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2003年12月24日 (水)

サンタクロースについて考える

 かなり前から、私には違和感がある。
「サンタクロースはいるのよ」
というウソは、ありなのか?
 私はサンタクロースはいないと主張する者である。
 神様はいると思いますか?の質問には、「いるかもしれない」と答える。宇宙人は?についてでも同様だ。見たことはないが、しかしそれが存在を否定する証明にはなり得ない。いない、と言い切る方が不合理な気さえする。
 でもサンタクロースはムリだ。クリスマスイブの夜に、空飛ぶトナカイが引くそりに乗って、世界中のこどもたちにプレゼントを配って歩く、というディティールの細かさが命取りだ。私はプレゼントをもらったことがないし、私の息子も同様だし、私の家内も家内の家族も知人友人も皆同様だ。
 なのになぜ、サンタはいると子どもに対して主張する人が後を絶たないのか。私は私の主張のおかげで「夢がない人」という烙印を押されたことがある。私の生き方は充分夢があると思っているし、サンタがいるってことが夢なんてそれってどうか、とも思っている。
 子どもに対して「サンタはいる」と思わせるような言動をする人に、その裏づけとなるきちんとした説明を聞かせてもらいたいものである。
 私が今まで出会った最高の説明は、「サンタクロースっているのですか」という本だ。アメリカ人の新聞記者がコラムに掲載したものを本にした作品だ。名文で心を打つ本だが、しかし、ここでもサンタクロースがいないですって!?そんなはずはありません、という主張が展開されていて、キーワードは「夢」になっている。そこに持っていかれると、善良な人々はどうしても分が悪くなる。夢がない人間だと思われたくないからだ。
 そうなのだ。サンタがいるいない、の問題は、結局自分に夢があるかないかの問題、もっといえば、他人から夢がないと思われることに対して対峙できるかできないか、の問題なのだ。
 ウルトラマンは本当はいない、仮面ライダーもつくり話・・・そうした分別ができるようになる頃、サンタも本当はいないんだという説明を、私はするべきだと思う。しかしそれはそうしたつくり話、あるいはつくりもの(=ファンタジー)まで否定するものであってはいけない。ファンタジーってすてきだよね、それを生み出す人間も素晴らしいよね、という結論に(その時はムリでも、やがては)結びつけるべきなのだ。
 つくり話の中にやさしさの物語があり、勇気の物語がある。そこからやさしさや勇気を学び、時に癒され、時に励まされる・・・それがつくり話の、ファンタジーの、夢の力なのである。ミヒャエル・エンデが「はてしない物語」で示したことは、まさにこのことだろう。
 サンタは実存しないが、ファンタジーとしてのサンタはありなのだ。サンタがいると信じることが夢ではない。サンタというつくりものの持つ力が、ファンタジーという意味での「夢」なのだ。この境界線を意識してほしい。この境界線が、分別というものではないのか。大人が混乱させて、その上おもしろがって、どうするのだ。(ちょっと辛口)

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