日は冬のくせに生暖かく、そして雨。あいにくの天気に、地区の行事として予定されていた「ほんやり様」は明日に延期。ちょっとほっとした私。今日は長野県キャンプ協会の理事会だったのです。場所は長野市の飯綱。
 ほんやり様が中止になったので、家族も連れて行きました。もっとも、私以外は善光寺詣りと長野市見物が目的ですが(笑)
 記録的な豪雪の今年、飯綱にどれくらいの雪があるかちょっと楽しみでもあったのですが、ガードレールが隠れるくらいの量だったかな?でも今日の雨で雪が残っている道は悲惨な状況でした。 
 理事会では役員改選にむけての話や今年度の事業報告、来年度の事業計画についての話がなされました。
 おもしろかったのはその後で、理事それぞれが自分の取り組みや研究発表などをするのですが、「キャンプの語源」とか「キャンプにおける「カウンセラー」という用語は、キリスト教文化圏でキャンプが育った背景を知るとその用語が使われた理由がわかるような気がする(まわりくどいな(笑))」「コーチングとカウンセリングとインストラクティングの違い」「体験学習において「ふりかえり」の工程は必ず必要といえるのか」「長野県における体験学習型修学旅行の受け入れについて」「中央教育審議会の動向と学校における体験学習の今後」「市町村合併とある公営スキー場の現状」「公立の青少年教育施設の現状」などなど、いろいろな話題が提供され、刺激的でおもしろかったです。
 私は残念ながら途中で中座し帰路についたのですが、他のメンバーは宿泊コース。うらやましい・・・。しかし私は明日朝から「ほんやり様」の作業があるし、仕方なし、です。
 家に着いたころには雨はあがり、空にはオリオン座が輝いていました。
 ポストをのぞくと私宛の郵便物がふたつ。ひとつは新村計画審議会委員の委嘱状と会議の案内、もうひとつは某研究財団の理事会の案内。うん、そうか(苦笑)ってカンジです。

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2006年1月13日 (金)

ある事件

 ちょっとヘビーな話です。昨日からの今日にかけての出来事です。

 山村留学の写真展示コーナーに、私が家でプリントアウトした
写真を昨日貼り付けました。
 そしたらその日の夕方、その写真のある女の子の顔に、
画鋲で幾度も刺した後があるではありませんか。
 笑顔が素敵な写真でした。幾人もの顔があったのです。
その中の一人の顔に画鋲で刺した跡。私はものすごく悲しく、
そして怒りがこみあげてきました。

 3学期。いいスタートが切れたね、なんてスタッフで
話し合っていました。いい笑顔もたくさんありました。
 でも、その中でのこの悲しい出来事。

 私は黒板に、「品性下劣」という言葉を書きました。
 そしてその言葉の説明をしました。
 私はその行為をそう断定しました。断定することが必要と思いました。
 言い分もあるかもしれません。しかし、言い分が通らないこともあるのです。
 私はこのことを許してはいけないと思いました。ですが、
私がやりました、と言い出せることでもないでしょう。
 それを承知の上で、全員に、とりわけ、女子に訴えました。
 「うわべだけで仲良く見せたって、こんなことがあっちゃ
なんにもならない!」
大きな声で、そう言いました。
 「仲間として、みんなでいい関係をつくるってこと、
本気で考えろ」
 「お金を出して、ここに出してくれているお父さん、お母さんの
気持ちを考えて欲しい。こんなところでいいのか」
とも言いました。
 「リーダーがいない。みんなの心の中にリーダーはいるか?
自分のことでいっぱいじゃないのか?」
私は、涙を浮かべながら訴えました。

 ひとりよがりだったと思います。でも、きれいごとではない、
私の気持ちをぶつけることも必要だと思いました。
しん、と聞いていたこどもたちです。
私が「こういうことはなくなってほしい。みんなで、がっちり
伸びていってほしい」
と結んだとき、「はい」という声が誰からともなく出てきました。
しかし、まだ皆の心がかみ合ってはいない気もしました。
正直、「なんでこんなことがおこるの?」という子もいるはずです。
「なんだかわからないけど、やっちゃたんだ・・・」と思っている子が
いるかもしれません。「えらいことになっちゃったな」と思っているかも
しれません。
 しかし、見過ごす大人であってはいけないと思った。
 本気で叱る大人でありたかった。
 いいかげんでいたくはなかったのです。

 残り2ヶ月、ここにいる縁をぜひぜひ、大切にしてほしい。
終ってみて、さわやかな充足感と幸福感があふれるようになってほしい。
そのために、いま、ここ、を大切にしてほしい。

 そのあと、幾人かの女の子と、もちろん男の子もいっしょになって、
百人一首を楽しんだりしました。いくぶんぎこちない感じがしましたが、
しかし、そんなぎこちなさも昨夜に関してはよかったかもしれません。

 そして今日。

 こどもたちが帰ってくるのを待ち、女の子だけ集めて、
もう一度話しをしました。いえ、今度は話を聞きました。
「自分が写っている写真に画鋲で穴をあけられたらどう思う?」
「そのことを知ったお母さんはどう思うだろう」
みんなの気持ちを聞きました。
そして私は、私だったら・・・私の子がそういう目にあったら・・・
と、自分の気持ちを話しました。
そして
「みんなのリーダーはどこにいる?」
と問いかけてみました。昨日の私の話を覚えていてくれるか、確かめる意味での
質問です。
 こどもたちはすぐに答えました。
「私の、心の中に」
 感情を、情念をコントロールするのは、理性です。その理性を、
心の中のリーダーと表現したのです。
 こどもたちはわかってくれていました。
 うれしかったです。

 誰がやったか、を探すことより、みんなの意識向上を。
 今回は(昨日も)そのことを念頭において話をしました。

 今日は畳の部屋で話をしていたのですが、
「楽に座ってもいいよ」
といってあげて膝を崩していた子も、話が進むにつれ
また正座に戻っていきました。背筋も伸びています。
 
 今後の展開も気になりますが、でも、私が伝えたかったことは
こどもたちに伝わったと思いました。

 最後に、
「罪を憎んで人を憎まず」
という言葉を紹介し、

「みんなのことが大好きだよ」
と、その時一番私の心に浮かんできた言葉を(ちょっと照れくさくはあったのですが)みんなに伝えて、終わりました。

 いろんなことはこれからもあるでしょう。
 でも、明日が楽しみです。

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2006年1月12日 (木)

ブログにしてみます。

 山村留学と私の日記について、今日からブログにしてみようかと思います。いろいろと編集の自由度も高そうだし。いつまで続くか分かりませんが、とりあえずはじめてみます。

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