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2005年8月19日 (金)

平田良介のハーフスイング

 平田良介は大阪桐蔭高校の4番打者である。清原以上の逸材といわれ、事実、20年ほど前の怪童が残した高校通算本塁打の数を上回り、前日のゲームでは一試合3ホーマーの離れ業を演じている。
 同じ右打者であるばかりか、やや左足がオープンに開く打ち方も同じ大阪代表高校の4番打者だった清原和博と似ている。ポジションの違いこそあれ、平田は清原を越える可能性を持つ存在として、私たちに夢見る喜びを与えてくれていた。

 そんな平田の高校野球が、今日終わった。最後の打席は、アウトコースへ逃げるスライダーに手を出しかけ、三振。無念のハーフスイングだ。

 大阪桐蔭はこの日、準決勝第2試合で駒大苫小牧と激突した。豊富な投手力を誇る駒大苫小牧に対し、大阪桐蔭には辻内という絶対的なエースが君臨していた。
 辻内は「江夏2世」と呼ばれる実力者。150キロを越える速球で打者を牛耳る本格派サウスポーだ。面構えも良い。大阪大会では4イニングのアウトを全て三振で奪って多いに話題になったし、甲子園本大会2回戦でも19奪三振を奪うなど、平田とともに夏の大会の話題を独占していた。
 しかし、現代の高校野球はかつてのそれとは一味違う。絶対的なエースの連投で勝ち抜けるほど甘くない。駒大苫小牧に代表されるように、連戦を勝ち抜くために複数の主力投手を育て、ローテーションと継投で勝ち星を拾う野球に変わってきている。
 そんな中だからこそ辻内の存在がひときわクローズアップされるのだが、しかし勝負は常に現実的である。このゲーム、連投の辻内は打ち込まれる。

 2回の表。辻内は先頭打者を四球で歩かせると、この回に一挙に5点を奪われる。
 辻内は準々決勝のゲームでも一気に崩れた場面があった。おやっと思ったのだが、その後ぴしゃりと押さえて勝利を手にしたのでそれほど気にしなかった。しかし2度続くと「投手・辻内の傾向」と考えていいのかもしれない。
 この回は先頭打者四球のあと、送りバントが小飛球になったボールを辻内自らが取りそこない、ピンチを広げてしまう。ここからが踏ん張りどころなのだが、逆に7番、8番の下位打線に連続タイムリーを浴びてしまう。精神的にもタフな投手なのだが、連投による疲労と、それから勝ち進んだ者だけが感じる重圧が、辻内の筋肉とメンタルのコントロールを阻害したのかもしれない。

 しかし辻内はその後立ち直り、力の投球で駒大苫小牧の打線を沈黙させる。特に試合後半の6回から9回までは毎回三者凡退。その間アウト12個のうち、実に8個が三振。
 大阪桐蔭は期待の平田に本塁打はおろか安打すら生まれない状況の中、7回には辻内のツーランなどで3点を、8回にも執念で2点を挙げて同点に追いつく。

 期待にたがわぬ熱戦となったこのゲームだが、同点に追いついた次の回、つまり最終回の表、辻内が駒大苫小牧打線を三者三振に討ち取ったとき、私は大阪桐蔭の勝利を予感した。
 流れはまったく、大阪桐蔭のものだった。
 
 最終回の裏、6番から始まる大阪桐蔭の攻撃は、得点圏にランナーを進めるもあと一打が出ず、試合は延長戦へ。しかしこれは、私には
「平田がゲームを決めるための天の采配」
であるように思えてならなかった。
 ここまで平田はノーヒットだが、延長でアーチをかければそれはそのままゲームを決める一打になる。それが成就すれば、平田の「清原以上」の物語は一層加速し、今夏の甲子園は「平田のための甲子園」として記憶に残ることになろう。
 平田の恐ろしいところは、そうした舞台が真剣勝負の中で、幾多のプレイの積み重ねの上に、偶然にも、そしてそれがあたかも必然のように、めぐりめぐってくるところだ。

 ところが。延長10回の表、3回以降万全の投球を続けてきた辻内が再びつかまる。先頭打者、一番の林にフォークボールを左中間に運ばれる。
 
 細かい話だが、これはリードに問題がある。林はその前の打席で、フォークボールを続けて2球見ている。その2球目でセンターフライに討ち取られているのだが、辻内のフォークを林はバットに当て、外野まで飛ばしているのだ。林の手には、辻内のフォークの手ごたえが、林の目には辻内のフォークの軌跡がしっかり残っていただろう。そのフォークが、ボールにならず、ストライクコースに来たのだ。林は強豪・駒大苫小牧の主将。二塁打は当然の結果と言わなければならない。
 
 結局この一打を足がかりに、駒大苫小牧は1点を挙げる。しかしその裏の攻撃で平田を迎えることを知っている駒大ナインは、2点目を焦り、本塁クロスプレーで3つ目のアウトを奪われる。
 
 かくして1点リードで10回裏、大阪桐蔭の攻撃。打順はトップから。
 「ひとりランナーが出て、平田のツーランで劇的決着・・・」誰もが考える筋書きだ。それまで4打席音なしの平田だが、もし逆転のツーランを放つことができれば、それまでの凡退がちゃらになるばかりか、平田は伝説になる。低迷が際立ってきたプロ野球も、新たな華を手に入れることができるというものだ。

 先頭打者凡退の後、待望のランナーがヒットで出る。
 私は久しぶりに野球の神様の存在を思った。舞台は、おそろしいほど着実に出来上がってゆく。
 3番打者はライトフライ。ゲッツーだけが平田の伝説を阻止する要素だったが、それもなくなった。

 そしてバッターボックスに平田良介。
 状況は、10回裏、5対6、2死ランナー一塁。

 駒大苫小牧ナインがマウンドに集まる。そりゃそうだろう。そこでどんな言葉がかわされたか、野球を多少知るものなら誰だって想像ができる。

 やー、しかし、この場面を生で見られる観衆は幸せだなあ。うらやましい。私は事務室で仕事をしながら隣の部屋から聞こえるテレビの声を頼りにゲームを追っていただけだ。しかしこの場面は仕事の手を休めてテレビの前に陣取った。正直、仕事どころじゃない。仕事より大切なものがそこにある。

 初球。インコースへストレート。見逃し、ストライク。あれ?
 なぜ打たない?バットはピクリとも動いていない。堂々と見送った、というのではない。重圧で体が動かなかったのか、とにかくそんな見送り方。駒大苫小牧のバッテリーもよくこの球を投げたものだ。平田云々より、彼らは夏の大会連覇という偉業達成の権利を得るために必死なのだ。それにしても強気のリードだ。私はこの投球で、この勝負の行方が一気にわからなくなってしまった。

 2球目。スライダーが外に外れる。平田、ややボールを追うもバットは動かず。しかしいい見送り方とはいえないぞ。これは平田、重症だ。状況は平田を伝説に押し上げようとしているのに、平田自身がそのことを拒否するような、そんな小市民的な見送り方。しかし、打ち気を失っていないという点を評価して一振りに期待しよう。

 3球目。重圧を受けているのは投手も同じか。ここでワイルドピッチが出る。マウンドには背番号10の吉岡。8回裏の平田を迎えた場面からマウンドに立っている。このワイルドピッチで一塁ランナーは二塁へ。ワンヒットで同点、という状況がこれで生まれた。バッターカウントは2ボール1ストライク。いわゆるヒッティングカウント-打者有利のカウントである。

 4球目。真ん中高めにスライダー。平田、待ってましたと強振。しかしボールを捉えきれず、ファールチップ。強烈な打球が地面でバウンドしてからキャッチャーの内股を直撃。これでキャッチャーが痛み、しばらくプレーが途切れる。しかし平田のスイングのばらばらさ加減はどうだ。ドアスイングであるばかりか上半身と下半身がまるで連動していない。ファウルチップでよかったくらいだ。これが本当にあの平田か?昨日3本ホームランを打った男か?高校通算で60本を越す本塁打をスタンドに叩き込んだ男なのか?

 英雄の誕生を見届けるための観戦は、まるで逆の様相を帯びてきた。

 プレイの中断がおさまり、2-2からの5球目。吉岡からすれば、ボールでよし、のスライダーがアウトコース低めに滑りこんでゆく。吉岡の狙い通りの、そして強打者との対決の定石通りの、カウントから想像できる投球通りの、当たり前のボール球だ。
 
 平田は、このボールに手を出してしまう。正確には、手を出しかけてしまう。しかしそれは、打者の行為としてはバットを動かすということであり、ハーフスイング、つまり空振りということになる。
 平田はこの場面、観客の誰もにカタルシスを与えることなく、自身にも後悔ばかりが残る「ハーフスイング空振り三振」という結果で終わる。
 平田の終わりは、大阪桐蔭の終わりである。大阪桐蔭は、準決勝第二試合、全員野球の駒大苫小牧に競り負けた。

 敗因ははっきりしている。駒大苫小牧の勝因もはっきりしている。
 それは、前者に即して言えば
「平田がブレーキだったこと」
であり、
後者に即して言えば
「平田を押さえたこと」
である。

 私は仕事を中断して伝説の完成を見届けようとしたが、見せ付けられたのは若き英雄の残酷なる受難の場面。しかしそれにしても、見るに値する場面だった。

 平田は、伝説をつくり損ねた。ハーフスイングという、いかにも中途半端な終わり方で。自分のスイングができなかった最後の打席―その無念が、平田良介をさらなる怪物に押し上げてくれるだろうか。

 それはともかく。平田をめぐる状況の劇的さはどうだ。

 野球の神様は、きっと平田を愛してる。

 それはかけがえのないことだ。



追)駒大苫小牧は決勝で京都外西を5-3で下し、甲子園夏の大会連覇の偉業を達成する。

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